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「なんにしても、ユエホワが誘拐されてしまったってことか」父は手に持つツィックルカードをもういちど見下ろして、テーブルの上に置かれていた料理用のキャビッチを持ち上げながら、うなるようにつぶやいた。「どうにかしないと」

「へえ」私は少し目を丸く見開いたが、それしか言わなかった。

 ユエホワが誘拐されるって……誰に? 何のために? とは思うけど、どうせ大したことにはならないと思う。

 ユエホワも一応、鬼魔だし。

 なんか邪悪な力を使って、立ち向かえるだろうし。

 自分で何とかすればいいじゃん。

「何もする必要なんてないわ」母は腕組みをしてぷいっと横を向いたが、それ以上、ツィックルカードを取り上げようとはしないでいた。

 私もそうだけどたぶん母も、何をいっても父はけっきょくユエホワを助けに行くかなにかするんだろうと予想していたのだと思う。

 けれど父は、そういうことはしなかった。

 私を見て「ポピー」と呼んだのだ。

「え」私も父を見た。

「今、ちょっと雨が小止みになっている」父はそう続けた。

「ほんと?」私は窓の方へ首を向け「ほんとだ」と答えた。

「今のうちに、おばあちゃんの所へ行こう」父はまた続けた。

「え」私はもういちど父を見た。

「おばあちゃんに知らせないと」父は、ものすごくまじめな顔で、そう言った。

「なんで?」私と母の二人が同時に訊き返した。

「おばあちゃんはユエホワをたいそう気に入っていたからね」父は私に、ツィックルカードを手渡しながら深く何度もうなずいた。「きっと、ありったけの智恵を使って彼を助ける方法を考え出してくれるに違いない」

「母さんが?」母は思いっきり眉をしかめた。「あの性悪鬼魔を気に入ってるですって? 嘘よ」

「――それは本当」私は、母と違うことをいわなければならなかった。

「そう、だから今すぐ、おばあちゃんのところへ行って、事情を説明するんだ」父は真剣なまなざしでもういちど私にそう言った。

「――」私は、母を見た。

「行ってはいけません」と、母が言うはずだと思っていたからだ。

 けれど母は、両手で頬をおさえて、なんだかぼう然としていた。「嘘よ……母さんが? どうして……あんなに、あいつのしたことを話したのに」ぶつぶつとつぶやいている。

「ポピー」もういちど、父が私を呼んだ。「おばあちゃんのところへ、行こう」

「えー、と」私は母を見て、父を見て、天井を見た。

 なんというか、とりあえずここから立ち去ったほうがいいかな、とそのときは思ったのだ。

 それと、当然父もいっしょに、祖母の家に行ってくれるものだと思っていたからだ。

 けれど父はそうしなかった。

 私が箒を呼んで、くもり空の上に飛び上がって、森へ向かって飛んで、祖母の家に着くまで、父はまったく、ついてきてくれなかった。

「なんで?」私はひとりつぶやきながら、箒から地面へ降り立った。

 箒を、テラスの上がり口の横に立てかける。

「あらポピー」祖母は家の中からすぐに気づいてくれた。「いらっしゃい」

「おばあちゃん」私はとりあえず、父に言われた通り祖母に伝えることにした。「あのね、ユエホワが誘拐されたの」

「なんですって」祖母は、私がびっくりするぐらい大声で訊き返した。「ユエホワが?」

「うん、あの」私は父から手渡されたツィックルカードを祖母に手渡した。「さっき、これが来て」

 祖母はひったくるように私からそれを奪い取り、それを読んで「ああ、なんてこと」と、おでこを手で押さえて声を震わせた。「ユエホワが」

「ママは、何もしなくてもいいっていってたんだけどね」私は肩をすくめた。「パパが」

「助けに行きますよ、ポピー」祖母は私の言葉をさえぎり、大真面目な顔で言った。

「え?」私は目を丸く見開いて祖母を見上げた。「なんで?」

「なんでって、もうとにかく、今すぐ行きますよ。ツィックル!」祖母はぴしっとした声で箒を呼んだ。

 その声でやって来たのは祖母の箒だけでなく、私の箒も一緒に、テラスの上がり口の横から飛び上がり、やって来た――えっ、なんで私の箒が、私命令もしてないのに飛んで来るの?

 一瞬不審に思ったけど――まあ祖母の魔法の力をもってすれば、そういうこともカノウなんだろうな……と、あまり深く追求しないでおいた。

「さ、早く乗って」祖母も私にあまり深く考えさせる暇を与えなかった。「行くわよ! ユエホワ、今すぐに助けますからね!」

 祖母と、祖母の後に続いて私とは、ぎゅんっと急上昇し、大空を箒で駆け抜けはじめた。

 でも、どこに行くんだろう?

 ていうか、なんで行くんだろう?

「おばあちゃん」私は祖母の後ろから飛びながらきいた。「行き先、わかるの?」

「ポピー」祖母は飛びながら振り向いた。「あなたのパパは、優秀なキャビッチ使いだわ」

「え?」私は飛びながらきょとんとした。「なんで?」

「これよ」祖母は言って、飛びながら手を前にさし出し、何かをつまんで私に見せた。

 それは、私が手渡したツィックルカードだった。

「あなたのパパはこのカードに、マハドゥをかけてくれたわ」

「えっ」私は飛びながら、目を大きく見開いた。「カードに?」

「そう」祖母はまた手を前にさし出して、指をひらいた。

 ツィックルカードはそこからするりと飛び出し、祖母の箒のさらに前を、まるで私たちを案内するように先頭に立って、飛び始めた。

「え、カードが連れて行ってくれるの? マハドゥで?」私は飛びながら訊いた。

「そうよ。マーシュはこのカードに、送り主のもとへ帰るように命令をしたのよ」

「すっごい!」私は叫んだ。「パパ、そんなことができるんだ!」

「まあ、彼の魔力では弱すぎて目的地まで飛ばすことができないので私のところへ持って来させたのでしょうけれどね」祖母は前を向いたまま、ジャッカン小さな声でつけ足した。

「――ああ」私も小さな声で、返事した。

「ともかく、もう少しスピードを上げさせるわ。ついて来てね」祖母はもういちどうしろを振り向いてそう言ったかと思うと、ぎゅんっ、とかなり前へいっきに進んでいった。

「うわっ」私もあわてて、箒に「急げ!」と命じ、ついて行った。



 そして私たちは、ツィックルカードに導かれ、そのカードが元来た場所、カードの送り主のすみかに、たどり着いた。

 それは、私がまだいちども来たことのない、大きな森だった。

 たくさんの背の高い樹木が、空の上から見るとちょっと近づくのがためらわれるぐらい、しずかにどこまでもどこまでも立ち並んでいる、永遠につづくかと思わせるような森だ。

 ツィックルカードは立ち止まりもせず、まっすぐにその森の木々の中へ飛び込んでいった。

 祖母も、そして私も、遅れずにつづいて飛び込んだ。

 森の中は、暗くて風も音もなく、まるで巨大な生き物が私たちを、ごっくんと飲みこんでしまった感じだった。

 私たちはその生き物の体のなかを、そそり立つ木々にぶつからないよう右によけ左によけしながら、さらに飛びつづけた。

「ユエホワ!」とつぜん、祖母が飛びながら叫んだ。

「えっ」私は飛びながら首をかしげ、祖母の前の方をのぞきこんだ。

 そのときにはもう、目が森の暗さになれてきていたので、前方になにがあるかはよくわかった。



 ユエホワが、大きな木の幹に、細い木の蔓でぐるぐる巻きにされていた。

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