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第71話 死神ちゃんとマリアッチ

 〈|担当の冒険者達《ターゲット》〉を求めて死神ちゃんがダンジョン内を|彷徨《さまよ》っていると、簡易キャンプを張って休憩中のパーティーと遭遇した。メンバーのうちの一人がどうやら吟遊詩人のようで、休憩中の手慰みがてら回復の意も込めて音楽を奏でていた。


「珍しいな、ギター奏者だなんて。普通、弦楽器奏者の吟遊詩人っていったら、竪琴やリュートだろうに」

「お嬢ちゃん、これがギターだってよく解ったな」

「その曲……。――お前、マリアッチか。俺が吹けるのがペットだったらな、一緒に|演《や》れたんだが。サックスは編成に無いし、そもそも|幼女《こ》の体じゃあなあ……」

「おおお、ギターを知ってるだけでなくマリアッチも知ってるのか! こいつは嬉しいぜ!」


 吟遊詩人は演奏の手を止めると、嬉しそうに笑って死神ちゃんの頭を撫でた。すると、腕輪からステータス妖精がノリノリで飛び出してきた。


 
挿絵




* 吟遊詩人の 信頼度が 3 下がったよ! *


 吟遊詩人が顔をしかめて仲間を見やると、仲間がじっとりとした目で彼を見つめていた。


「お前って、女好きだと思ってたけど、まさか幼女までカバーしてるだなんて……」

「いやいや、ちょっと待てよ! 俺はレディーに優しいだけであって、女好きではないぜ!? そもそも、仮にこのお嬢ちゃんがムサいおっさんだったとしても、俺は同じ反応をしたね! だって、パッと見てこれがギターだと分かるうえに、マリアッチを知っているヤツと出会ったんだから!」


 憤る吟遊詩人を、仲間達は適当にあしらった。吟遊詩人は〈納得がいかない〉とばかりにフンと鼻を鳴らすと、死神ちゃんに再び笑顔を向けた。

 彼は元々別の国の出身で、ギターは彼の国特有の楽器なのだそうだ。|音楽団《マリアッチ》の一員としてこのダンジョンのある国へとやってきた彼は、ドサ回りで方々を旅する最中に〈愛するハニー〉と出会った。そして、ハニーと生涯をともにすべく、彼は音楽団を辞め、この国に残ったのだそうだ。今はしがない冒険者のひとりとして、マリアッチ流の華やかで独特な音楽でパーティーメンバーを支援しているのだという。
 即興で甘めの曲を奏でながら、彼は〈そんな俺の愛称もマリアッチ〉などと歌い上げた。死神ちゃんは拍手を送ると、不思議そうに首を傾げさせた。


「で、愛するハニーってのは? このパーティー、男しかいないじゃないか。もしかして、お前、そっち系なわけ?」

「ノンノンノン。俺のハニーはな、街で本屋を営んでいるんだ。――で、このダンジョンには〈あらゆる世界の本を取り扱っている図書館〉があるっていう噂があるだろう? 図書館は大抵、擦り切れてもう貸し出せなくなったような本は、リサイクルに出すか無料配布するからな。無料配布行きになっているものの中に〈見たこともないような、珍しい本〉がもしもあるなら、俺はそれを貰い受けたいんだ。そして、それをハニーにプレゼントしたいのさ」


 照れくさそうに頭を掻くマリアッチに、死神ちゃんは相槌を打った。すると、同じタイミングで彼の仲間が出発を告げた。そのまま、死神ちゃんはマリアッチと雑談しながら歩いていたのだが、彼が故郷を懐かしんであれこれと奏でるたびに何かしらの恩恵が一行に降り注ぐため、誰も死神ちゃんやマリアッチを咎める者はいなかった。


「ところで、ギターを背中に背負って、手にギターケース持ってるのは何でなんだ? ギターを仕舞ってしまうと咄嗟に使えないってのは理解できるけど、だったらケースはいらなくないか?」


 道中、死神ちゃんはふとそう言って首を捻った。しかし、マリアッチはニヤリと笑うだけだった。すると一行の目の前にモンスターの群れが現れて、冒険者達は臨戦態勢に入った。
 前衛がモンスターと刃を交える中、マリアッチは激しくギターを掻き鳴らして仲間達を鼓舞した。彼の音楽で気が昂ぶり、力がみなぎった仲間達は鬨の声を上げた。すかさずマリアッチが子守唄を歌い、モンスターを寝かしつけに入ると、仲間達は戦意喪失したモンスター達を、ここぞとばかりに攻めた。――非常によくある、吟遊詩人のいるパーティーの戦い方だった。

 それを死神ちゃんが退屈そうにぼんやりと眺めていると、モンスターのうちの一匹が中々にしぶとくて、手こずっていた前衛がマリアッチに声をかけた。また何か音楽でも奏でるのかと思い死神ちゃんがマリアッチに視線を向けると、マリアッチは何故かギターを背にしてケースを手にとった。そして、左脚をピンと横に伸ばしながら座り込み、ギターケースを肩に担いだ。
 ギターで言うところのヘッドの部分からロケット弾が撃ち出され、逆側の丸みを帯びたほうから白い煙が上がった。そして、ケースから撃ち出されたロケット弾は盛大な爆発音を上げてモンスターを黒焦げにした。


「どうだ、これが俺様の最高のメロディーよ! 超かっちょいいだろう!?」

「いやいやいや、お前、吟遊詩人だよな!? さすがにそれはおかしいだろ!」


 ケースを肩から下ろしながら、マリアッチは得意気な顔を死神ちゃんに向けた。死神ちゃんは思わずツッコミを入れると、続けて言った。


「ていうか! ダンジョン外から持ち込んだ武器は、モンスターにそこまでのダメージを与えられないはずじゃあなかったか!?」

「ああ、このケースはこの世に二つとない特注品でね。楽団で旅をしていた時に、賊に襲われても返り討ちに出来るようにってことで、故郷を出る前に作ったのさ。そして、弾のほうは我らが錬金術士様の傑作品だ。だから、モンスターにも効くってわけさ」


 彼が自慢気に胸を張ると、横にいた錬金術士が照れくさそうにピースサインを掲げた。死神ちゃんが呆然としていると、爆発音を聞きつけたのか、再びモンスターの群れがやってきて彼らを取り囲んだ。先ほどと同じような流れで戦い、マリアッチがとどめの一発を発射した。
 余裕の表情で連戦していた彼らだったが、次の戦闘で陰りが見えた。苦戦する仲間達を助けようとマリアッチはロケット弾を撃つ準備をしていたのだが、先ほどまでの戦闘で気が大きくなっていたのか、彼は今までよりも前衛寄りで作業していた。そのせいで、マリアッチはモンスターの一撃を食らってしまい、態勢を崩した状態で発砲してしまった。そして、行き場が定まらずフラフラと飛んだ弾はマリアッチの元に帰ってきた。

 仲間達を巻き込んで、マリアッチが最高にかっちょ悪く散っていくのを見届けると、死神ちゃんは静かに壁の中へと消えていった。



   **********



 うさ吉のことを気に入った天狐が第一第一死神寮に遊びに来ていた。本日は勉強などの用事は何も入っておらず、夜までのんびり出来るということで、天狐は死神ちゃんとケイティーとマッコイの四人で夕飯を食べる約束をしていた。そして、勤務の終わった死神ちゃんは、雑務の残っているマッコイよりも一足先に〈第一〉へと来て、彼女達とおしゃべりをしていた。

 死神ちゃんがげっそりとした顔でマリアッチの話をすると、天狐を抱えていたケイティーが盛大に笑い出した。そして、死神ちゃんが待機室に戻ってきたときのマッコイや同僚達と同じ反応をしたケイティーを、死神ちゃんは不服そうに見つめた。
 ケイティーがひとしきり笑うと、彼女に抱えられながらうさ吉を抱えていた天狐が真面目な顔付きでポツリと言った。


「調理器具だけでなく、楽器も、武器だったのじゃな……」

「いや、そんなわけないだろう。ていうか、楽器じゃなくて、ケースのほうな」

「でも、とても斬新でおもしろいのじゃ! 今テスト中の銃が実装されたら、次の銃はそういうのを作るのじゃ! 帰ったら、さっそく職人達と話しあわねばのう!」

 死神ちゃんが顔をしかめさせると、天狐は返答の代わりにニヤニヤとした笑みを浮かべた。
 〈最高にかっちょいい楽器武器の構想〉を語るのに夢中となり、天狐は無意識にうさ吉を腕から解放した。すると、うさ吉はどさくさに紛れて死神ちゃんを引っ掻こうとした。死神ちゃんが笑顔でそれを|躱《かわ》すと、ラウンジの方からタイミングよくマッコイの声がした。死神ちゃんはうさ吉の二撃目をひらりと躱しながら、そのままマッコイを出迎えに行ったのだった。




 ――――〈最高のメロディー〉というのは、是非とも演奏のほうで求め極めて頂きたいものDEATH。

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