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44話 コロッセオ

 女の子の名前はクイナ、俺と一緒の13歳らしい。
 まあこちらの世界では年齢なんて、ちゃんと出生のわかる身分でないと適当なんだけど。
 それでも同い年の子と知り合いになれたことに、なんだか俺は気分が舞いあがった。

「あ、ロイム。これから走りに行くの?」
「ああ、クイナも今日は農場の方なんだろ?」
「うん、練習がんばってね」
「おまえもな」

 こんな感じで、顔を合わせると他愛のない会話をするくらいだけれど。
 なんだか俺はクイナの笑顔を見ていると気持ちが安らぐ気がした。
 やっぱり、黒髪、黒目でアジア人ぽい外見をしていることで、親近感が沸くのかもしれない。
 ロゼッタは美人ではあるけれど、西洋人みたいな外見なので、どこか緊張しちゃうんだよな。日本人らしい白人コンプレックスである。

 ロードワークから戻って来ると、そのロゼッタがつまらなそうな顔をして練習場のベンチに腰掛けていた。
 ああいう顔をしている時にロゼッタに近づくと絡まれてめんどくさいので、皆は視線を向けないように練習をしている。
 俺もなるべく視線を合わせないように次のメニューを始めた。

 一頻りサンドバッグを打ち終わるとロワードに声を掛けられた。

「ロイム、スパーの相手を頼む」
「ん、いいぜ。ちょっとだけ水飲んできていいか?」

 ロワードは頷くと、準備をしておくと言った。

 さて、水場に行くにはロゼッタの前を通らなくてはならない。
 相も変わらず、ぶっすーと不機嫌な様子で、膝に肘を当てながら頬杖をついているロゼッタ。
 何かあったのだろうかと思うのだが、まあわざわざこちらから藪を突きに行く必要もないだろう。
 俺は素知らぬ顔をしながらロゼッタの前を通り過ぎようとするのだが。

「ロイム、ちょっといい」

 案の定、呼び止められた。

「ロ、ロワードが待ってるから、て、手短に頼む」
「なにをそんな慌ててんのよ」

 おまえに絡まれたからだよ。
 と思うが、当然そんなことは口にはしない。

「もうあと二週間もすればロワードのデビュー戦でしょ。もっと練習量を増やした方がいいんじゃないの?」
「いや、これ以上練習量を増やしてもかえって疲労を溜めるだけだし、怪我の要因にもなるかもしれないから。ボクシングってのは日々、地道にコツコツ練習を積み上げることが重要なんだ」
「ふーん……」

 ロゼッタは俺のことを、じーっと見つめながら不満そうにする。

「そうやって、コツコツ地味に女の子と会い続けるのも、ボクシングと関係あるの?」
「はあ?」

 質問の意味がわからず俺が大声で言うと、ロゼッタは立ち上がり詰め寄って来た。

「あんた、クイナとか言う奴隷の女と最近やたらと親しげよね?」
「いや別に……いいだろそんなこと、おまえに関係あるのかよ?」

 俺がクイナと仲良くしていることの何が問題あるのか。
 わけのわからないことで、いちゃもんをつけて来るので反発すると、ロゼッタは俺の頬を平手打ちした。

「いってええええ! おま! え? なんで俺殴られたの?」
「知らないわよ馬鹿! ふんっ!」

 結局なんで怒っているのかわからないまま、ロゼッタは練習場から出て行ってしまうのであった。

「なんで平手打ちされなくちゃいけないんだ……」

 ぶつぶつと文句を言いながら水を飲んでいると、いつの間にか隣にいたルクスが俺のことを睨みつけながら話しかけてくる。

「おまえってアホだな」
「ああん? てめえ、いきなりなんだ? 喧嘩売ってんのか?」
「たく……、ロゼッタお嬢さんが不機嫌なのはおまえの所為なんだぜ」
「はあ? なんでだよ? 俺なんもしてねえぞ?」
「おまえマジで言ってんのか? はぁ……おまえってほんと、拳闘以外はからっきしなのな」

 ルクスはやれやれと言った感じで頭を振ると、呆れた様子で去って行った。
 なんだその態度は、イラッとするやつだぜ。

 戻るとロワードが待ちくたびれた様子で俺のことを睨みつけているのであった。


 そしていよいよ、ロワードのデビュー戦の日がやって来る。
 訓練生の中からも数名、見学としてコロッセオに連れて行って貰うことができた。
 当然俺もその中の一人で、あとはルクスにエルナンドにスカルツヤだ。
 引率はバンディーニ、ロゼッタもなぜか一緒に来ている。父親と一緒のVIP席で見ればいいだろうに。

 マスタング家の私用馬車に揺られて、街外れにあるコロッセオに着くと、俺はそのデカさに度胆を抜かれた。
 ぶっちゃけ後楽園ホールよりデカい。武道館の三階席をなくして少し小さくしたくらいだろうか?
 重機のない世界でこれだけの巨大な建造物を作るなんて、人間ってすげえなあ、なんて思いながら中に入って行った。
 コロッセオの中には選手控室なんかもあって、ロワードにもちゃんとあてがわれている。
 まあ四畳半くらいの小さい部屋なんだが。当然全員は入れないので、ロワードとトレーナーであるバンディーニだけが中で待機。
 俺達は外でロワードの試合が始まるのを待つことになった。

 観客席に行くと、ほぼほぼ満席の状態であった。
 このコロッセオは各地にある幾つかの物と比べて小さい方らしい。収容人数は5000人程とロゼッタに説明された。
 首都にあるコロッセオになると、最大で50000人程収容できると言うのだから、東京ドームクラスのデカさがあるのかと思い、俺は想像もできなかった。

「それにしても、なんだかお祭り騒ぎだな」
「当然よ。拳闘やパンクラチオンは一大興業よ。毎日行われている試合に市民達は熱狂しているわ。パパがそれに目をつけるのも当然よね」

 自慢げに語っているロゼッタであるが、なにが当然なのかよくわからない。
 周りを見ると、弁当や飲み物を売っている売り子なんかも居るし。新聞のようなものを広げて、誰に賭けるかを予想しているおっちゃんなんかも居て、競馬場みてえだなと俺は思った。
 そうか、競馬とか始めたら儲かるんじゃねえの? と、どうでもいいことを俺は思った。
 ふいに誰かに後ろから右肩をぽんぽんと叩かれる。振り返ると頬になにかが突き刺さった。

「にゃに、くだらにゃいことしてしてるんだよ」
「はっはっは! 久しぶりだなロイム、元気そうでなによりだ」

 俺の頬に指を突き刺しながら笑うのは拳神の再来と呼ばれる男。
 白い歯をきらっと覗かせながら爽やかに笑うセルスタであった。


 続く。

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