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半人半鳥の翼

「………………ぢぐじょう……ぢぐじょう……、ごめんな……みんな……おれが……おれが……」

 無限に続くかと思われたこの激痛も次第に感覚が薄らいでいくのを感じた。自分の身体がバラバラの肉片になって崩れ落ちてゆく音がする。

「……フム、こっちは片付いたし、次は都会の方に行ったというコイツらのお仲間の本隊の方でも狩りに行くかな……。ちょうど食後の運動がてらに良いし、明日の食料分も必要だ…………」

 そう言って、鳥人ガルーラが小鳥遊一から背を向けた瞬間だった。凄まじい轟音とともに肉塊から何かが飛び出して、まとわりついていたカラスたちが一瞬で吹き飛ばされてしまった。

「なっ……何事だ!?」

 慌てて振り返る鳥人ガルーラだったが、もう次の瞬間には謎の風切り音とともに鳥人の両の翼は切断されていた。

「ぐ……ごおおおおおお!? そんな馬鹿な! 吾輩の微小管繊維の羽根が斬られるだなんて!!」

 その飛び出した何かの正体は小鳥遊一だった。バラバラになったはずの手足が物凄い勢いで再生していく。彼の身体の周りを微小管繊維がとりまいて、肉体と結合していくのが見える。

「さぁ、もう大丈夫だよシホ。おれと一緒に帰ろう……」

 小鳥遊一は倒れている卵志帆の元へと降り立って、優しく抱きかかえた。

 もう彼の中に迷いは無かった。どうして自分がまだ生きているかはわからなかったが、身体が勝手に次はどう動けばいいかを理解していた。

「……うう……ごめんなさい、ごめんなさい……班長のあたしのせいでみんなのことを守れなかった……みんな……」

 意識朦朧としながらも、彼の声で目を覚ました卵志帆はしきりに涙とともに謝罪を繰り返す。

「君は何も悪くない。生きていればそれでいいんだ」

 落ち着くような声で彼女を諭す小鳥遊一。

「……何故……何故、吾輩たちと同じ再生能力を人間ごときが持っているーっ!!」

 無視されて激昂した鳥人ガルーラが猛ダッシュで小鳥遊一らに突撃して来る。鳥人もまた、さっきの小鳥遊一が見せた身体の再生能力と同じものを持っているらしい。先ほど切断された翼もみるみるうちに再生されてゆく。

「…………だから、悪いのは……てめぇの方だろ?」

 さっきの穏やかな口調とはうって変わって、凍りついたような冷たい声で鳥人ガルーラの方へと振り返る小鳥遊一。

 その瞬間、小鳥遊一の周りをとりまく微小管繊維の舞う勢いが増して、彼は”変身”した。

 小鳥遊一の腕には鳥人と同じように羽根が生え、青く美しい尾翼が生えた。顔の上には鳥の仮面のようなペストマスクが被さり、その姿はかつての彼が飛行機事故の時に食べたあの”青い鳥”に酷似していた。さらに、指の先から爪のように放出された血のように赤い微小管繊維ワイヤーは普通の焼鳥軍兵士とは違って有刺鉄線のような鋭い棘をもっていた。その禍々しい姿は、突っ込んで来た鳥人ガルーラを瞬間的に怯ませる程の恐ろしいものだった。

「有刺鉄線の微小管繊維だと…………!? それにこの能力と姿は、吾輩たち鳥人族の始祖鳥個体である”青い鳥”を人間が喰ったというのか!! まさか、逆に人間が鳥人の進化を取り込むなんて……!?」

 そんな考えが鳥人ガルーラの頭を巡るうちに、鳥人の胴体は宙に浮いていた。今度は両脚が切断されたのである。

「ぐおおおおおおおおお??」

 そのまま地面に倒れて無様に転がる鳥人ガルーラ。

「……こんなっ……ゲホッ……、有刺鉄線を高速回転させて……まるでチェーンソーみたいに…………」

 そのワイヤーの斬れ味は凄まじいものだった。従来の微小管繊維の装甲なんて簡単に貫通してしまう。それどころか、側の鉄筋コンクリートの柱でさえ、豆腐のように真っ二つに斬り裂いていた。

「クッ……なんて威力だ…………。ここは一旦引いて仲間を…………」

 動揺した鳥人ガルーラはさっきで再生し終わった翼の方で飛んで逃げようとする。

「なっ…………!?」

 だが、もう少しで吹き抜けの天窓に届くというところで小鳥遊一に有刺鉄線のワイヤーを胴体に巻き付けられる。鳥人は必死で振りほどこうとするが、有刺鉄線の棘が肉に食い込んでしまって、もう逃れるのは不可能だった。

「……吾輩は、吾輩は間違ってなんかいない……! 人間と同じ事をしただけだ!! 人間と同じ…………」

 もはや最後の時を悟った鳥人ガルーラは自身の行為の正当性を主張するかのようにその言葉を繰り返す。しかし、その言葉も小鳥遊一の容赦ない一言が遮った。

「知るかよ。……もう種族がどうのこうのとか、何が正しいのだとか、どーだっていいんだよ……。ただテメ―は……、おれの家族を傷つけた」

 小鳥遊一の精神の中は憤怒で満ちていながら同時に、異様な程に落ち着きはらっていた。微小管繊維が体内の筋肉繊維と結合しているせいか、繋いでいる片手のワイヤーを鳥人の怪力に引っ張られてもまるで力負けしない。冷静なまま、もう一方の腕で抱きかかえていた卵志帆をそっと地面に寝かせて、裸のままの彼女に死んだ三人の遺したスーツをかぶせる。

「………………だからおれは、自分たちの青空の為だけに…………テメーを空から叩き墜とすよ――――――――――」

 そう言って立ち上がると、小鳥遊一は背を向けて一本背負いの体勢に入る。

「な……ちょっ! 待……………」

 鳥人ガルーラが叫ぶが、次の瞬間にはもう小鳥遊一が滅茶苦茶な力を振り絞ってワイヤーで縛られた鳥人を地面に叩きつけていた。それはもうおぞましい音速のスピードで、七階分もあるエスカレーターごとぶち抜いて叩き落とされた鳥人は見る影もないグチャグチャの肉塊へと変わり果てて、そのまま地下三階まで突き抜けていった。
後には、半壊したショッピングモールと、半鳥人化した小鳥遊一の雄叫びしか残らなかった………………………………………………。





 その建物の様子と音を遠くの上空から感知していたのは、霄香帆隊長の率いる援軍の部隊だった。もうすでに彼らの本隊は都市部掃討作戦を終えて帰還しており、その後で卵志帆班長の救助信号に気付いたという訳である。精鋭部隊を引き連れて猛スピードで第22班の元へと飛ぶ霄香帆。

「なんだあれ!? 何かがあのビル内で暴れているぞ!!」

 半壊したショッピングモール部分を肉眼で確認した助手の綿貫が叫ぶ。
「くっ……、遅かったか……!? まさかあのクソ鳥どもにハメられるなんて……こんな難関任務に新人兵を当てがってしまったのは私の判断ミスだ…………」

 結果から言うと、焼鳥軍本隊は善戦により都市部掃討作戦を成功させた。しかし想定していたより敵の数は少なく、後から実はここのビルこそが奴らの本拠地であったことが判明したのだ。どうやら奴らのボスには相当な知性の持ち主がいるらしい。

「急げ! 突入するぞ!! 生き残りがいるなら必ず救助する!」

 おとりに騙されていたのは自分たちの方だった。しかも、その巻き添えを喰らったのはよりにもよって新人班の中で一番優秀な者が多い第22班だった。皮肉なことに、不幸はこの22班だけで、他の新人班は後方救出任務を成功させて帰っていたというのはなんとも複雑な気分である。

「見てください隊長! 何ですかあれは!? 化け者……?」

 ショッピングモール内に突入した精鋭部隊たちが目にしたのは異様な光景だった。店舗が半壊した瓦礫の上で、半鳥人化した小鳥遊一がたくさんのカラスの死骸を手づかみで生のままムシャムシャと食べ続けていたのである。彼の周りには無数の有刺鉄線が張り巡らされていて、棘の一本一本にカラスの死骸が突き刺さって吊られていた。

「……これは微小管繊維の有刺鉄線……? しかもこの様子は、まるでモズの早贄に似ているな……」

 こんな状況でも冷静に観察して分析している霄香帆。

「なっ……! あそこにいるのはタマゴ班長!? 早くあの化け物から助けないと!!」

 小鳥遊一の広げた羽の下に倒れている卵志帆の顔を見つける助手の綿貫。焦った彼は携帯小銃を抜いて小鳥遊一に発砲してしまう。

「よせ! まだ様子を…………!」

 霄香帆が制止の声を出すが間に合わず、小鳥遊一の腕へと被弾する。

「……ぐるる……」

 しかし、半鳥人化した小鳥遊一にはまるでダメージが無く、弾痕も一瞬で修復してしまう。

「喰いたい……もっと鳥が喰いたい…………」

 小鳥遊一は正気を失いかけている中、かつてあの飛行機事故の時に食べた”青い鳥”の味を思い出していた。

 それは自分自身でも恐ろしくて、無意識にロックをかけていた記憶の断片だった。

「そうだ……思い出した……。おれは鳥を生で喰うのが大好きだったんだぁ……! あの時の味は最高に美味かった!!」

 そうして本能にまかせて、カラスを喰らい続ける小鳥遊一。やってきた精鋭部隊の方など気付きもしない。

「…………この再生能力!? まさか微小管繊維と皮膚が一体化してるのか!?」

 一方、その様子の一部始終を食い入るように見つめていた霄香帆。

「……面白い……」

 やがて、彼女は不気味な愉悦とともに笑みを浮かべて小鳥遊一にゆっくりと近づいてゆく。全てを理解したっかのように、 まるで恐れを感じていない。

「え……!? 隊長、何を……!? 危険です! 離れてください!!」

 助手の綿貫が霄香帆を止めようとするが、まるで彼女は聞こうとはしない。

「……お前は第22班班員の一人である、小鳥遊一だな……。私にはわかる。そのゴーグルでな……」

 霄香帆は変容していた小鳥遊一の正体を見抜いていた。彼の顔は半分以上を謎の鳥の仮面に覆われていたが、その特徴的なゴーグルはまだ額に残っていたのである。

「……すまなかった……もう大丈夫だ、脅えなくていい……。君たちは私が必ず助けるわ……」

 霄香帆は何を思ったのかと思うと、次の瞬間には小鳥遊一のことを優しく抱擁していた。自らの危険も顧みずに彼へと語りかける。彼女の身体のあちこちに有刺鉄線の棘が刺さって血が出るが、痛がる素振りも見せない。

「……ぐ……おお……………」

 霄香帆の予想外の行動に動きを止める小鳥遊一。気力の限界だった彼はそのまま安らぎに身をまかせて気を失った。次第に変身が解けて、仮面も壊れてゆく。

「……ああ、そうだ……喜べ、人類諸君よ…………。”適応度レベル6”の誕生だ!」

 さっきの優しい言葉とは裏腹に、野望のある悪どい微笑が止まらない霄香帆。

「きっとコイツは…………………………人類最後の希望となるだろう――――――――――」

 その刹那、割れた天窓から光が差して後光のように降り注ぐ。

 それは神の祝福なのか、憐みなのかはまだ誰にもわからなかった……………………。










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