30話 ロワードの奮闘
練習場に戻ると既にマスタングは到着しており、ありがた~いお言葉も頂戴した後だったらしい。
俺はつまらない話を聞かずに済んでラッキーと思ったのだが、ボンゴエ教官に拳骨を落とされてしまった。
なんか今日はツキがない気がする。
「くっそぉ、ボンゴエの野郎、思いっきり殴りやがって」
「ずいぶん遅かったなロイム、うんこか?」
ヤクに突っ込まれて、さっき便所の前であったことを説明するのだが、こんな所に女子がいるわけがないだろうと信じて貰えなかった。
「おまえら、下らない話をしてないでさっさと準備をしろ」
ロワードが呆れ顔で言ってくる。
どうやら最初は俺達の
相手のチームは全員ディックと同じ年齢の16歳チームだ。
物凄い勢いで俺達にメンチを切ってきているので、俺も顎をしゃくりながら「あぁん?」とメンチを切り返してやった。
そんなこんなで、一番手のヤクから試合開始となる。
「ヤク、気負わずに行けよ」
「わーかってるよ! ボコボコにしてやるぜ!」
そう言って余裕の表情で行くのだが。
結果、ボコボコにされて帰って来たのはヤクであった。
「おまえ、なんであんな所で輪島顔負けのカエルアッパーなんて出すんだよっ!」
「ワジマぁ? なんだそれぇ?」
鼻と口から血を垂れ流しながら、フラフラの状態で答えるヤク。
序盤は動き回って相手を攪乱し、いい感じで試合を運んでいたのに、調子に乗ったヤクはなぜか大技のカエルアッパーを繰り出した。
それが見事に相手に躱されると、カウンター気味に顔面に入った右でKOされてしまったのだ。
「次はディックだな! 先手必勝だぞディック、相手のペースにさせるな!」
ところが、相手はそれを読んでいたらしい。
開始と同時にダッシュでディックの懐に飛び込んでくると、ショートパンチでディックを滅多打ちにする。
リーチの長いディックは懐に入られるとパンチを出しづらくなるので、相手と距離を取ろうとするのだが、こうなってしまっては相手のペースだ。
ディックは反撃の機会すら得ることが出来ずに、膝を突くと右手を上げて降参した。
「おいおいマジかよ……あっと言う間に二連敗じゃねえか……」
まさか、こんなにあっさり二人が負けるとは思っていなかった。
実戦形式というのが、やはり経験の少ない二人にとってのハンデとなったのだ。
次は副将のロワードだ。
ロワードも緊張した面持ちでリングの中央に向かおうとしている。
もう後がない、ここで最低でも二人は倒しておいてもらわないと、流石の俺もキツイ。
「ロワード! 頼んだぞ! なんとか勝ってくれ!」
俺の言葉にロワードから返事はなかった。
そして、試合は開始される。
既に相手の手の内はわかっている。
ヤクとディックもそれなりに善戦はしたので、相手のファイトスタイルを見ることはできた。
懐に飛び込んでのインファイト。これはファイターであるロワードにとっても与し易い相手だ。
ロワードは突進してくる相手の出鼻をジャブで挫くと、二発三発とジャブで牽制。
堪らず相手が距離を取ろうとしたところで間合いに飛び込むと、左右のワン・ツーを綺麗に決めた。
それで、勝負あり。
相手は立ち上がることもできずに、ロワードのKO勝利となった。
「よっしゃあっ! いいぞロワードその調子だ!」
俺が声を上げると、ヤクとディックも一緒にロワードの応援をする。
次に出てきた相手は、ロワードと同じくらい身長の奴だった。
しかし異様に手が長く、そのリーチを活かしてロワードの間合いの外から攻撃を仕掛けてくる。
思ったよりも手数が多い。
そこまで走り込みをしている姿を見たことがないので、スタミナもそう長く持たないだろうと思う。
しかし、スタミナが切れるまでまるまって打たれ続けるのは、これ以降の試合にも影響がでる恐れがある。
ロワードはウィービングで相手のパンチを躱しつつ、懐に飛び込もうと試みている。
しかし、相手のパンチが邪魔だ。
「ロワード、ガードだ! 全部避ける必要はない! ガードで相手のパンチを打ち落せ!」
俺の声が届いたのか、ロワードは回避とガードを上手く織り交ぜつつ相手に肉薄すると、ボディーへ右を入れる。
相手の動きが止まったところへ、ワン・ツーのコンビネーションパンチが決まり見事KO勝利した。
「すげえ、すげえぜロワード……」
俺は感動に震えていた。
ロワードのコンビネーションパンチは基本のワンツーであるが、必殺と呼べるフィニッシュブローにまで昇華されていた。
もし初めて戦った時にあのコンビネーションを持っていたら、負けていたのは俺の方だったかもしれない。
ロワードの二人抜きで、勝敗を五分まで持って行った。
バンディーニがロワードに続けられるか確認する。
「丁度よく、身体が温まってきた所です」
なんだよロワード、かっけえじゃねえか。
ラウンドで言ったら、大体3ラウンドが終わったところくらいだ。
4回戦の新人ボクサーが、フルラウンド戦ったくらいの疲労だろう。
それくらいであれば、今のロワードのスタミナならまだやれる。
幸いなことに、試合と試合のインターバルは1分以上も取れている。
ロワードは折角温まった身体が冷えないように、シャドーをしながら次の対戦に備えていた。
そして、次の対戦相手が前に出てこようとしたその時。
大きな声が試合場に響き渡った。
「ああああっ! パパ、あいつよ! あそこにいる小さい拳奴が私のことを侮辱したの!」
声のした方へ振り向くと、マスタングの横にさっきの女の子が居り、俺のことを指差しながら怒声をあげていた。
ていうか、パパって? え? マジで?
続く。