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33話 ローブロー

 ロワードの活躍で初戦を勝利した俺達は、次の対戦チームの試合を見ていた。

「たぶん次はエルナンド達の部屋が勝つよ」
「僕もそう思う、エルナンドとベルナルド。あの二人は訓練生の中でも一二を争う実力者だからね」

 ヤクの考えに同調するディック。
 俺も何度かエルナンドとベルナルド、あの二人のスパーリングを見たことはある。
 確かに二人はなかなかのセンスを持つ拳闘士だった。

 基本的な技術に加えて、肉体の強さを持っている。
 教官達も、そろそろ拳闘士デビューさせても問題ないだろうと言っている二人だ。

 どうやらそんな二人が、先鋒と次鋒と言う布陣で試合に臨むつもりらしい。
 二人で四人抜きをして優勝しようということだろう。
 他の二人は最早、戦う気さえないように見えた。

 そんなツーマンセルチーム(俺が勝手に名付けた)を迎え撃つのは、スカルツヤの率いるチームだ。
 こっちは完全にスカルツヤのワンマンチーム。
 圧倒的な腕力で物を言わせている、スカルツヤだけを警戒すればいいと皆が言っている。

「なあ、あいつ、俺よりちょっと大きいくらいの奴が居るけど。あんな奴居たっけ?」

 俺はスカルツヤチームに居る、小柄な金髪の少年を指差した。
 答えたのはロワードだった。

「ああ、なんでも1週間前くらいに急遽来た奴らしい。名前は確か、ルクスとか言ったっけ」

 俺と一緒で小柄な体格のルクスに少し興味が湧いた。
 小さくても試験に合格して訓練生になれたんだから、それなりの実力はあるのだろう。

 て言うか、また検定試験やったのかな? 随分と短いスパンでやってるんだな? まあいいや。

 そんな感じで、作戦会議をしている二つのチームを、俺達は観客席から見下ろしているのであった。

 しばらくすると両チームの選手たちが整列をする。
 いよいよ試合開始だ。
 ツーマンセルチームの先鋒はエルナンド。
 そして、驚いたことにワンマンチームの先鋒はスカルツヤだった。

 他の三人を先に出して、エルナンドとベルナルドのスタミナを削ってやるのが得策だと思うのだが、一体なにを考えているのだろうか?

 そんな俺の疑問を余所に第一試合が始まる。
 エルナンドとスカルツヤは、実に気持ちのいい殴り合いを展開してくれた。
 お互いがほぼノーガードで渾身のパンチを繰り出し合う。
 腕っぷしが自慢の二人だ。まあ予想通りの展開である。

 勝ったのはエルナンド。
 最後に入った右ストレートは、たぶん狙ったわけではないだろうが、綺麗にスカルツヤの顎先(チン)を打ち抜き、見事なKO勝利となった。

 両手を高々と上げて、自らの勝利を誇示するエルナンドであったが、両瞼が腫れあがり、鼻も潰れて血塗れだった。

「やれやれ、まるで子供の喧嘩だな」

 ロワードが呆れ気味に呟く。
 数か月前まではおまえも似たようなもんだっただろ。と、まあ野暮な突っ込みはしないでおいてやろう。

 そのまま試合続行。
 スカルツヤチームの次鋒は、名前も知らない巨漢の奴。
 俺達の普段の食事で、どうやったらあんな風に太ることができるのかと思うくらいに、デブな奴だ。
 まあ、体重差に物を言わせてるんだろうけど、あれじゃあすぐにスタミナ切れでまともな試合にはならないだろうな。

 案の定デブは、試合開始一分もしない内に息も絶え絶え。
 エルナンドが、コツンと顔面を小突いただけで膝を突き降参した。
 あいつはたぶん、練習生に降格だろうな。

 なんだかんだでエルナンド二連勝である。
 こうなればツーマンセル組の狙い通りの展開だ。
 一人が二勝すれば良いのだから、エルナンドは次の対戦で無理をせず、適当に相手のスタミナを削ったら降参すれば良いのだ。

 そして、スカルツヤチームの副将が前に出てきた。
 金髪のルクス、俺が妙な親近感を感じていたあいつが、遂に出てきた。

 ルクスはぺこりと頭を下げて一礼すると、両拳を顎の下に付けて構えた。
 こちらの世界の拳闘士にしては珍しい、ピーカブースタイルである。

 相手が小柄な選手なので、エルナンドは三人抜きをするつもりなのか。
 様子見をすることもなく突っ込んでいった。
 ルクスもそれを迎え撃つつもりか身構える。
 二人の身体がぶつかると、エルナンドはルクスのガードの上から思いっきりパンチを叩きつけた。

 ルクスは反撃できないのか丸くなり亀の子状態だ。
 お構いなしにエルナンドは拳を叩きつけている。

 そして、二人の身体が重なりあった瞬間。

 突如、エルナンドが悶えながら蹲ってしまった。

「な、なんだ? なんかしたのかあのチビ?」
「落ち着けヤク、たぶんローブローだよ」
「ローブロー?」

 ローブローとは、所謂「金的」のことである。
 現代のボクシング試合でも間々あることで、ボディーを打とうとして急所を打ってしまうこともあるのだ。
 勿論、俺も偶にやってしまうことはあった。
 接近戦にもなるとボクサーはもう無我夢中だ、悪気はなくても偶々繰り出したボディーブローが金玉を殴ってしまうのは、同じ男として非常に申し訳ないと思ってしまう。
 当然、故意にやった場合には反則だ

 エルナンドは股間を押さえて青い顔をしていた。
 ふと、ロゼッタの方を見ると、恥かしそうに両手で顔を覆いながらも、指の隙間から覗いている。
 まあ、そんなことはどうでもいいや。

「エルナンド、やれるか?」
「だ、大丈夫……です」
「わかった。無理はするなよ。ルクスも気を付けるように、次やったら反則負けだぞ」

 エルナンドの腰をとんとん叩いてやりながら、審判がルクスを注意。
 何時の時代も、金玉を強打したらそうやるのね。まあそうだよね。
 ルクスは申し訳なさそうに頭を下げると、試合が再開された。

 再び接近戦になる。
 今度はルクスも反撃を見せのだが……。

「上手いな……」
「なにがだよロイム」
「よく見ろよロワード。あのルクスとか言う奴、小柄な体格を活かして、相手の懐に入って、頭を低くしてるもんだから、エルナンドの野郎は攻撃し辛そうだ」

 俺の指摘に、皆がなるほどといった様子で感心する。

 そして、ルクスのボディーブローが決まり、エルナンドの身体がくの字に曲がった瞬間。
 エルナンドは鼻から血を噴き出してダウンしてしまった。

「あの野郎っ! バッティングしやがった!」


 続く。

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