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17話 有り得ないマッチメイク

 トールの試験が終わった。

 二人は握手を交わすと、突然トールが泣き出した。

「カトル、ごめん……俺は、俺は」
「なんで泣くのさ、ありがとうトール」

 カトルがお礼を言うと、トールはきょとんとした顔になり呆けていた。

「僕が女だからって、手を抜かずに本気で戦ってくれてありがとう」
「カ……カトルぅぅぅ、うわああああああん」

 号泣しながら抱きつこうとするトールを、カトルはひょいっと躱すと俺の方へ歩いてくる。
 そして、俺の正面に来るとカトルは笑った。

「これが僕のすべてだよ、ロイム」
「ああ」
「最初からわかっていたことだから、これから先、皆が成長したら僕はこうやって皆とは対等に戦えなくなるって」
「ああ」
「マスタングさんにもそれを伝えて、最後の我儘で今日試合をさせてもらったんだ……だから……だから僕は……これで終わりに……うぅぅ……うぇぇぇ」

 カトルの笑顔が崩れて、泣き顔へと変わって行く。

 カトルのファイトは、最高のファイトだった。
 これから俺達は成長期に入り、男女の間には大きな身体能力の差が出てくる。
 だから、カトルが本当の意味で全力を出せるのは、このタイミングしかなかったんだと思う。

 俺は、カトルの拳を握りしめてやった。

 ただ、黙ってぎゅっと握りしめてやった。

 お疲れ様、カトル。今までありがとう。


 というわけで、一段落着いたので次は俺の番なのだが。

「で、俺は誰と戦うんだ?」

 その言葉に、カトルもトールも小首を傾げている。
 なんか二人の試合が盛り上がった分、適当な奴が出てきても締まらないなぁと思いながら待っていると、なんだか審査員席の方が騒がしい。

 なにを揉めているんだろうと思うのだが、マスタングが呆れ顔で首を振って椅子に座ると、他の人達も席へ戻った。

 ただ一人を除いて。

 なぜか、セルスタだけは席に戻らず、上着を脱いで革のロープと布を拳へ巻き始めた。
 まさかと思いながら茫然とそれを見つめていると、アップを始めるセルスタ。

 10分ほど体を解すとセルスタは前に出てきて言い放った。

「ロイム、おまえの相手は俺がする。思いっきりかかってこいっ!」

 え? なに言ってんのこの爽やかイケメン?



*****


 有り得なかった。

 現代であれば、絶対に有り得ないマッチメイク。

 俺とセルスタの身長差は40㎝以上ある、体重差で言ったら40~50㎏はあるはずだ。
 こんなのは最早試合にならない。
 エキシビジョンマッチなんかの、観客へのサービス試合ならあるかもしれないが、本気の試合でこんなのは、はっきり言って死にに行くようなものである。

 それほどまでに、打撃系格闘技の体重差というのは重要なものなのだ。

 それは体重の軽いボクサーが弱いというわけではない。
 単純に、身体の受けとめきれる容量が違うのである。

 コップがバケツ一杯の水を受け止めきれないように、ミニマム級ボクサーの身体はヘビー級ボクサーのパンチを受け止めきれないのだ。

 だから近代ボクシングでは、細かい階級分けがされている。
 ボクシングはスポーツであって殺人ショーではないのだ。

 俺は眉を顰めながらセルスタに問いかける。

「正気かよ?」
「なにがだい?」
「体格に差がありすぎる、こんなもん試合にならない」

 俺の言葉をセルスタは鼻で笑う。

「おまえ拳闘士になっても、試合当日に相手がデカいって文句言うのか?」

 この世界の拳闘試合には階級と言うものが存在しない。
 どんなに体重差があろうとも関係なくマッチメイクされる、しかも相手は当日にならないと分からないという事がほとんどであった。

 拳闘試合はスポーツではない。
 殺人を推奨しているわけではないが、素手に近い装備で殴り合うのだ。
 当然死に至る確率はかなり高く、拳闘士の二人に一人は試合中に命を落とすことが常であった。

 俺は審査員席と審判、それに教官達を一瞥する。
 セルスタの言うことは尤もであるが、やはり他の大人達もこれはやりすぎだと思っているのか、皆一様に渋い顔をしている。

 おそらくはセルスタが強引に捻じ込んだのであろう。

 くそがぁ、もうこうなったらやるしかない。

 一発でもセルスタのパンチを貰ったら終了だろう。
 下手したら死ぬ危険もあるが、相手が俺をご指名なのだ。

 こんな状況ながら、俺は気分が昂揚してきていた。

 拳神の再来と呼ばれる男。
 おそらく現役拳闘士の中でも、最強の一人であろう男と勝負ができるのだ。
 こんなに早くそんな機会が巡ってくるなんて正直思っていなかった。

 生前、あっちの世界では消化不良のままタイトルマッチを終えてしまった。
 これがその代わりだと思うと、俺は武者震いが止まらなかった。

 やるからには勝つつもりでやる。
 こちらの世界に来てから、やってきたこと全てをあの男にぶつけてやる。

 覚悟を決めセルスタの元へ向かおうとすると、背後からカトルが俺の名を呼んだ。

「ロイム!」

 俺は振り返らず、ただ右拳を上げてその声に答えた。


 セルスタと向かい合うと、改めてその身長差を実感する。
 見上げながら思う、これは普通に打ってもパンチは当たらないな……。

 だが、戦いようはある。
 とにかく最初は距離を取って様子見だ。

 俺はセルスタの戦い方を、対熊戦でしか見たことがない。
 あの時は、傷のせいかボーっとしていてちゃんと見れなかったし。
 今はとりあえず相手のファイティングスタイルを見極めて、それから戦術を練るしかない。

 幸い、ロイムになってからの俺のフットワークは、実戦で使っても文句ないくらいには仕上がっている。
 本職の拳闘士相手にどれくらい通用するのか楽しみではあった。


「始めっ!」


 位置に着くと、審判の掛け声で俺とセルスタの試合が始まった。

 まずは距離を取って……。

 バックステップでセルスタと距離を取ろうとしたのだが、驚愕して咄嗟に顔面のガードを固めた。

 後ろに跳んだ瞬間、一足飛びで間合いを詰めてきたセルスタの右一閃。
 ガードの上から叩きつけられた右ストレートは、その威力が貫通するほどの衝撃を顔面に受けると、俺は踏ん張ることもできずに後方に転がった。

 2~3転して尻餅を着くと、鼻から血が噴き出す。

 茫然と見上げると、凄まじい眼光でセルスタが俺のことを見下ろしていた。


「ボーっとしていたら、次は死ぬぜ!」

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