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第1話 魂の導き

 ユリシア大陸にある一つの国トルジェ王国、暗雲立ち込めるこの場所は王国北方にあるマウバの地。切り立った崖がとりわけ多く存在し、峡谷の底に流れる川は一部しか姿を見る事ができないほど険しい地域であり、それは人間の立ち入りを拒んできた地であることを証明するかのようでもある。

 だが、そんな険しい地に一人の女性の姿があった。

 風雨は凌げるであろうフード付きのローブを羽織って鎧と呼ぶにはほど遠い革を加工して出来た軽鎧を身にまとい腰には細みの剣を持っていた。しかしこの場所に来る装備としては心許ない格好である。彼女の背はさほど高くはなく、女性らしさを隠すように短く整えられた黒髪、凛々(りり)しく思える顔立ちとその瞳からは強い意志を感じさせる。またどこか脆く陰のある表情を持ち合わせてもいた。

 そして一番印象的なのは頬に大きな傷跡があったことだ……

 その女性の名は深琴と言う。

 
挿絵


 険しい岩場の移動を繰り返している深琴はしなやかな動きを魅せながらある場所を探している……

 そして目的の場所にたどり着くと、そこには大きな洞窟が横たわっていた。
深琴はその洞窟をじっと見ると、暗い穴の中は先が全く見えず大きな口を開けているかのようでどこまでも続いてると感じさせる程だった。

(この先に……)

 深琴は洞窟のさらに奥を凝視すると、何かが凄い勢いで迫ってくることに気づいた。

「なに?」

 その何とも言えぬ嫌な感覚に咄嗟に入口から離れた次の瞬間! この世のものとは思えぬ何かが洞窟の中から無数に飛び立って行った。それはどう見ても鳥などではない事にすぐに気付き、すぐさま身を隠そうとした。

 しかし飛び出てきた得体の知れぬ物体に見つかってしまい、深琴は今までの経験から魔物である事を理解した。

 襲いかかって来た魔物の襲撃をかわしつつ、その場を移動せざるを得ない状況になった深琴は、追ってくる一匹を斬り伏せた。しかし向かってくる数は多く、一匹斬ったと思えばまた一匹と襲いかかってくる。いつ途切れるともわからない勢いで迫りくる魔物たちを、休む間もなく切り刻み駆逐していった。

「くっ! キリが無い、だったら!」

 そう呟くと足早に場所を移動しながら魔法を発動する。空に大きな歪みができると、その歪んだ空間から無数の光の槍が降り注ぐ。空から落ちてくる光の槍をまともに受けた魔物たちは一体残らず消滅してしまった。

 深琴は態勢を立て直そうと、一旦大きな岩のある場所に身を置いて一息つこうとした。

(やはり、あそこで間違いないようだ……)

 そう考えている瞬間、自分に向けられた殺気を感じ咄嗟に防御の態勢をとったが、あたっていないにも関わらず、凄まじい勢いの爆風が深琴をまともに襲った。

「くっ!」

 その攻撃を繰り出してきた相手を見ると、そこには見覚えのある姿がいたのだった。

 そして、その者は深琴に対して言葉をかけてきた。

「久しぶりだな深琴……お前がこんなところにいるとはな」

「べリアル! なぜここに!」

 べリアルと呼ばれた者は二本足で立ってはいるが、見た目は明らかに人では無い。大きな体には毛が猛々しくあり、頭部からは角が生え、大きく開かれた口からはどんなものも噛み砕きそうな牙が鋭く光っていた。

 魔人……そういってもよい外見であった。

「お前たち人間が良く使う言葉でいうなら……運命だな!」

 べリアルはその言葉と共に、体から発する魔気(マウル)を自身の腕に集中させると深琴に向け再び襲ったのだった!

 べリアルの攻撃で深琴の身体からだは大きく宙に投げ出される状態となる。一瞬だが深琴は考えた……

(もし、あの時私があなたに助けられなければ)

 また同時に今の想いも強く感じていた。

(こんなところで倒れてたまるか! かならず!必ずあなたを戻すと誓ったのだから!)

 そう心に固く刻み込んでいた深琴は、空中で態勢を立て直し着地すると、べリアルと対峙するように改めて剣を構え直した。

 べリアルは深琴に対して不敵な笑みを浮かべ話しかける。

「お前はまだあの時の仇を討とうとしているのか? 無駄だ――お前ら人間には到底かなうお方ではない、諦めて我らに従え、そうすれば今までの事は我らも忘れ、あのお方もお前をお傍に置いてくれよう」

 べリアルからの提案も深琴には無意味な事だった。口元から微かすかに発した言葉はべリアルに対して自らの闘争本能を刺激し、戦いを促すようだった。

「お前も元々は人間だろう!……私が貴様たちに従うなどあるはずがない。 まして裏切ったあいつに!――光と闇のはざまを切り裂く剣となれ!」

 そう言い放った深琴の口元からは新たな魔法が発動し、魔法は光と闇の力ちからを剣に帯びさせ、その剣でべリアルに挑んでいく。

 ニヤリと笑ったべリアルもその行動を予見していたがの如く、己の剣で深琴の攻撃を受け返していた。

 深琴の剣がべリアルの喉元を狙って鋭く突こうとするが、それを剣で弾いてかわしたべリアルは、身体を反転させたその勢いで深琴の脇腹を狙って剣を振る! 深琴もその攻撃を上手く受け流してかわすと、更なる剣技で攻撃する。攻守一体の二人の戦いは激しく剣と剣がぶつかり合う度に火花のように大きな閃光が飛び散った。その戦いは近くにあるもの全てを巻き込んで、樹木や岩などを削り斬り、破壊しながらの熾烈な戦いである。

 だが、戦っている時間が経つにつれ、徐々に深琴の動きが悪くなっていく。
(なんだ、体が重い……)
 剣撃での凄まじいやり合いで息が上がり圧されつつある深琴に対し、べリアルはその隙を逃さず激烈な攻撃を仕掛けて来る!その剣の打ち合いの最中ベリアルは語り始めた。
「深琴よ、私は新しき力を得たのだよ!」
「新しき力?」
「そうだ、我らは常に進化するのだ!あの時と違う!」
(新しき力…… たしかに以前に戦ったベリアルと違う、なんだ?)

 不利な流れを変えたのは別の所からきた一筋の閃光だった。べリアルが上段の構えから深琴に剣を振り下ろそうとした時、閃光となった槍がべリアルめがけ飛んで来た。槍はべリアルを背中から一瞬のもとに貫き地面へと突き刺さった。

 まともに受けたべリアルは後ずさりし、口から血を吐き片膝をついてしまう。

「くそっ!誰だ?」

 見渡すべリアルに深琴以外の声で言葉が投げかけられた。

「それなら致命傷だろ?」

 そう言って岩陰から現れたのは男であった。その男は藍色のアクセントが強く施された鎧をまとい藍色のブーツと白いマントをつけていた。男の髪の毛は束ねていながら背中に届く程長く、そして何より男の目には力強さと言うより何事にも動じない意識を感じさせた。

「きさま! なにものだ!」

「いや~名乗るほどの者では……俺は彼女を守らねばいけないんでね」

 大きな傷を受け、力を振り絞るようなべリアルの言葉に男は意に介さないような軽快な口調で返した。

 べリアルは更に口から吐血し同時に貫通した傷口からも多くの鮮血が流れ出している。普通の人間なら既に死んでいる程の傷のはずだが、べリアルはまだ剣を杖として立っていた。それを見て驚いている男にべリアルは怒りを露わにして言葉を吐き、男に向かって剣を振るった。

「へ~それだけの傷を負ってもまだ動けるんだ……すごいね~お前たちの生命力」

「わたしの戦いを邪魔しおって! 人間風情が!」

「人間だろうが魔物だろうが、俺は彼女を守らなければいけないんだよ!」

 男の動きは瞬時に鋭さを増すとべリアルの突進を圧倒的な速さでかわし、気がつかぬ間まに自らの槍を手にし、槍技でとどめとなる一撃をべリアルに放った。

「ぐはっ!」

 その一撃を喰らうとべリアルは力なく地面に倒れ込む―そして動かなくなるとその姿は砂の如く消えさってしまった。

 男はべリアルの最後を確認すると深琴に近づき、小言をいいだした。

「あのな~深琴、勝手にスイスイ動き回るなって! 守るのが大変になるだろうが!」

「私は守ってもらうつもりはない……」

「はいはい、わがまま言えるのも俺のお蔭だろう、ったく……それに今の相手はお前の(ウル)を吸っていたぞ、気が付いていたか?!」
(私の(ウル)を?!……)

 その場で落命したべリアルの形跡を見ながら深琴はこの男に素っ気ない素振りで言葉をかわす。

「リゼル、お前に守られるのは私にとって苦痛でしかない、だから一人で」

「こっちにも理由があるのは言っただろ! お前を助けるようにギアス(約定)があんだよ! それがどんなものかも説明したはずだよな」

「しかし私には……」

「お前がどこかでひっそり暮らすならそれでもいい、でも今のような危険な事をされちゃこっちもオチオチ暮らせないんだ、ましてお前が助けようとしているのは俺たちにも重要な奴なんだ」

「……」

「とりあえず一人でやろうとするのは限界があるだろ、ちっとはこっちの意見も聞いてくれ」

 リゼルと呼ばれた男が深琴に言いたいことを勢いにのって存分に言っているその時だった。離れてしまった洞窟の方から大きな光が発せられるのが見えたのだった。

 その光を見た二人は慌てた表情に変わり、洞窟の方に急いで戻ろうとする。

「しまった!」

「くそっ! 奴らか?」

 目的の場所だった洞窟から離れすぎたために異変に気が付くのが遅れてしまった二人は、急いで向かったが洞窟に戻り様子をみると、先ほどの洞窟と違う状態だとすぐに理解できた。

 穴の奥が見えなかった先ほどと違い、奥が見える浅い穴に変ってしまっていたのだ。

 その変化に落胆した深琴は肩を落とし、連れ添っているリゼルはため息をつきながら遠くに飛び去って行く翼のある人形ひとかたの姿に恨めしそうに言葉を発した。

「またあいつらに先を越されたか――これで何度目だよ?」

「……」

 深琴はその問いに答えることはなく、自らの拳を強く握りしめるだけだった。


 その夜、二人は夜営するために見通しのききそうな場所に移動すると、薪たきぎの火にくべながら湯を沸かしているリゼルに深琴は無言のままでいた。

 沈黙の時間が過ぎていく――聞こえるのは森の中に生活する動物たちの声と虫の囁き、そして薪の弾ける音がするだけだった……沈黙を破るようにリゼルが深琴に語りかける。

「これから、どうするんだ?」

「……」

「考えてることぐらい伝えたらどうだ? 俺はお前の」

「わかっている……拒否したところで無駄な事も理解しているつもりだ。だが私の為に誰かが傷つくのをこれ以上見たくはないんだ」

 その言葉を聞いてリゼルは改めて深琴に言い聞かせなくてはいけないのかと思うと、ため息が先に出てしまっていた。

「はぁ——俺は他の奴がどう関わろうと知った事ではないしどうでもいい、だがお前が傷つくのは嫌なんだ、ダメなんだよ、そういう感情がギアスにされているんだ」

「すまない……」

「――お前が悪いわけじゃないから謝る必要はない。仕方のないことだが……この制約ギアスを解くには残りの連中もそうだが、何よりもあいつを助けないといけない、それはお前と同じ目的なんだからな、それは忘れないで欲しい」

 深琴の沈んだ表情を見てそれ以上の言葉をリゼルは止めた。

 何かを伝えきれなさそうな顔でいる彼に、深琴が小さな声で次の目的地を言葉にした。

「次は、ズサの街に行く」

「そうか、それじゃ早めに休むとしようか……夜明けと共に出発だな」

 深琴はそれ以上語らずに飲み物を口に流し込み暖かな火を背にして横になると、

 懐かしむかの様に、あの頃のことを思いながら眠りについていく。




(あの頃に戻れるのなら)

 そう心で呟きながら……

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