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第78話 死神ちゃんと男前②

 死神ちゃんが二階を彷徨《さまよ》っていると、前方に親子と思しき二人組を発見した。死神ちゃんは顔をしかめて地図を確認したが、どうやらこの二人組が〈|担当のパーティー《ターゲット》〉であるということは間違いないらしい。
 死神ちゃんは軽く溜め息をつき頭をボリボリと掻くと、面倒くさそうに二人に近寄った。


「あのー……。いくら入場に年齢制限が設けられていないダンジョンとはいえ、小さなお子様連れというのは如何なものかと思うんですけど……」


 すると、母親と思しきエルフの女性が振り返り、腰に手を当てて死神ちゃんを睨みつけた。


「失礼ね! 彼は息子ではなく、夫です!」


 死神ちゃんは驚いて、怒り顔の女性から隣の〈男の子〉へと慌てて視線を巡らせた。男の子だと思っていた彼は小人族《コビート》で、死神ちゃんは〈これは失礼なことをした〉と言うかのような申し訳なさそうな顔を一瞬浮かべた。そしてすぐさま、思案げに眉根を寄せた。――その小人族《コビート》の彼というのが、どうも見覚えのある顔だったからだ。
 彼は死神ちゃんを見るなり興奮で頬を染め上げると、死神ちゃんの両手をはっしと手にとった。そしてブンブンと振りながら「その節はどうも」と挨拶した。死神ちゃんが少しばかり首を傾げて困惑すると、彼はにこやかな笑顔を浮かべて妻を見上げた。


「この子だよ! 伝説のマンドラゴラ探しに付き合ってくれた〈話しかけてくる死神〉というのは!」

「あー! お前、病気の妻思いの男前か! 隣のエルフが妻ってことは……無事に元気になったってことか! 良かったな!」


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* 戦士の 信頼度が 1 下がったよ! *


 妻が夫と死神ちゃんとの関係を怪しみでもしたのか、夫の腕輪からステータス妖精が飛び出した。しかし、死神ちゃんが先ほどの非礼を丁寧に詫びると、妻は機嫌が直ったのかニコリと笑って「こちらこそ」と優雅に頭を下げた。

 三下マンドラゴラのうっかりのせいで灰と化した男前は、あの後無事に蘇生し、|兄《あに》さんマンドラゴラから譲り受けた〈採れたて根菜の美味しそうな腕〉ならぬ〈|漢《おとこ》の友情の詰まった特別な薬〉を持って郷里へと戻った。そして彼は、それを煎じたものを毎日少しずつ妻に飲ませた。おかげですっかり病気も良くなったそうで、本日は薬のお礼をするためにはるばるやって来たのだそうだ。


「それにしても、奥さん、まさかエルフだっただなんて。てっきり同じ小人族だと思ってたよ」


 そう言って、死神ちゃんは両まゆを持ち上げて驚き顔を浮かべた。するとエルフ妻が照れくさそうにもじもじとしながら、はにかんで俯いた。

 彼女がこの男前と出会ったのは、とある旅の最中だった。道に迷い、持ち合わせの非常食も底を尽きて困り果てた彼女は、道を訊ねがてら可能なら食料を分けてもらおうと思い、たまたま目の前にあった家のドアを叩いた。そこに住んでいたのが、この男前だったそうだ。
 彼は彼女の要望に快く応えてくれたどころか、〈もう日も暮れるから〉と言って温かい食事とベッドまで用意してくれた。種族が違うとはいえ同じ|人間《ヒューマン》タイプの種の男女が一つ屋根の下というのは如何なものかと思った彼女は、もちろん最初は辞退した。しかし、この男前はどこまでも男前で紳士だった。だから彼女は安心して彼の好意を受けた。
 旅の目的である用が済んだあと、彼女は礼の品を見繕うと改めて感謝を伝えるべく彼の家を訪ねた。その時も、彼は気さくに、そして男前に迎えてくれたという。


「それをきっかけに交流を重ねて、いつの間にか交際に発展したんだけど、最終的には私が押しかけ女房してしまったの。でも、彼はやっぱり男前に受け入れてくれて。しかも、すごく大切にしてくれて。同じエルフの仲間には〈釣り合わない〉って馬鹿にされたし、反対もされたけれど。でも、彼は高潔なエルフ以上に高潔な、とても素敵な男前だから……」


 延々と続く|惚気《のろけ》に苦笑いを浮かべながら、死神ちゃんは適度に相槌を打った。そうこうしているうちに、一行は〈根菜の巣〉に辿り着いた。


「おう、誰だい。……おお! おめぇさんは、いつぞやの男前じゃねえか! よく来たな、兄弟!」


 ノックをして隠し扉が重々しく開くと、顔を覗かせた根菜が嬉しそうに頬を緩めた。
 一行が〈巣〉に足を踏み入れるなり、根菜と男前は熱い抱擁を交わした。そして妻が礼を述べると、男泣きした根菜が鼻をすすりながら声もなくウンウンと頷いた。夫婦は根菜に礼の品を差し出した。|ノームの《・・・・》|農婦《・・》から特別に譲ってもらったという特別な肥料だそうで、死神ちゃんはそれを聞いてうっかり顔をしかめさせた。
 男前が不思議そうに首を傾げたので、死神ちゃんは彼から目を逸らして頬を引きつらせるとボソボソと言った。


「もしも俺が思い浮かべてる農婦とお前らが出会った農婦が同じだとしたら、何か凄いことが起きるんじゃないかと思って……。前なんて、こいつがお前に切ってくれてやった腕が、肥料ひと食べでずるんと生えてきてたしな」

「それは凄いですね!」

「ああ、あれは凄まじく上物だった。――おめぇさんから貰ったこの品も、それと同じ香りがしているよ。こいつぁ、いいもんをもらっちまったなあ!」


 カカカといなせに笑う根菜に、男前は嬉しそうに頭を掻いた。根菜は三下を呼びつけると、大切に仕舞っておくようにと言いつけて肥料を手渡した。


「いやあ、今、俺のコレがコレもんでね。ちょっくら土に潜ってるのよ。もうじき産まれる頃合いだし、先ほどの品は産後の回復に使わせていただくよ」


 言いながら、根菜は指を立てたり腹が膨れているのを示したりというジェスチャーをとった。それを見た夫婦がおめでとうと声を揃えると、根菜は照れくさそうに頬を掻いた。
 死神ちゃんは思わず素っ頓狂な声を上げた。


「は!? え!? お前ら、秋野菜だったのかよ!?」

「おう、だから|姐《あね》さんは春に俺らを植えていたのさ」


 何故かしたり顔の根菜に、死神ちゃんは開いた口が塞がらなかった。

 そろそろお|暇《いとま》をということになり、夫婦は〈また遊びに来る〉と約束して〈根菜の巣〉をあとにした。そして少し進んだところで、彼らは不穏な気配を察知し、思わず歩みを止めた。
 何となく聞こえてくる地鳴りのような低い笑い声に一行が顔をしかめると、その声が段々と近づいてきて、そして高笑いに変わるのと同時に声の主も姿を現した。


「尖り耳享受のために! ダンジョンよ、俺は帰って来たああああああ! 今一度歌い上げるぞ、尖り耳へのラブソングをおおおおおおッ!」


 どうやら彼――尖り耳狂は、先の〈破壊の歌コンテスト〉でゴーレムにすり潰されてから今しがたまで、訳あってダンジョンから遠ざかっていたらしい。彼はサムライ特有の間合い詰めの技〈縮地〉を繰り出すと、男前の妻の肩を抱き、腰に手を回した。そして彼女が悲鳴を上げるのもお構いなしに、カッと目を見開いた。


「待たせたな! さあ、俺と結婚しよう!」

「誰も待ってねえよ! お前、彼女から離れろよ!」

「続けて聞いてくださいッ! 〈愛する尖り耳に捧げる小曲集〉より、君の尖り耳は億千万のかがや――」

「君は一体誰なんだ!? 私の妻から離れなさい!」


 尖り耳狂は死神ちゃんと男前を見下ろすと、苦々しげに顔を歪めた。そして彼女から離れると、膝から崩れ落ちて地面に手をついた。


「何故だ……! 俺の弟といい、目の前のちびっ子といい、尖り耳でもないのに尖り耳と結婚できて」

「お前、弟がいたのかよ。しかも、エルフ妻持ちなのか。雲泥の差だな」

「結婚するというから里帰りしてやったら、ヤツの隣には幸せそうな尖り耳が微笑んでいて! 目の前のお子様もどきも尖り耳と仲睦まじくて! だのに俺には尖り耳が嫁いでこない! 俺の隣には尖り耳がいない! 何故だ、何故なんだ! こんなにも、俺は尖り耳を愛しているというのに!!」

「お前のそういうところが駄目なんじゃないのか?」


 死神ちゃんが呆れ口調で口を挟み続けていると、尖り耳狂は死神ちゃんを強く睨みつけた。


「ええい、うるさい死神め! かくなる上は、奪い取るのみ! 略奪愛を経ての、駆け落ちをするまでッ!」

「一方的な愛は、ときには迷惑だと思わないんですか!? 少なくとも、私と私の妻にとって、あなたのそれは迷惑だ!」


 男前は勇敢にも、自分の妻を守るべく尖り耳狂の前に立ち塞がった。〈尖り耳狂は即排除していい〉という許しが出ているため死神ちゃんも加勢したかったのだが、彼らが組んず解れつの戦闘をしていたがために手を出せずにいた。
 また、自分を守るために必死に戦い傷つく夫の姿を見て、妻は〈私だって彼を守りたい〉と思ったようだ。彼女が力の限りの声でSOSを叫ぶと、彼女の思いが届いたのか、根菜達がわらわらと駆けつけてくれた。


「こいつぁ一大事だ! 兄弟に手を貸してやりてぇが、どうしたもんか」

「|兄《あに》さん、俺に任せてくだせぇやし!」


 そう言って三下根菜は息を吸い込むと、例の〈呪いの叫び声〉を上げた。兄さんが慌てて止めさせようとしたが時既に遅しで、辺りには灰と死体がごろりと転がった。


「うわあああ! またやっちまいやした! すいやせん!」

「お前さあ、少しは学ぼうよ……。とりあえず、|尖り耳狂《あいつ》、霊界でも男前の奥さんにちょっかい出してるからさ、早いとこ死体を回収してやって。そうすれば、死神にも他の冒険者にも、手出しができなくなるから」


 三下はへこへこと頭を下げると、慌てて夫妻の亡骸を回収した。死神ちゃんはそれを見届けると、溜め息ひとつついて壁の中へと消えていったのだった。




 ――――妻をめとらば何とやら。人の心を掴むためには、男前のような真っ直ぐな誠実さが必要不可欠。尖り耳狂のような歪んだ誠実さは、尖り耳でなくとも〈のしつけて返品〉すると思うのDEATH。

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