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第79話 死神ちゃんとライバル農家

 死神ちゃんは〈|担当のパーティー《ターゲット》〉らしき冒険者を目にして何となく既視感を覚え、そして、引き返したいと思った。というのも、目の前の〈ターゲットと思しき男〉が武器として背負っていたものは、大剣でも大槍でもなく|鍬《くわ》だったのだ。
 面倒くさいことが起きそうだと思いつつも、死神ちゃんは冒険者に近づいていった。すると、こちらが何か仕掛けるよりも早く、男のほうが先に動いた。彼は勢い良く死神ちゃんのほうを振り向くと、にこやかな笑顔を浮かべて快活に言った。


「野菜、食べているかい?」

「は?」

「果物でも良いぞ! きちんと、食べているかな!?」

「はあ……」


 死神ちゃんがげっそりとした顔で男を見上げると、彼はにこにこと笑いながらポーチを漁り始めた。そしてりんごを取り出すと、死神ちゃんに差し出した。


「今朝、うちの農園で収穫したばかりのりんごだ。是非、食べて欲しい」


 死神ちゃんがりんごを受け取ると、彼は「〈一日一個のりんごで医者要らず〉というのは知っているかい?」と言い、りんごについての豆知識を饒舌に話し始めた。延々と続く〈りんご講座〉を聞き流しながら、死神ちゃんは無表情でりんごを頬張った。
 しゃくしゃくとりんごを齧りながら、死神ちゃんは男の話の隙を見て口を挟んだ。


「で、結局、何を一番伝えたいわけ」

「つまりだな、そのりんごを美味しく頂いて欲しいんだ」

「おう、美味いよ。凄まじく」


 死神ちゃんはなおも無表情で、しかしながらモリモリとりんごを食べ続けた。その様子を見て、男は「そうか、よかった」と言って嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 死神ちゃんは〈面倒くさそうなことが一旦落ち着いた〉のを機に、心なしか頬を緩めた。瑞々しくて蜜もたっぷりの美味しいりんごを堪能しつつ、死神ちゃんは男に尋ねた。


「あんた、ダンジョンには何しに来たんだ? まさか、こんなところにまで行商しに来たんじゃあないだろうな」

「いや、実はな。是非ともこの目で確認したいことがあって来たんだ」


 そう言って、男は表情を曇らせた。そして手に持っていた地図にぼんやりと視線を落とした。
 何でも、彼はマンドラゴラ品評会で毎年金賞を受賞している農家なのだとか。今年の品評会でも無事に金賞を得ることができたのだが、その際に|銀賞の子《・・・・》が「マンドラっちを連れてくることができてたら」とこぼしたのを耳にしたのだそうだ。それは何かと|彼女《・・》に尋ねると、|彼女《・・》はニヤニヤとした笑みを浮かべながら得意気に〈|自分が《・・・》|誕生に《・・・》|関与した《・・・・》、素晴らしいマンドラゴラ〉の話を話し出した。
 その話を聞いて、彼は〈金賞受賞者として、その素晴らしいマンドラゴラを見ずには死ねない〉と思ったのだそうだ。しかし――


「あの子が描いてくれた地図が雑すぎて、どこにそのマンドラゴラの巣があるのかが全然分からないんだ。ギルドで売っていた地図と照らし合わせてみてもさっぱりで……。おかげで、地図が販売されているような浅い階層だというのに、延々と歩かされて困っているんだ」

「お前、あの角のライバル農家だったのか。ライバルのお前に教えてやるのが嫌で、意地悪でもされたんじゃないのか」


 しょんぼりとうなだれるライバル農家に、死神ちゃんはハンと鼻を鳴らした。すると、彼は死神ちゃんを睨みつけながら手を差し出してきた。


「彼女と俺は、種族は違えど幼馴染みたいなものなんだ。家同士が〈収穫物の物々交換〉をする仲でな。だから、そんな意地悪されただなんてことは、絶対にないはずだよ」


 言いながら、彼は死神ちゃんから〈食べ終わったりんごの芯〉を受け取った。そこら辺に捨ててしまわずゴミとしてきちんと持ち帰り、そして肥料にするらしい。
 死神ちゃんは適当に相槌を打つと、〈自分は死神である〉ということを告げた。だから、〈道を教える〉などの冒険者を手助けするような行為も行えないと。すると彼は動じることなく探索を再開しようとした。死神ちゃんは顔をしかめると、とても嫌そうに口を開いた。


「俺のこと、祓いに行かないのかよ」

「何度かモンスターとも戦闘したんだが、俺の畑に出没するイノシシよりも弱かったからな。死ぬ心配はないだろう。だから、問題ない。むしろ、一度一階へ戻ったほうが問題だ。――この地図、本当に分かりづらいんだ。多分もう少しで目的地に着くだろうし、イチから地図の読解をやり直すようなことはしたくないんだよ」


 ほら、と言ってライバル農家が見せてきた地図は〈描き方が雑〉を通り越して、本当に読解が困難なものだった。しかしながら、一応〈正しい情報〉がそこには記載されているようだった。
 根菜の巣ツアーに同伴を余儀なくされたことに盛大な溜め息をつくと、死神ちゃんはライバル農家の後ろをトボトボとついて行った。しばらくして、ライバル農家は無事に〈根菜の巣〉へと辿り着いた。根菜は事情を聞くや否や、彼を〈巣〉の中に温かく迎え入れた。
 ライバル農家はお土産だと言って桐の箱を取り出した。根菜は受け取って箱の蓋を開けると、ガクガクと震えだした。


「|兄《あに》さん……。こいつは……。こいつはいけねえ。こんな最上級品……」

「いやいや、どうか懐に収めて欲しい」


 二人のやり取りを見ていた死神ちゃんは思わず眉根を寄せた。そんな死神ちゃんのことなど気にも留めず、二人は「いやいや」「まあまあ」というやり取りを繰り返し、最終的には根菜が折れた。
 根菜はそわそわとしながら箱の中のものをひと舐めした。そしてカッと目を見開くと、一転して菩薩のような慈愛に満ちた笑みを浮かべた。それと同時に、根菜の葉っぱが少しばかり肉厚となり、瑞々しいを通り越して神々しく輝き出した。


「これは……本当に素晴らしい最上級の肥料だぁなあ……」


 光が収まると、兄さんマンドラゴラは三下マンドラゴラを呼びつけて、礼を包むように言いつけた。それをライバル農家が「それはお土産だから」と言って必死に固辞し、再び「いやいや」「まあまあ」合戦が繰り広げられた。

 根菜は溜め息をつくと、顎を擦りながら感慨深げに話し出した。


「兄さんとの勝負勝ちたさに|姐《あね》さんがダンジョンで苗を育てなきゃあ、俺達も生まれることは無かったからな。感謝してもしきれねえ。兄さん、本当にありがとう。これからも、姐さんの良きライバルでいてやってくれ」


 ライバル農家は熱い眼差しで根菜を見つめ、そして力強く頷いた。
 会話が一段落すると、彼は根菜に許可を取って〈根菜の身体チェック〉をし始めた。根菜を様々な角度からしげしげと眺め、ここそこをまさぐりだした。そして恍惚の息をつくと、うっとりとした声でポツリと言った。


「いやあ、素晴らしい。彼女がマンドラさんと一緒に品評会に出場していたら、俺は確実に負けていたなあ」

「何を仰るねぃ。兄さんのあの肥料で育てられた同胞に、俺は勝てる気なんざしねえよ」


 二人は束の間見つめ合うと、お互いの肩をポンポンと叩き合いながら笑い出した。
 二人にとって楽しい時間はあっという間に過ぎ、そろそろお|暇《いとま》をとライバル農家が言い出すと、兄さん根菜が思い出したかのように死神ちゃんの方を向いて出し抜けに話しだした。


「そういやあ、ついこの前、嬢ちゃんが来たときに『俺のコレがコレもんだ』って言っただろう。――先日、無事に生まれたんだ。良かったら一目見てくれよ」


 指を立てたり腹が膨れているのを示したりというジェスチャーを取りながらそう言う根菜に祝福の言葉を死神ちゃんがかけると、奥から三下が赤ちゃん根菜を連れてきた。どうやら嫁さん根菜はまだ土の中で産後の休息中らしい。
 死神ちゃんは三下に抱かれる赤ちゃんを興味深かげに見つめると、驚き顔でポツリと言った。


「すごいな。ちゃんとお前らと同じ形してるだなんて。ていうか、お前ら、一体どうやって繁殖してるんだよ」


 根菜は照れるばかりで答えてはくれなかった。とりあえず、赤ちゃん根菜は起きている間は元気によちよちと巣の中を動き回っていて、疲れると母親と一緒に土に潜って眠るということだけは教えてくれた。


「兄さん、よかったら抱っこしてやってくれねえかい?」

「おお、良いのか!?」


 根菜に促されて、ライバル農家は赤ちゃん根菜を抱っこした。嬉しそうに顔を|綻《ほころ》ばせて根菜をあやしている彼の姿は、正直見ていて奇妙だなと死神ちゃんは思った。
 すると、慣れない相手に抱っこされて機嫌を損ねたのか、赤ちゃん根菜がぐずりだした。死神ちゃんは苦い顔を浮かべると、慌ててライバル農家に声をかけた。


「おい、まずいぞ。今すぐ赤ん坊を根菜達に返してやれ」

「え、なん――」


 不思議そうに首を傾げさせながらも、彼は赤ちゃんを根菜達に返した。そして返しながらそのように言いかけたのだが、彼がそれ以上何かを口にすることはなかった。
 赤ん坊はご機嫌斜めを主張するかのようにギャンギャンと泣き喚いた。その泣き声は案の定〈マンドラゴラの呪い〉を帯び、そして案の定、その呪いがライバル農家に襲いかかったのである。

 兄さんマンドラゴラは申し訳なさそうに頬をかくと、三下に〈灰を入れる用の麻袋〉と風呂敷を用意させた。そして灰をかき集めると、兄さん自ら教会へと旅立っていったのだった。




 ――――とりあえず、実りの秋は、こんなところにまできちんと訪れていたようDEATH。

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