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第63話 死神ちゃんと庭師

 死神ちゃんは四階の〈小さな森〉へとやって来た。そして、驚きで目を真ん丸に見開いた。――鬱蒼としていたはずの森が、綺麗に整えられていたからだ。
 おどろおどろしい雰囲気を醸し出し〈気を緩めるな〉と冒険者の心に常に訴えかけているはずの森は、とても明るく爽やかで、仮に熊が出たとしても襲われるどころか〈イヤリング落としましたよ〉と優しく手を差し伸べられそうな朗らかな雰囲気へと変貌していた。

 死神ちゃんが呆然と佇んでいると、片手に高枝切り鋏を携えたオーバーオール姿のドワーフが現れた。彼は首に引っ|提《さ》げた手ぬぐいで額を拭うと〈良い仕事をした〉と言いたげな達成感のある笑みを浮かべた。そして近くの木に高枝切り鋏を立てかけると、ふうと息をつきながら切り株に腰を下ろした。
 ドワーフは魔法のポーチから水筒と軽食を取り出した。そして茶をひとすすりしてまったりとした息をついた。その拍子に、森はうぞうぞと動き出し、元の鬱蒼とした森へと戻った。

 茶菓子をかじりながら、彼は〈自分の仕事の出来〉を確認しようと後ろを振り返った。そしてその〈仕事〉が無かったことにされていることに愕然とすると、彼は手の中のスコーンをうっかりポロリと落とした。


「何故だ! 何で|また《・・》、元通りの陰鬱な森に戻っているのだ!」


 憤って自身の太ももをバシリと叩くドワーフに、死神ちゃんはのっそりと近づいていった。そして彼をじっとりとした半眼で見つめると、死神ちゃんは低い声で唸るように言った。


「〈また〉ってことは、何度も手入れしたのかよ。ていうか、何でわざわざ整備しようと思ったんだよ」


 ドワーフは突然声をかけられたことに驚いて切り株から転げ落ちた。そして死神ちゃんの姿を確認すると、〈モンスターや野盗ではない〉と思ったのかホッと息をつきながら彼は切り株に腰掛け直した。


「いやあ、私は普段庭師として働いていてね。その職人魂が騒いでしまったというか。――この森、奥のほうは意外と明るくて爽やかなんだし、だったら入口も綺麗に整えたいじゃあないか」


 言いながら、彼はポーチからスコーンを新たに取り出した。そしてそれを死神ちゃんに与えると、彼はつらつらと話を続けた。
 彼はとある貴族の家で召し抱えられている庭師だという。実は使用人が冒険者職として実装される前に、メイド長である妻が部下のメイド達を従えてこのダンジョンに研修に来たのだそうだ。その後も彼女達は定期的に研修に来ているそうなのだが、その際に彼の妻が庭師にまつわる武器の噂を耳にしたのだという。


「それを聞いて以来、休みのたびに探索に来ていてね。私はどうしても、その武器が欲しいんだよ」


 羨望の眼差しを浮かべてまだ見ぬ武器にうっとりと思いを馳せる庭師に、死神ちゃんは思わずしかめっ面を浮かべた。彼が怪訝そうに首を傾げるので、死神ちゃんはあまり抑揚のない声でボソボソと尋ねた。


「その貴族って、三男坊にダンジョン攻略をさせてる?」

「ああ、そうだが」

「メイド長って、メガネかけて髪の毛ひっつめて後ろで団子にしてて、高枝切り鋏を槍のように振り回してる?」

「ああ、この高枝切り鋏がまさにその鋏だよ。元々、私の仕事道具なんだ。――ていうか、お嬢ちゃんはうちのカミさんや坊っちゃんと知り合いなのかい?」


 死神ちゃんは頬を引きつらせて笑顔を繕うと、庭師からスッと視線を逸らした。

 彼の探している武器というのは、噂によれば〈木こり〉などの〈職業で言えば庭師に類している〉という感じの人間型モンスターが稀にドロップするのだとか。しかし、モンスターと化しているとはいえ人間であることには変わりがないものに手を掛けたくないと、庭師は顔をしかめた。
 木こり以外にもその武器をドロップすることはするらしいのだが、植物系のモンスターが相手だと、どうしても庭師の血が騒いで剪定したくなってくるのだそうだ。そして、彼の手によって綺麗に整えられたモンスター達は嬉しそうに去っていってしまうそうで、戦闘をしたくとも全く戦闘にならないらしい。


「〈植物関係のモンスターを相手にできないなら、|そこに住む《・・・・・》|モンスター《・・・・・》ならどうだ〉と思って、今度は森に住む動物型のモンスターを相手にしてみているのだが、これがどうにも……。猟師が使いそうなものばかりドロップして、いまだにお目当ての品には出会えないのだよ」


 肩を落として溜め息をつく庭師に、死神ちゃんは〈一体どんな武器を探しているのか〉と尋ねた。彼はゴクリと唾を飲み込むと、真剣な顔つきでゆっくりと口を開いた。


「その武器は、未知の科学力で作られた逸品だそうで、神をも一刀両断するらしいのだ。こう、紐を引くと大きな音を立てながらギザギザの刃が回転するそうでね……」

「チェーンソーかよ。一刀両断できるのは、いいとこゾンビくらいだろ。神はさすがに言い過ぎなんじゃないのか?」

「いやそれが、そういう噂なのだ……」


 死神ちゃんは苦い顔で「いやいや……」と唸るように返しながら、あり得ないとばかりに首を小さく横に振った。

 彼は小休止を終えると、再び〈でんせつのぶき〉探しに精を出した。しかしやはり、そう簡単にはお目にかかれるものではなく、結果は散々なものだった。

 五階の火炎区画や砂漠区画のような〈まるでダンジョン外と見紛うような作りになっている区画〉では空が広がり、天候も移り変わるようになっている。この森も同様で、天を仰げば天井の代わりに青空が生い茂る木々の隙間から見えていた。その青空がどんよりと曇りだし、陰鬱な森は更に気の滅入る雰囲気を纏い始めた。
 頬にポツリと水の気配を感じた庭師は「今日はもう引き上げようか」と呟いた。そして名残惜しそうに森を見渡し、空を仰ぎ見た。
 庭師は上を見上げたまま、顔をしかめて硬直した。それを不審に思った死神ちゃんも、空を見上げようとした。しかしそれよりも先に何らかが落下してきて、さらには|ビチビチと《・・・・・》|跳ねまわる音《・・・・・・》が聞こえてきて、死神ちゃんは眉をひそめた。

 山にハリセンボンが降るという話を、死神ちゃんは聞いたことがあった。聞くところによるとそれは、海で獲物を手に入れた鳥が巣に飛んで戻るまでの間に、その獲物であるハリセンボンが膨れ上がり、その針に刺されて驚いた鳥が落としてしまうのが原因だという。しかし、今降ってきている|それ《・・》は、ハリセンボンなどという可愛らしいサイズのものではなかった。

 木をなぎ倒しながらも容赦なく降り注ぐ|それ《・・》に恐怖した庭師は、森の区画から脱出しようと慌てて走り出した。しかし、それも虚しく、彼は|それ《・・》に飲まれて消えた。
 死神ちゃんは一連の光景を瞬きすること無く見届けたのち、ゆっくりと首を傾げさせながらポツリと呟いた。


「サメ……? 雨と一緒に降ってくる、サメ……? 何で、サメ……?」


 死神ちゃんはビチビチとのたうち回るサメを束の間見つめると、ニッコリと微笑んだ。そして〈自分は何も見ていない〉という態度で大きく頷くと、その場から立ち去ったのだった。




 ――――ダンジョンの生態系もですが、環境自体も謎がいっぱいなのDEATH。

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