バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

さくらまじまじ甘えがち5

足の赴くまま、気晴らしに普段なら1人では出かけないカフェへ立ち寄る。メニューに紅茶があるか調べる自分が情けない。
ふと、カウンターの女性客を見やる。何を読んで居るんだろう? ああ、週刊誌か。何か参考に成ればと思う。異性だが心理面を知りたい。雑誌ラックを見ると『誘われる女性はキラキラ系』ふうん、そうか。女性は誘われたいと願うのだ、俺も誘う側でありたい。

自分が待って居てはだめなんだ。足りないものは行動力、そしてまごころ。正解を探して現状を打破したいと言う葛藤に縛られて居る。

誰かにこの気持ちを聞いて欲しい、間違って居ないか正して。俺には郁が居た、話を聞いて貰おう、同じ性格とは言えないが、ほぼ同時刻に生まれた俺の片割れ、自分を映す鏡。

「おう、お帰りって、どうした!」
郁が「あき」と悲しげなので、気が抜けて革靴を脱がずに玄関の土間でしゃがみこんでしまう。

「一滴の涙に人の歴史が宿るとは言い得て妙。おまえ、大丈夫か? そんなに取り乱すなんて初見だぞ」
白いスリッパを揃えながら、俺に履けと促す。話を聞いて貰わねば、俺は先へ進めない。

「心臓が右にある・先天性の病だから20歳まで生きられぬと、残酷な告知を受けた際も動揺しなかった鉄の魂を持つおまえが」
そう、自分の運命より。
「通信講座で食物アレルギーマイスターの資格を取得し、オレたちを生んだがために体調を崩した母さんの周産期心筋症を救おうと奮起したおまえが」
あ、知ってたの。
「精通した際も怯えず1人で洗濯機を回し、恥を知ったおまえが」
「観てたのか!」
「誰人も恥ずかしい失敗あり、笑い流して新しい日々を迎えるのさ。大人という未来へ」
同じ年だよな。ソファーに腰掛けると、少し気分が和らぐ。

「湿っぽいな。どうしたんだ、まあ、話さずとも見当はつくが」
これが双子の良さ。以心伝心。
「動物番組でペンギンが卵を守る様を観たんだな。あれは愛くるしい」
「ぼけ野郎」
憤慨して足を組む。
「冗談だ。熱く成るな、鉄の魂。打ち込むぞ、暴言を慎め」

「側に居たいって変かなあ? 心配でたまらなくて、あの人のことで頭がいっぱいなんだ」

郁が黙って立ち上がると、冷蔵庫からペリエを出してくれた。隠隠滅滅な俺に何か助言をくれるだろうか。

「……恋って理屈じゃないんだろうな。憧れた人が居るなら、いいじゃないか、それで。おまえは美しい日々を送って居るんだ」

美しいのだろうか、でも確かに大事だと思う人のことを考えて居るのは幸福かも知れない。グラスにペリエを注ぐ、炭酸の泡が生まれては消える。
「儚げな様をするな、オレを見習え」
はあ。
「あんたは顔つきが腑抜けてる」
「慰めて居るのに、ずけずけとものを言う!」
切り返してくれるのを期待した。これだけで気が楽に成る。

「郁と一緒に生まれて来て良かったよ。理解者だ」
「そう言うところ! 恐るべき次男坊、縋らせ上手。早めに問いただすべきだった。兄として痛恨の極みだが、よく聞け。……気持ちを研ぎ澄ませ。心が善美なるものは外界の美醜すべてが美と成るはずだ」
心の醜さも、なのか?
「そう成るといいな、今はさ迷う感じだから」

「だろうよ、今は見えずともだ。おまえは懊悩(おうのう)の時間を無駄に過ごして居る」
悩み悶えて見えるのか、そうなのか。

「うろつかなくても天地は広く、悶えなくても恵は深かったはず。自分を顧みて足りないものをあぶりだせ」
今までの交際で悩んだ経験が無い。確かにそうかも知れないが。
「難しいな」
「それをしないで相手を振り向かせようなんて思いあがり。いいか、自分自身の本当の価値を知れ。馬鹿威張りせず、謙遜を覚えるんだ」
兄なんだなあと感じる。
「うん」
頷いたら身もだえしている。ん?
「オレと同じ顔が『うん』と言う! かわいい、狂おしい。このかわいこさんめ」
この自己陶酔野郎。

「話を続けてくれるか」知るか。

「理想は高く持つべし。到達への妨げは他でも無い自己にあると説く」
「そうか、俺が変わらないと」
俺の中身を変えるべきなんだな。そうしたら、気持ちが届くんだ?

「秀でた善人に出会い、憧れてこそ自らを大善人へ変化させるのだろう、今の英は目が輝いて居る。オレは英の行く道を応援するぞ。すべて、宮津さんのお陰だ。大きくなる英を拝めるんだ」
普段はだらしないけど、こう言う時、本当に敵わない。俺と同じ顔だけど人として大きいと思う。他人様への感謝の気持ちを忘れない、尊敬して居るんだ。
「清々しい顔になった。道を知るものは驕りを出さず。平凡の中に安泰を築くものと聞いた。英がそれを見せてくれ。暴言だらけのオレの片割れ、自分を知ることだ」
でも、最初は反対したよな。それはもう過ぎたことか。

「ん? 自分で言ったことは忘れん。今でも英に沿うと思わないが。決めるのは、あくまで本人だろ」
アドバイスだと言いながら投げキッスされて気色が悪い。
「たまにはお茶目な面を見せたら良かろう! 落とせるぞ。いらぬものも落ちそうだが」
この悪ふざけ。
郁の腕をとり斜め下から顔を見上げて「こう?」と投げキッスをしてみせたら「オレを見事に打ち抜く弾丸っ!」同じ顔だろうが。

「話を付け加える、オレの片割れ。外国の言葉で『コマンダー・イン・チート』、出鱈目な司令官の意味だ。ショップでは優秀な店長であっても、私生活はどうだろうか。英をゴルフボールのように難無く蹴っ飛ばす相手かも知れんぞ」

郁の憂鬱そうな顔は初見だった。いつも明るく、悩みを隠す人なのだが。……一卵性双生児は別名『ミラーツインズ』、もしや、俺も今そんな憂う貌をして居るのか。見て居て辛い。郁にそんな顔もさせたく無い。



名月なれども寝つけず。俺でも焦がれる想いを抱えたりするんだな。お月様の明るさがかえって恋心へ拘らせる。
ん? LINEだ!

『先輩、起きて居ますか? 好きです!』
外垣、おまえはもう。LINEでの告白とは画期的だが出会い系みたいで軽い。しかも、楽観主義はおまえだ。
『先輩が僕をどう思っていらっしゃるか存じ上げず、不安ですが迷いません』
おまえ、間違ってるから。
『先輩の股間が気に成り、僕は眠れない夜を何度も越えております』
越えたならいいじゃないか。
『ブラジリアンワックスで剃毛されたかどうか、お聞かせ願います』
聞いてどうする。
『五辻 英さんのだんこんを堪能したく存じます。近日、如何でしょう?』
こいつ、どんな顔して文字入力してんだよ。LINEに規制は無いのか、コンプライアンスはどうした。
『あなたが好きです! フィリピンの方のような魅惑的な臀部より平坦かつ硬めのそこに多大なる関心を寄せております、抱きしめたいんです』
おぞましいが、自分からこうして告白しないと通じないんだよな。教わった。
「ありがとう」あ!
『感謝します、号泣です! こうして夜更けに押し掛けた甲斐がございました。僕は生きてて良かったです。もう抱き枕は要りません。毎晩あなたを抱いて朝を迎えて参ります!』
違う。
『取り乱しました。おさらいして改めます。想いを綴り続けて朝を迎えたい所存です』
それも違う。
『抑えきれません、お手合わせをお願いします』
こいつ。
『返信を下さい、先輩。淋しいですっ』
「おまえはいつもひとりで話してるだろう」
『真面目で律儀ですね。心を開いて笑顔でお願いします』
のせられた。
『死なばもろともです。一蓮托生の腹積もり。明日も営業活動、張り切りましょう。五辻さんの強気で取引先の首を縦に振らせて下さい、あの圧こそ見て居て恍惚とします。あなたに一生ついてまわります』
早く育てて他の部署へ放り出そう。何が一生だ、出世する気が無いのか。
「ごめんね」
『今度、温泉へ行きましょう!』
通じない。もう相手にしないでおくべきか。
『既読が嬉しいです』
しまった。こいつ!
『今、間違いなく生ごみを廃棄するような冷酷な目つきで画面をご覧のはず。妄想するだけで痺れます、あなたの虜です』
おかしな野郎だ、もう付き合いきれない。
『しかんだけでは物足りないと思っており』
とち狂いめ。悪夢の予感しか無い、電源を落とそう。
『戯れが過ぎました。五辻さん、包装資材の販売ですが、母の日用ですと量が出ますので取引先の意向を早めに伺うべきかと存じます』
おっ。この子、不思議なんだよな。可笑しい(おかしい)けど真面目なところがあるから、側におかせるんだ。
宮津さんと同じへんてこりんでも、外垣は社内の人間として付き合える。
「取引先の意向を待たず、こちらから『この包装紙なら在庫を確保できる』と攻めていくんだ。母の日とかクリスマスは強気の提示が原則。同業他社に攫われないうちに契約するんだよ」
昨年もそうだったけど忘れたかな。あ、後輩とは今年から組んで居るんだ。何だか長く一緒に居るような感じがする。
『ではカタログの』
はあ? 途切れないLINEで、眠れない夜を超えてしまった。



はて面妖だが、外垣のお陰で一瞬でも憤る気持ちが削がれて助かったな。
ゴミ出し当番なのでマンションの外へ出る。まだ暗くて視界が悪いし、雨が降って居た。この時期の雨は雪では無いと言う変な安心感がある。

雨に打たれる猫を見かけた。雨宿りさせようとしたら、駐車場に停車している車の影に姿を消した。行く当てはあるのだろうか。自分の行く道を定めて居るのだろうか。何だか、俺に似て居る。さ迷う感じが他人事と思えず。

『道は自分で切り開くもの』と偉い人は言う。でも、心身が整って居ないと挫けてしまう。それでも、あがいて自分の足で歩きだすしか無い。暗闇でも手探りで見つけ出す、光が差し込む自分だけの道筋。

夜を支配する月の輝きに導かれたい。あの眩しさはゆるぎないから。

自分から行く恋は初めてで、戸惑うばかり。果たしてこれが恋なのかどうかさえ曖昧な俺は、今、迷ってばかりで前へ進めて居ない。

――精神の風が粘土の上を吹き渡る時、初めて人間は想像される。ある書物で読んだ、なぜか覚えて居る。肉体だけでは人では無い。自然の風、誰かの息吹。心の帆が大事なんだ。生命力、生きる伊吹を伝えたい。俺は生きて居るから。

満たされぬやり場の無い想いを抱えた体を吹き抜けて行く、さくらまじ。花弁を散らすように俺の心も吹き飛ばしそうで。立って居るのも辛い、でも惹かれたから。この風も、追い風と受け止めたい。

力を貸して。足りないものを教えて。どうしたら、あの人に寄り添える? 俺は変わって見せるから。
この不安を拭い去り、あなたを幸せにしたい。悲しみも分かち合える相手に成りたいんだ。

……あなたに届くよう、祈りをこめて。
俺はあなたのために生まれたと自惚れてみたい。懊悩の時間を超えたい。



しおり