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それぞれの日常3

「まずは一階の途中まで。その後に二階へと上がっていただき、今日はそちらを重点的に案内しようかと」
「ああ、そうなんだ。二階は住まいと仕事場だったっけ?」
「はい。そうで御座います」

 今日は二階の案内。という事は、明日がやっと外なのかな? 急いでないのでそれはいいが、やはりここは広いな。二階の案内も一日では終わらなさそうだが。
 先導するプラタについて行き、長い廊下を進む。こちら側は、昨日進んだ廊下と違って直線が多い。やはりこちら側は対外的な意味合いが強いからだろう。
 逆に昨日進んだ反対側は、侵入者を撃退するのに主眼を置いているので、あれだけ曲がりくねって長かったのだと思う。もしかしたら、進み方によっては一本道ではなくなるとかありそうだ。プラタの話では、あの廊下にも罠が満載だったらしいし。
 実に恐ろしいものだ。何がって、この対外的な方の廊下にも罠が幾つか仕掛けられているのを確認出来たから。
 その確認出来たのは一部だろうし、おそらくだが、これは敢えて分かりやすくしているのではないかと思うんだよな。プラタがボク程度が分かるような罠を設置するとは思えないし。
 そんな事を考えながら廊下を進んでいくが、見た目は然して代わり映えはしない。違いといえば、窓から見える景色や置かれている彫像、飾られている絵なんかが違うぐらいだろう。
 窓から見える景色は、多分庭だと思うもの。地面が芝生かなにかで嘘のように緑色で、少し前までそこには何も無かったとは到底思えないほどだ。
 奥には防壁だろうか? 灰色の壁が在って視界を遮っている。しかしその手前の緑には、色とりどりの花が植えられているので、通る分には退屈しないだろう。窓の近くにも少し植えられているのは、見やすいようにかな? この辺りも何処からか持ってきて植えたのだろう。
 他には特に何も無い。殺風景といえば殺風景なのかもしれないが、以前までの様子を知っている身としては、これでも十分明るいように思えてくる。
 そうやって時々廊下の壁に設けられている窓から覗く景色を楽しみながら廊下を進む事暫し。他の扉よりも大きな扉の前で足を止めたプラタに倣って、ボクも足を止めた。

「この扉の先が二階へと続く階段です」

 そう告げた後、プラタはその大きくて重そうな扉を軽々と開く。その先に三人ぐらいが一緒に上れそうな広い階段が姿を現した。

「では、こちらへ」

 プラタはそう告げると、先に階段を上り始める。その後に続いてボクも階段を上っていく。
 階段は急ではなく、むしろ緩やか。一段一段も余裕をもって造られているので、踏み外す心配はほとんど無い。
 何段だったかは数えていなかったが、そこまで長くは上っていなかっただろう。二階にも大きな扉が在り、そこを潜ると二階へと到着した。
 到着した二階は地味な色の廊下で、昨日通った廊下に似ている。見渡した限りではあるが、窓はなかった。彫刻などの飾りもなく、実に質素なもの。
 その廊下をプラタの後に続いて進む。周囲の部屋の中には、相変わらず誰かが居るのが分かる。それも複数。これもまた、プラタの計らいというやつなのだろう。もう気にしないが、魔力の気配的に、こちらに関心を寄せているのが解るんだよな。
 まあそれはそれとして、ここは居住部分なのだろうか? それとも仕事場? 外向きの部分から上ってきた訳だし、仕事場かもしれないな。
 どんどん進んでいくプラタに続きながら、周囲を観察する。といっても、どれだけ進もうとも何も無い廊下が続いているだけだが。
 しかし、ここは質素な廊下ではあるが、一階と違って直線が多い。一階ほどに罠も多くなさそうだし。まぁ、様々な者達が行き来する場所に罠を大量に仕掛けても惨劇を生むだけだが。
 プラタに付いて廊下を進んでいると、遠くに途中で廊下の色が変わっている場所を発見する。

「途中から廊下の色が変わっているんだね」

 地味な色合いから、やや明るい色合いに変わっている部分を目線で示してプラタに声を掛ける。ずっと無言のままというのも悪くはないのだが、それでは肩が凝りそうな感じだったし。

「はい。あの色が変わっている部分から先が居住部分で御座います」
「そうなんだ。という事は、あの色の部分は全部居住部分って事?」
「はい。そうです」

 そうなると、ここから見えない部分でも、あの色を目印に仕事場か居住部分かを判断すればいいのか。

「ここには誰が住んでいるの?」
「ここで働く者達が。種族は様々ですが、二足歩行の種族が比較的多いです。異なる形態の種族に対応するように造るのは手間がかかりますので、近しい形態の種族を集めました。更にはその中でも、常識や生活習慣などがある程度似通っている者達を選抜しております。ここに選ばれなかった者達も、別の場所で同じように近しい者達を集めて仕事をさせております。ああ無論、ここで仕事をさせている者達は、第一に信用が置ける者を選抜しておりますので、御安心ください」
「そうなんだ。ここでの仕事って?」

 細かい事はもう気にしないようにしつつ、気になった事を問い掛けた。
 それにプラタは、前を向いて移動しながらも、はっきりと聞こえる声で答えてくれる。決して大きくはないのに、不思議とよく聞こえる声だ。

「特別な事は何も。まずは建物の警備ですが、これは駐在している兵士達が専門で当たっております。他は国の運営に必要な書類仕事などを一部こなしております。ですが、もっとも重きを置いているのは、情報の保管や管理です」
「情報の保管や管理?」
「はい。まだ多くは在りませんが、各種族や街の管理記録に収支の記録、他にも貴重な情報や歴史などを保管しております。それらが盗まれないように警戒したり、いつでも読めるように記録媒体の状態を維持するのも仕事の内です。あとは口伝を紙に記録したり、嵩張る竹簡や木簡などを統一した形式で紙へと写したりもしておりますね」
「そうなんだ。色々としているんだね」

 引き続きプラタから話を聞くと、思った以上に忙しそうであった。そんな中でも部屋の中からこちらに気を向けているという事は、それでもまだまだ余裕なのかもしれないな。

「他にも、各方面から得た情報の解析などもさせておりますが、こちらは得手不得手がはっきりでてしまいますから、どうしても人手不足ですね」
「ふむ、なるほど。死の支配者の情報は何か判ったの?」
「いえ。そちらはまだ・・・ああいえ、一つもしかしたら関与しているかもしれない情報がありました」
「それは?」
「海に住む種族からの情報なのですが、どうやら海の守り神とされていた存在が殺されたそうです」
「海の守り神?」
「はい。名前は無かったようですが、海に住まう種族達の間では、海の守り神として敬われていた存在です。しかし、海の守り神と呼ばれ敬われていましても、実体はただ海に浮かんで揺蕩っていただけの巨大生物でして、海を護っていたという訳ではありません」
「ただ大きかったから崇められていたって事?」
「それも在りますが、その巨大生物は近づく者を捕食するという性質を持っていましたので、畏れも在ったのではないかと。それに、その性質を利用して敵をおびき寄せて退治してもらっていた事も在ったようです」
「なるほど。忌憚なく言えば、つまりは神というか、便利で厄介な掃除屋だったという訳か」
「はい。ですが、その強さは確かだったようで、海の種族の中に海の守り神に勝てる者は居なかったようです」
「戦ったの? 海の守り神と崇めていたのに?」
「その巨大生物は海を揺蕩っていただけですので、時折集落に近寄る事も在ったようです。その際に仕方なく戦ったそうです」
「なるほど」
「その戦闘では、誰一人として近づく事さえ叶わなかったようです」
「ふむ」
「これはあくまでも私見ですが、強さで言えば、迷宮都市を構築していた巨大生物と同等か、少し上ではないかと」
「なるほど。・・・そして、両方近づく者を捕食する存在で、自らの意思で何かするといった感じではないと。共通点というには弱いだろうが、それでも同じ巨大生物が討伐された事になるのか」
「はい。ただ、まだ死の支配者側の仕業とは決まっておりませんが」
「なるほどね。プラタはそこは把握していなかったの?」
「管轄外と申しますか、海は独特の魔力の流れをしておりますので、把握し難いのです。それに海は外側にも続いていますので、全容を把握するのは今の私では困難でして」
「なるほど。海はなんで魔力の流れが違うの?」
「海では別の魔力を発生させている何者かが居るようでして」
「ん? 魔力はプラタ達妖精が生み出しているんじゃないの?」
「はい。確かに魔力を生み出しているのは我ら妖精ではありますが、海の中に住まう何者かは、その魔力を取り入れて変質させた後に放出しているようでして」
「なるほど。それは今も?」
「はい。ただ、多少和らいだような感じもしています」
「ふーむ。それはいつから?」
「そうですね・・・前兆がありましたのが数年ほど前かと」
「ああ、そうなんだ。てっきりその海の守り神とやらの仕業かと思ったけれど、数年前からじゃ違うか」
「はい。海の守り神が殺されたのはつい最近のようですから」

 であれば、海の魔力を変質させていた者は別に居るのだろう。それが今は薄くなっているという事は、その者が居なくなったのか、変質するのを止めたか、規模を縮小したかだろう。

「しかし、そんな存在が居るのか」

 魔力を変質させるのは不可能ではないが、それをプラタでも感知が難しくなるほど広域にとなると話が変わってくる。
 もしかして単体での仕業ではないのかもしれない。それでその数が減った事で和らいできたのかもな。

「そういえば、海の魔力は変質していたという話だったけれど、そこに住んでいた海の種族達は大丈夫なの?」

 変質した魔力の中で過ごしてきたというのであれば、それに適した身体になっているだろう。海から直接持ってきているという水の中であれば問題ないだろうが、陸上にも交流しに来ているというし、大丈夫なのだろうか。それとも、例のプラタの創った魔法道具でその辺りは何とかなっているのかもしれない。

「はい。海の中は濃淡が様々でしたから、比較的変質した魔力の影響が少ない地域から連れてきておりますので、その辺りは問題ありません。念の為に陸上に上がる際に魔法道具での補助もしておりますので、何事も起きないかと」
「そっか。それならばいいけれど」

 せっかく移住してきたのだ、問題は起きない方がいいに決まっている。
 それからも居住区画を見て回ったが、小さな変化は在っても大きく違うところは特に無かった。
 相変わらず誰とも会わなかったが、一日掛けて二階も半分の半分ぐらいは回れたと思う。聞いた話では、この建物は中央に部屋が集まり、廊下はその周囲を回るように円形状に設計されているらしい。そして、今回見て回ったのがその片面の中ほどだとか。
 まぁ、廊下が円形状に設計されているとはいえ、ボクの部屋が在る地下へと続く道に関しては例外らしく、あの区画は一部中央に部屋が無い代わりに、その部分に廊下が入り込んでいるので、あんなに複雑に折れ曲がっているのだとか。
 そんな説明を受けながら食堂に移動する。今日も昼は休憩無しで進んだので、お腹がペコペコだ。せめて朝食ぐらい食べてくればよかったな。失敗した。





 移動した食堂で出された料理は相変わらず美味しい物であった。今回は蒸し料理というやつだったらしい。
 料理に関してはよく分からないが、美味しかったから何でもいいや。量もそれなりに在ったので、満足だ。そういえば、今回も料理を運んできたのはシトリーだったな。
 夕食を終えた後、少し食休みを挿んでから食堂を出る。昨夜同様に広い食堂だったが、誰も居なかったので何だか寂しかった。
 今日はまだやや早いので、もう少し拠点内を案内してもらう。

「大浴場? 二階に?」

 廊下を歩きながら説明されたプラタの言葉に、驚きと共に問い返す。しかし、足を止めたプラタは振り返ると、首を横に振る。

「いえ。大浴場が在りますのは一階です。ただ、大浴場には二階からでなければ入れないというだけです」
「そうなんだ」
「御案内致しましょうか?」
「うーん・・・そうだね。興味はあるかな」

 大浴場というからには大きいのだろう。地下に自分用の大きなお風呂場が在るが、あれを除けば、実は大きなお風呂場というのは見たことがない。
 もう機会は無いかもしれないが、もしも自分で浴室を創る機会があった場合の参考にしたい。
 浴場というのは、単純にお湯を溜める箱を用意すればいいだけではあるが、それでは面白みがないだろう。
 何処かで読んだ話でしかないが、お風呂場を飾って芸術とやらに昇華させる者達も居るとか。そういったものは王侯貴族が所有しているらしいが、そちらも一度は見てみたいものだ。
 まぁ、別にお風呂造りにそこまで情熱を傾けている訳でもないので、無理なら無理で諦めるが。

「では、こちらへ」
「よろしく」

 そう言うと、プラタは進路を変える。
 廊下は基本的に部屋の外側を通っているが、中には部屋の間を通っている細い通路も在った。今プラタが通っているのは、そんな廊下の一つ。
 そこは人が頻繁に通る事を想定していないのか、道幅は二人分ぐらい。すれ違うことが出来る程度の広さだ。
 そんな横道の様な廊下に入ると、明かりを灯す魔法道具の数が一気に減って少し暗い。相手の表情は見えるだろうが、どことなく不安を感じさせる薄暗さだな。
 廊下の床は木の板が敷いてあるが、軋む音はほぼしない。その代りに木の板を叩く足音が、奥へと吸い込まれていくように小さく響いていく。
 その廊下の終点である扉の前に到着したのは、廊下を進んでどれぐらいだろうか。意外と長かったような気もするし、そうでもなかったような気もする。
 辿り着いた扉は、薄暗い廊下の先に在るには場違いなまでに明るい色をした扉で、仮に明るい場所で前に立ったのであれば、多少は気分が高揚したかもしれない。
 しかし、現在は薄暗い廊下。そこに在ると何だか怪しい感じがしてくるのだから、不思議なものだ。
 キィという高く小さな音が響き、プラタが扉を開く。
 扉の先は少し広くなっており、そこから通路が幾つかに分岐していた。

「あの通路の先が大浴場へと繋がっております」
「幾つも通路が在るのは?」

 二つだったら男女で分かれているのだろうなとは思うが、数が多いので問い掛けてみる。

「主に種族によって通路が分かれております。似たような姿形の種族を集めておりますが、全て同じという訳ではありませんので、種族に合わせて脱衣所や浴室を変えております」

 その説明を聞きながら通路の方を見ると、様々な絵が入り口付近に描かれているのが見えた。あれで各種族を案内しているのだろう。

「ただ、ある程度は一ヵ所に集められるように、広い浴場に浴室を幾つも用意し、浴槽に張るお湯の温度や水質などを様々に変えて用意しております。その影響で、浴槽自体の大きさは全体的に小さめですね」
「なるほど」

 頷きながら、他種族の共生というのも難しいものなのだなと感じた。確かに生態が違うと適した環境というモノが異なってくるからな。
 そんな違いを理解しているのは、流石はプラタといったところか。
 説明を受けた後、一つの通路から浴室へと案内してくれる。

「この通路は?」
「あの地下への部屋を護っていた者と同じ種族が使用する通路です」

 少し広めの廊下に問い掛けると、そう答えが返ってきた。それで思い出す、あの肥大した筋肉の塊のような立派な体格を。
 他の者達もあれだけ立派な身体であれば、これだけ広いのも当然かと、納得がいった。むしろ狭いのではないかと少し心配になったが。
 通路は緩やかな下り坂になっていたが、長さは短く、直ぐに広い部屋に到着する。どうやらここは脱衣所のようだ。この辺りの造りは同じらしい。
 それから誰も使用していない脱衣所を経て浴室に入る。
 流石に大浴場だけあって浴室は広かったが、使用している者達は居ない。夜遅いからだろうかと思ったが、もしかしたらプラタが先に手を打ったのかもしれないな。もしそうであったとしたら、申し訳ない事をしてしまった。もう少し考えて発言するべきだったか。
 しかし、もうここまで来てしまったのだ、折角の機会だからと頭を切り替えると、観察するべく浴場に目を向けた。
 浴室の広さは、地下に在るボク個人用のお風呂よりも断然広い。あちらもかなり広かったが、利用人数を考えればこちらの方が広いのは当然だろう。
 その広い空間に、様々な浴槽が並んでいる。
 例えば、同じ大きさの四角形の浴槽が並んでいる区画だが、見るからにお湯の色が違う。無色だけではなく、青に赤に黄に緑と様々だ。中には毒々しい色も在るが、あれは水質が異なるのだろうか? それとも温度かな? 詳しくは分からないが、何かしらの違いがあるのだろう。ただお湯の色が違うだけという訳ではないと思う。
 他にも、円形状の一人用の湯船が並んでいる場所も在った。その、まるで落とし穴を補強してお湯を張ったかのような見た目は少し面白かったし、あれは狭くて落ち着きそうだ。入ってみたい。
 考えてみれば、手足を伸ばすのは何も横に限った話ではないんだよな。あれだと場所もそんなに取らないし。あとは深さがどれぐらいか気なるところ。足を下につけた時に顔がお湯から出ていないと呼吸が出来ないからな。
 そんな変わった浴槽だけではなく、一際大きな浴槽も在る。とはいえ、ここは大浴場。大きな浴槽が在ってもおかしくはないか。
 壁際には壁の高い位置に設置された筒からお湯が出ている打たせ湯なんてものまで在るし、別の場所には部屋のように区切られた部分も在った。プラタに尋ねると、それはどうやら蒸気で入るお風呂のようだ。
 本当に様々な種類のお風呂が在るが、色々と混ざっているからか、においは少々独特だ。まぁ、気分が悪くなるようなにおいではないので問題はないが。
 それにしても、お風呂場に服を着て入るものではないな。湿気で何だか気持ち悪い。
 とりあえず一通り見たので、もういいだろう。装飾は幾つか気になる部分もあったが、それは後で訊けばいい。今は直ぐに出たい気分だ。
 それに、もしかしたら入浴を中断させてしまったかもしれないからな。ボクがここを出たらまた入る者も居るだろう。
 プラタに満足した事を伝えると、浴室を出る。
 それにしても、あんな広い浴室が造れるというだけでも、ここの広さが解るというもの。
 そんな今更な事を思いながら、部屋を囲むように延びている外周の廊下に戻った。
 窓が無いので外の様子は分からないが、時間的には夜中なので、今日はもう自室に戻る事にする。

「それでは、安全に転移が可能な場所まで御案内致します」
「お願い」

 プラタの言葉に頷くと、廊下を移動していく。暫く進むと、プラタが一つの扉の前で立ち止まった。
 その扉は他の扉と見た目が同じで、扉と扉の間隔も同様なので、何か目印でもなければ迷ってしまうだろう。
 しかし、プラタは迷うことなくその扉を開き、中に入って横に逸れる。
 プラタに手振りで勧められるままに中に入ると、そこは昨日転移した部屋同様に狭い部屋。外観の扉の間隔から予想していた広さに比べればあまりにも狭いので、その分両隣の部屋が広いのかもしれない。
 部屋の中に入ると、プラタが扉を閉める。しかし、それ以上の動きはない。

「?」

 てっきり昨日と同じく転移装置を部屋に設置するのかと思っていたのだが、プラタは扉の前に立ったまま動く様子がない。

「転移装置を設置しなくていいの?」

 なので、そう尋ねてみると。

「今回はご主人様が転移装置の片方を御持ちの様ですので不要かと存じましたが、設置いたしますか?」
「ああ、そういえばそうか」

 自分の転移装置を持ってきていたのをすっかり忘れていた。それにしても、よく分かったな。
 まだ初期段階の転移装置なので、起動させていない時は繋がっていないのだが。流石は妖精という事なのかな? 魔法道具は起動していなくとも僅かに魔力が出ているとも言われているからな・・・まぁ、単なる噂の様なものなのだが。
 その辺りは不思議だがまあいいか。そろそろ眠くなってきたし、さっさと転移して自室に戻るとしよう。

「それじゃ、また明日」
「はい。御待ちしております」
「うん。まぁ、ほどほどにね」

 何を言ってもずっと待っているのだろうなと思ったので、それだけ言って転移装置を起動させる。
 まだ調整段階の転移装置だが、それでも問題なく起動するのは確認済みなので、普通に使用する分には問題ない。それに、行き来する際の起点となる両方の部分の安全は守られているので、それなりに気楽に使えるのがいいな。
 一瞬の浮遊感と意識の漂白を感じながらそんな事を思う。そして、それが元の感覚に戻った時には、地下の最下層に設置していた転移装置前であった。
 さ、早く上の階層に上って自室に戻るとするか。眠気というのは抗いがたいほどに強いようだからな。これは中々慣れない感覚だ。
 そんな事を欠伸交じりに思いながら、自室に到着する。
 思考が鈍っているのが自分でも分かるほどに考えがまとまらない。今日はやることも無いし、もう寝るとしよう。明日こそは外に出られるといいな。まだ建物の案内は途中だが。・・・ああ、本当に思考が上手く回ってくれない、な・・・。





「貴様が真なる魔王か!?」
「ふむ?」

 何処かの戦場跡といった場所で、剣を構えた少年がそう叫ぶ。
 そこは大小様々な穴の開いた地面に、淀んだ空。つい先ほどまで戦闘があったのを物語るように、焼け焦げて地面に転がる木からは未だに白煙が立ち昇っている。
 そんな場所で叫んだ少年は、白銀に輝く美しい鎧で全身を包み、顔は鎧と同じように美しい兜に覆われていて見えない。そのため声も籠っているが、それでも少年だと分かる不思議な声音であった。
 その少年の身長は高く、百八十センチメートル後半。手に持つ剣は幅の広い長剣で、神々しい光を放っている。その汚れを感じさせない装備は、荒れ果てた周囲とはあまりにも不釣り合いに思えた。
 少年以外にも、その場には女性が三人少年に付き従っている。
 一人は深い藍色の外套で全身を覆い、鍔が広く頭の先が尖った同色の帽子を被っている。ところどころ服装に汚れが目立つが、他の二人に比べれば綺麗な方。手には捻じれた杖を把持していた。
 残りの二人の内一人は、身体の線を主張するようなぴっちりとした全身を覆う服を着込み、更には手袋までしているので、本来であれば顔以外に露出している場所は無かったのだろうが、今はところどころが破れて白い肌が見えていた。そこには傷痕もあるが、どれも深いものはないようだ。そして、その服の上からはボロボロの藍染めの貫頭衣を着用している。
 その貫頭衣には何かの模様が描かれているが、何処かの宗派の神官なのだろう。頭には冠の様な帽子が載っていて、細身の身体の割に重そうな槌を片手で軽々と持っていた。
 最後は打って変わって露出狂か何かかと疑いたくなるほどに露出の激しい女性。
 胸元と腰回りしか覆っていない鎧を着用していて、片手に剣を握りしめているが、反対側の手には壊れた円盾が握られている。
 そんな軽装なので、やはりというか全身傷だらけ。だが、こちらも深い傷は無さそうであった。
 しかし、その軽装の女性は何故だか頭だけすっぽりと覆う頑丈そうな兜を被っているので、一人だけ明らかに異質な見た目をしていた。
 そんな一団の先頭で、少年は油断なく剣を構えながら、再度声を張り上げて問い掛ける。

「お前が本当の魔王かと訊いている!?」

 少年が敵意むき出しに問い掛けた相手は、少し離れたところで転がっている惨殺された骸に目を向けた。
 その骸は切り刻まれて欠損が激しく、それでいながら炙った様な痕や、電流でも流れたかのような焦げた痕が散見される。他にも色々と見るに堪えない傷痕が付いているが、ご丁寧に頭まで胴体から切り離したようで、骸から離れた場所に炭化した丸い塊が確認出来た。
 それらを見た後、問われた者は、問うた少年の言葉と周囲の状況から、転がっている骸が魔王だったモノで、少し前まで激闘を演じていたのだろうと推測する。そして戦闘が終わったところで突然自分が現れたものだから、先程の問いを行ったのだろうと。

(しかし、何故いきなり真なる魔王という結論に辿り着くのか)

 先程の少年の問いを思い出して、問われた者であるオーガストは、その思考回路を少々不思議に思った。

「黙っていないで答えたらどうだ!?」

 オーガストが周辺の状況を確認していると、苛立たしげに少年が怒鳴る。戦闘が終わって間もないから気が立っているのだろう。

「まぁ、面白い発想だとは思うが・・・」

 そこまで口にして、オーガストは急に興味を無くしたかのように少年に背を向けて歩き出す。

「お、おい! 何処へ行く!?」

 突然の行動に、少年は慌てて声を掛ける。まだ敵とは決まっていないからか、即座に斬りかかるような事はしないらしい。
 その声にオーガストは面倒そうに立ち止まると、一度魔王の骸に目を向けた後に少年達へと視線を向けて、一瞬考える。

「・・・そこまで余興を見せたいというのならば、少し付き合ってもいいか」
「余興だと?」

 オーガストの呟きに少年が反応して、問うでもなく訝しげに言葉を零した。
 その言葉に、オーガストは唇の端だけ歪めて愉悦を滲ませると、少年達の視線を誘導するように大きく顔を動かして魔王の骸の方へと向けた。
 その芝居じみた大きな動きにつられて、意図したとおりに少年達が魔王の骸へと視線を向けると。

「な、なんだと!?」
「ッ!!」
「え? 確かに倒したはず・・・」
「・・・貴様!? 一体何をした!?」

 オーガストの視線の先で立ち上がった魔王に、少年達は一様に信じられないといった表情を浮かべた。
 しかし直ぐに我に返った軽装の女性が、オーガストへと怒鳴りつける。その大声に、他の三人も問うようにオーガストへと顔を向けた。

「余興に付き合うと言っただろう? だからその相手を用意したまでさ。大丈夫、以前よりもちゃんと強化しているから、同じ結果にはそうそうなるまい」
「なっ!?」
「ああ、勿論君達の傷と疲労も癒すよ。でなければ余興にもならないからね。それだけではなく、装備や服もちゃんと元通りにしておこう」
「お前は一体・・・」

 オーガストの言葉の終わりと共に傷が癒え、疲労が抜け、服や装備が元の綺麗な状態に戻る。それを見て感じた少年達は、目の前で起こった事が理解出来ないといった表情をオーガストに向ける。

「さぁ、舞台は整った! では、早速余興を始めようか。せいぜい楽しませてくれよ?」

 その期待していないという感情がありありと伝わってくる声音で告げられた開始の合図に最初に反応したのは、生き返り、少年達同様に傷を癒されたばかりの魔王であった。

しおり