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贈り物8

 壁を扉のように手前に引いて開けた先には、何も無かった。・・・・・・いや、在った。
 四方を壁に囲まれた空間を見回した後、足下に目を向けてみると、そこには高さがボクの膝丈よりも低い円筒形の物体が、中央にちょこんと置いてあった。
 ただ白いだけのそれは、一応足の部分が外へと広がっているので、簡単に転がる事はないだろう。
 これがそこら辺に置いてあったら何だろうかと疑問に思うだろうが、ここへは転移装置を探しに来たので、中には他に何も無いところを見るに、とりあえずこれが転移装置なのだろうとは簡単に予想がつく。
 視た限りあまりそういった感じはしないのだが、とりあえず転移出来れば何でもいいので、しゃがんでその円筒形の物体に手を置いてみた。

「・・・・・・・・・うーむ」

 しかし、何も起きない。これが転移装置で間違いないとは思うのだが、どうなっているのだろうか?
 不思議に思い、その物体を観察してみる。
 転移装置は起動していれば何処に触れても作動するはずなのだが、こうして触れても作動しない所を見るに、起動していないのだろう。
 あまり太さの無い白い円筒形で、底の部分が円形に広がっている以外には、模様も細工も何も無い。
 触れてみるも何も起きず、それを掴んで動かしてみようとするがビクともしない。床に固定されているのだろうか?
 しょうがないので、しゃがんだままその物体へと意識を集中させていく。そうして視ていくも、魔力的な反応は微弱なもの。

「んー? 本当にただの置物? いや、こんな場所に置いてあってそんな訳ないよな」

 その為についそんな事を考えてしまうが、頭を振って考えを改める。こんな変な場所に隠すように置いてあって、何も無い訳がない。それに、この部屋にはこれ以外には何もない。プラタがここに第二訓練部屋への転移装置を置くと言った以上、ちゃんとここに設置しているはずだ。
 であれば、これが転移装置なのだろう。そうは見えなくとも、そのはずだ。

「という事は、何か仕掛けが在るのかな? 起動方法は分からないが、その仕掛けを解けば起動すると思うのだが」

 ボクは腕を組んでうーむと思案する。プラタに尋ねればすぐに答えは分かるが、それは何だかかっこ悪い。非常に今更な気もするが。
 とりあえず色々と触ってみるか。そう思い、円筒形の物体に触れてみる。

「何か変わったところはあるのかな・・・うーん・・・うん? 今ここが動いたような?」

 両手で円筒形の置物を触って色々な方向に軽く力を入れていると、上から三分の一ほどの辺りが僅かに動いた。
 それを確認したので、そこを集中的に弄ってみる。そうすると、どうやら上から三分の一ほどの場所に横に線が走っているようだ。

「うーん。これはつまり、ここが開くという事なのかな?」

 もう少し詳しく調べてみると、線は円筒形をほぼ一周するように走っていたので、上部は開きそうな気がする。ここはふただったのかもしれないな。
 そこまで分かれば、あとはどうにかしてそこを開ける方法を見つけるのみ。単純に力を込めて上に持ち上げるだけでは開かなかった。
 ただ、線は円筒形を一周してはいるが完全ではなく、個室の中に入る為に開いた扉側を正面とした場合、その反対側に線が引かれていない部分が確認出来たので、おそらく完全に取り外しが出来る様なふたではないのだろう。
 そこまでは判ったのだが、それ以上はまだ判らない。

「ううーん。このままでは、この転移装置と格闘するだけで今日が終わりそうな気がするぞ・・・」

 折角貰った休みなのに、最後にこれでは締まらない。現在は夜ではあるが、時間はまだ少し残っている。お風呂に入る時間を考えれば睡眠時間をちょっと削る事になるかもしれないが、それぐらいであれば問題ないだろう。

「むむむ。力では無理だが、かといって捻っても無理そうだ。何処か別に仕掛けらしいものがある様子もないし・・・困ったな。こうなったら魔力でも流してみるか?」

 頭を動かして様々な角度から眺めて思案した後、思いつくままに色々と試してみるも、それは悉く失敗に終わった。そこでどうしたものかと思案したところで、ふと個人認証について思い出す。
 扉などに取りつけられているあれはプラタが創ったモノだし、これもおそらくプラタが創った物だ。であれば、同じような造りであったとしても不思議ではない。

「ただ、あちらは触れるだけで勝手に認証してくれたんだよな」

 扉などに取りつけられているモノは、体表に流れる魔力を拾って勝手に認証してくれる機能だが、先程からボクはこの円筒形の置物にずっと触っているのに何の反応も示してくれない。という事は、個人認証ではないのかも?
 そう思いながらも試す事は試している最中なので、物は試しと円筒形の置物へと、壊さないように微弱ながらも魔力を流してみた。すると、触れていた手に微かな振動が伝わる。あまりにも一瞬の出来事であったが、あれは多分、内部で僅かに何かが動いたような感じだったと思う。
 そう思い、おそるおそる円筒形の置物の上部を掴み、それを持ちあげて向こう側へと倒すような感じで軽く力を込めてみる。

「お!?」

 そうすると、先程まで何の反応を示さなかった円筒形の置物の上部が、抵抗らしい抵抗もなくあっさりと持ちあがったのだった。
 パカッと音がしそうなほど呆気なく開いたその中には、半透明な赤色をした小さな球体が半ばまで埋まるようにして収まっていた。
 その球体は下側から照らされているのか、キラキラと中が光っている。それは宝石のようで美しく、このまま見ていたいぐらい。
 しかしそうもいかないので、魔力視でそれが起動しているのを確認してから、そっと触れてみる。そうすると、転移時特有の一瞬の浮遊感と意識の漂白を感じた後、世界に色が戻ってくる。
 視界が戻ったところで周囲を見回す。そこは明るさが抑えられた白色の壁と天井の広い部屋で、床は滲んだような緑色。
 天井も壁も床も当然プラタの魔法によって補強され、かなり頑丈になっている。この辺りは地下二階の訓練部屋と同じだ。
 広さは地下二階の訓練部屋よりは狭いが、暮らせるぐらいには広い。
 部屋の広さを除けば、地下二階の訓練部屋との大きな違いといえば部屋の外に魔力妨害の魔法道具が起動している事ぐらいか。
 広いだけで何も無いその部屋の片隅に、来た時に使用した転移装置と同じ物が置いてある。

「さて、それじゃ時間もそんなにないし、さっさと魔物創造をするとするかね」

 第二訓練部屋の中央辺りに移動すると、魔物創造の為に集中していく。魔物創造の魔法自体はそこまで難しいモノではないが、その分術者の資質が色濃く反映されてしまう魔法だ。
 資質といっても人格などの内面はあまり関係していない。そういったモノが魔力に影響するという話はあるので、完全に関係していないという訳ではないのかもしれないが、ボクの知る限りではそこまで大きくは関与していないはずだ。
 この場合の資質とは、魔力の質。とはいえ、その辺りの詳しい話はボクも分からないが、とにかくその資質によって創造出来る魔物は異なってくる。
 もっとも、完全に資質に由ってしか魔物が生まれないのかといえばそうではなく、創造される魔物はある程度の誘導は可能。
 まぁ、誘導出来るといっても幾つかの雛型が在る魔物に限られてくるらしいが、それでも不可能ではない。ただし、そうして創造した魔物は、資質に由って創造した魔物に比べると弱い傾向がある。
 ただ利点として、資質に由って創造する魔物に比べて格段に必要な魔力量が少なく、またより簡略的な魔法に出来るので、とにかく魔物を量産したい時には便利な魔法だ。人間界でいえば、ジーニアス魔法学園のダンジョンに居る魔物の多くがこの方法で創造された魔物らしい。
 とはいえ、今回は関係ないのでそれは横に措く。ボクが今回行うのは、当然資質に由る魔物創造。

「しかし、何が生まれるのかね」

 この身体になって初めての魔物創造。兄さんの身体に居た時とは魔力の質が変わっているはずなので、創造される魔物もまた質が異なる・・・はず。

「あの時は兄さんの魔力も混じっていたとはいえ、基礎はボクの魔力だったはずだから、そこまで大きく外れるような事はないと思うけれど・・・どうなんだろうな」

 不安と緊張、それに期待。様々な感情が入り混じりながら、魔物創造が終わるのを待つ。
 魔法自体は直ぐに完成しているので、あとは魔物が創造されるのを待つだけ。この辺りの仕組みはあまり詳しく研究されていないので、よく分かっていない。そもそも魔物の種類も不明だしな。
 人間界周辺だけでも魔物の姿形は千差万別だし、中にはシトリーのような規格外の魔物も存在している。シトリーと同じスライムは魔物の中でも希少種らしいが、他にも同じ希少種は様々居て奥深い。それこそフェンやセルパンもその希少種に類別されるらしいし。
 その流れでくれば、また希少種だろうかという甘い考えが浮かぶも、そうほいほいと希少種が出るモノではないだろう。おそらくだが、フェンやセルパンは兄さんの魔力が混じっていたから生まれた個体だと思うし。

「・・・・・・そろそろ生まれるかな?」

 魔法を発動させたまま魔物が創造されるのを待っていたボクの感覚が、何かが噛み合ったようにすとんと胸の内に落ちたような、そんなすっきりとした感じを捉える。
 それを感じて魔法の方に意識を集中させる。そろそろ魔物が創造されるが、創造された魔物が全て大人しい訳ではない。中には創造直後に術者に襲い掛かってくる魔物も居るので、油断は出来ない。
 警戒しつつも時を待つ事暫し。目が眩むほどの強い光が魔物を創造していた魔法から発せられ、一瞬で部屋を光で満たす。
 光は収まるのも一瞬で、事前に強く目を瞑っていたので直ぐに視力は回復する。
 そうして視界に第二訓練部屋の様子が映ると、魔物創造の魔法を起動させていた場所に一体の魔物が佇んでいた。

「これは・・・・・・鳥?」

 ボクの少し先で二本の細い足で床に立ち、こちらに顔を向けている全身真っ黒な一体の魔物。その見た目は鳥に見える。
 高さはボクよりも高く、足の先から頭の天辺まで二メートルはありそうだな。横幅は両手を思いっきり広げたら抱き着けそうなぐらい。何にせよ大きな鳥だ。
 その鳥の魔物は、こちらに顔を向けたまま微動だにしない。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 僅かな間見詰め合う。えっと、何をして欲しいんだ? とりあえず敵意はなさそうだし、これは一応成功といっても問題なさそうだな。
 動かない魔物と見つめ合うと、創造した魔物を中心に周囲を歩いて観察してみる。大きい鳥に見える魔物は、そうしてボクが周囲を歩いていても微動だにしない。

「生きてる・・・よね?」

 ただの置物のように動きが無いその魔物に、おそるおそる声を掛けてみる。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 それに対する返答はない。魔物に動きもないので、少し考えた後に触れてみようかと手を伸ばしてみた。
 警戒しつつも、驚かせないように魔物の正面から近づき、その身体に触れてみる。
 そうすると、ボクの手が身体に触れようかといったところで、魔物の顔の部分が僅かに動いた。
 しかし、動きはそれだけ。一応生きているのは分かったが、そもそも全身真っ黒で目や口の形が分からないので表情が分からない。
 多少警戒している様な感じはするが、それだけで拒絶している様子はないと思うので、そのまま魔物の身体に触れてみた。

「ほぅ。意外とふかふかだな」

 見た目は黒一色なのでよく分からなかったが、直接触れてみると、ふわっとした羽が迎えてくれる。そのまま左右に動かしてみると、すべすべとしていて手触りもいい。体温は感じられないが、それ除けば鳥そのものだと思う。
 暫くそうして撫でていると、魔物は抱いていた多少の警戒も解いてくれる。しかし相変わらず動かないので、気のせいかもしれない。
 とりあえず襲ってきたりはしなさそうなので、このままフェンやセルパンのように傍に控えさせていても問題はないだろう。だがその前に、フェンやセルパン同様に何かしら名前をつけなければ。

「うーん・・・」

 この魔物は喋れないのか、ジッとしたままでされるがままだ。動きもほとんどないし、困ったな。

「君に名前を付けようかと思うのだけれども、いいかな?」

 魔物の身体を撫でながら、見上げて問い掛けてみる。もしかしたら黙っているだけで、喋れるのかもしれないし。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 ボクの問い掛けに僅かに顔を動かしたので、こちらに視線を向けたのだろう。そのまま暫しの見詰め合い。静寂が耳に痛いぐらいに第二訓練部屋には何の音もしない。
 見詰め合ったままどれぐらいが経っただろうか? 体感では数十分ぐらい経過したような気がするが、実際は一分も経っていないと思う。

「・・・・・・えっと、沈黙は肯定と取っていいのかな?」
「・・・・・・」

 しびれを切らして遠慮気味に確認してみれば、魔物は僅かに顔の部分を上下させて首肯するのみ。やはり喋れないのかもしれない。
 確か魔物の能力は、一番下に影に潜るが在り、その上に言語能力。その更に上に影渡りが在って、最後に魔物創造だったかな? であれば、この魔物は喋る事が出来ないようなので、そこまで凄い魔物ではないのだろう。こちらの言葉は理解出来ているようなので、知性はあるようだが。
 人間界に倣って等級の上中下で評価すると、おそらく強さは中級といったところか。人間界の東の森に居たら、森の中で埋もれる程度の実力だろう。森の外にあぶれるほど弱くは無いとは思うが。
 フェンやセルパンが文句無しの上級で、それもかなり上位の魔物だっただけに、落胆はある。しかし、これが今の自分の実力だと思えば妥当かもしれないな。やはりフェンやセルパンの時には兄さんの魔力の影響が強かったのだろう。
 色々思うところはあるが、今はそれよりも魔物の名づけが先決だ。せっかくこの身体で初めて創造したのに、いつまでも魔物のままでは可哀想だし。
 うーんしかし、名前を考えていなかったな。魔物を創造しようかなとは考えていたが、その先まで思考が追いついていなかった。こんな調子じゃ、この程度の魔物を創造してしまうのも納得出来てしまうな。
 まあそれはいいや。それよりも名前だ。さて、どうしようか。

「うーん、そうだな・・・・・・」

 ジッと魔物を見上げて考える。時折視線を魔物の身体に向けて観察してみるも、何処を見ても黒一色だ。

「・・・・・・うーんじゃあ、君の名前はタシでどうだろうか?」

 魔物に性別は無いし、見た目は様々でも結局は魔物でしかない。魔物の見た目は余程の上位者でなければそこまで影響しないからな。関係しても移動の仕方が異なるとかその程度。
 であれば、直感で決めてもいいだろう。語感がいいとかでもいい訳だし。名前を呼ぶ者も限られているのだから、覚えやすい方がいい。

「・・・・・・」

 ボクの提案に、魔物は小さく頷く。これにより、この魔物は今からタシという名前に決まった。

「それじゃ、これからよろしくね。タシ」
「・・・・・・ヨロシク、主人」

 名前が決まったので改めて挨拶すると、可愛らしい声音で小さくタシがそう返す。どうやら喋れたようだ。

「おや、喋れたのか」
「・・・・・・今、喋レル、出来タ」

 たどたどしくも、そう伝えてくれる。意味が通じるのであればそれで十分だろう。少々声の音量が小さいが、周囲が余程うるさくない限りは問題ない。

「そっか。それじゃ、改めてよろしくね。タシ」
「・・・・・・ヨロシク、主人」

 身体は大きいが何処か子どもっぽい雰囲気のタシに笑いかけると、タシは頭を垂れてそれに応えた。

「それで、タシは影の中に潜れるの?」

 名付けが終われば、次はタシの能力の確認である。
 何故だか知らないがこうして喋れるようになったという事は、言語能力までは修得したという事だろうから、能力順で考えるのであれば、影を渡る事までは出来ずとも影に潜るぐらいは出来ると思うのだが。
 そう思って確認の意味も込めて問い掛けると、タシは思案するように首を傾ける。おそらく自分の中の能力について確認でもしているのだろう。
 そのまま暫く待つと、傾いていたタシの首が元に戻る。

「・・・・・・多分、出来ル、思ウ」
「そっか。なら、ボクの影の中に入れる?」
「・・・・・・ヤッテミル」

 タシは頷くと、移動に慣れていないからか左右に大きく揺れながらゆっくりと前に進み、ボクの影の上に移動する。
 ボクの影の上で立ち止まったタシは、数秒固まった後に、ずぶずぶと影の中に沈むようにして入っていった。
 その様子を眺め、フェンやセルパンフェンのように一瞬で影の中に入れる訳ではないのだなと感想を抱く。これは先に確認しておいてよかった。いざという時にそれを知らずに、フェン達を基準にして行動していたら、思わぬところで躓いていたかもしれない。
 タシが完全に影の中に入ったのを確認したところで、次は魔力による会話が出来るか試してみる。

『タシ、聞こえる?』

 影の中に居るタシと魔力の糸で繋がったのを感じて、ゆっくりはっきりと声を掛けた。

『・・・・・・聞コエル。主人』
『そうか。ならよかったよ』

 無事に魔力を使っての会話が出来てホッとする。これが出来ないと色々と不便だからな。
 フェンやセルパンの反応から、影の中からでもこちらの声は届いているようだが、それでもその場合は普通に言葉を発しなければならないので、秘密裏に連絡したい時にはかなり不便だ。
 それに魔力を使っての会話ならば離れた相手とも会話が出来るので、これが重宝する。むしろ魔力による会話では、隠密性よりもそちらの方が重要な要素だろう。
 ただまぁ、タシの場合はおそらく影渡りが出来ないので、ボクの影から離れるという事はあまり無いとは思うが。それでも一応、確認はしておくか。

『タシ。タシは影の間を行き来する事が出来る?』
『・・・・・・多分、無理。デモ、ヤッテミル』

 タシからの返答を聞いた後、ボクは近くに適当な置物を創造する。第二訓練部屋は天井や壁が光って室内を柔らかな光で満たしているが、もう少し影が濃い方がいいと思うので、ついでに少し離れた場所に発光する魔法道具も創造してみた。
 創造した魔法道具から発せられる光はそこまで強い光ではないが、それでも先程までよりも影が濃くなった。ボクの影も濃くなったので、これで分かりやすくなっただろう。
 準備が整った後、タシに用意した影に渡るように伝える。それから静かにタシからの結果報告を待つ。

「・・・・・・」

 強い光でなくても目が痛くなるので、光を直接見ないようにしながら影の方に目を向ける。影の中に居てもタシの存在は把握出来るので、もしも移動出来たらすぐに解るだろう。
 それから数分経過したところで、影の中からタシの声が届く。

『・・・・・・主人、無理。ゴメンナサイ』
『いいよ。能力を確認したかっただけだから』

 申し訳なさそうなタシに、気にしていないという事を告げる為に軽い調子で応える。最初から無理だろうなと思っていたので、本当に確認でしかなかった訳だし。
 確認作業を終えたので、創造した置物や魔法道具は分解しておく。それで少し光量が落ちたが、先程までの明かりに慣れていたので、感覚的にはそれ以上に暗くなった気がする。
 少し待って周囲の明るさに目が慣れたところで、他に確認すべき事はあるだろうかと首を捻る。影渡りが出来ない以上、魔物創造は出来ないだろうし、仮に出来たとしてもやられても困るのだが。
 他には何かあるかなと考える。そういえば、影に潜るのも言語能力も影渡りに魔物創造も魔物の能力ではあるが、それ以外にも固有の能力というのもあるか。タシぐらいの存在ではそれも大した事はないだろうが、それでもあるはずだ。
 例えばフェンの巨大化や丸のみとか、セルパンの巨大化や毒がそれに該当するだろう。人間界周辺でも、爪とか牙とか持っている魔物が居たりしたからな。まあ本物かどうかは分からないが。
 そういう訳で、タシにも何かしら有ると思うのだが・・・鳥だし嘴かな? 羽も飾りでなければ空を飛べるのかな? もしも空を飛べるのであればかなり役に立ちそうだが。
 ああそれと、五感の共有の確認もしておかなければ。それが無事に出来れば、ボクでも空からの目線というものを知る事が出来るかもしれない。もしかしたら空を飛ぶ感覚というのも解るかもな。魔法で空を飛ぶのは不可能ではないが、水の中と同じで効率が悪いから使い難い。
 水中での移動はある程度形にはなったが、それでもまだ長時間はキツイ。しかし最初の頃よりはかなり改善されたので、空を飛ぶ魔法も改良次第では使えるようになるかもしれない。
 そんな事を考えながらも、まずは五感共有の確認をする為にタシにそれを告げて影から出てきてもらうが、影に潜る時同様に出てくるのにも時間が掛かった。
 やはりフェンやセルパンの様にはいかないかと思うと、タシが影からゆっくりと出てくる様子は、現在の自分の実力をまざまざと見せつけられているような気分になってくる。
 実際そうなのだが、フェンやセルパンを知っているだけに余計に惨めになってくるな。だが、その二人を基準にしないで考えると、おそらくタシはそこそこ優秀な方だと思う。
 他の魔物の性能をじっくり検証した訳ではないが、単純に内包している魔力量や、それから推察出来る戦闘能力という点においては、今まで出会った魔物と比較しても悪くはないだろう。勿論、フェンやセルパン、それにシトリーを除いても一番にはなれないが。
 数秒ほど掛かってやっと影から出てきたタシ。色々思うところはあるが、それらは全て私的なモノなので、その考えを片隅に追いやる。
 影から出てきたタシと見詰め合った後、五感共有を確かめてみる。それにしても、外から見ただけではタシの目は相変わらず何処に在るのか分からないな。
 それでも多分こちらを見ていると思うので、集中して五感の共有を行っていく。まずは視覚だ。

「・・・・・・」

 フェンやセルパンと五感共有する時の感覚を思い出しながら、タシに意識を繋げていく。五感の共有はフェンやセルパンと何度も行った事なので、手間取るような事もない。
 少しの間目を瞑って意識を集中すると、直ぐに繋がった感覚を抱き、ゆっくりと目を開く。そうすると、視界に自分の姿が映る。

「おぉ。とりあえず視覚は成功だな。次は聴覚だ」

 そう思って先程と同じように感覚を繋げると、以前フェンと五感を共有した時は視覚以外が繋がらずに困惑した事を思い出した。あの時は兄さんに原因を教えてもらったんだったな。
 今では五感全てを繋げる事が出来るのだから、あの時の事が嘘のようだ。そうして懐かしく思いながらも、聴覚も繋げる。何か音を出そうと思い、パチンと手を叩いてみた。

「うん。音も聞こえる・・・と思う。この感じは自分の耳で得た聴覚情報ではないと思うし」

 一応自分の方の聴覚情報は遮断しているので、若干自分で聞いた時よりも遠い感じがするその音がそうだろうと結論付ける。それにしても、タシに耳なんてあるのだろうか? まぁ、魔物は動物を模していたとしても別の生き物だし、魔力の塊なだけに割と何でもありな生き物だが。

「次は触覚かな」

 タシの身体の感覚と繋げながら、嗅覚と味覚はどうしようかと考える。嗅覚は何とかなりそうだが、食べ物なんて持ってきてないしな・・・うーん、そこは別に試さなくてもいいか。
 肌の感覚をタシと自分とで繋げると、確かめる為にタシの身体を撫でてみる。

「むぅ。慣れないからか、少しぞわっとしたな」

 触れた自分の手の感覚に少し驚く。こうして触覚を繋げてみても、おそらく感覚はタシとボクでは少し異なっているのだろう。この辺りは慣れもあるのだろうが。

「味覚は別に試さなくてもいいから、最後に嗅覚だが・・・何かにおいが出る物ってあったかな?」

 自分の身体を軽く叩いたり動かしながらまさぐるも、丁度よさそうな物は持ってきていない。魔法道具で創ろうかとも思ったが、良い香りが出る魔法道具とか創った事がないから、まずは構想から入らなければならないな。

「うーん・・・まぁ、嗅覚も別にいいか」

 フェンやセルパンとの五感共有でも、基本的に視覚と聴覚ぐらいしか使用していないので、嗅覚も味覚同様に試さなくても問題ないだろう。

「それじゃあ次は、タシの個体の能力を調べてみようかな」

 共有した感覚を全て解くと、まずはタシの周りを一周してみる。その後で嘴っぽい部分に触れていると、結構硬い。
 これなら大丈夫そうかと思い、ただの置物をまた創造してみた。

「タシ、この置物を突いてみてくれる? 壊していいからさ」
「・・・・・・分カッタ、頑張ル」

 創造した置物を指差してタシにそう告げると、タシは気合いを入れて置物の前まで移動する。
 置物の前まで移動したタシは、立ち止まってまずは標的を見定める。緊張しているのか、やや動きが固い気がするが、まだ創造して間もないので動く事に慣れていないだけかもしれない。
 タシのその様子を少しの間見守っていると、置物をしっかりと捉えたのか、タシが思いっきり嘴っぽい部分を置物へと振り下ろした。
 振り下ろされたタシの嘴は置物に突き刺さる。その後にタシが振り下ろした頭部を持ち上げると、嘴っぽい部分が刺さった置物も一緒に持ち上がってしまう。
 とりあえず確認は出来たので、嘴っぽい部分に刺さった置物を取ろうと頭部を動かしているタシを少し眺めた後、刺さったままの置物を分解した。
 それが終わったところで次は飛行だが、現在は第二訓練部屋。魔法の修練も行う部屋だけに広さはそこそこ在るが、高さは四メートルあるかどうかといったところか。
 人間界に在る一般的な家屋の高さに比べれば十分高いとは思うが、それでも飛べるかどうか確かめるには明らかに低い。

「あとは飛行能力の有無も調べたかったが、それは外でやったほうがいいだろうから、この場では保留かな」

 なので、一度視線を上げて天井までの高さを確認したあと、飛行能力については一旦諦める。その後に他に何か調べるべき事があったかな? と考えたが、特に思いつかなかったので自室に戻る事にした。

しおり