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俺の人生の努力を知れ

定時で上がり、外垣を連れて会社の社員専用駐車場へ向かいながら、ふと気付く。
「おまえ、車通勤?」
「電車です。そろそろ買おうかとは思うんです、新学期とか連休明けってダイヤが乱れるんですよ。駆け込み乗車が多いのかなと察しますが、5分の遅れでも、駅から10分歩くので余裕をみないといけませんし」
ふうん、いろいろあるんだな。

「あっ、五辻さん。ハリアーに乗って居るんですか!」
SUVは人気があるもんな。
「無茶しましたねえ、入社2年目なのに」
こいつ。でも嬉しそうに「お邪魔します」と乗り込んで行くから、いいや。
「AT車の方が楽ですよね。社用車はマニュアルだから、僕は免許取っておいて良かったです。五辻さんを乗せてどこまでも運転できますから」
元気だなあ。しかし、聞き捨てならん。あくまで、俺? まあいい。

「お伺いします。助手席のシートが若干倒されておりますが、昨晩ここにどなたが」
「ああ、俺。郁が急にドライブしようって言いだして、運転してた」
それが何。
「性的です」
「はあ?」
「お兄さんは英さんのシートを倒させることにより、そのしなやかなおみ足を横目で存分に眺めて居たのではございませんよね。僕は慄きます。しかんじゃないですか、嬲られ過ぎですよ」
「おまえの妄想力……」ありうる、もっと警戒しよう。

「そのバックを見やるさまが、いつ見ても惚れ惚れです」
こいつこそ危険。

「ネクタイを締めたシャツの首筋に浮き立つデコルテ、貞操を大事になさって下さいね? 全社があなたを狙い撃ち」
どこかで聞いたぞ。
「警戒しましょうよ。人事も経理も老若男女問わず、あなたの一挙手一投足を見逃しません」
なに?
「臀部に留意と背筋に注視。階段を駆け上がり捲れる上着に着目です」
手旗信号みたいに指すな。
「捩じれる腰つき魅惑的な腸腰筋。先輩が自分の部署へ顔を出すよう、あれやこれやの政策が出されてますよ。お気付きじゃ無いんですか、やたらと内線が鳴りますよね」
言われてみたら?
「全社あげてのお祭り騒ぎ。日本人はお祭りが好きですからね。日々が興奮の坩堝(るつぼ)です。祭囃子は伊達男・先輩の革靴の音ですよぅ。お気を付け下さい」
先ず、おまえだろ。

「会社は仕事をするところっ」
支離滅裂になりそう、早く帰りたい。



日は落ちて空は暮れて行く。1人で抱えて悩み、夜が果てしなく長いのを知った日もあれば、白々と明けていく空を仰ぎ見た日がある。おまえが変わらず側に居ると気付いた時からだ。外垣と居るときは気が安らぐ。背伸びしなくていいから。
「五辻さん、拘りのインテリアですか。へえ」
室内ではおとなしそう。話ができるな。郁が居るから襲っては来ないだろう。あいつは俺の声音だけでも聞きたがるナルシスト。
「このマガジンラック、素敵ですね。スラップローボードって言うんでしたっけ」
最初に買った家具だ。目の付け所が違う。雑誌の表紙を並べて飾れるから好き。
「サイドチェストもかわいい。一番上がガラス板で引き出し付き。夢見がちですね? ロマンチックで少年のような、あなたらしいチョイスです」
褒めてるの?
「しかし、入って居るのが食物アレルギーマイスターの資格証と、入社時に授与された証書。……いっそ、勲章が欲しいところです。色気が皆無です、真面目過ぎますね」
どこがいけないんだ。
「そうだ、この二人掛けソファーは水色で目立ちます。でも、落ち着きますね、木目調が多いインテリアの中で」
詳しいなあ。
「僕も北欧系のものが好きで。いいですねえ、でもお高いでしょ」
何となく、言葉が砕けている。
「探せば安価であるよ。まあ、座れ」
俺は1人用のチェアー、外垣には水色のソファーを勧めた。座り心地がいいのか、見るからにご機嫌。へえ、年下と言う感じがする。ん? 背後のパレットに乗せただけのマットレスに手を伸ばす、そこはベッド。
「お触り禁止」
「踊り子さんに、ですか? まだ青春なんですか?」
黙らせたいが、冷静にいこう。
「……今まで聞きそびれて居たんだけどさ。どうして商社に入ったの。以前、紳士服売り場でバイトしたって言ったよな」
「よく覚えておいでです。驚きました、僕には関心が無いとばかり」

そうでも無い。ほう、リラックスしたのか表情が和やかじゃないか。会社の付き合いでは見せない顔だ。

「ああ、商社は縁故です、売り場のチーフから包材の関連で就職先を紹介された経緯ですよ。どんな人に会えるのかとネクタイを締めて挑みましたら、あなたにお会いできたという訳で」
初めは好意が無くて? これは本気では無いとみるべきか。

「お邪魔できて嬉しいですよ。部屋のインテリアを見ても思うんです、生活は簡素が良く、思想は高きが良いと学びました。あなた自身を見ていて理解しましたから」
ん?


「……そういえば文化が進むほど心に注文が多くなり、余裕が無く、それが苦の始まりだとは思う。物欲ばかりで、稼いでも足りないような感じ。足ることを知ろうと感じたのは、SNSで頻繁に商品情報が流れて来て、おかしいと思ったからだ」

そこから衝動買いをしなくなった。先が無いとかじゃなくて、情報に踊らされて居る気がして。
そうだ、俺は色々踊らされてきた。自分を見失うところだった。夢を叶える人も居るがフェイクで出鱈目だらけのSNSに試されたし、自分の寿命も20歳までは叶わぬと。でも絶望はせずに革靴を履いた、社会へ出たんだ。どこへ行くにも連れて行くプレーントゥの革靴。


「業務もそう。1度使用された包装紙は廃棄される、それを知りながら卸販売で大量の数を捌く矛盾はあるんだ。地球にやさしくない。でも、売れた時の遣り甲斐。俺を認めてくれたような達成感がある」

俺は媚びて笑うのだけはしたく無いと思った。嘘はつきたく無いから。自分で選んだ包材を売りたくて真摯に話す。そそのかすのは嫌で。

そう、思い出した。郁と動物番組を観ると必ずあいつは「ペンギン飼いたい」とか言う。流行に乗っかる勘違い野郎、ああ、俺も同じで、あの人の物珍しさから焦がれたのかも。……ようやく理解した。
そして郁は笑顔なんだ。無茶ぶりしながら、俺に笑いかけて。
外垣もそうだ。性的発言を読経のように繰り返し、触り、憤るが心底嫌いとは思わない。いつも外垣は笑顔だから。いやらしくない、爽やかなんだ。だから、つい俺も本気で怒らず、常に側に置いた。居るものだと思うように成って居る。
『見て居る景色が同じ人に出会えるといいよね』

「俺が見たい景色って、相手の笑顔……」

自分だけ話して居ると気付いて外垣を熟視した。聞いて居るだけで楽しいのか? いつもなら俺より喋るはず。

「真面目ですよね、僕も業務へ向かう姿勢をあなたから学んだ」
外垣が口角を上げた笑顔で応じてくれる。
「善き話は相互理解を深めるものですね。あなたを深く知れそうで嬉しい」
え、そうなの。
「きちんとお話を伺ったのは初めてですが、納得ですよ。仕事を誇れる男は素敵だと思うんです。あなたに出会えてよかった。僕はあなたに出会いたかったとさえ思うくらいですから」
俺も誰かに出会いたかった、だから住み慣れた街から遠い場所にある商社へ入ったんだし。

おまえが俺を見付けてくれたのか。

「成長していくあなたに必要とされたい、そんな補佐でありたいと僕なりに努めてみました。業務はもちろん、ときにセクハラ、そして励ましで支えに成ろうと」
ああ、やっぱりそうだったんだな。この子は俺より人としてできて居る。自分のために為すのではなく人のために為すんだ、愚かな俺よりはるか上だ。どうしてそこまでしてくれるんだよ?

「それに、何度でも申し上げます。僕はあなたが好きなんです」
「本気だったんだ」
思わず立ち上がると外垣が駆け寄って抱き着いた。
「ようやく、僕を見てくれた。あなたが好きでよかった、こんなにお側に居られる」
いつも居るじゃないか。あ、俺がちゃんと見てなくて。うわ、今更ながら背が高い、俺並み。


「いい香り」
悪寒がする。悪ふざけ?
「首筋を嗅ぐな、ようやくおまえと向き合う気に慣れたのに」で、首に手を回されてうつむくとキスされた。舌先だけが入り、歯列に触れた。それだけで寸止めのキスなんて俺が焦れる。縋らせ上手はおまえだろ。欲しくなる、高ぶってしまう。止まらなくなる。

「あなたは美麗で性的です」
黙れ。
「勇猛果敢に業務へ取り組みながらも、嫋やかです。僕は知ってます」
説き落とす気か、おまえだってかわいい顔して妙な言葉を繰り出したり真面目だったり、いろいろな側面があるじゃ無いか。俺だって分かる。

「僕ではだめな理由をお聞かせ願います」
本気だ。
「無いよ」
断る理由なんて、無い。
「憎からず想ってる」正直な気持ちだ。

外垣が唖然とする、嫌われて居るとでも思ったのか?

「聞け、心惹かれてるから。……俺を守ろうと懸命に努めてくれて、感謝して居るんだ。それに、おまえは強引にしか来れなくて、俺から行くと怯むのを知ってる」
俺とは逆で自分から行けるのを凄いと思うんだ。ようやく、相手の気持ちを理解できた。

そして、強がりな俺を好きだなんて、おまえもそうだろ。総務部が耳打ちしたぞ、異動の話が出
てるそうじゃないか。なぜ言わないんだ。俺に向き合え。相棒だろう。

ほぼ完全なやまとことばを繰り出す癖に、完全無欠ではないのがおまえだ。俺から来られると引くあたり、セクハラ発言でガードしてたんだろ。
「おまえと向き合うから本気出す」
もう我慢ならん、俺が高揚する欲情をここまで堪えたんだ。


おまえには抱かれん、俺が抱くっ! 元々こっちだ、とち狂いっ! 
男に抱かれる体じゃない、郁からも逃げ回り、精進した体を抱かせるもんか。さんざん触られはしたが、許してはおらぬ。やつの性欲のはけ口にだけはならん! 

俺の人生の努力を知れ。

20歳までは生きられぬと言われもし、同じ顔が追いかけて来るんだぞ。しかも同じ背丈だ、化け物だ。

何がかわいこさんだよ、ナルシスト。24時間、気が抜けない俺の培われた俊敏な躱し。身体能力の一端は披露したはず、思い知るがいい。

しかもだ、郁の注目を浴びぬよう、己の、男の肌を磨けと勧めるたゆまぬ奮励。快適な運動は自らだが、適度な食事量を心掛けて居る。精神が冴えてお祭り騒ぎせぬよう、快眠用にアイマスク、コスメも入浴剤も、てんこ盛り。

結果、ディープな世界へ飛び込んだようだが知らん。俺は根性で生き抜いた、ここで食われたら慙愧の念に堪え切れん。取り組むぞ。

「あれっ? せんぱ」

外垣の尻を揉むと膝の力が抜けたらしく足元から崩れ落ちる、抱きとめようとして首筋を不意に口付けたらのけぞる姿態に目を奪われ高ぶった。この子、こんなに魅せるのか。

「僕も本気で、驕るあなたが好きです。だから、触ってほしい」
あ、そう言う意味で俺に触って来たのか。おふざけで無く、抱かせろでも無く。分かってあげたらよかった、追い詰めて悪い。抱きしめると「嬉しい、ようやく気持ちが通じて、抱きしめて貰えた」そうだっけ。

「何度でも言いますよ、嫌われるのを覚悟のうえで、それでも僕の夢が叶うなら。あなたの側に居続けることが叶うんなら、その心に届くよう叫んでもいいんです。僕は、あなたが好きだと申し上げて居るんです」

雨あられのように好きと告げる、これ以上言わせたら俺はくずだ。

「ここへおいで」強く抱きしめる。心臓が重なり合うはず。
「外垣の気持ちが嬉しい、ありがとう。……あっ」
目線が合うんだと今更気付く。それに睫毛が長いのか黒い瞳を際立たせて咲いたように見える。奇麗だと思った。
何故だか包まれるような感じさえして安心する。背丈がほぼ同じだし、外垣に見慣れて居るからか、いや、いつもこうして見て居てくれたからだ。

「せんぱ」
「名前で呼んでいい」
「あきさん」

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