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第85話 ドキドキハラハラ★年末大運動会

「せーのっ!」


 掛け声とともに、死神ちゃんと天狐は足を踏み出した。しかし足並み揃わず、二人は盛大にすっ転んだ。思わず涙目となり「うええ」と声を上げる二人を見て、会場中が黄色い声を上げた。
 死神ちゃんは恥ずかしさで顔を真っ赤にすると、天狐を励まし立ち上がった。



   **********



 秋ももうすぐ終わりという頃。共用リビング内の掲示板前で何やら作業を始めたマッコイに近寄ると、死神ちゃんは彼を見上げて「抱っこしてくれ」と頼んだ。浮遊靴ではなく内履きを履いていたため、張り紙の見えやすい高さまで浮かび上がることができなかったからだ。
 抱き上げてもらった死神ちゃんは、張り出された紙を見るや否や首を捻った。


「運動会?」


 すると、のんびりと寛いでいた同居人達がちらほらと顔を上げ、口々に「ああ、もうそんな時期か」と言い出した。
 何でも、年末年始にある長期休暇のうちの一日を使って、毎年〈運動会〉を行っているのだという。赤と白の二つの組に分かれて勝敗を競うそうで、運動能力の高い者が揃っている死神課は〈第一〉と〈第三〉が必ずライバル同士となるようになっているのだとか。そして、|人間《ヒューマン》よりも更に運動力の高い〈第二〉のメンバーは、二分されてそれぞれの色に割り振られるそうだ。


「今年は白組よ。鉢巻の入った箱をここに置いておくから、各自受け取ってちょうだいね。それから、例年通り、最低三つは何かしらの競技に出てもらうから、今週末までに五つまで、参加を希望する競技のところに丸をつけておいて。どうせ後で調整するから、他の人のこととか気にしないで、好きに丸するのよ」


 はーいと返事をする住人達に笑顔を向けているマッコイに抱っこされたまま、死神ちゃんはその〈紙〉を見ていた。そして不思議そうに眉根を寄せると、振り返ってマッコイの顔を覗き込んだ。


「お前、男女混合競技だけじゃなくて男子単体の競技のところにも丸付けてるけど、何で?」


 マッコイは死神ちゃんを見つめて目を|瞬《しばた》かせると、心なしか顔をしかめた。


「当たり前じゃない、体は男なんですもの。なのに女子のほうに混ざったら、種族によっては『フェアじゃない』って思う子も出てきてしまうでしょう? アタシ、ただでさえ運動能力高いんだから――」

「あっ、そういえばそうか。悪い、失念してた。――てことは、俺は女子と一緒に競技に出なきゃならないのか?」


 難色を示す死神ちゃんに対して、マッコイはニコリと笑うと「|薫《かおる》ちゃんはこっち」と言って指差した。指し示されたところには〈身長百二十センチ以下限定〉と書かれていた。死神ちゃんは苦々しげに顔を歪めると、ゆっくりとマッコイを見上げた。


「何だこれは。運動会は遊園地のアトラクションとは違うだろう」

「フェアリーさんやピクシーさんをはじめ、ゴブリンさんとか、うちには体の小さな社員が結構多いじゃない。だから別に、お子様扱いしているわけじゃないのよ?」

「あー、そういうことか。なるほどね」


 そのように返事をしつつも、死神ちゃんはいまいち納得しきれないようだった。死神ちゃんが口を尖らせてムスッとしていると、腕輪がメール受信の光をチカチカと放った。送り主は天狐で、メールには〈一緒に二人三脚に出よう〉というようなことが書かれていた。


「おお、てんこも参加するのか。てっきり賓客のところにちょこんと座って観戦でもするのかと思ってたよ」


 そう言って笑いながら、死神ちゃんはマッコイからペンを受け取った。そしてとりあえず、〈自分の名前〉の列と〈二人三脚〉が十字に重なる場所に丸をつけた。



   **********



 運動会当日。死神ちゃんが白組内の〈死神課メンバー〉の陣地にてにゃんこと一緒にストレッチをしていると、背中に一層の重みを感じた。文句を言おうと思いにゃんこのほうを振り向くと、にゃんこの上にさらに天狐がのしかかっていた。


「お花! 今日はよろしく頼むのじゃ! して、お花はわらわと一緒に二人三脚に出る以外には、一体何に出るのじゃ!?」

「とりあえず、降りて、くれないかな……」


 キラキラと目を輝かせてにゃんこの肩越しから顔を覗かせる天狐に、死神ちゃんは苦悶の表情を向けた。すると、天狐は謝罪をしながら慌ててにゃんこの背中から降りた。重みから解放されてひと心地ついた死神ちゃんはフウと息をつくと、にゃんこの背中を押してやりながら答えた。


「二人三脚の他は借り物競走とパン食い競走に出るよ」

「おお! パン食い競走はわらわも出るのじゃ! お互い、一位が取れるように頑張るのじゃ!」

「あたいもパン食い競走に出るのね。あたいの身長がもうちょい小さかったら、もふ殿やお花と一緒に出られたのね!」


 死神ちゃんと天狐のやり取りを聞いていたにゃんこが、残念そうに顔をくしゃりとさせた。死神ちゃんと天狐が〈精一杯応援する〉と笑顔で約束すると、にゃんこは嬉しそうに尻尾をうねうねと動かした。

 運動会が始まると、死神ちゃんは自分の陣地から死神課のみんなや天狐と一緒になって出場者を応援した。白組がいい成績を収めると、死神ちゃんは周りの面々とハイタッチしたりハグしたりし合いながら喜んだ。
 三百メートル走に出場するマッコイを応援している時、死神ちゃんは隣に違和感を覚えた。その違和感を一旦忘れて応援に勤しみ、彼が一位でゴールすると、死神ちゃんは仲間と喜びを分かち合おうと隣を振り向いた。そして、死神ちゃんはハイタッチしようと両手を出した状態のまま、隣人を見るなり固まった。


「お前は赤組だろうが。今日くらいは縄張り意識持てよ」


 死神ちゃんがチベスナ顔でそう言うと、赤い鉢巻を額に巻いたチベットスナギツネは何かに気づいたかのようにハッと姿勢を正した。そして彼は、哀愁漂う背中を丸めて去っていった。そんなことを度々繰り返しながら、死神ちゃんは仲間達を一生懸命に応援した。

 その合間を縫って、死神ちゃんは天狐と二人三脚の練習をした。練習では中々上手く走れていたのだが、本番はのっけから躓いてしまった。二人は思わず涙ぐみ、声を上げて泣きそうになった。しかし、周りからの「可愛い!」という黄色い悲鳴が耳に入った死神ちゃんは、久々に自分が幼女然としてしまったことを猛烈に恥ずかしく思った。
 逃げ出したいくらいに恥ずかしかったのだが、そこで逃げてしまってはそれこそ幼女のようだし、男が廃る。隣でぷるぷると震えている天狐にも、黄色い声が掻き消えるほどの大声で声援を送ってくれている白組死神課メンバーにも申し訳が立たない。――そのように思った死神ちゃんは、自分を奮い立たせると天狐に声をかけた。


「てんこ、落ち着け。周りを見てみろ。周りもコケまくって、全然前に進めていないだろう。だから、まだ諦めたら駄目だ。――いちにのさんで立ち上がるぞ」

「う、うむ……」


 天狐はコクコクと小さく頷くと、死神ちゃんと息を合わせて一緒に立ち上がった。二人はその後、躓きかけてハラハラすることが幾度かあったものの、転ぶことなく走りきった。一位を取ることは出来なかったが、天狐はまずまずの結果が出せたことに顔を|綻《ほころ》ばせた。

 パン食い競走は二人とも一位を取ることが出来た。先のグループで走り終わり、一位の列に並んでいた天狐のもとにパンを咥えた死神ちゃんが悠々と近づいていくと、天狐は嬉しそうに死神ちゃんに抱きついた。死神ちゃん達〈小さい組〉が走り終えると、そのまま女性陣がパン食い競走をし始めた。死神ちゃんと天狐は約束通り、にゃんこを一生懸命応援した。そして見事一位を獲得したにゃんこは、一位の列で待ち構えていた死神ちゃん達に走り寄ると、腕を広げて嬉しそうにダイブした。

 午前中最後の種目は、死神ちゃんにとって最後の参加種目でもある借り物競走だった。死神ちゃんは指示書を拾い上げると、二つ折りにされたそれを見開いた。そして紙を勢い良くクシャクシャに丸めると、思いっきり地面に叩きつけた。会場中がざわつく中、死神ちゃんは表情を変えることなく投げ捨てた紙を拾い直すと、走者の列にトボトボと戻っていった。そして列に並ぶマッコイの手を無言で掴むと、グイグイと引っ張った。
 戸惑ったマッコイはとりあえず死神ちゃんを抱え上げると、そのままゴールへと走っていった。そして、死神ちゃんとマッコイは判定ブースに一番乗りで到着した。
 死神ちゃんは判定係を任されていたサーシャに丸めたままの紙を手渡した。紙を広げた彼女は一瞬明るい笑顔を浮かべたが、今まで見たこともないような死神ちゃんの冷たい視線に肝を冷やして涙ぐんだ。


「すみません、判定器を使用します」


 サーシャはマイクを手にしてそのように宣言すると、死神ちゃんの腕に見慣れた緑の腕輪を取り付けた。すると、そこからポンとステータス妖精さんが飛び出て、朗らかな声で宣言した。


 
挿絵




* 薫ちゃんは 任務を 達成したよ! *


 指示書の内容が明かされないまま合格判定がなされ、それにより一位が確定した死神ちゃんは会場中からブーイングを浴びた。しかし、死神ちゃんは無表情かつ無言を貫き通した。
 走者の列に戻る前に、マッコイは死神ちゃんに「指示書の内容は一体何だったの?」と尋ねた。だが、死神ちゃんは至極不機嫌な調子で「別に」と言うだけで、答えようとはしなかった。

 マッコイの順番がやってきた。彼は指示書を拾い上げて見開いてすぐ、パタリと閉じて視線を空に投げた。虚空を見つめてフウと息をつくと、何事もなかったかのように再び指示書を開き、それに視線を落とした。そして再びパタリと閉じると、溜め息をつきながら〈走り終わった者の列〉に向かって走りだした。
 一位の列にやってくると、マッコイは無言で死神ちゃんを抱き上げた。そしてそのままゴールへと向かい、サーシャに紙を手渡した。サーシャは一瞬とびきりの笑顔を浮かべたが、ヒッと小さく悲鳴を上げると、目に涙を溜めながらマイクを手にとった。


「すみません、判定器を使用します。私、まだ死にたくないんです。本当にすみません」


 死神ちゃんの時同様に、指示書の内容が明かされぬまま合格判定がなされてブーイングが巻き起こった。死神ちゃんはいまだ不機嫌な調子で「指示書の内容は一体何だったんだ」とマッコイに尋ねたが、彼は低い声でボソボソと「別に」と返しただけだった。
 死神ちゃんはその後もいろんな者にいろんな名目で借り出された。何度も運ばれるうちに疲れてしまった死神ちゃんの〈不機嫌〉は、今までの〈謎のもの〉から〈疲労から来る眠気によるもの〉へとすり替わった。

 昼休憩を挟み、ほんの少しのお昼寝とたくさんの食事を摂った死神ちゃんは元気と笑顔を取り戻した。午後は存分にみんなの応援をしようと意気込んでいると、会場アナウンスが午後の部開始の合図を行った。

 午後は組対抗の応援合戦から始まった。この応援合戦は死神課の〈一班〉と〈三班〉の有志が行う恒例行事だそうだ。不参加である死神ちゃんが応援席でドキドキわくわくしながら待っていると、先に赤組の演技が始まった。ケイティーを筆頭に学ラン姿の面々が会場中央にやって来て、応という勇ましい掛け声とともに|漢《おとこ》気溢れる応援団の演舞を披露した。一糸乱れぬケイティー達のあまりの格好良さに、死神ちゃんは思わず見入ってしまった。特に、単独演武を行ったケイティーは惚れ惚れするくらいに格好良かった。
 敵ながら|天晴《あっぱれ》な演技を見せつけたケイティー達に、死神ちゃんは精一杯の拍手を送った。厳かな雰囲気を保ちながら退場していくケイティーに声をかけると、演技スペースから完全に出たあとで、いつもの人懐こい笑顔を浮かべてヒラヒラと手を振り返してくれた。

 続いて、白組の面々が演技スペースへと入ってきた。彼らは三つのグループに分かれて待機すると、音楽に合わせてチアリーディングをし始めた。男女混合のパワフルなチアで、手のひらの上で立つ女性陣を片手だけで男性陣が支えたり、女性の中でも小柄なメンバーを高く投げ飛ばして他のメンバーでキャッチしたりということをしていた。
 時折、女性だけでなく男性も投げ飛ばされていたのだが、よくよく見てみると、それはマッコイだった。アクロバットな動きが得意なマッコイは、空中でも地上でも見事なアクロバットを披露して観客を釘付けにしていた。そして、三グループが集まって全体演技をする直前で、彼は観客に向かって指差しながら流し目をして更に観客をどよめかせた。

 演技が終わって陣地へと戻ってきたマッコイは今にも泣きそうな顔で肩を落とすと、両手で顔を覆いながら俯いた。


「みんなが『やれ』って言うからやったけど、やっぱりやらないほうが良かったじゃないの」

「そんなことないよ。寮長のアレ、すごく可愛かったし格好良かったもの」

「お世辞はいいわよ。あんなに会場中がどよめいて……。オカマがあんなことしたら、そりゃあ気持ちが悪いわよね。あれはきっと、みんなの足を引っ張ったに違いないわ」


 どうやらマッコイは演技中に行った流し目を気にしているようだった。チアに参加したメンバーは口々に「そんなことない」と言ったのだが、彼はしょんぼりと塞ぎこんでしまった。困り果てたメンバーは、死神ちゃんを見下ろすと「薫ちゃんも何か言って」と言いたげに目配せしてきた。死神ちゃんは困惑顔でボリボリと頭を掻くと、彼らを見上げてポツリと言った。


「ああ、あれか。あれな、すごくエロかったよな」

「はあ!?」


 一同から|顰蹙《ひんしゅく》を買った死神ちゃんは、慌てて〈変な意味ではない〉と言い繕った。そして隣にいた天狐を肘で突くと、お前も何か言えよと催促した。すると、天狐はうっとりとした表情を浮かべてほうと息をついた。


「うむ、マッコはとても魅力的だったのじゃ……」


 死神ちゃんは必死に頷いて同意した。それと同時に、会場アナウンスが応援合戦の審議が終了した旨を告げた。軍配は三班に上がり、これによりボーナスポイントが白組に加算された。
 ぽかんとした顔で立ち尽くすマッコイは、喜びを爆発させるチアメンバーに揉みくちゃにされた。仲間達に代わる代わる抱きつかれて、彼は遠慮がちながらもようやく笑顔を浮かべた。
 そこにケイティーが全速力で走ってきた。彼女はマッコイに勢い良く抱きつくと、すぐさま離れて目くじらを立てた。


「何あの流し目! エロいし可愛いし! 私んところも可愛らしいことのできる演目にすればよかった!」

「おケイも格好良くて素敵だったのじゃ!」

「ありがとう! でも、私はやっぱり、格好いいよりも可愛いのほうがいいんだよ~!」


 ケイティーは天狐に頬ずりしながら悔しそうに顔をクシャクシャにした。そして彼女は「私が集団演技すると、どうしても軍隊になっちゃって可愛くなくなるんだよなあ」とこぼしながら去っていった。白組の死神課一同は台風の如くやってきて去っていったケイティーの背中を束の間ぽかんと見つめると、苦笑いを浮かべてクスクスと笑い合った。

 その後もつつがなく運動会は進行していき、死神ちゃんはみんなと一緒に手に汗を握りながら一生懸命に応援をした。しかし残念なことに、睡魔が再び死神ちゃんに襲いかかった。
 死神ちゃんだけでなく天狐もうとうととし始めると、マッコイは死神ちゃんの荷物からミニチュアベッドを取り出して、みんなの邪魔にならないところでそれを巨大化させた。そしておみつと手分けして、マッコイは死神ちゃんと天狐をベッドへと運んだ。


「嫌だ、みんなと一緒に、みんなを応援していたい……」

「気持ちは分かるけど、椅子から落ちそうなほどうとうとしてたら危ないでしょう。無理せずに寝て。――最終結果が出る前に起きてこなかったら、その時はきちんと起こしてあげるから」


 グズる死神ちゃんを窘めながら、マッコイは死神ちゃんと天狐に布団をかけた。死神ちゃんは仕方なく、夢の中でドキドキとハラハラの続きを再開させることにしたのだった。




 ――――なお、死神ちゃんは〈初めての運動会〉を勝利で幕閉じすることができました。普段あまり関わり合いのない課の、話したことのない社員とも話す機会があるなどして、とても有意義な〈社内イベント〉でした。来年もまたみんなと楽しく、次こそは最後まで寝ずに参加したいなと死神ちゃんは思ったのDEATH。

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