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第70話 びばびば★のんの

「おお! こりゃまた絶景だな!」


 死神ちゃんは眼下に広がる城下町と、それを彩る鮮やかな紅葉を眺め、たまらず唸り声を上げた。少しばかりその絶景を堪能したあと、死神ちゃんは香る湯の花に誘われて〈まずは洗い場〉とばかりにいそいそと戻っていった。



   **********



 〈キーホルダー謝罪〉のあったお泊り会にて。湯船に浸かりながら、死神ちゃんはおっさん臭く嗚呼と心地よさ気に呻いた。すると天狐がうっとりとした顔でほぅと息をつきながら「気持ちいいのう」と呟いた。
 死神ちゃんは頷くと、どこでもない場所にぼんやりとした視線を投げながらゆっくりと口を開いた。


「俺ら死神は、風呂に入らなくても服ですら綺麗な状態を保つけど。やっぱり、こうやってのんびり風呂に浸かったほうがさっぱりするし、疲れがとれる気がするよ」

「うむー……。わらわもお風呂は大好きなのじゃ……。わらわは尻尾の関係で一人では入れぬからの、誰かしらと一緒に入るのじゃが、城下町の銭湯で町の|皆《みな》とわいわい入るのも、城の露天風呂で城の者と仲良く入るのも、どちらも同じくらい好きなのじゃ!」

「ああ、お前のその尻尾、自分一人では洗いづらそうだもんな。――ていうか、お前ん|城《ち》、露天風呂があるのかよ。すごいな」


 死神ちゃんが目を真ん丸にして驚くと、天狐は得意気に胸を張った。
 彼女の城には城下町を一望出来る場所に展望露天風呂があるそうだ。お湯も様々な世界の温泉を週替りで引っ張ってきているという気合の入れようで、誰でも楽しめるようにと週に一度は町民にも浴室を開放しているという。


「なんだよ、そういうことは早く言えよ。そしたら定期的に、お前のところに遊びに行きがてら風呂にもお邪魔させてもらうのに」

「だっての、おみつがの、お勉強が宿題がと言うからの、おかげで中々誘えずにいたのじゃ……。でもの、最近はサボらずきちんと頑張っておるからの、遊んでいい日が少し増えたのじゃ!」


 得意満面の天狐を死神ちゃんが褒めてやると、天狐はドヤ顔を少しだけ嬉しそうに崩した。そして瞳をキラキラと輝かせると、天狐は手にしていたアヒルのおもちゃを湯に沈めた。


「だからの、お花、今度はお花がお泊まりにくるのじゃ!」


 そう言って、天狐はアヒルから手を離した。勢い良く浮かび上がりポンと湯から飛び出たアヒルをキャッチしながら、死神ちゃんはニコリと微笑んだ。



   **********



 そんなわけで、死神ちゃんは初めての〈お泊り〉に来ていた。城下町の紅葉が見頃を迎えつつあるということで紅葉狩りパーティーを兼ねようということになり、〈いつものメンバー〉で集まった。
 死神ちゃんが早速露天風呂からの絶景を堪能していると、メンバー全員が揃ったようで、みんなの歓声が浴室内に響いた。死神ちゃんは鼻をくすぐる湯の香りとみんなの声に「早く体を洗って、この絶景をもっとのんびりと堪能しよう」と思うと、みんなのいる洗い場のほうへと向かった。


「いやあ、久々に来たけど、本当に絶景だね!」


 いつものごとく、惜しげも無く裸体を晒すケイティーが嬉しそうに目を輝かせると、その横にいた天狐が腕を組み、そして得意気にウンウンと頷いた。死神ちゃんを含めた〈素っ裸三人組〉を呆れ|眼《まなこ》で見つめると、体の前面をタオルをあてがって覆い隠したアリサが溜め息をついた。


「あなたたち、いくら何でも少しは恥じらいなさいよ」


 三人がきょとんとした顔をするのを見て、マッコイとサーシャが苦笑いを浮かべた。ケイティーは心なしか不服そうに眉根を寄せると、口を尖らせてブツクサと言った。


「どうせ体洗う段になればどうあがいても見えるんだし、いいじゃないか、別に」


 そして「まあ、こいつは恥じらい過ぎだけどもね」と言いながら、マッコイが体の前面を隠すようにあてがっていたタオルを引ったくった。彼は自身の腕を抱くようにして慌てて体を隠すと、恥ずかしそうに赤らめた顔でプリプリと怒った。


「ちょっと、いきなり何するのよ!」

「そんな厚手かつ長めのタオルを腰に巻いてるんだから、それ以上何かを必死に隠さなくてもいいだろう。海水浴の時だってゆとりのあるTシャツを着たままで海に入るしさ。別にいいじゃないか。そのエロい筋肉、堂々と晒せば。何で隠すんだよ」

「俺と初めて風呂に入った時だって、潔く脱いでたし隠しもしなかったよな。筋肉見てたら茶化してきたし。――お前の〈恥ずかしい基準〉って、どこにあるんだ?」


 不服顔のケイティーと不思議そうに首を傾げさせる死神ちゃんを、マッコイは睨みつけた。そして一層顔を真っ赤にすると、一気に捲し立てた。


「これから毎日一緒にお風呂に入るかもしれない相手に対して恥じらってたら、相手に変な気を遣わせちゃうでしょう? そりゃあ潔く脱ぎもするし、茶化して恥ずかしいのをごまかしもするわよ! それに、今日はアリサやサーシャやおみっちゃんだっているんだから! 慣れない相手に見られるのは、やっぱり恥ずかしいでしょうが! それから、〈エロい筋肉〉とか、そうやって異性扱いされるのも嫌だし!」

「女体にだって〈エロい筋肉〉ってのはあるし、別に異性扱いして言ったわけじゃあないんだけど。それに、同性同士だって思わず『お!』と思っちゃうこと、あるだろう。例えば、|こういう乳《・・・・・》を見たときとか」


 言いながら、ケイティーはおみつの豊満な胸を片手でむんずと掴んだ。おみつは胸を揉みしだかれながら、笑顔で「さ、早く体を洗ってしまいましょう」と何事もないかのように言った。ケイティーとおみつ、そして天狐以外は苦笑いを浮かべると、深い溜め息をついた。

 死神ちゃんが天狐と洗いっこをしていると、隣にいたアリサがふと顔をしかめさせた。そしてじっとりと見つめてくるので、死神ちゃんは困惑の表情を浮かべた。


「ジューゾー、あなた、マッコイと毎日一緒にお風呂に入っているの?」

「ああ、うん――」

「ずるい! 何で!?」


 死神ちゃんが言い切る前に、アリサは目くじらを立てた。死神ちゃんは〈この体だと背中や頭が洗いづらい〉ということや〈中身がおっさんだから女性陣と一緒に入るわけにもいかず、かといって男性陣の中にペドがいるから、そちらとも一緒には入れない〉ということをしどろもどろに説明した。その間も、アリサは顔いっぱいに〈ずるい〉を浮かべていたのだが、そんな彼女にケイティーがニヤニヤとした笑みを浮かべて得意気に言った。


「私、時々〈第三〉の風呂に入りに行くよ。――どう? 羨ましいだろう」

「ずるい! 羨ましい! 私もジューゾーと一緒にお風呂に入りたい!」


 悔しそうに顔を歪めるアリサに、ケイティーは勝ち誇ったように笑った。そして立ち上がると、彼女は隅のほうでこそこそと頭を洗っていたマッコイに静かに近づいていった。
 悲鳴を上げるマッコイと、満面の笑みで彼の頭をわしゃわしゃと洗い倒すケイティーを一同は呆然と見つめた。


「何て言うか、激しいわね……」

「俺やてんこには優しいんだけど、何故かマッコイにはいつもああなんだよ。〈第二〉にいた頃から変わらないみたいで。何でなんだろうな……」

「弟とか妹とか、そいういう感じで可愛がっているつもりなのかなあ?」


 首を傾げてそう言うサーシャに、一同は納得の意を込めて唸るように「ああ」と相槌を打った。



   **********



 今回の温泉はいわゆる〈にごり湯〉で、硫黄の香りが漂う青白い湯が肌に気持ち良かった。湯に色がついているおかげで身体を隠す必要もないとあって、体を洗う際は離れた場所にいたマッコイもみんなの輪の中に入って一緒に温泉を楽しんでいた。


「紅葉、綺麗だな」

「そうであろう!? わらわの自慢の〈絶景〉なのじゃ! 冬はこれが雪景色となるのじゃが、それもすごく綺麗なのじゃ! それもまた、みんなで温泉に入りながら見るのじゃ!」


 一同は微笑み、そして頷いた。そして美しい紅葉へと視線を戻し、幸せの溜め息をこぼした。

 そのあとは、おみつが用意してくれていた揃いの浴衣に身を包み、「まるで温泉宿にでも来たみたい」などと笑い合いながら秋の味覚を堪能した。食事のあと、寮の管理や夜勤などがある寮長の二人は帰っていったが、サーシャとアリサは留まった。


「マコちゃんやケイちゃんも、泊まっていければ良かったのに」


 サーシャが残念がると、ノートパソコンなどの〈持ち運びの出来る仕事道具〉を広げて作業をしながらアリサが苦笑いを浮かべた。


「私のように、どこでも仕事が出来るというわけではないしね……。――今まで、それで回っていたし、現場からも要望が上がらなかったのよ。でもいざ自分の友達たちがそういう役職について、こうも一緒に遊べなくなったんじゃあね。……というわけで、来年度から、死神課の各班に副長職を置く予定よ。二人のお泊り参戦は、それまでもうちょっと待っててね」

「お、職権乱用だな」


 死神ちゃんがニヤリと笑うと、アリサもニヤリと笑った。そして彼女は「職権乱用、上等!」と胸を張った。


「ていうかね、夏ごろからいろいろと考えることがあったのよ。それで、社員の幸福度が上がるなら、どんな工夫も惜しまないことにしたのよ」

「アリサ、カッコいいのじゃ! わらわも〈四天王〉としてお手伝いするのじゃ!」


 頷き合う二人を、死神ちゃんとサーシャは優しい笑顔で見つめた。こうして、秋の夜長はゆっくりとっぷりと更けていったのであった。




 ――――楽しい時間を大切な人達と過ごしたいというのは、きっと誰もが思うこと。アリサには頑張って、一層働きやすい職場作りに取り組んで頂きたいのDEATH。

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