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第67話 死神ちゃんと残念③

 修行中の冒険者御用達である〈三階の奥地〉にやって来た死神ちゃんは、顔をしかめると盛大に文句を垂れた。


「そんな基礎トレーニング、わざわざダンジョン内でやる必要あるのか?」

「うわっ、お前、また出たな!? ていうか、モンスターの沸き待ちに筋トレするヤツだっているんだから、何してたっていいだろ、別に! ――うわ、来るな、とり憑こうったってそうはいかな……あああ、足腰が疲れすぎて、逃げたいのに思うように動けない!」

「……お前、相変わらず残念だな」


 ガクリと膝をつくエルフの肩に、死神ちゃんはポンと手を置いた。彼は愕然とした表情を浮かべると、「残念って言うな」と腹の底から叫んだ。
 死神ちゃんは壁際に腰を下ろすと、呆れ顔のまま抑揚なく言った。


「お前、盗賊に戻ったんだな。――で? 何で反復横跳びなんてしてたんだよ」


 残念な彼は這いずるように死神ちゃんの横に移動すると、壁にもたれて脚を投げ出した。そしてしょんぼりとうなだれながら、軽く握った拳で太ももを叩き始めた。


「この前の転職で覚えた魔法を、盗賊に戻る際にいくつか引き継いできたんだよ。そのうちのひとつが結構な大技なんだけど、それやってる最中ってかなり立ち回りを考える必要があって」

「それで、素早く動けるように〈反復横跳び〉か」

「まあ、そんな感じ。――あ、モンスター沸いた」


 残念は頷きながら、どこからともなく現れたモンスターに向かって火の玉魔法を放った。ぼんやりと座ったまま、モンスターに向かってちょいちょいとナイフを振りながら魔法を繰り出す彼を、死神ちゃんは関心の眼差しで見つめた。すると、彼は死神ちゃんにニヤリとした笑みを向けた。


「遠隔攻撃出来るようになったってだけで、こんなにも戦闘が楽になるとは思わなかったよ。今じゃあ、一人では行けなかった四階も、降りてすぐくらいのところだったらそこそこ戦えるんだぜ。すごいだろ」


 得意気に鼻を鳴らすと、彼はアイテムや宝箱へと姿を変え行くモンスターへずりずりと這い寄った。死神ちゃんは残念そうに目を細めると、口の端の片方だけを持ち上げて薄っすらと笑った。


「せっかく強くなってもな。そんなダサい姿でアイテム漁ってちゃあな、凄さが微塵も伝わらないっていうか。そこがまた残念だよな、お前ってヤツはさ」

「だから! 残念って! 言うなよ!!」


 目くじらを立てて叫んだ彼は、その拍子にうっかり手元を滑らせた。案の定、宝箱の罠が発動して彼は少々手傷を負った。しかし、その傷は立ちどころに消えてなくなった。どうやら彼は、魔法使いだけではなく僧侶になっていた時期もあるようだ。
 残念は戦利品を嬉しそうにポーチに詰め込むと、死神ちゃんの横にずりずりと這い戻り、そして太ももを叩いてほぐす作業を再開させた。


「ていうか、事あるごとに残念残念って、ホント、何なわけ!? こんなに〈使える存在〉になった俺の、どこが残念だって言うんだよ! ――でもまあ、お前が俺に〈残念〉って言えるのも、今のうちだけどな」


 彼にはさらなる〈強化計画〉があるそうで、それを遂行すべく目下金稼ぎ中なのだそうだ。そのため、この人気修行スポットであれば経験を積みつつ金策もできるとあって、連日通い詰めているのだという。


「まずは四階以降の場所でたまに産出される〈精霊のナイフ〉をゲットするんだ。最近パーティーに入れてくれる人がいて、四階にもちょくちょく行くようにはなったんだけど、全然ドロップしないから。ドロップを狙い続けつつ、金が貯まったら買って。あとは五階で発掘できるという噂の鉱物を、ナイフの宝飾品と|挿《す》げ替えたいんだよな」


 彼が言うには、〈精霊のナイフ〉とやらは魔力を増幅してくれるらしい。そこそこ市場にも出回ってはいるそうなのだが、人気商品のため高値がついている上にすぐさま買われていってしまうのだという。
 そして〈五階の鉱物〉とやらは、各区域ごとに対応する属性のものがあるそうで、それを加工して装備すると対応属性の魔法が強化されるらしい。また、実は冒険を進めるにあたって重大な役割も担っているそうなのだが、冒険者間ではいまだ〈噂〉止まりの存在のようであるから、|そのこと《・・・・》まで知っている冒険者は、残念ながらまだいなさそうだ。

 残念はすっくと立ち上がると、地面を爪先でトントンと打ちながら言った。


「よし、脚も大分回復したし、俺がいかに強くなったかを見せてやる!」


 そう言って、彼は四階へと降りていった。
 降りてすぐの比較的モンスターの多い場所にやって来ると、残念はナイフを眼前に構えて何やら長々と呪文を唱え始めた。詠唱が終わり、彼が勢い良くナイフを振り下ろすと、刃から炎がほとばしった。


「これが俺の必殺の大技! よく見てろよ、死神!」


 残念は得意気にデコイを設置すると、そこに群がっていくモンスターめがけてナイフを一心不乱に振った。彼がナイフを振る度に、その切っ先から炎が飛び出して、それはまるで雨のようにモンスターに降り注いだ。
 デコイが壊れると、モンスター達は残念に向かってやってきた。残念は先ほどの練習の成果を見せつけるかのように反復横跳びをしながら、モンスターに炎の雨を浴びせ続けた。

 モンスターが全滅し、ぜえぜえと肩を上下させながらアイテムを丁寧に拾って回る残念を、死神ちゃんは呆然と見つめた。そして、低い声でポツリと言った。


「なあ、それ、たしかに凄いと思うがさ、ナイフを振り続けないと使えないのか?」

「そうだけど?」

「それって、すごく効率悪くないか? お前、体力なさそうだし、プラマイで考えたらあまりプラスになってないような気がするんだが。そこがまた、残念っていうか何て言うか……」

「うるせえよ! すげえプラスなんだよ! 残念って言うな!」


 残念が憤って叫ぶと、奥の方から冒険者達が走ってきた。深手を負った彼らはモンスターからの逃走を図っている真っ最中で、しかしながら巻き切ることができずに|火吹き竜《ファイヤードレイク》を連れて来てしまっていた。だが、ドレイクもかなりのダメージを負っているようで、逃げ惑う冒険者同様にフラフラとおぼつかない足取りだった。

 冒険者達は滑り込むように階段へと飛び込み、そのままの勢いで三階へと駆け上がっていった。死神ちゃんはその場に取り残されたドレイクを眺めながら、残念に声をかけた。


「お前、そんだけ強くなったんだから、チャンスだろ。アレ、せっかくだから魔法でちゃっちゃと倒したら?」

「いや、俺、引き継いできた魔法、火属性のものだけだから……。あいつ、火属性で攻撃すると回復するんだよ……」


 頬を引きつらせ、冷や汗を浮かべる残念に向かって苦い顔を浮かべると、死神ちゃんは素っ頓狂な声を上げた。


「本当に残念だな! 何でそれだけしか引き継がなかったんだよ!」

「うるせえよ! お前だって、覚えたものを全て覚えてなんていられないだろ!? 小さい頃に学校で習ったこと、全部が全部覚えてなんていないだろう!? それと同じだよ! だから、火属性だけに絞ったんじゃないか!」


 残念が声を張り上げると、それに釣られてドレイクがのそのそと近づいてきた。残念は顔を青ざめさせると、慌てて走りだそうとした。しかし、先ほどの反復横跳びで思っていた以上に疲れてしまっていたのか、足をもつれさせてすっ転んだ。
 ドレイクのブレスに焼かれ「やっぱり体力をつけないと」という言葉とともにサラサラと散っていく残念の姿をさも残念そうに見つめると、死神ちゃんは壁の中へと姿を消したのだった。




 ――――〈一人前の冒険者〉への近道は、精神も肉体もバランスよく鍛えてこそなのDEATH。

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