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第82話 死神ちゃんと農家⑤

「何やってんだ、こいつは」


 そう言って、ケイティーはモニターを眺めながら顔をしかめさせた。死神ちゃんはモニターの内容が少しばかり気になってちらりと彼女を見やったが、何となく嫌な予感がしてすぐさま目を逸らした。すると、それに気がついたケイティーが死神ちゃんの方を向いてにこやかな笑みを浮かべた。


「|小花《おはな》、気になるんだろう? 見においでよ」

「いや、別に気になってなんかないですし。結構です」


 心なしか嫌そうに眉根を寄せると、死神ちゃんは再びケイティーから視線を外した。彼女は不機嫌に目を細めると、組んでいた腕を解いて腰に当てた。


「そういう時ばかり部下ヅラするってどうなの。いいから、来な」

「そういう時ばかり上司ヅラするってどうなんだよ。――行きゃあいいんだろ、行きゃあ」


 死神ちゃんは溜め息をつくと、ケイティーのいるモニターブースへと移動した。そして、モニターに映し出されているものを見た直後、死神ちゃんの表情は呆れを通り越して無となった。
 ケイティーは画面を眺めながら、隣で立ち尽くしている死神ちゃんにポツリと言った。


「この|角《・》、一体何がしたいんだろうね」

「いや、俺に聞かれても」

「これ、絶対小花案件でしょ」

「いや、別に俺が担当って決める必要はないだろう」

「でもたしかビット所長曰く、おかしな冒険者はお前に――」


 表情を変えることなく、お互いを見ることなくそんなことを淡々と言い合っていると、死神ちゃんに出動要請がかかった。それを見て、ケイティーはにっこりと死神ちゃんに笑いかけた。


「ほら、|ご指名《・・・》だよ。いってらっしゃい」


 死神ちゃんは肩を怒らせると、ドスドスと足音を立てながらダンジョンへと降りていった。

 死神ちゃんは四階の〈小さな森〉にやって来ると、奥を目指して突き進んだ。奥といっても、切り株お化け達の群生しているところとは少し外れた場所だ。


(あの|角《・》、今度は一体何を企んでるんだ。……ったく、いい加減にしてくれよな)


 死神ちゃんは心の中で悪態をつくと、盛大に溜め息を吐いた。そして〈|担当の冒険者《ターゲット》〉の背後に飛び出ると、勢い良く彼女――農家の頭を引っ叩いた。


「|痛《いた》ーッ!」

「『痛ーッ!』じゃねえよ! お前、今度は一体、何を企んでるんだ!」


 短い木の棒を握りしめたまま、農家は頭を抱えて悲鳴を上げた。死神ちゃんが目くじらを立てて再び彼女の頭を殴りつけると、彼女は精一杯口を尖らせて不服を申し立てた。


「今回は勝手に何か植えたりはしてないんだから、別にどうだっていいでしょ!?」

「お前、いちいち怪しいんだよ! 何なんだよ、イモムシ型のモンスターの吐く糸を必死に巻き取ってるって。機織りでもするつもりか?」


 ――そう、彼女はイモムシ型のモンスターを適度に挑発し、威嚇と攻撃のために吐き出された糸を巧みに|躱《かわ》して棒に巻きとっていたのだ。彼女が延々とそれを繰り返すのをモニターで見て、ケイティーは〈理解不能〉とばかりに顔をしかめていたというわけである。
 農家は死神ちゃんの問いかけにニコリと笑った。その〈当然〉と言いたげな笑顔に、死神ちゃんは苛立ちを覚えた。


「は? マジでか。でもまた、何で……」


 死神ちゃんがそう言うと、農家はいつもの〈聞いちゃいます? 気になっちゃいますよね!?〉というニヤニヤ笑いをし始めた。そして胸を張ると、彼女は得意気に捲し立てた。


「農家は冬も大忙しだとご存知ですか? 大抵の人は〈冬は何もすること無いんでしょう?〉と|仰《おっしゃ》いますが、それは大間違いなんです! ――そう、冬は冬で副業が忙しい! 私の家でも、秋までに育てたお|蚕《かいこ》さんの繭を糸にして、布を織り、様々な製品を作っておりますよ! 養蚕専門の農家と比べたら、そりゃあ出荷量は本当に〈副業程度〉ではありますが、品質は引けをとらないと自負しております!」

「ああ、そう……。――で、何でモンスターの糸なんて取ってたんだよ。思っていたほど絹糸ができなかったとかか?」


 農家は不敵に笑うと「絹の素晴らしい効果、知っておりますか!?」と言い出した。死神ちゃんは面倒くさそうに目を細めて頭をガシガシを掻くと、投げやりに答えた。


「あー、なんか、美容健康に効果があるというのは聞いたことがあるな」

「そうです、その通りなんです! 最近王都のお金持ちの間では、絹の靴下が流行っているそうなんです! というのも、排毒効果がとても高くて、履いているだけで健康になるからということで! しかし、ハンカチや洋服といったものの素材として使用したならば、手入れさえしっかりしていれば丈夫で長持ちな絹も、排毒効果を狙って靴下として使用するとあっという間に穴が空いてしまうのだとか! どんだけ不健康なんですか、金持ちどもは!」


 何となく事の顛末を察した死神ちゃんは顔をしかめた。そして少し間を置いてからポツリと呟くように言った。


「いや、だからって、それ、代用品にはなり得ないだろ」

「そんなの、作って試してみなくちゃ分からないじゃない!」

「いやいや、だって、その虫、蚕じゃないし」

「もしかしたら、絹よりももっと優秀な布ができるかもしれないでしょ!? 毒出しに使っても破れない靴下を作り上げて、私は小銭長者になるの! そして、その資金を使ってさらなる研究を重ねて、来年のマンドラゴラ品評会に備えるの! 私は! これで!! 天下を取る!!!」


 力強くこぶしをグッと握りこみながら心の炎を燃やす農家に、死神ちゃんは適当に相槌を打った。彼女はフンと鼻息を荒くして気合いを入れると、木の棒をふりふりと振りながらイモムシ型モンスターへと近寄っていった。


「はーい、イモムシちゃーん。べーべべべべべ」

「牛かよ。ていうか、イモムシ、逆に逃げてるじゃないか。お前、糸取りし過ぎたんじゃないのか?」


 腰を落としてイモムシに笑顔を向けていた農家は、死神ちゃんのほうを振り向くとしょんぼりと肩を落とした。


「やっぱりそうかなあ? もう五本くらいは、同じ子から巻き取ったんだよね」

「過重労働させすぎだろ! 家畜は奴隷じゃあないんだよ!」


 分かってるけど、と言いながら農家は口を尖らせた。そしてのったりと立ち上がると、彼女は渋々ながら他の虫を探すことにした。
 道のない場所をガサゴソを這い回りながら手頃な虫を探し始めて少しした頃、農家が感嘆の悲鳴を上げた。彼女の目の前には先ほどの虫とは別の虫がいたのだが、様相がイモムシとは異なっていた。
 これがどうかしたかと死神ちゃんが尋ねると、農家は目をキラキラと輝かせ、そして小刻みにふるふると身震いした。


「これ、冬虫夏草ってやつじゃん! とても貴重なお薬として、すごく高値で取り引きされてるんだよ! これ、この前のキノコ研究の成果を活かして、増やせないかな!? そうしたら、私のマンドラゴラ資金に一層の潤いが……!」


 興奮を抑えながら、農家はそっとキノコの生えた虫へと近づいていった。すると、死んでいると思われた虫が突然カッと目を見開き、それと同時にキノコがプルプルと震えだした。
 突如ブワッと放たれた胞子のようなものに包まれた農家は、身体が麻痺して動けなくなるとともに目をチカチカとさせた。そのまま、彼女は虫にあっさりと首を刎ねられて灰と化した。
 死神ちゃんは表情もなく二、三度瞬きをすると、灰の近くに転がっていた〈糸が中途半端に巻かれた木の棒〉を手に取り、壁の中へと消えていった。

 事の顛末を報告し木の棒を提出した死神ちゃんは、後日ビット所長が自ら〈冬虫夏草〉とやらを探すために夜な夜なダンジョンに降りているという話を耳にした。どうやら、既存の虫型のモンスターにキノコが勝手に生えているらしく、研究用のサンプルが欲しいのだとか。もちろん、提出した糸についても、素敵な使い道がないかを絶賛解析中らしい。
 死神ちゃんは頬を引きつらせると、その話を聞かなかったことにしたのだった。




 ――――農家とビット所長は、もしかしたら相当気が合うんじゃなかろうかと思ったのは、ここだけの秘密DEATH。

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