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第62話 死神ちゃんと農家④

「|小花《おはな》|薫《かおる》よ、あの女がまたやらかしてくれたぞ」


 ビットは赤い虹彩をチカチカと点滅させながら、そのように言った。死神ちゃんは表情を失うと、とても平坦な調子でぶっきらぼうに返した。


「その女って、俺が今思い浮かべている〈女〉で合ってますかね。角の生えた農婦で」


 ビットが大仰に頷くのを確認すると、死神ちゃんは面倒くさそうに頬を引きつらせた。そして心なしか肩を落とすと、溜め息混じりにぼやくように言った。


「あいつ、今度は何やらかしたんですか」

「四階の一角に〈小さな森〉があるのは知っているな?」


 死神ちゃんが頷くとビットは腕を組み、そしてお馴染みのマシンガントークを繰り広げた。その話を要約すると、どうやら四階にある森に生息する切り株お化けが、あの農家のせいでプログラミングにはない動作をするようになったらしい。死神ちゃんには〈爆弾スイカ事件〉のとき同様、原因究明の手助けをして欲しいのだという。

 死神ちゃんは、脱線しながらも続いていく話を適当に聞き流しながら相槌を打っていた。すると、出動要請の合図があった。死神ちゃんはいそいそと〈あろけーしょんせんたー〉を後にすると四階へと降りていった。

 死神ちゃんは鬱蒼とする森の中をキョロキョロと見回しながら浮遊していた。そして、ふとその場に静止すると、腕を組んで首を傾げさせた。――森の様子が、たしかにおかしい。普段なら縦横無尽に|彷徨《うろつ》いているモンスター達の姿がどこにもないのだ。どうやら、切り株お化けに起きた何らかのせいで、全てのモンスターに影響が出ているようだ。
 死神ちゃんは地図を確認すると、急いで農家の元へと向かった。


「おい!」


 死神ちゃんは、こそこそとかがみこんで集まった切り株お化けに何やらを施している農家の眼前に真っ逆さまに急降下すると、彼女の額にデコピンをした。農家は色気のない声を上げて尻もちをつくと、額を擦りながら死神ちゃんを睨みつけた。


「何でこう、毎度毎度私の邪魔をしに来るかな!?」

「再三〈ダンジョンを耕すべからず〉〈ダンジョンで栽培するべからず〉と言われているのに、そういうことするからだろうが。ダンジョンは、お前にお怒りなわけよ。分かるか?」

「分からない! だって、切り株お化けちゃん達はこんなにも喜んでくれているもん!」


 農家が手のひらで示す方向に視界を巡らせて、死神ちゃんはそこに集まっている切り株お化け達を見て顔をしかめた。そこにいた切り株には全て、色とりどりのキノコがにょきにょきと生えていた。しかも、その生え位置や生え方がまた絶妙で、それらはさながらツインテールやポニーテール、ちょんまげなどのようだった。


「なんで、切り株がおしゃれになっているんだよ……」


 死神ちゃんが低く唸るようにそう言うと、農家はニヤニヤとした笑みを浮かべながら胸を張った。そして〈聞いちゃう!? 気になっちゃうよね!?〉という雰囲気を醸し出しながら、うずうずそわそわと身体を揺らしながら勢い良く口を開いた。


「実りの秋、到来しましたよね!? 私の家でも、そりゃあもう、やれあっちの畑だ、こっちの畑だと収穫に大忙しですよ!」

「お、おう……。だったら何で、ダンジョンなんかに来てるんだよ……」

「農園に行って〈なんちゃら狩り〉とかも楽しい季節ですね!? しかしながら、私の家では市場に出荷するのと自分ちで頂く分を作るのが精一杯なんですよ! そこで! 畑の脇の空いたスペースを利用してキノコ栽培でもして、キノコ狩りとかできたら、いいんじゃないかなあと思いまして!」

「だったら、てめえの家で栽培しろよ。何でダンジョンで栽培してるんだよ」


 死神ちゃんが眉間にしわを寄せると、興奮気味に息巻いていた農家はしょんぼりと肩を落とした。


「だって、今から栽培に着手してるんじゃあシーズンに乗り遅れるでしょ? しかも私んち、キノコ農家じゃないからノウハウもないし。だから、ダンジョンの不思議な魔力を拝借して、栽培の練習と〈早く育つうえに美味しいキノコ〉の選別や研究をしているんだけど」

「いや、それ、本当に迷惑だから。ていうか、倒したらアイテムに姿を変えるモンスターから生えたキノコなんて、怪しくて食べたくもないよ」

「いやいや、それがね。結構美味しいのよ。死神ちゃんも食べてみる?」


 農家がにっこりと微笑むのを、死神ちゃんは至極嫌そうな顔で見つめた。そして切り株お化けから生えるキノコに視線を移すと、一層苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてポツリと言った。


「嫌だよ、そんな。だって、こうも色とりどりのキノコ、絶対に毒とかあるだろう。赤とか緑とかさあ……。毒だけじゃなくて、食べたら身体が巨大化したり、変に元気になったりっていう異変が起きそうっていうか」

「やだなあ、そんなの、起きるわけ無いでしょうが」


 ヘラヘラと笑う農家をじっとりと見つめると、死神ちゃんはより一層低い声で「歩くマンドラゴラ」とボソリと呟いた。すると、彼女は気まずそうに死神ちゃんから目を逸らして、心なしか声を震わせた。


「もう、ああいうこと、きっとないもん。きっと……」


 農家はなおもじっとりとした目で睨んでくる死神ちゃんをちらりと見て、そして頬を引きつらせながら苦笑いを浮かべた。


「まあ、とりあえず食べてみてよ」


 農家はそう言って、切り株お化けの一体を呼び寄せた。そして切り株にキノコを収穫することを伝えると、彼女はおもむろに緑のキノコをむしりとった。
 その様子を見ていた死神ちゃんは思わず顔を青ざめさせた。


「今〈ヒギィ!〉って鳴いた! 何!? 切り株の鳴き声!? それともキノコの!? 嫌だ、俺、そんなもん絶対食いたくない!」


 死神ちゃんは必死に首を横に振って拒絶したが、農家は気にすること無く携帯調理器具を取り出して、それをちゃっちゃと油で炒めた。漂ってくる香ばしい香りになおも疑惑の表情を浮かべながら、死神ちゃんは目の前に出されたキノコ炒めをまじまじと見つめた。
 腹を括って生唾をゴクリと飲み込むと、恐る恐るキノコを口に運んだ。そして、死神ちゃんはがくりと膝を折り、地に手をついた。


「嘘だろ……。美味しい……」


 農家は勝ち誇ったように胸を張った。その横で、切り株お化けがぷるぷると震えていた。すると、キノコをもぎ取られた切り株お化けに異変が生じた。
 待てども待てども新しいキノコの菌が与えられず〈自慢のヘアー〉を失ったままとなっていた切り株が、悲しみのあまりにめそめそと泣き出したのだ。すると、周りの切り株達も共鳴するようにぷるぷると震えだし、そしてヤツらは暴挙に出た。
 農家はあっという間に切り株お化けの波に飲まれ、そして呆気無く灰と化した。死神ちゃんはその傍らに転がっていた〈キノコ菌セット〉を拾い上げると、背中を丸めてとぼとぼと帰っていった。



   **********



 後日、死神ちゃんは再び〈あろけーしょんせんたー〉に呼び出されていた。例の〈キノコ菌セット〉の分析が終わったようで、それを死神ちゃんにも報告したいのだという。
 解析の結果、キノコ菌自体はごくごく普通のキノコ菌だったそうだ。ただ、宿す菌の種類によって切り株お化けの性格が変わることが確認されたらしい。そのせいで統一性のあるプログラムに変化が生じ、そこから一帯に分布するモンスターに組み込まれたプログラムにも影響が出てしまったのだという。


「キノコによって凶暴化したり大人しくなったりというのは、実に興味深い。しかも、問題なく食せて、しかも美味しかったのであろう? これまた興味深いではないか。なので、〈切り株お化けにキノコ〉というのはそのままにすることにした。その代わり、キノコによってプログラムに支障が出ないよう、プログラムの方を少々見直すことにした。小花薫よ、今回も大活躍であった。礼を言おう」


 死神ちゃんは表情もなく生返事を返すと、勤務に戻るべく死神待機室に戻っていった。

 後日、この〈四階の小さな森〉が冒険者達のちょっとした休憩スポットとなったのは言うまでもない。命を張ってドキドキのキノコ狩りを楽しむ冒険者達を見かけるたびに、死神ちゃんは溜め息をつくのだった。




 ――――食料も現地調達出来るダンジョンになりつつあることを、ウィンチさん以外の〈四天王〉は若干楽しんでいるようです。しかし、そうなると冒険者の〈ダンジョン滞在時間〉が伸びるので、死神達の仕事が増えそうDEATH……?

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