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第72話 死神ちゃんと知的筋肉

 死神ちゃんの前方を、冒険者の集団が歩いていた。死神ちゃんは後方を歩く女の背中めがけて飛行速度を加速させた。しかし、死神ちゃんが触れるかどうかの|既《すんで》のところで、彼女はスッと身を翻した。彼女を驚かせてとり憑いてやろうと目星をつけていた死神ちゃんは呆気にとられ、そのまま彼女の横を通過した。そして――


「僕の胸に飛び込んでくるだなんて、なんて積極的で情熱的な子だ! しかもこの僕を選ぶだなんて、君はとても見る目があるね!」


 筋肉隆々そうな若い聖騎士は振り返りざまに死神ちゃんをホールドすると、そのままギュウギュウと抱きしめ、そして頬に軽いキスをした。その様子を見ていた冒険者仲間達は苦い顔で溜め息をついた。


 
挿絵




* 聖騎士の 信頼度が 5 下がったよ! *


「いやだなあ。〈|知的《スマート》〉かつ〈|がっちり体型《マッシブ》〉であるこの〈|男前《ハンサム》〉な僕が、〈|可愛い《キュートな》〉女の子の心を奪ってしまうのは〈|日常茶飯事《デイリーイベント》〉だろう?」

「いや、その子、死神だから」


 ぶ厚めのマントに身を包んだ女が、死神ちゃんに頬ずりする聖騎士と、そしてそれを嫌がって抵抗している死神ちゃんを呆れ顔で見つめながら言った。
 死神ちゃんは聖騎士の頬を必死に押しやりながら、マントの彼女――元々死神ちゃんがとり憑こうと思っていた相手を見つめて顔をしかめた。


「あんた、俺が近づいて行ったら既で避けたよな。一体、何者なんだ?」

「彼女は熟練の司教だよ。このパーティー内では、僕に|次《つ》ぐ〈|知性の優れた《インテキュアルな》〉女性さ。魔法使いの彼女と二人で、我がパーティーの〈|癒やし担当《アイドル》〉も務めてくれているよ」

「いやあ、司教があんな身のこなし、するかあ……?」


 死神ちゃんは聖騎士を横目に、司教をじっとりと見つめた。司教は苦笑いを浮かべると「とりあえず、お祓いのために一旦戻ろう」と提案した。

 聖騎士は死神ちゃんのことを気に入ったのか、一階へと戻る道すがら、死神ちゃんのことを抱っこしたまま歩いていた。そして、ニコニコと死神ちゃんへと笑いかけながら、自分がいかに知的であるかを語ってきかせた。
 彼は地元では結構有名な大学に在学し、休みのたびにダンジョンに来ては修行を兼ねて探索に|勤《いそ》しんでいるのだそうだ。将来は王宮の聖騎士を希望しているため、今のうちに少しでも経験を積んでおきたいらしい。

 無駄にプライドばかり高い彼の自慢話に飽き飽きしているパーティーの仲間達は、嬉しそうにおしゃべりを続ける聖騎士を鬱陶しそうに眺めた。そのうちの誰かがモンスターと遭遇した旨を合図し全員が戦闘態勢に入ると、聖騎士は慌てて死神ちゃんを解放して剣に手をかけた。
 彼らの戦闘風景を見て、死神ちゃんは首を捻った。そして、戦闘が終えた彼らにポツリとこぼした。


「なあ、この聖騎士さ、言うほど知的か? こいつの戦い方を見てて、全然知性の欠片も感じなかったんだが。知性って、お勉強できてりゃあ身についてるってものでもないだろう。知識ばっか豊富で、知性があるように勘違いしてるだけなんじゃないのか? それに、マッシブというほど攻撃に威力もないし……」


 聖騎士は常に、立ち位置を誤り仲間達に迷惑をかけていた。そんな空気を読めない彼のために周りが合わせてやっているようだったが、そのせいでベストタイミングでの攻撃ができないでいたのだ。しかも魔法の威力も中途半端で、本当に知性に溢れているのか甚だ疑問だった。さらに体の使い方がなっていないのか、それとも〈マッシブ〉というのははったりなのか、剣撃がとても軽かった。
 死神ちゃんに疑いの眼差しを向けられた聖騎士は、ショックで顔を青ざめさせると声をわななかせた。


「僕は今、〈|深い悲しみ《ディープサロウ》〉を覚えたよ」

「そもそもその喋り方が鼻につくっていうか、正直頭が悪そうに感じるんだがな。どこの芸人だよ」


 死神ちゃんが鼻をフンと鳴らすと、聖騎士は失意で肩を落とした。そんな彼をパーティーのアイドル二人が一生懸命に励ましていた。
 死神ちゃんは聖騎士を励ます司教をぼんやりと眺めながら、彼女の戦闘中の立ち振舞いについて思い返していた。彼女は難解な魔法も涼やかな顔でこなし、仲間の状態を見極めて完璧なタイミングで支援や回復を行っていた。そして、時折メイスを手にモンスターと対峙していたのだが、そのメイス捌きも素晴らしいものがあった。マッシブかどうかは分からないが、彼女こそ、真の〈知的〉に相応しいと死神ちゃんは思った。

 一行が再び帰路を辿りだしてしばらくすると、モンスターの群れと再度遭遇した。いまだショックから立ち直らない聖騎士に足を引っ張られまくり、彼らは先ほどよりも手強いモンスター達に押されていた。
 前衛で抑えきれなかったモンスターの一匹が後衛の魔法使いに向かって駆けて行き、男どもは顔を青ざめさせた。他のモンスターに向かって魔法攻撃をすることに夢中になっていた彼女は、男性陣の「逃げろ」という言葉でようやく自分がモンスターに狙われていることに気がついた。
 彼女は突然のことに思わず一瞬硬直し、足をもつれさせて尻もちをついた。そして、一巻の終わりとばかりに目を|瞑《つぶ》ったが、モンスターの攻撃が彼女に当たることはなかった。

 モンスターの一撃を、司教がメイスで受け止めていた。そして彼女はモンスターを押し返すと、重い蹴りを敵に食らわせた。
 ズシンと地に沈むモンスターと彼女の背中を魔法使いがぽかんと見つめていると、振り返った司教が「大丈夫?」と言いながら魔法使いに笑いかけた。司教はそのまま軽々と魔法使いをお姫様抱っこすると、一行とは少し離れた安全な場所まで彼女を運んでいき、壁にもたれかかるように座らせた。
 依然呆気にとられたままの魔法使いに笑いかけると、司教は魔法のポーチにメイスを仕舞い、代わりにグローブを取り出した。そしてバサリとマントを脱ぎ捨てると、駆け足で戦闘に戻っていった。魔法使いは、そんな彼女の後ろ姿をうっとりとした表情で見つめていた。

 司教はモンスターに手こずっている男性陣の横を颯爽と駆け抜け背後に回ると、モンスターの腹に向かって重たい一撃を食らわせた。そのままキレのある殴りと蹴りで彼女は一体、また一体と敵を薙ぎ倒していった。
 丈の短いブラトップに短パンという、まるでプロレスラーのような出で立ちで敵を葬っていく司教を目にして、男性陣は思わず攻撃の手を休めた。彼女は苦笑いを浮かべると、目の前の敵を殴りつけながら告白した。


「いつも利用している宿の近くにある僧兵の道場前を通るたびに〈カッコいいなあ。私もああなりたいな〉って思ってたら、この血が騒ぐのを抑えられなくなって。勢い余って転職しちゃった。黙っててごめんね。あ、でも、主要な魔法はきちんと引き継いできてるから安心してね!?」


 てへと可愛らしく笑いながらモンスターを地に沈める彼女の姿に、前衛の男性のうち一人が惚れ惚れとし、二人が愕然とした。
 愕然としているほうの一人は、彼女の可愛らしい笑顔の下にさながら合成写真のように存在する完璧な上腕筋に、綺麗に割れた腹筋、素晴らしいハムを舐めるように見ながら「俺のアイドルがムキムキに……」と呟き目に涙を浮かべた。その男に対して、ときめき顔の男と死神ちゃんが抗議の声を上げた。


「何でだよ! すげえイイじゃん! 司教――じゃなかった、僧兵ちゃん、めっちゃ最高だよ!」

「ああ、彼女はとても美しいよ! 戦士A、お前、見る目があるな! 彼女こそ、真の〈|知的筋肉《インテリマッシブ》〉だよ! それが分からないだなんて、戦士Bは何て可哀想なヤツなんだ!」


 戦士達と死神ちゃんが騒がしく言い合いをしている横で、もう一人の〈愕然としていた男〉――聖騎士が静かに膝をついた。まだ戦闘が終わっていないということをすっかり忘れ敵に隙を見せた彼は、仲間達が助けの手を差し伸べるのも間に合わず、モンスターの渾身の一撃を食らった。そして、彼は無駄に高かったプライドとともにサラサラと崩れ落ちていったのだった。



   **********



「〈|第三《うち》〉のお風呂に入りに来るのはいいけれど、アンタ、これから夜勤でしょう?」

「マッコイのケチ! 私だって、こうやって定期的に可愛いものを抱えながらほっこり温まって癒やされたいんだよ! それに、出勤前だからこそじゃあないか! 気合が入るだろうが、気合が!」

「でも、だからって、いちいち抱きかかえなくたっていいでしょう!? ほらまた、|薫《かおる》ちゃん、鼻の下伸ばしちゃっていやらしいったら!」


 ケイティーとマッコイがギャンギャンと言い合うのに苦笑いを浮かべながら、死神ちゃんはケイティーの膝から降りた。ケイティーは若干悲しそうにしていたが、マッコイの機嫌のほうはほんの少しだけだが回復したようだった。しかし、それも束の間、マッコイは再び死神ちゃんを睨みつけた。


「ちょっと、薫ちゃん! 膝から降りたと思ったら、何もっと破廉恥なことしてるのよ!」

「あ、いや、今日の担当の中に僧兵の女性がいてさ。すごく、いい筋肉してたんだよ。ケイティーと負けず劣らずのさ。それを思い出したら、ついうっかり」


 死神ちゃんは謝罪の言葉を述べながら、バツが悪そうにケイティーの腹筋から手を引いた。すると、彼女は弾けるように笑い出した。


「別に、腹筋くらいならいくらでも触っていいよ。ていうか、その冒険者、そんなにいい筋肉してたんだ?」

「すごかった。そして、美しかった。元々は司教だったからか魔法とかも得意で。〈|知的筋肉《インテリマッシブ》〉って言葉は、彼女のためにあるんだなと」

「筋肉に一家言ある|小花《おはな》が言うなら、相当いい身体してたんだろうね。いいなあ、いつか私も見てみたい。むしろ、戦ってみたい。――でも、それも叶わぬ夢だろうから、ひとまず目の前のマッシブで我慢しとく」


 いきなりケイティーに笑顔を向けられ、マッコイは憮然とした顔を浮かべた。そんな彼に、ケイティーと死神ちゃんは爽やかな笑顔を浮かべると、両の手をわきわきと動かしながら声を揃えて言った。


「腹筋、触らせて」


 第三死神寮の浴室内に、オカマの羞恥の悲鳴が切々とこだましたのだった。




 ――――いつか、〈|知的筋肉《インテリマッシブ》〉な彼女とハムを会わせてみたいのDEATH。

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