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7話 コンビネーションパンチ

「やったやった! 僕、初めて試合で勝ったよロイムっ!」

 嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね廻るカトル。
 よっぽど嬉しかったのだろう、あんな笑顔を見るのは初めてだ。そして可愛い。

 喜んでいるカトルとは対照的に、ロワード側には険悪なムードが漂っていた。

「ハワード、あんな女男にやられるなんて、この恥晒しが」
「ご、ごめん兄さん。でも、息が苦しくて、立っていられなかったんだ」

 取り巻き達も、逃げ回ってばかりでまともに打ち合わなかったカトルの戦い方を非難する声を上げている。
 それに同調するギャラリー達も多かった。

 そんなのは知ったことか、あれは紛れもなくカトルの勝利だ。
 パンチをきっちり当てて倒したのだから、あれは紛れもないダウン。
 その後ハワードはテンカウント以内に立ち上がれなかったのだから、れっきとしたカトルのKO勝利だ。
 まあそれも、現代ボクシングの話ならではあるが。

 兎に角、敗者の言うことなんて気にする必要はない。
 俺はカトルによくやったなと言うと、カトルはお礼を言いながら俺に抱きついてきた。
 なんか知らんがドキドキするぜ。

 そうこうしていると、ロワードがイラついた表情で俺の方へ近づいてきた。

「あんだけの啖呵を切ったんだ。まさか、おまえはやらねえとか言わねえよなロイム」

 自信満々に送り出した弟が、舐めてかかっていたカトルに負けたのだ。
 兄であるロワードは面目丸潰れである。
 なんとか挽回する為に、俺にその矛先を向けてきたわけだ。

「いいぜ、元からそのつもりだったんだろ?」

 俺は、ロワードの誘いに乗ってやることにした。

 勿論、無視しても良かったのだが、ギャラリーの期待が俺達に向いているのもある。
 なにより、俺自身が試合勘と言うか、人と拳を交える感覚を取り戻したいと言うのもあった。


 と言うわけで、準備を終えると第二試合。
 俺とロワードの練習試合となった。

 直前にカトルが俺に忠告してきた。

「ロイム、きっとロワードは最初から全力で来ると思うよ」
「ああ、そうだろうな」
「ロイムっ! 舐めてかかったら危険だよ。ああ見えてロワードは年上の拳闘士に練習試合で勝ったこともあるんだからね」

 へえ、そうなんだ。意外にやるんだなあいつ。

 俺は、カトルの忠告を一応ちゃんと聞いた振りをするとリングの中央へと向かった。
 ロワードは既にリング内で素振りをしながら体を温めている。
 そのパンチを見て俺は、なるほど弟よりは出来るようだなと思った。

 一応、ロワードの右は様になっていた。
 所謂、右ストレートである。
 きっちりと、足を踏み込み腰を捻りながら前に押し込む動きは、ちゃんとしたストレートパンチであった。
 だが甘い。明らかに練習不足であることが見て取れる。
 あれだったら、フットワークを使わなくても容易に躱すことは可能だと俺は判断した。

 まあ、フットワークの練習なんてしてないから、ロイムの身体では無理なんだけどね。

 ロワードが素振りをやめるとお互いリングの中央で向かい合って立ち、レフェリーの掛け声と共に試合が始まった。

 予想外に始めはお互い睨み合う状態となった。

 ロワードもお手本通りのアップライトの構えなのだが、俺のことを見据えたままピクリとも動かない。
 まずは俺がどういう風に出るのか様子見といった所だろうか。

 俺もカトルと同様、ピーカブースタイルの構えを取っている。
 元々の俺のボックススタイルは、インファイトでもアウトファイトでもない、どちらかと言うとミドルレンジで打ち合うのを得意としていた。
 インファイトベタ足で打ち合う程のパンチ力もないし、アウトボックスで戦えるほどのスピードとセンスもなかった。
 丁度いいのがその中間だったと言うだけである。

 しかし、ロイムの身体は同年代の奴らよりも小柄である。
 体が小さいという事は、当然腕のリーチも短くなる。
 俺よりも身長が高く腕の長いロワードと中距離で打ち合うのは愚の骨頂だった。

 フットワークを使うアウトボックスが比較的安全ではあるのだが、当然そんな練習はしていないので出来ない。
 結局は相手の懐に飛び込んでのガチンコ勝負。
 インファイトに持ち込むしかないのだ。

 この野郎……それをわかってやってるのかどうか知らないが、中々に賢いじゃねえか。

 俺とロワードが睨めっこを続けているのでギャラリー達はブーイングを始める。

「いつまで見つめ合ってんだよっ! いい加減打ち合えよ!」
「ロワード! おまえもロイムと一緒で口だけなのかあっ!」

 言いたい放題である。

 しょうがない、ここは意を決して俺の方から飛び込むか。

 俺は身体を上下左右に揺らしながら的を絞らせないようにして、ジリジリとロワードへと近づいて行った。
 そしてロワードの間合いに入った瞬間、右拳が飛んでくる。

 意外に鋭い!

 俺はガードを固めるとロワードの右ストレートを腕に受けて真後ろにふっ飛んだ。

 なんとか踏ん張って尻餅を突かないようにする。
 すると、ポタポタと俺の足元に赤い点が見えた。
 どうやらガードの上から鼻を潰されたらしい、意外に良いパンチを持ってやがると俺は感心した。
 これは舐めてかかると痛い目を見るのはこちらだと、俺は気を引き締める。

 ロワードのパンチがヒットしたことによりギャラリー達はヒートアップ。
 気を良くしたロワードは一気に俺との間合いを詰めると、右拳の弾丸の雨を降らせてきた。
 ガードの上からでもお構いなしに滅多打ちにしてくる。
 俺がガードを固めて亀の様に丸くなっていると、ロワードが笑いながら言った。

「弟のように息切れを待っているなら残念だったな! 俺はあいつみたいにヤワじゃないぜっ!」

 そう言って、さらに拳を打ちつける速度を上げてくる。

 俺は至って冷静だった。
 この痛み、この感触、久しぶりに帰って来たんだと、なんだかそんな感慨に耽るくらいには余裕もあった。

 そして、ようやく慣れてきた。
 ロワードはストレートばかりで変則的なパンチが打てない。
 こんな直線的なパンチをずっと見せられていたら、嫌でも目が慣れるってもんだ。

 ロワードが溜めに入った。
 渾身の右ストレートをお見舞いするつもりなのだろう。
 俺は真っ直ぐに向かってくる右拳に額を這わせるように屈みながら前進する。

 ストレートを打ち終わったロワードの右顎はがら空きであった。
 そこにジャブを叩きこむとロワードは仰け反り、盾である左ガードが下がった刹那。

 俺の右ストレートがロワードの顎を撃ち抜くと、ロワードはそのまま膝を突きキャンバス(地面)に沈むのであった。

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