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EPISODE.0

取材陣のフラッシュ音がパシャパシャとたかさる音。多くの報道陣並びに日本国民老若男女の視線がその1点に集中。紛れもなく緊張の瞬間である。官房長官が緊張した面持ちで台紙を掲げる。私はその瞬間声にならない声を漏らした。

「令和」

それは私の名前であった。

年号が平成から令和へと移り変わる。天皇制度という日本独自の年号が変わる瞬間。普段政治に全く興味を持たない人もこの時ばかりにテレビに釘付けになる。この一瞬も数年経てば過去の出来事へと変貌を遂げ、更に数十年後、新たな年号が変わる時に同じ場面が到来するだろう。

誰だったか忘れてしまったが、
「変化を受け入れなければ何も始まらない」というフレーズが頭を駆け巡る。誰だったっけ?しばらくの間、記憶をほじくり返してみるも思い出せない。出かかっていることは確かなんだけどな。

私の名前が年号になる。
真っ先に頭を駆け巡った先は高校だった。

クラスメート達が私をからかう姿が用意に想像できる。無視する事自体はとても容易だが、更にそこから派生して彼らを刺激してしまう可能性も考えられる。

「あ?、まいったなぁ?」
髪の毛をいじる。

そんなことを考えていると頭の中がごちゃごちゃしてきた。そしていつの間にか意識が遠のき、夢の世界へ誘われる。

数日後、新学期初日。
憂鬱とは正にこのことを差すのではないか。太陽が今日も元気一杯に仕事をしている。全国に令和さん、並びに令和君は同じ気持ちではないだろうか。それともこんな不安を抱えているのは全国で探してもこの私だけなのか?ふとテレビに目を移すと漢字違いの伶和さん(85才男性)がインタビューされていた。まさか全く同じ漢字の私に取材が来ることはないだろうか・・・。いやそれは勘弁してほしい。でも待って、ギャラがもらえるなら・・・いやないない。一生の分の恥を記録されてしまう。例え削除したところで一度ネット上に上がったものは、そう簡単に抹消されないご時世だ。数年たった後でも、後ろ指を差される人生だけは何が何でも避けたい。

札幌星稜高等学校二年生の私の学校での立ち位置をザックリ語るとすれば、まぁ《普通》という言葉がしっくりくるだろう。一応友達グループには属しているものの、それも最小限での付き合いだ。友達からはどう思われているかなんて正直わからないけれど、学校で無駄な労力を使いたくないのが何を隠そうこの私、福原令和である。言ってしまえば私の学校での行動は常に《省エネ》を第一に考えた先の行動と言っても過言ではない。

そんなこんなで重い足取りのまま、教室のドアの前に到着。こういう日に限って登校中に友達に会うこともなく、先生からも声をかけられることもなく到着してしまうのだ。身長164センチ、女子の中ではかなり背の高い部類に入る私。神様の存在は一切信じない主義だがあえてこの場で神様を一度憎むことにする。神様、ちゃんと仕事してよね!と。

悩んでいても仕方がない。悩んでいてもキリがない。時は残酷にも進み続けるのだ。新学期を迎える新一年生であれば仕方がない事だろうが、なぜ二年生になった私がこんなにもドアの前で緊張をするのだろうか。

私はドアを開く。
間違った、引き戸だ。誰にも見られていないことにホッと胸を撫で下ろす。ってこのドア、なぜ閉まっているの?体育の着替えの時を除き、常に解放されているのが教室の学校のドアの役回りではないか。今日に限って・・・やはり神はいないようだ。

ガラガラガラ。設立1977年の当校舎はかなり年期の入ったオンボロな音がする。予算がないことがその辺の幼稚園児でもわかるだろう。聞くところによると生徒数が年々少なくなる一方で、一つ下の一年生は私の学年よりも1クラス少ないらしい。この分だと校舎改修は私の在学期間中は無理な話だろう。

皆の視線が私に注がれていた。
シンと静まり返った教室。あまりの静寂に一瞬思考が停止するもハッと我に返り、黒板に貼られている席表を見る。窓側後方の席だ。当たり席ではないか。ちらほら拍手が鳴り響き始める。

あーはいはい、来た来た、来ましたね!今日の私はいつになく省エネで行動していくことに決めている。

口々に「福原令和の時代が来たなー」「バカ、あと一ヶ月あるって」等ニュースやSNSで流れていた内容がここでもしつこいくらい反芻される。

あぁかったるい。サボりたい。そんな気持ちに何度も何度も悩まされながらもホームルームが始まるまでこのくだらない会話を耐えなければならないと思うと憂鬱以外ものでもない。

友人グループにソッと目を向ける。明らかに目を逸らされる。仕方がないか、自分が逆の立場であれば同じ行動を取るかもしれないと諦め、机に顔を伏せる。第一に目立つ事を極力控え時間が過ぎるのを待つのだ。それに限る。
バカな男子達が私を取り囲む。「令和、令和」と合唱がスタート。
こういう時に限って時間の経過が物凄く遅く感じる。今私を取り囲むバカな男子とは同じ年月を生きてきた人間とは到底考えられないし、そもそも今回令和を決めた有職者、更に万葉集を憎むことにする。

ハハハ。なぜだろう、今日は憎んでばかりな気がする。いつからこんなに人を憎むようになったのだろうか。最近母に「あんた顔がキツくなったわね」と冗談で言われて「遺伝遺伝」と軽く返したが案外こうした下らない日常が私の顔面生成に影響を与えているのかもしれない。笑顔、笑顔。

「おい、令和がニヤけてるぞー」「おまえが令和令和、言うからじゃね?好きなんじゃね」「止めろってバカ」

令和、令和。

一人では何もできないくせして、集団行動になると羽目を外すバカ共。親の顔が見てみたい以前に、大学受験に必死になっている姿を高みを見物したい。そんないろんな思いが交錯した結果、吐きそうになる。もう我慢ならない。私は立ち上がる。椅子がガラッと響き渡る。男子達が一瞬驚く。

よく映画でとても重要なシーンになると無音になる、正直あざとい演出が使われる場面を見たことがある、まさにそんな感じ。映画を見ている訳ではない、これは現実だと後悔するも時既に遅し。絶対に省エネで数時間を貫きたかったのに・・・。

ガラガラガラ。

「おっはよーう!」

難を逃れた。
ターゲットの変更。全て持っていくムードメーカー。
教室に入って来た人物、それは広瀬多香美。
一年生の時も、嘘か誠か体調不良で学校を休みな病弱体質の女子。身長155センチ、真っ黒なロングストレートヘアで日本人形っぽい顔立ち。しかし喋るとそれらが一気にガラガラと崩れ去る。要するにクラスに一人はいるとても残念な子だ。相変わらずな天然っぷりを発揮する。

「あっぶなーい、あっぶなーい、まだ先生来ていないよね皆、これからもよろしくね」

ピース。
笑いが教室内を包む。

さてここでもう少し私の紹介を始めよう。

私は目立つことが嫌いなの高校2年生だ。私の両親は共働きで弟が一人いる。名前は龍。小学3年生、必死に隠し通していると本人は思っているが、既に名前負けをしてイジメを受けていることを私は知っている。ここで良い姉を演じるのであれば弟を助けるだろう。だが私はそれをあえてしない。なぜならば人は一度助けてもらうと、助けられグセが付くからだ。そして人はそれを繰り返す。と弟の漫画で読んだことがある。弟の性格上イジメを受けて命を自ら絶つことは絶対ありえない。むしろそんな弱い弟なんていらないよね。

そんな私、これといった夢がない。普通に目立たない生活を送って普通に大学へ行って就職して、結婚して子供を生んで死んでいく。特に大きな難題にぶつかることなく、ごくごく《普通の日常》を歩んで生きていければいいと心の底から思っている。そう、私にキャッチコピーが付けられるなら、ごくごくフツーのちょっとだけ背が高い女性だろう。・・・あぁ、一歩引いてみると誰にも興味を持ってもらえなさそうだ。

ちなみにこれまで自分をかなり蔑ましてきたが、私には何とびっくり、彼氏がいる。来月で丸2年になる、二歳年上の大学生だ。いわゆる秀才に見えるタイプだ。付き合った当初は二年多くに生きている訳あっての豊富な知識で、良いも悪いも含め普段の生活では見ることのできない新しい世界を見せてくれたのだが、最近は化けの皮が完全剥がれ、まるで別人だ。悪口が何百と軽く吐けるくらいだ。

正直な気持ち、別れるのがめんどくさくて付き合い続けているのだが、それもついこの間でシッカリと縁を切った。私の性格上、別れた後も友達関係をズルズル付き合うのは嫌い。引き出しに閉まってある数少ない思い出の写真もスマホにちょっどだけ残っている写真も全て闇に葬った。気分爽快、喉が極限まで乾いた時に飲むスポーツ飲料並に清々しい日を迎えた事がまるで昨日のことのように感じる。

さて物語の本筋はここから始まる。ある日私の日常に大きな変化が訪れる。自ら動いて変化を好むタイプの人間ではないことは既に周知の通りであるが、それでいて可笑しな世界を体験することとなるのだ。

多香美にかなり助けられたその日、午前授業終了のチャイムが校舎内に鳴り響き、私はネカフェで好きな漫画の新刊でも読んで時間を潰そうか、もしくわスマホのケース新しく買い換えようか迷っていると、前方で突っ走る広瀬多香美の姿を捉えた。

学校にうまく溶け込めない彼女を私は知っている。今日は額に大きな絆創膏が貼られていた。父親が酒乱で暴力を振るわれたのではないかとふざけ半分で指摘を受けるも、本人曰く転んだそうだ。はたして本当だろうか。

そんな多香美が目の前を颯爽と通り過ぎていく。しかも走全力疾走。子供走りで。失礼ながら笑ってしまった。

携帯ガサ片手に高校横の坂道を駆け上がる。
ネカフェよりも携帯ショップよりも多香美のその不思議な行動が私の何かを狩り立たせた。

ポツポツ。
知らぬ間に太陽が雲に完全に覆い隠され雨が降り始める。あれ程までに暑苦しいオーラを放っていた太陽も仕事が一段落したらしく、帰宅したわけだ。

ゼーゼーと言いながら多香美を追う私。約10センチの身長差があるはずなのに全然追いつけない。多香美ってこんなに足が早かったっけ。

一年前、彼女を初めて見た印象は、ぽっちゃり。でも今はどうだろうか、久しぶりに見たというだけで、ここまで人が変わるだろうかという程スマート体型になっている。でも走りは子供走りなのが笑える。思い出し笑い。誰も見ていないようだ。ホッとする。

そんなこんなで頭の中で多香美像を追っていると案の定、本物の多香美を見失ってしまった。まさか脇道に行くとは思えないので道なりに山を登り続ける。

バチン。光った。雷ではない地上で光ったのは確かだ。雨が強くなる。風も強く吹き出しこのままだと傘の骨組みが悲鳴をあげるのも時間の問題、引き返そうとした矢先、再び発光。
脇道の向こう100メートル先で光を感じた。多香美がそこにいるかもしれない。制服の汚れを気にすることなく、足場が悪い中を光に群がる虫のように私は光に吸い寄せられた。

御天山と呼ばれるこの山は私が小学生だった頃、遠足でよくきた山の一つだ。ちゃんと歩く道は舗装され、ご年配の方もミニ登山として利用されている方が沢山いるそうだ。でも今はこの雨天だ、人の姿は皆無。

けっこうな距離を歩いた。
私はその辺にいい感じの切株に見つけ、腰を降ろし空を見上げる。雨はいつの間にか引いていた。

虫。羽虫。
悲鳴。

子供の頃虫取りを果敢に行っていた天真爛漫な私はどこへ行ったのだろうか。本当に同じ自分なのか違和感を抱く程、最近自分自身と距離を感じることがある。人間とは変わる生き物だ。これも元彼氏の言葉だ。最悪。

バシュ!

再び眩い光。
私はラストスパートだとばかりに身を奮い立たせる。しばらく進むと前方に洞窟ような空洞を発見。とそこからあの広瀬多香美の姿が現れる。私はあまりの予想外の出来事に腰の抜かし後ろに無様にひっくり返る。

「痛タ」

多香美には気づかれなかったようだ。しかしこのタイミングで私のスマホが鳴る。見なくてもわかる。おそらく元彼氏だ。しつこい奴。慌ててスマホを手で抑え込む。
やっとおさまった。
ふと顔をあげると、多香美がこちらを見ている。

「もしかして、れ、令和さーん?」

沈黙という静寂が訪れる。

「あ、えっと、」
「どうしたの、酷い格好で」
見るとスカートを始め、体中泥だらけであったことに驚く。
多香美が突然笑い出す。それも甲高い子供っぽい個性的過ぎる笑い声で。

「わ、笑うなよ」

「ごめん」
口では謝っているものの、顔は相反して反省の色が全く伺えない。隠し事ができない典型的なタイプで間違いない。
背を向ける多香美。

「あのさ、見なかったことにしてくれる?」

は、はい?多香美さん、今なんて?
多香美と話したことは数えるくらいしか思い出せない。実際に一体一は初ではないだろうか。

「さっき光ったよね?」私だ。
「それは質問?」
「まぁそうかな、あんたなんか知ってるでしょ」
「・・・そうだ、令和ちゃんも来る?」
「えっ?」

振り返る多香美。

「ね、令和ちゃん」

ちゃん付けかよ。

「あっ、これも運命だよ。そうそう、ディスティニーだよ」
両手を大きく広げる。こちらに手招きをしている。

「正直、令和ちゃんも私達側だよね?うん、そう。絶対そう。令和ちゃんならスラッとしているから様になりそうだなー」

何言っているんだろう、この子は。
独り言を発する多香美。ぶつぶつ言いながらこちらに来る。

「じゃあ、決定ね」

突然手首を強く掴まれる。小柄な女子では到底出せない圧力を感じる。ギシギシと効果音が聞こえてきそうな強い握りに根負けし、洞窟へと強引に連れて行かれる。

「ねぇ、離して!」
「後で話すから」
「違う、その話すじゃなくて・・・」
「まーまー、時間はたっぷりあるんだからさ、令和ちゃん」

やはり多香美という子はオカシイ。間違っても友達になれるタイプではなさそうだ。もしかして私このまま殺されないよね?


☆ ☆ ☆


何が起きたのだろう、私は地面に叩きつけられた衝撃で目を覚ます。幸いにも下はコンクリートではなく草地が生い茂るジャングルであった・・・。

「えっ!ジャングル!?」



続く…

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