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100回目の転生


 魔王城の最奥にある研究室で、
 いかにもな邪悪系魔法使いの『ラムド』はニタニタと笑いながら、
 魔法陣に、フラスコの中の血を垂らした。

「ひひひひひ、ついに完成、これぞ理論上最高の召喚術……さぁ、どれほど強大な魔物が召喚されるかのう。楽しみじゃ」

 ラムドは、この世界で最高の召喚士。
 種族はリッチ。
 存在値は、驚愕の70(レベルは35くらいだが、最高位の召喚術が使えるので、存在値は高い)を超えている。

 ラムドは、この世界だと、魔王に継ぐ最強クラスのモンスター。
 とびぬけて頭が良かったこともあり、魔王城の宰相を任されている。

 趣味はカスタム召喚魔法。
 様々な方法で、強力なモンスターを召喚して使役する事が唯一の楽しみという変態。
 それがラムド。

 ラムドの趣味は実益を兼ねていて、脳筋バカの魔王がこの世界の半分を支配できるほどの軍勢を持つ事ができたのは、ほとんどラムドのおかげと言っていい。

 彼ら魔物の王は、本当に、ただのクソバカ脳筋。
 存在値90以上と、ハチャメチャに強いのだが、支配や統治に関する才能はゼロ。




 魔法陣が輝いて、グゥっと部屋の圧力が変わる。
 モクモクゥっと紫の煙が上がった。

 すぐに、その煙は霧散していく。
 魔法陣の上に立っていた男は、開口一番叫ぶ。




「もういい! 異世界転生、もう飽きた!」


 ※

「……ひゃひゃひゃ、さてどんな魔物じゃ? 種族はエンシェントドラゴンか? 覇鬼か? って……はぁ? 人間? なんじゃい、失敗じゃ。くそが」


 ラムドはため息をつきながら、背後にある骨のイスに腰をかけた。


 召喚された人間が、「もういい! 異世界~~」などと、なんだか訳のわからん事を叫んでいるが、そんなことはどうでもいい。

 虫けらの叫びなど無視、無視。


 ラムドは、机の上にある本をパラっとめくる。

「何がイカンかったんじゃろう……間違いなく、理論上最高の召喚術式だったはず……」
 頭をぽりぽりとかきながら、
「パールドラゴンの魔眼が腐っとったんじゃろうか……それとも、ハイエルフの羽が足りんかった? ……んー」


 自分の世界に入り込んで唸っているラムド。



 そんな彼を、召喚された人間――『閃(せん)』は睨みつけていた。

(……召喚されたのは何となくわかる。召喚による転生は二十回くらい経験しているからな。……で、こいつが召喚主のはずなんだが……なんで、こいつは召喚したばかりの俺を無視して、鈍器になりそうな分厚い本を読んでいるんだ? これは、なんの放置プレイだ?)

 心の中でブツブツと、

(それはともかく……また終われなかった。もういいっつぅの。何回やればいいんだよ。こちとら、異世界転生には心底から飽き飽きしてんだよ。もう強さも限界まできたし、世界の理(ことわり)について知らんこともほとんどないし、何より、ぶっちゃけ、どの異世界も大差ないし……もう、俺にとってはオワコンなんだよ、異世界転生とかぁ! 飽きたゲームを延々やらされるとか、どんな拷問?!)


 閃は、魔法陣の上で体育座りをして、深いため息をついた。


 そんな閃をとにかく無視して、ラムドは、

「いや、やはり、どう考えても失敗などありえん……少なくとも、人間などという下等種が出てくる事はありえん……どういう事なんじゃろうか……」

 ラムドの心情で言えば、この状態は、一まわし一億円の天元突破神解放ガチャで、ノーマルランクのゴミを引いたようなもの。

 この世界でのラムドの立場は石油王級なので、このメチャメチャ金のかかるガチャも、まだ何度か回せる。
 一応、何らかの失敗をした時の予備として、もう一回分だけならすぐにでも回せるように準備はしてあるので、最悪、もう一度回せばいいだけの話。

 つまり、決して取り返しのつかない失敗ではない。
 が、だからといって、この「人間」を召喚してしまうなどという、わけのわからん失敗は許容できない。


「うーむ、もしかしたら、ただの人間ではないんじゃろうか……見た感じ、なんの魔力も感じんが……」


 そこで、ラムドはイスから腰を上げて、閃の元まで近づき、
「やはり、何も感じん。わしの『サードアイ』で見破れん隠蔽魔法はない。どう考えてもただのカス……うーむ」



(たかがサードアイで見破れるフェイクオーラなんざ使うかよ。そんなもん、なんの意味があるってんだ……あー、しっかし、まいったな。究極超神位の自爆魔法まで使って魂を潰したってのに、結局、終われなかった。ほんと、どうすりゃいいんだよ……どうすれば、俺は終わる事ができるんだ? いったい、どうすれば、この無限地獄から抜け出せるんだよ、くそがぁ!!)



 そこで、ラムドが、閃の頭をコツンと小突き、

「おい、ぬし。何か芸はできるか?」

「……芸?」
「変わった特技は持っておらんのかと聞いておる。……いかんのう。頭も悪いのか」

 やれやれとカブリを振るラムドを見て、閃は頬をヒクつかせる。

(たかが存在値78程度のカスが、ほざくじゃねぇか)

 心の中でそう呟くと、ゆっくり立ち上がり、
「そうだな……じゃあ、こんな 『お遊び』 はどうだ?」

 言いながら、センは、右手の人差指をラムドに向けて、



「――仮死、ランク1000。 ――擬態、ランク1000」



 魔法を使った瞬間、ラムドの心臓は止まる。
 そして、センの姿がラムドそっくりになった。

「ラムド・セノワール……上級召喚士。存在値の世界ランキングは……3位か。存在値80以下で、世界ランキング、トップスリー……はっ。典型的な中級世界(エックス)だな」

 最高位の擬態になれば、ただ姿を変えるだけではなく、脳内をトレースする事もできる。


 センは、ラムドの脳内を探りながら、研究室を出る。



 ちなみに、世界のランクは、上から、
 超最上級世界(通称、アルファ)
 最上級世界(ベータ)
 上級世界(ガンマ)
 中級世界(エックス)
 下級世界(マイナスエックス)
 最下級世界(ダブルマイナスエックス)





「――ほう。今、勇者がこの魔王城を攻めている真っ最中なのか。とんだスクランブルじゃねぇか。……ってか、この召喚士、ナンバーツーの実力者かつ宰相って立場なのに、なんで、その緊急事態をほっぽりだして、ガチャまわして遊んでんだ?」
 エピソード記憶のツリーを揺らしてみると、
「ああ、なるほど。魔王に『戦力を増強した方がいい』と進言して、研究室にこもっていたのか……どうやら、ここの魔王は、ラムドに頭が上がらないらしいな。魔王の存在値は……ん? ……なんだ、この魔王……魔法が使えない? おいおい、剣技しか使えないのかよ。んーーー……だが、それでも90くらいはあるな。……ほむほむ。どうやら自分でその道を選んだらしい。どんだけ脳筋なんだよ。気合い入りすぎだろ」


 赤い絨毯がしかれている長い廊下を歩いていると、

「ラムド様!」

 ラムド直属の配下の一人であるエレが声をかけてきた。
 ムキムキの体形をした、戦士型の吸血鬼。
 ラムドが召喚した者の中ではかなり当たりで、
 存在値は、召喚された魔物の中だと最高の52。


 エレは、目の前までかけてくると、片膝をついて、
「いかがでしたか?」
「ん? あー、召喚の件か? いや、失敗してしもうた。なんも召喚できんかったわい。ひゃひゃひゃ」

 高位の擬態であれば、人格をトレースする事も容易い。
 配下は何の疑いも持たず、

「そ、そんな……ラムド様が召喚を失敗するなんて……」
「それほどの大召喚だったということじゃ。ちなみに、勇者は今、どのへんじゃ?」
「はっ。現在、第六ゲートを突破し、監獄エリアで、サリエリ様と戦闘中でございます」


 サリエリは、存在値75の堕天使。

 魔王軍序列三位。
 世界ランキング12位の最高位モンスター。
 だが、世界ランキング1位の勇者が相手では時間稼ぎしかできないだろう。


(ふむ。監獄エリアの場所は……なるほど、この辺か)
 頭の中で詳細に思い浮かべた魔王城の見取り図と、サリエリについての情報を掘り起こして、
(ラムドの頭の中にある情報から計測するに……勇者の存在値は95~6ってところか。サリエリの能力とは相性も悪いし、こりゃあ瞬殺かな……となると、勇者が王の間に辿りつくまで、あと十五分といった所か)

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