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第88話 死神ちゃんとおしゃべりさん②

 死神ちゃんは地図上の〈|担当のパーティー《ターゲット》〉の位置を頼りに三階のゾンビ部屋へとやって来た。何の気なしにゾンビ部屋へと入ろうとした死神ちゃんだったが、慌てて室外へと後退した。
 死神ちゃんが出ていってすぐ、部屋の中は神聖な雷光で満たされ、ゾンビ達がここそこで断末魔の呻きを上げた。


「あっぶな……。危うく怪我するところだった……」


 死神ちゃんは恐る恐る部屋を覗き見ると、げっそりとした顔でゾンビの行く末を見守った。
 もしもまた、あのような魔法をとり憑く前に唱えられては堪ったものではない。ーーそう思った死神ちゃんは、光が収束してから慌てて部屋へと入った。そして、ターゲットと思しき冒険者のいる高台に向かって一目散に飛んでいった。

 ターゲットは高台から身を乗り出して部屋を見渡していた。その眼前に、死神ちゃんは急スピードで躍り出ようと突進した。冒険者は一瞬驚きを顔に浮かべたものの、身を引くということはしなかった。そのため、死神ちゃんと冒険者は額と額をゴツンと打ち合った。


「おい、貴様! そのまま突っ込んでくるやつがあるか! 危ないだろうが!」

「お前こそ、少しは身を引くなりしたらどうなんだよ、おしゃべりおじさん!」

「おじさん言うな! ――何故、マイアイドル天使ソフィアたんは、我が不肖の妹のことは〈お姉ちゃん〉と呼ぶのに対して、私だけは頑なに〈叔父さん〉なのだ……」


 お兄ちゃんと呼んでと言いながら、姪っ子ラブな〈おしゃべりさん〉は膝をつき、がっくりとうなだれた。死神ちゃんはほんのりと赤くなったおでこを擦りながら、フンと鼻を鳴らした。


「で、お前、こんなところであんなご大層な魔法ぶっ放して、一体何してたんだよ」

「実家で管理している神殿で執り行われる年越しの祭のために、少々練習をしていたのだ」

「お前もかよ。この前、妹の方もそうやって練習に励んでいたけど、揃いも揃ってダンジョン内で練習するの、やめてくれないか?」

「あいつのことは知らんが、少なくとも私はダンジョン内で練習せねば、上達したか否かを測ることができんのだ」


 しかめっ面の死神ちゃんを、おしゃべりさんもしかめっ面で見返した。
 何でも、彼は今度の年越しの祭にて、祝福の祝詞を読み上げるという大役を任されたらしい。しかし、その祝詞というのがあり得ないほど長ったらしいのだとか。ダンジョン内でよく使用される僧侶系魔法としてもお馴染みの〈蘇生呪文〉の数倍長いそうで、もたもたと読んでいると十数分はかかってしまうのだそうだ。


「その呪文をできる限り短時間で、しかしながら早口になりすぎることなく読みあげたいのだ。言い淀むなどなく堂々と、そして理想的な速さで読み上げることができれば、そして可能ならばそれをそらで唱えることができれば、この部屋に密集しているゾンビくらいは簡単に昇天させられるのだ。――しかしながら、見てみるがいい。聖なる雷光を耐え抜いて生き残っているやつが結構いるだろう。これでは祭の参加者が聞いている途中で飽きてしまうどころか、ソフィアたんに幻滅されてしまう!」


 言い終えると、おしゃべりさんは呪文書に視線を落としてブツブツと呪文を唱え始めた。死神ちゃんはそれを静止すると、祓いに行かないのかと尋ねた。すると、彼は面倒くさそうな表情を浮かべてボソリと言った。


「どうせとり憑きは完了しているのだから、私の読み上げるこの呪文の影響を受けることもないではないか。頼むから、練習に専念させてくれ」


 死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、渋々ながらその場に腰を下ろした。
 おしゃべりさんは血眼になって本にかじりつき、絶え間なくブツブツと呟いていた。時折、読み間違えたり言葉を噛んでしまっては、苛々を発散させるかのように頭を掻きむしっていた。そしてそんな状態だからか、やはりゾンビの昇天率はあまりよくはなかった。

 待機に飽きてきた死神ちゃんは、おしゃべりさんに話しかけた。彼は最初無視を決め込んでいたのだが、しつこく呼びかけられることに業を煮やし、死神ちゃんを睨みつけた。
 死神ちゃんは呆れ眼で彼を見つめると、溜め息混じりに言った。


「さっきからさ、お前、同じ箇所や同じ単語で躓いているって、気付いているか?」

「……言われてみれば、そうかもしれないな」

「何だよ、気づかないでただただ反復してたのかよ。そりゃあ上達するわけもないだろう。――駄目な箇所だけ抜き出してみな。あと、練習するコツとしては、最初は凄まじくゆっくり。そして、段々と早くしていく。口が慣れていない状態で早く読んでも、それ、結局はきちんと読めていないから。だから躓いたり流れたりするんだよ」


 ふむ、と相槌を打つと、おしゃべりさんは死神ちゃんのアドバイス通りに練習を始めた。死神ちゃんに叱咤されながら、おしゃべりさんは口を動かし続けた。自分でも上達してきているという感覚を覚えたのか、おしゃべりさんはどんどん饒舌になり、態度も強気になっていった。そして、綺麗さっぱりとゾンビを片づけられるようになると、彼はとても尊大な態度でふんぞり返った。
 彼は興奮気味に頬を染め、いそいそと呪文書を脇へ置くと、自動筆記してくれる魔法のペンを取り出した。そして日記帳を開くと、喜々として喋り出した。


「健気な死神少女のおかげで、私は――」


 彼が延々としゃべり倒すのを、死神ちゃんは表情もなく見つめた。ビチビチと跳ね回るペンを横合いから引っ掴むと、死神ちゃんはおしゃべりさんに向かって低い声でボソリと言った。


「お前、いまだにおしゃべり日記つけてるのか。ていうか、長いよ。いい加減、祓いに行くか練習再開するかしてくれよ」

「うるさいな。これはとても大事なことであろうが」


 死神ちゃんからペンを引ったくると、おしゃべりさんは渋々ながら日記帳とペンを荷物にしまい込んだ。そして呪文書を手に取り、練習を再開しようとした。死神ちゃんはそれを静止すると〈ゾンビ達の中心に立って呪文を唱えてはどうか〉と提案した。彼は至って嫌そうな顔を浮かべたが、死神ちゃんはきょとんとした顔で続けて言った。


「あれだけスラスラと読めるようになったんだし、さっきのおしゃべり日記なんかはもっと早口でしゃべり倒してたし。もう大分口慣らしは済んだだろ。今度は、プレッシャーがあってもそれを維持できるかどうか、練習しろよ。人前に立つプレッシャーとは少し違うかもしれないが、失敗は許されないという点に関しては同じだろう?」

「ふむ、一理あるな……」


 おしゃべりさんは頷くと、自信に満ち溢れた表情で「優秀な私がプレッシャーに負けることはないがな」と胸を張った。そして彼は悠々とゾンビの群れの中へと降りていった。
 彼はとても堂々と呪文を読み上げていた。ゾンビが近づいてきても、それを|躱《かわ》すだけの余裕もあった。死神ちゃんは彼に声援を送るとともに「俺をソフィアだと思って読んでみろ」と声をかけた。途端に、おしゃべりさんの呂律はとても怪しくなった。
 緊張しすぎたおしゃべりさんは、死神ちゃんがとり憑いたとき以上に噛みまくった。同じ箇所を何度も読み上げてしまったり、どもったりもした。何とか読みきったものの、あまりのひどさに術は発動しなかった。おかげで、彼はあっという間にゾンビに囲まれ、そして呆気無くゾンビの海に飲まれていった。


「やはり最大の難関はソフィアだったか。お前ら兄妹、姪っ子のことを本当に愛しすぎだろ……」


 そのように呟くと、死神ちゃんは聞いているはずもないおしゃべりさんに向かって「まあ、頑張れよ」と言葉を投げた。そしてそのまま、壁の中へと消えていったのだった。




 ――――カッコつけようとした途端に緊張しちゃって失敗するってことは、よくある話。しかしながら、大好きなあの子からの賞賛を本当に得たいのであれば、そこを越えていかねばならないのDEATH。

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