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24話 華の雑草組

 夜になる前に俺の部屋に案内された。
 俺の部屋と言っても、当然個室ではなくて相部屋である。

 訓練生は四畳半くらいの部屋に、大体4人で生活している。
 二段ベッドが二対あり、上段は年長者が使うというのが習わしだ。
 他に調度品はなく、私物は壁に吊るした麻袋や、ベッド下に収納しているって寸法だ。

 ロワードに連れて行かれた部屋は、先月拳闘士になることを辞めた奴がいたらしく、ちょうどそこに俺がやって来たというわけだ。て言うか、ロワードと相部屋かよ……。

 この部屋の年長者は、ディックという長身アバタ顔の16歳の奴。
 次に14歳のロワードで、その次が俺の一つ上になる浅黒い肌に黒髪黒目のヤクだ。

 俺がロワードに促されて部屋に入ると、ヤクが飛び起きて嬉しそうに言う。

「やった! やっと俺より年下の奴が来たよ。これで雑用から解放されるぅぅぅ」

 なるほど。どうやらヤクは、ディックとロワードにパシリにされていたらしい。
 するとその上段に居たディックがノソノソと降りて来た。

「人聞きの悪い事言うなよヤク。僕達がおまえに雑用を押し付けているみたいじゃないか」
「まるでそうじゃないみたいな言い方だなぁディック」
「この宿舎では、部屋の雑用は一番年下がやるって決まりだろう。代わりに僕ら年長者は、施設の維持管理をしているんだから」

 そういうことか。
 俺はてっきり、“ねじりん棒”や“パラシュート部隊”の洗礼を受ける羽目になるのかと思ったが、そういうことなら仕方ない。

 一応、長幼の礼は弁えなくてはならないと思い。
 俺は二人に頭を下げると自己紹介をした。

「これからお世話になるロイムと言います。よろしくお願いします」

 ディックはニコニコと笑いながら上機嫌でそれに応える。

「そんなに肩肘張らなくてもいいよ。これから一緒に生活をしていくんだから」
「は、はい。でも、新人なので」
「はっはっは、まあ殊勝な心構えだとは思うけど。一応僕達はライバルでもあるんだからね。てきとうに、てきとうに、はっはっは」

 笑いながらベッドの二階に戻ると、ディックはそのまま横になってしまった。

 一通りの挨拶を済ませるとロワードが宿舎の説明をしてくれた。



 起床時間は日の出前。年長の訓練生達が当番制で宿舎内を、鍋を叩きながら周り皆を起こすらしい。
 起きたら朝練が始まる。一通り汗を流したら軽い朝食だ。
 その後は、訓練施設内の清掃や、修繕。薪割りやその他諸々の雑用を熟し。そしてまたトレーニングを再開する。
 陽の沈む前に夕食を取り、週に二回、順番で沸かした湯で身体を洗うことも許されているらしいので、候補生の時よりも待遇は良い。

 なにより、ちゃんとした木のベッドに藁を敷いて寝れるのが嬉しい。
 半年ほどであったがプレイバシーの欠片もない大部屋で過ごしていたのだ。
 自分のスペースがあるというだけで精神的に安らぐ。
 特に思春期に突入した男子の生理現象。あれをほんとどうしようか迷っていたからな。
 ていうか、カトルはよくバレなかったな。

「ロイム。明日から早速、師匠(せんせい)の指導で練習をすることになる」

 どうやらこの部屋の訓練生たちは、バンディーニの担当らしい。

 俺とロワードの話にヤクが混じってくる。

「バンディーニさんは変わり者って言われててなぁ。誰も指導を受けたがらないんだよ。んでもって、そんなバンディーニさんに教えて貰っている俺らは雑草組って揶揄されてるわけ」

 へらへらと笑いながら言うヤクであったが、目は笑っていなかった。
 ヤクだって拳闘士を目指しているのだ。きっと内心では、見返してやるという闘志が炎のように燃えているのかもしれない。

 雑草組か……。

 結構じゃないか、日本人はそういうの大好きだからな。
 雑草魂でどん底から這い上がってやる。
 そんなサクセスストーリーに、男なら多少なりとも胸が高鳴るってものだ。

 ロワードもムスっとしながら、俺の方は見ずに話す。

「ロイム、俺はおまえと仲良くやろうなんてつもりはない。だけど、俺はおまえに負けたことによって目が覚めたんだ。このままじゃ上は目指せないってな。だから、おまえと同じ練習方法を推奨している、バンディーニ先生について行ってみようって思った」

 そう言うとロワードは、自分の寝床へと上がって行った。

「きっしっし、ロワードはさ。お前にやられてから、人が変わったように真面目にバンディーニさんの言うことを聞くようになったんだぜ」

 笑いながら小声で耳打ちしてくるヤク。
 俺も自分の寝床で横になると、誰かが部屋の蝋燭を消した。


「ああ、一緒に強くなろうぜ、ロワード」


 俺は皆には聞こえないように、口の中で呟くのであった。

 そういや、弟のハワードはどうしたんだろう?



 次の日。


 朝練と雑用が終わり朝食を済ますと、俺達はバンディーニの指導を受ける為に、練習場ではなく、裏の山に向かった。

 山道の入口に到着すると、脇の大きな岩に腰掛けていたバンディーニが大きく手を振っている。

「こっちだこっちだあ、今日からはロイムも一緒だからなぁ」

 ニヤニヤしながらバンディーニがそう言うと、ロワードが質問を投げかけた。

「師匠、今日はなにをするんですか?」
「言っただろう、おまえらに必要なのはまだ走り込みだって。技術や筋肉なんてのは後から幾らでも身に付く、とにかく今はボクサーとして必要不可欠なスタミナを蓄える下地を作るんだよ」

 もう嫌と言う程聞かされているのだろう、ディックとヤクはうんざりとした様子だ。
 ロワードは真面目な顔をして聞いている。こいつ、本当にあのロワードか?

 そんなことを思っていると、バンディーニがふらふらと山道に入って行った。
 全員でその後をついて行くのだが、バンディーニは徐に立ち止まると、山道の脇の山の斜面を指差して言った。

「よーし、じゃあ今からここを皆で駆け上がるぞおっ! よーい、ドンっ!」

 突然の合図に戸惑いながらも皆が一斉に走り出すのであった。


 続く。

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