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御子柴のヤキモチ勉強会⑳




立川の街は、夕日によってオレンジ色に染め上げられていた。 そんな中、立川には二人の少年の影が動いている。
「優に鍵を渡したけどさ、もし優がコウの家に行かなかったらコウは家の中に入れなくないか?」
「あー・・・。 そうだな。 でも俺は、優はちゃんと俺の家にいてくれるって信じているから」
今自分の憧れであるコウと二人きりの御子紫。 初めて『二人で遊びに行こう』と言われ当然嬉しく思うのだが、日中に彼が倒れたことから少し心配な気もした。
「コウって・・・やっぱり、かなりのストレスが溜まっていたんだな。 ・・・それは、俺のせいか」
「否定はしないよ。 でも今までのストレスがかなり溜まっていて、今日はその限界がきただけだと思う。 だから、御子紫だけのせいじゃない」
コウは行きたい場所でもあるのか、辺りをキョロキョロしたりせず真っすぐに前を向きながら歩いている。 彼の表情からは、今をとても楽しんでいるような感じが見て取れた。
無理して作っているのではなく心から楽しんでいるようで、コウは先程からずっと御子紫に笑いかけている。 それはいいことなのだが、御子紫には違和感しか感じられなかった。
「コウは・・・こういう物が好きなんだな」
彼が向かったところは服屋。 それも服だけが売っているところではなく、アクセサリや小物もたくさん売られているところだ。 
そして何より、この店に入って思った第一印象は――――とても、奇抜だということだった。
「あぁ、こういうのが好きだよ。 派手というか・・・パンク系というか」
「へぇ、そうなんだ・・・。 って、たかッ!」
「このくらいはするさ」
値段を見るなり声を上げた御子紫に、コウは苦笑しながら言葉を返す。 確かに普段の彼の私服は、あまり大人しいものではない。 
どちらかというと派手な方だとは思っていたが、ここまで派手な物が好きだとは思っておらず素直に驚いた。

「久しぶりに結構買ったな。 しばらくは節約しないと」
ストレス発散をするためなのかたくさんの物が入った袋を持ち、歩きながら満足そうな表情でそう口にするコウ。
「久しぶり? 優とは一緒に買い物とか行かないのか?」
「流石に毎日は行かないよ。 もし行ったとしても、優を優先しちまうから自分の物はあまり買えていなかったんだ。 そんなことより、御子紫はどこか行きたいところはないのか?」
「俺は一昨日に買いたい物を買ったから、それで満足さ」

~♪

コウを気遣うようにそう言うと、突然この場に着信音が鳴り響いた。 その携帯の持ち主はコウで、持っている袋を利き手ではない方に持ち替え、空いた手でポケットから取り出す。
「・・・誰から?」
画面を見つめているだけで電話になかなか出ない彼に、静かにそう尋ねた。
「ユイから」
「出ないのか?」
「今は出る気分じゃない」
「気分じゃないって・・・。 でも一応、出るのはルールだし」
そこまで言い終えたが、先刻夜月からの電話を無視してしまったことを思い出し、人のことは言えないと気付き慌てて口を噤む。
そんな御子紫を見て、コウは自分の携帯を差し出してきた。
「代わりに出るか?」
「え?」
「ユイの声、聞きたいだろ」
御子紫は結人のことを神扱いすると知っていたコウは“御子紫なら出てくれるだろう”と思い、そう口にする。 
御子紫はその言動に複雑な表情を見せながらも、彼から携帯を受け取った。
「・・・もしもし?」
『あ、もしもし? ・・・って、その声は御子紫か?』
「あぁ、そう・・・だけど」
電話の向こうから結人の声が聞こえると、ふと隣にいたコウがその場に立ち止まる。 そんな彼の行為に合わせ、御子紫も不思議な表情をしながらその場に止まった。
『コウは今どこにいる?』
「えっと・・・。 コウは今、俺の目の前にいるよ」
実際目の前にいるコウのことを見据えながら、そう口にする。 急に立ち止まり“どうかしたのか?”と思い、彼の視線の先へ自分の視線も移動させた。

その先には――――制服姿の女子高生が、3人の不良に囲まれている光景が目に入る。

『コウは今、大丈夫なのか?』
「あぁ、うん。 大丈夫・・・」
視線の先にいる女子高生のことを数秒見つめていると、コウはその場に自分の荷物をそっと降ろした。 
そして学校の制服である上のブレザーを脱ぎ、スクールバッグからサングラスを取り出す。 そして彼は、バッグの上に上着を乗せサングラスをかけた。
それは濃くて、目元が他の人からはあまり見えないようなものだ。
『おい、本当に大丈夫なのか? 未来たちとは無事に合流できたけど、御子紫とコウは二人でどこかへ行ったって言うからさ』

―――ちょ、コウ、何をする気なんだ・・・?

耳に携帯を当てているが、御子紫の意識は完全にコウの方へ集中している。

―――あれ程さっき、未来たちには“ユイからの許可を貰わずに喧嘩はするな!”って、言っていたのに・・・!

『それでさ、いつになってもコウたちから連絡がこねぇから、俺から電話をかけてみたんだ。 ・・・って、俺の話を聞いているか? 御子紫? おーい。 御子紫!』
「あッ・・・! ・・・え?」
『コウは本当に大丈夫なのかよ』
「あぁ・・・。 うん。 コウは、元気だよ」
『元気?』
そう――――コウは元気。 

何故ならば――――彼は今不良3人を相手に、喧嘩をしているのだから。

『まぁ・・・元気ならいいや。 安心した。 じゃあ後は、二人の時間を楽しめ』
「あぁ、ありがとう」
『あ、あとさ。 心配だから、コウを家までちゃんと送ってやれよ』
「了解」
『ん、じゃあな』
御子紫は結人との電話を切ると、すぐにコウのもとへと駆け出した。
「コウ! ・・・ッ」
だが――――途中で、足の動きが止まる。 

何故ならば――――喧嘩を止めることは既に遅く、今コウは不良たちを無力化し終え、女子高生たちと話をしていたのだから。

「二人共、大丈夫? 怪我はない?」
「あ、ありがとうございます! おかげで助かりました。 怪我も大丈夫です」
「そっか。 ならよかった」
「あの・・・高校生ですか?」
「俺? どう見える?」
「あの、その・・・。 よかったら、今度お礼させてください!」
「あー・・・」
すると突然、コウは後ろへちらりと振り向き御子紫のことを見た。
「悪い。 ダチが待っているから、そろそろ戻るわ。 じゃあ、気を付けて帰れよ」
そしてコウが彼女たちから逃げるようにこちらへ走って戻ってくると、御子紫は強めの口調で言葉を放つ。
「コウ! どうして喧嘩なんて」
「やっぱり、喧嘩が一番スッキリするな」
「いや、そうかもだけど・・・。 だからって」
そう尋ねると――――コウはサングラスを外し、少し寂しそうな表情をしながらこう答えた。

「ずっと真面目に生きるのに飽きてきたから、たまには少しでも規則を破ってみたかったんだ」

「え・・・」

「という言い訳は、駄目か」

その答えに思わず言葉が詰まってしまうと、コウは苦笑いをしながら最後にそう付け足してきた。
―――いや・・・別に駄目じゃない。
―――それでコウが、ストレスを溜めずに元気でいられるなら。
―――それでコウがいつもみたいに、優しい奴でいてくれるなら・・・駄目じゃない。
「いいと思うよ」
御子紫がそう答えると、コウは優しく笑い返してくれた。 そして彼は、続けて言葉を発する。
「このことは、ユイたちには秘密にしておいてほしいんだ」
「それは、怒られるから?」
「それもあるけど、言ってしまうと俺の印象が崩れる気がして。 ・・・あ、こんなことを言うなんて、俺は偽善者っぽいな」
自虐的に笑うコウに、御子紫は首を横に振る。
「いや。 コウはその姿を俺に見せてくれたんだから、偽善者じゃないよ。 分かった。 このことは、みんなには秘密にしておく」
「ありがとう」
そしてここで、先程疑問に思ったことを彼に尋ねた。
「そういや、どうしてサングラス? 上着を脱いだのは、学校がバレないようにだって、分かったけど・・・。 
 顔を見られないようにするって、警察とかに見つかった時のためか?」

「ちげーよ。 女子たちに、必要以上に絡まれないようにするために決まってんだろ」

「なッ・・・」

嫌味に聞こえない程清々しくそう答えたコウは、自分の荷物を持ち御子紫を置いて歩き始めた。
御子紫は今の発言に少し妬きつつも、ここは堪えて彼の後ろを追いかける。

―――やっぱり・・・コウには敵わねぇな。

この後はゲームセンターなどへ行き、コウと二人きりの時間を楽しんだ。 そして日が暮れ時刻も遅くなると、彼を家まで送ろうとする。
そんな時――――コウは少し俯いたまま、優しい表情でこう口にした。
「俺・・・明日には、戻るから」
「え?」
「明日には、いつもの俺に戻るから。 ・・・こんなに荒れている俺は、今日が最初で最後だよ」
そう言って、御子紫に優しく笑いかける。 家に着くとそこには優がいて、安心してコウを任せることができた。

そして、今日の出来事は――――二人にとっていい思い出になり、二人の大事な秘密にもなった。


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