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第2章 - 悪魔

「二人とも退学だ。」

禿げ頭の校長が、この事件に対しての結論を下した。放課後、本田と健次は校長室へ呼び出されていた。当然、本田はこれを不服とし、校長室を出るときにゴミ箱を思い切り蹴飛ばした上、さらに不満を表す最後のしるしとして、床に唾を吐いて行った。

本田は鼻の上を少し擦り剥いただけ、かたや、健次の方は顔が真っ赤に腫れ上がっていた。

「まったく驚いたもんだ。君が本田にケンカを吹っ掛けるとは。」

校長の言葉は、健次にとってはまるで賞賛のように聞こえた。結局、本田はこの佐村高校の不良たちのリーダーであり、そして健次はと言えば、可燃ゴミをきちんと仕分けするような、ごく真面目な少年だったのだ。

少なくともこの出来事は、校長の重荷をいくらか下ろさせこととにはなった。かといって、健次の方に温情を施すほどには至らなかった。ケンカ両成敗ということだが、本田の方は、以前から匿名の被害者による情報提供が相次いでされていた…。

今回のことは、上田先生の目の前で健次に対して非道的に暴力を振るったことで、現行犯のお縄となった。

この決定に、健次の方は驚かなかった。このケンカ騒動を起こしたのは健次の方からであり、退学となって当然だ。健次はお辞儀をして、言った。

「どうもお世話になりました。」

保健室で傷口の消毒をした上から包帯を巻いてもらった後、健次は早々に学校をあとにした。痛みはまだ続いていたが、校門を出るとき、その誇りを胸に、健次は微笑みを禁じえなかった。一歩一歩ごとの、まるでバスにぶつかったかのような激痛は、それでもその価値はあると思えた。

やがて彼は島総合病院に到着した。妹の入院している病院だった。花と果物とを持って来た健次だったが、彼の血をにじませた顔を見て、妹がショックを受けるだろうことはわかっている。だから病室に入る前に、髪と衣服をで出来る限り整えた。

「よお、誰だと思う?」

健次は目を疑った。そこには、妹をここに入院させるに至らしめた張本人である本田が、そのすぐ脇の椅子に腰かけていた。まるで妹を気に掛ける、その家族でもあるかのように。

本田は、けろりとした態度で言葉を続けた。

「どうしたんだよ、中村。嬉しくないのか?俺がお前の可愛い妹のためにわざわざ見舞いに来てやったのに。」

健次は何も答えなかった。彼は花束と果物のかごを、眠っている妹、中村 葵(14歳)、のすぐ傍らにあるテーブルの上に置いた。葵は、暴行を受けたときのショックで、まだその目を開けることすらできなかった。

2日前のこと、健次は病院から、自分の妹がひどい仕打ちを受けたことを知らされた。体中が打ちのめされ、歯の半分は無くなり、あばら骨は砕けて、ひどい内出血を起こしていた。

病院に葵を連れて来たのが誰なのかはわからず、だが彼女のただ一人の緊急時用連絡先が健次であることが判明した。

健次は葵のクラスメイトに会いに行った。彼女たちはその日の夕刻に葵と一緒に下校したはずだ。ところが、誰もが葵と共にいたことを否定した。あたかもそれは、ひとことでも話すなと脅されいるかのように。

そして昨日、匿名の電話がかかってきた。発信元の電話番号は公衆電話のものだった。さらに、その声は故意に変声されたものではあったが、それでも、本田がこの事件の犯人であると断言をした。

そして今ここに、彼がいる。その表情に一片の良心の呵責も感じさせることなく。

本田は腕を伸ばし、果物かごから一番見栄えのいいリンゴをつかむと、健次が自分のために持って来たとでもいうように、当たり前の顔をして食べた。

「一時停戦と行こうぜ。女を殴って悪かった。」

本田は親しげな笑い声と共にこう言ったが、その声はすぐに鋭利な響きに変わった。

「……とでも言ってほしかったか?言うわけねえじゃねえか、そう簡単にはいかないぜ。俺はお前のせいで退学をくらった。だから、お前の妹が二度と退院することがないように、ひとつやふたつ知らしめてやらないとな。一生かけてお前たち二人の人生を可能な限り悲惨にしてやるよ。脅しじゃないぜ、本当に実行するんだから。」

その悪党は着ていた制服をめくり、ベルトに挟まれている短刀を覗かせた。さらによく見ると、本田の胸部には鬼の刺青が彫られていた。健次の心臓が高鳴り、まるで部屋中の空気が見えないポンプで吸い込まれたようにすら感じられた。

息をするのがどんどん苦しくなる。

やがて、本田は軽く舌打をした。「それとも…。場合によっては血を見ることなく済ましてやってもいいぜ。一つ頼みがあるんだが、お前の答えによっては、これまでのことは全部忘れてやってもいい。いい話だと思わねえか?中村」

この思いもよらない取引に、健次はしばし何もまともに考えられなかった。だが、去年に両親を亡くして以来、妹を守り抜くことだけは誓っていた。

「頼みって…何?」健次はやむおえず問い返した。

本田は健次の首周りに腕を回した。まるで旧友でもあるかの如く。そしてささやくように言った。彼の息は酒臭かった。

「面白い話があるんだ。きっと後悔はしねえぜ。今夜、南地区の今は使われていない倉庫に会いに来い。ほら、お前も知ってるだろう、カキ加工工場だったところさ。それから、一人で来いよ、真夜中0時かっきりに。」

彼は内蔵を掴まれるような思いがして、悪い予感に髪の毛の一本ごとが叫びをあげて訴えているようだった。それでも健次は、本田にうなずき返していた。

葵にだけは、もうこれ以上ひどい目には合わせたくなかった。

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