第27話 これから
その夜、アランの屋敷では深琴の所属するクラン“聖夜”メンバーを招いての宴を催していた。この宴にはラスグーン商人の代表者や、守備軍関係者、そしてラスグーン領主であるジンラッハも呼ばれており、その事を知らなかったので聖夜メンバーは少々戸惑ってしまっていた。
そんな、錚々そうそうたる出席者に尻込みをしているメンバーもいる中で、深琴は堂々とした対応をしていたので、みんなの注目の的になっていた。
一方、ハマはかなりの緊張をしている様子で、クランマスターとして粗相そそうのないように気を配りながら対応することに必死であった。
一人窓際で会話に参加するでもなく、宴を伺っていたピロはなぜか不機嫌だった。ピロは、このクランに自分の居場所が無いのではないか?と考える事が多くなっていた。もともと彼が聖夜に入ったきっかけもアーマーやヤンヤといった凄腕の剣技を真近で見て自身の強さにしたいという事が大きかった。
(俺の居場所はここでいいのか?……俺はもっと強く、強さを求める場所にいる方が……)
心でそんな事を考えながらここにいる自分に、嫌悪感さえ感じていた。
華やかな雰囲気の宴も、進むにつれて少しずつ人数が減っていき、列席していた客人も居なくなりクラメンの何人かは先に退席していた。残った者の話題はクランのこれからの行動に移っていった。
「それで君たちのクランはこれからどうするおつもりか?」
領主ジンラッハの問いにハマは素直に答えていた。
「はい、一応クランの仲間との約束でファルドに向かいます」
その答えにアランとジンラッハは酒の酔いも一気に醒めたように、真剣な表情になる。
「なに! ファルドに向かうのか?」
「ええ……なにか、問題でも?」
「知らないようだから教えておこう……今ファルドはトルジェ王国の統治の及ぶ状態ではない」
「どういう意味ですか?」
「ファルドは何者かに占拠されて今は国の統治下に無いという事だ……その為にファルドの民は虐げられ、奴隷のような状態にある」
ジンラッハの言葉を聞いてハマは驚愕した……しかしアーマーやアル、リリシアの方を見ると、動揺はしていないようであった。
「アーマー知ってたのか?」
「ああ、知ってたっちゃ……そこまで酷いとは思ってはいなかったけどな」
「二人も知ってたの?」
二人は気まずそうに頷くだけだった。ハマは少し考えながら二人にクランマスターとして答えた。
「ファルドがどういう状態かはわかりました。ですが、行かないという選択は僕らにはないです」
「それでも行くと言うのか? 君たちは?」
「はい! 仲間にはそこに行きたい理由があるんです……それに協力することが、僕ら聖夜の約束なのです」
そう言うハマに、アルとリリシアは自らの拳を強く握りしめ、言葉にならない感謝をしていた。
「そうか……久しぶりにいい若者たちに会えた! ならば私も出来る限りの協力をさせてもらうぞ!」
「私のシーフギルドからも援助をさせてもらう……今回の騒動の借りを、まだ返していないからな」
「よかったっちゃね~ハマ! これで充分な準備をしてファルドに行けるっちゃよ」
「ああ!」
ハマの顔も笑顔になり、安心した。
「いつ出立する予定だね?」
「まだ決めていませんが準備が整い次第、向かおうと思っています」
「それならここで行われるクラン大会まで居ればよいではないか? クランの人員を整えるのも必要だろう?」
「アルはどうだ? 俺は今すぐ出発するより、準備が大事だと思うっちゃけど」
アーマーはアルと相談しハマに問題ない事を伝えると、ハマはジンラッハの提案を受け入れることにした。
「わかりました! その申し出、有り難くお受けさせていただきます」
ハマの返答でファルド出立がクラン大会終了の後日になった。
そんな話をしている中、外のバルコニーで夜風にあたっていた深琴を見つけ、レバンナは近づいて行き話しかけた。
「酔ったのか?」
「レバンナ? 私、未成年だよ……ちょっと考え事」
深琴の横に並ぶと、レバンナの話が続く。
「どんな考え事?」
「……」
「奪われた物の事……それともクランの事か?」
見透かされた様な回答に深琴は沈んだ表情で、頷いていた。そんな深琴にレバンナが言った。
「ちょっと考えすぎなんじゃないか? クランの事も盗られた物の事も」
「え?」
「いや、盗まれた物は今回取り返せてないみたいだけど、それって重要な物なのか?」
「兄様に頼まれた時に詳しく聞かなかったから、どの程度大事なものだったか……」
「ならいいんじゃね? スゲー大事な物ならそんな頼み方は兄貴だってしないだろ?」
「そうだといいけど……けどね」
深琴が夜空を見ながら自身の思っていることを続けて言った。
「兄様が初めて私に頼みごとをしたの……今まで大事なことを頼んだ事なんかなかった兄様から頼まれたことだから、ちゃんとやって帰りたいの……それに今回の事で聖夜の皆さんとも知り合ってクランに入り、なんか楽しい感じもあるのよね……」
レバンナも深琴の話を聞いて思うところがあったのか、昔あった事を話し出した。
「俺も昔、オヤジに頼まれた事で、同じ様になった事があったんだ」
「レバンナも?」
「ああ……でも深琴みたいに、こんな遠くまで追いかけたりはしなかったけどな……あんときはいい経験になったよ」
「そうなんだ……私は遠い所まで来ているのにまだ取り返せていないし、やり遂げてもいないわ……」
また、うつむき加減になる深琴に励ますように声をかけ、レバンナは深琴の手を取り、室内へ戻って行く。
「大丈夫だろ? あんないい仲間がいるんだ、必ずやり遂げれるさ!」
「うん……」
室内に戻ると深琴を探していたハマが声をかけてきた。
「琴ちゃん!」
「はい? なんですか? ハマさん」
ハマが彼女に先程のジンラッハたちの提案を受けて、出立までの日取りを説明し、ジンラッハとアランからの協力を受けれる事が伝えられた。
「という事なんだ……その方が戦力的に充実させることも出来るし! ただ少しばかり日数がかかるから、琴ちゃんの盗まれた物を直ぐには追いかける事は難しくて……」
ハマは彼女を気にして説明してくれた。
「それでもいいですよ……私は皆さんと一緒に行くだけです。盗られた物もシーフの話だとジャミスの手下がファルドに持って行ったと聞いています。それなら、ちゃんとした準備をしてから出立した方が万全ですものね。皆さんに任せます」
深琴の答えにハマはほっと胸をなで下ろす。
「よかった~。それならラスグーンクラン大会後に出発するという事で!」
「ええ……私はそろそろ戻ります」
深琴はそう言って各々に挨拶をしながら広間から出て行った。残っていたアルとリリシアも部屋を出ようとすると、ジンラッハから呼び止められた。
「まて、そこの二人」
その言葉に二人は反応してジンラッハの方に向き直すと、名前で呼ばれた。
「二人が選んだ道は険しいぞ、アル・イ・ノキサーンとリリシア・ビクスよ」
二人ともフルネームで呼ばれるとは思っていなかったので、びっくりしてしまった。
「まさか私たちの名前を存じているとは思っていませんでした。ジンラッハ様」
「ロムの赤備え一番隊の二人を覚えていないわけがない……」
さすがに昔の話をされて二人は敬服して片膝を落とした。
「その当時の我々を覚えていてくれたとは……ありがたき幸せです」
「その作法は今の二人には不要であろう?」
ジンラッハが態勢を戻すように言うと、二人は立ち上がって話をした。
「なぜ軍を退いた?」
その問いに二人とも口が重く、それを察したジンラッハがすすんで話してくれた。
「数年前にあったあの出来事が原因か? あれは一番隊だけのせいではないのだぞ?」
「はい、それはわかっております。しかし残った者が誰も責任を負わないのでは、その他の部下に示しが付きません……」
そうアルが言った。
「あの出来事は一番隊隊長、ロムの死によってその他の者に罪が及ばない様に幕引きされた。それでは足りぬと?」
ジンラッハが言うと今度はリリシアが自分たちの考えを返してきた。
「表向きは一番隊の壊滅と、しんがりとなったロム隊長の戦死で決着が着いていたかもしれませんが、我々二人は唯一の一番隊の生き残りです……我々が隊を退き、責任を取った方がよいと感じました」
そういうリリシアにジンラッハは返す言葉を持たなかった。それはジンラッハも同じ立場であったら、そうしただろうという考えがあったからだ。
アランがファルドに向かう理由を一緒に行くクランに伝えているのかを聞いていた。
「君たち二人が今回のファルド行きの提案者だと思ったんだがな……」
その問いにアルが頷きながら応えた。
「はい……傭兵などで仲間を集めて向かう予定でしたが、今回の件でこのクランの者たちが適していると判断しました」
「ではあの者たちに二人の目的は言っているのだな?」
「彼らは仲間の信にあつく、私たちの目的を聞いても受け入れてくれました。それ故に今回、彼らを協力者に選びました」
「そうか……ならば教えておかねばなるまい――ファルドを占拠している人物の中に一人、お前たちも知っている者がいる」
そのジンラッハの言葉に二人は耳を傾けた。
「知っている人物ですか?」
「そうだ、その人物の名前は……バグナルだ!」
ジンラッハの言葉にアルもリリシアも驚愕した。 そして二人は打ちのめされる程の衝撃を受けた。
「今なんと! なんとおっしゃいましたか?」
アランがジンラッハに代わって応えた。
「あのバグナルがファルドを支配している者たちの一人なのだ」
「なぜ? バグナル将軍がファルドに? しかもファルドを占拠している仲間にいるというのですか?」
動揺したままリリシアがジンラッハとアランの二人に尋ねた。
「われらにもそれは解らぬ……ただ昔のバグナルではないのは確かだ……昔のままのバグナルならファルドの民衆を奴隷のような扱いはしない」
ジンラッハは二人に改めて問いかけた。
「相手にバグナルがいるとわかってもファルドに行くのか?」
「ファルドにバグナル将軍……いえバグナルがいようとも私は行かねばなりません」
そう言うアルにリリシアも付け加えて意思を伝えた。
「あの一件で私も本当の敵が誰なのかが見えたつもりです。そして、その相手を倒さないとロム隊長や仲間の死に対して我々が生き残った意味と責任は果たせないと思っています」
二人の考えが固い事を知ったジンラッハはそれ以上言わなかった。
「そうか……もはや二人を止めもせん、信じる道を行くがいい」
その場を後にする二人の後ろ姿を見ていたジンラッハとアランは新たな戦いを予感していた。
アランの屋敷での宴の後、数日してクラン大会が行われた。その大会で新たな人員を確保でき出発当日の朝となっていた。
まだ眠そうな顔のヒロサスと前日遅くまで酒場で飲んでいたディープは、頭の痛みに耐えながら集合場所にやって来た。集合場所には既にミワン、ピロ、桔梗、リリシアとアル、そして新しく加わったメンバーのマルスが待っていた。
「おはようございます~」
「おはよう! ディープ大丈夫? 」
「ミワンさん……あ・た・ま・が・痛くて……げん……かい……です」
そんな様子の所にハマが元気にやって来た。
「おっはよう! みんな!」
「ハ・マさ・ん……その声、あ・た・まに……」
「ん? ディープ君どうしたの?」
「もう少し、声を……小・さ・く」
「わ!」
ディープの要望を無視したハマが大きな声で叫ぶと、ディープはクラクラした顔で頭を抱えながらその場に座り込んだ。
「ごめん、ごめん。ディープ君」
ハマが笑いながら謝っていると、そこに残りのメンバーが揃ってやって来た。
ラスグーンで行われたクラン大会も終わり、ファルドを目指すクラン、その名も『聖夜に舞う天使』のメンバーはマスターのハマを筆頭に、アーマー、深琴、ミワン、ピロ、ポン、ディープ、ヒロサス、桔梗、ノキサーン、ビクス、新たにクランに参加してくれるマルス、そして女性メンバーのマイも加わった。
新しく加わったメンバーのマルスは黒髪を持ち目もキリッとして身長もそこそこ高い、動きやすく防備にも優れている素材を改良したものを装着し剣は一般的な者が使うショートソードを腰に差し服装もバランスのとれている。彼はクラン大会に他のクランの一人として参加していたが、大会中にクラン内で揉めていたのが嫌になって脱退し、新たなクランを探している所をアーマーに声をかけられ聖夜に参加するとこになった。
マイに関しては、なかなか男性うけしそうな容姿を持ち、大きな目が印象的ではある。長い薄紫色の髪を振り乱すほど活動的な部分をもっているようで大会会場に観覧に来ていたマイが、たまたま深琴を客席に見つけたのをきっかけに女性でありながら彼女にひとめ惚れをして参加を決めたという、かなり変わった理由でもあった。
“聖夜に舞う天使”の構成人数はヤンヤを含めると十四名となっていた。
「いや~。クラン大会の終了を待って良かったね。アーマー」
「そうっちゃね。新しい仲間も加わってくれたのがよかったっちゃ。それにジンラッハのおっさんとレバンナの親父さんの援助が、かなり有り難いっちゃよ」
ご機嫌なハマに、アーマーが新しい装備の点検をしながら言う。ジンラッハとアランの計らいで、一行には大型の馬車と馬が人数分と、各々が使う武器や防具など良いものに新調されていた。
「アーマー……。領主様に向かっておっさんって」
「まあ、細かい事は気にするなって! さて、みんな準備は整ったっちゃか?」
「準備が整ったけど、まだ二人ほど来ていないですよ」
「ほんとだ……琴ちゃんと新しく入ったマイさんがまだ来てないね」
ヒロサスがその場にいない事を伝えるとハマがその二人を心配する様子を見せた。
その頃、二人は走って集合場所へ向かっていた。
「琴さん! なんで寝坊するんでっか!」
「ごめ~ん……二度寝しちゃって~」
「琴ちゃ~ん! マイちゃ~ん! 急いで~!」
二人の姿を見つけたハマが手を振り、二人が皆の所まで来ると、そのままマイがハマを剣で殴り倒した。
「ハマ~!なんぼ新参者のあたしやからって、ちゃん付けで呼ぶな~言うたやろ!」
地面にのめり込んでいたハマが、起き上がり服の汚れを払いながら言う。
「ごめん。琴ちゃんをちゃん付けで呼んでいるから、つい癖でマイにもちゃん付けしてしまって……ハハ」
「琴さんにはちゃん付けでも足らへんぐらいや、ハマは琴さん呼ぶときには様ぐらいつけ~や!」
「ごめんなさい遅れちゃって……」
「みなはん申し訳ない、寝坊で遅刻しもて…」
遅刻を謝っている深琴、マイもハマへの対応以外はみんなに普通に接していた。
「ハハ……凄い新人さん入って来たな……」
「彼女ハマさんには遠慮ないですよね……」
ハマとマイのやり取りを聞いていたディープとヒロサスは、思わず本音が漏れていた。
そんな事をしていると、出発の見送りに来たジンラッハとその部下たち、そしてアランとシーフ幹部たちもやって来た。
「ハハハッ、さっそく賑やかな出発式だな」
「あ! おはようございます!」
見送りに来てくれたアランとジンラッハに気付いたハマが挨拶をすると、ジンラッハが軽く手を上げそれに応えた。
「出発だな」
「はい。皆様にはいろいろしていただき、ありがとうございました」
「礼には及ばぬ、 本来なら我々が兵を率いてファルド奪還をしなくては行けないのだ。そんな場所に行く若者たちに協力できないほど、無力ではないぞ!」
「そうだな、出来ればもっと協力したかったのだが……危険な旅になると思うが頑張れよ」
全員の準備が整って馬上からアーマーがハマに出発の合図を送った。
「ハマ! そろそろ行くっちゃよ!」
ハマが代表として、見送りに来てくれたジンラッハとアランたちに一礼をして馬に跨またがった。
「では皆さん失礼します」
聖夜一行はラスグーンの街を後に一路、争乱のファルドへ向かうのだった。