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10話

春になってから大分日が経った。日本でいうのならば5月も中頃だろうか。新しい暮らしにも少しずつではあるが、慣れてきた頃、このクエストが舞い込んできたのである。

クエストを少ししてはひたすら引きこもるという生活に慣れてきた俺たちは、また金がなくなっていて酒場に来ていたのである。

「イカの討伐?なんだこれは。」
「はい。イカの討伐です。もうすぐ夏が来るのですが、今年も海岸の迷惑モンスターのイカが現れたのです。これは今年の海岸付近のお店の収支にも関わることで…」

俺の質問に、随分と大袈裟に受付嬢が説明した。たかがイカでなにを言ってるのだか。

その懸賞金を見てみると、30万ハンスとなっている。なんだか美味しすぎて怪しいなこれ。
「ミツルさん!これです!このクエストにしましょう!たかが、イカですよ!これで当分また働かなくて済みます!」
ガブに俺の怠けぐせが移ってきているようだ。

なんだろう。ただのイカとはどう違うんだろう。これはこの世界の元々の住人に確認しよう。
「なぁ、リリー?このイカってのはどんな…」
「いやぁ、お前ら凄いな。あのイカと戦うってのに随分と余裕そうだ。なんか秘策でもあんのか?」
やっぱりか。きっと、やたらと強い生物なのだろう。聞いておいて良かった。

俺は隣にいたガブに制止をかけようと肩を…肩をつか…
あれ、いない。
「ガブならもう受注の手続きをしてるわ。」
ミシェルが指さす方にはガブが受付嬢の前で受注の書類を書いているところだった。あのバカ。

こうして、俺たちは討伐に向かうことになったのである。


町を出て、イカの発生したという海の辺りに向かう。
「なぁ、イカってどうやって見つけるんだ?誰か泳げるのか?」
俺の質問に、リリーはクスリと笑った。
「なぁにをバカなことを。見つけるもなにも…ほら、見えた!」

リリーが指をさした方向には、山と見間違えるほどの大きな何かがそびえ立っていた。10本の足が艶かしく動いている。まさか、これか?

隣のガブの方を見てみると、ガブの顔も真っ青になっていた。
「ミ、ミツルさん。あ、あれじゃないですよね?あんなの最早、イカじゃないですよね?」
怯えるガブにミシェルが驚いていた。
「あなた、どれだけ世間知らずなの?イカっていったら大きくて、毎年夏前に現れて人を襲うモンスターのことに決まってるじゃない?」
俺とガブは初めて、言葉通りの世界観が違うというのを体感した。


俺たちは近くの堤防の陰に隠れて作戦の会議をする。作戦はいつも通り、ミシェルが混乱させてリリーが攻撃。ガブが援助といったところだ。俺はみんなにいつも通りだとだけ言うと、全員が頷き配置についた。

そう、いつも通り。これで済むはずだったのである。

ミシェルが飛び出していき、躍りを始めた。ここまで事件は起きた。
「あ、ちょっと、待って!いや!離して!」
イカは触手を伸ばしてミシェルの四肢を捉えた。

イカはミシェルの体をまさぐりだし、それはなんとも見てはいけない映像になっていたのである。
「ミツルさんは見ちゃダメです!」
ガブが俺の目を手で隠す。

リリーが慌てて攻撃魔法を唱えようとしたとき、聞こえてはいけない声が聞こえた。

「あぁ!いい!いいわ、これ!久々の感覚!気持ちいぃ!」
ん?なんだ、今のは。だれだこんな時にこんな場所で非常識な。恥を知れ。

俺はその声の主に文句を言ってやろうと、声がした方を見た。
そこにいたのはイカに触手で弄ばれ、恍惚とした表情でいたうちの行く遅れアラサーだった。なんとこの期に及んでアラサーは変態にジョブチェンジしたのである。

リリーもさすがに顔がひきつっている。あいつのあんな顔初めて見た。
「おい!ミシェル!今助けてやるからな!」
「結構よ!もうちょっと待って!」
いや、待てるか。もうこの絵面もしんどいし、うちのパーティーに漂う微妙な空気も耐えられない。

俺はリリーにゴーサインを出すと、リリーはダイスを唱えた。
1だった。麻痺だ。こいつ、最近外れる確率高くないか?

麻痺になっている間もミシェルはイカに弄ばれていた。これはもう、この映像を取って売った方が金になりそうな気がしてきた。

そんなとき、もう満足したのかイカはミシェルを持ったままどこかへ消え去ろうとしている。まずい。このままではミシェルは海中に引きずり込まれる!

麻痺が解けてその直後に、リリーは慌てて2度目のダイスを放った。
今度は見事に成功。イカの頭は爆発し、握られていたミシェルは空中に放り出された。

俺とガブが慌てて砂浜に伏しているミシェルに駆け寄る。
「ミシェル!大丈夫か!?今、ガブがヒールを…」

その瞬間、ミシェルはまだ顔を紅潮させながら、なぜか俺の胸ぐらを掴んできた。そして言い放つ。
「なんてことしてくれたのよ!10代の時ぶりのお持ち帰りだったのに!」

憐れだ。相手はイカだろ!とかそういう突っ込みをすると最早惨めでしかない。

そこに、リリーが駆け寄ってきた。やめろ。止めをさすな。

「さすがは行く遅れアラサーだったな。正直引いたぞ。まぁ、その。モンスターとならまたすぐに…」
今度はミシェルはリリーの胸ぐらを掴んで言う。
「モンスターすら、私には怒り狂って襲ってくるのよ!もうこんな機会2度とないかもしれないわ!」

もう俺たちはかける言葉を失い、その場に立ちすくしていた。そこにはただミシェルのすすり泣く声だけが響いていた…。

この容姿端麗なお姉さんは、久々の性の喜びに出会い、眠っていた性欲が少し目を覚ましてしまったのである。


俺たちは何とも言えない思いを抱えながら、酒場に戻り報酬を受け取った。そして、家に戻りなんとも言えない空気の中食事をとっていたのである。

励まそうとしたのかリリーが口を開いた。もう嫌な予感しかしない。
「まぁ、そのなんだ。お前にはもっと良いモンスターがいるよ!だから元気出せ!な?」
「なんで人間はもう諦めてるのよぉぉぉぉぉ!」
そう叫ぶとミシェルは部屋に籠った。

翌朝、一晩泣き明かしたのだろ。目を腫らしたミシェルがなにか覚悟を決めたように俺たちに言ってきた。

「私、もうモンスターが相手でも良いわ。」
リリーの呟くような、ごめんの3文字がリビングにか細く響くだけだった。

こうして、うちの行き遅れアラサーはこのクエストを機に人外でも惚れるようになってしまったのである。

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