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第51話 死神ちゃんと破壊者達

 死神ちゃんは〈|担当のパーティー《ターゲット》〉を捕捉すると、顔をしかめた。というのも、吟遊詩人と思しき冒険者が熱心に発声練習を行っていたのだ。
 死神ちゃんはポーチをごそごそと漁ると、おやつに食べようと用意してあったマフィンを取り出した。それをほんの少しだけちぎると、冒険者の眼前に逆さまの状態で急降下した。そして、大きく開いた彼の口の中に放り込んでやった。

 目を白黒とさせてむせ返る彼の背中を擦ってやりながら、死神ちゃんは意地悪い笑みを浮かべて言った。


「どうだ、すごく美味いだろ。マッコイ特製のマフィンは」

「うえっ……ゲホッ……マッコイって、誰……」


 死神ちゃんは〈あ、やばい〉というかのような表情を一瞬浮かべると、それを苦笑いでごまかした。吟遊詩人は目じりに涙を浮かべてゼエゼエと息をつきながら、ゆっくりと切れ切れに言った。


「ていうか、人が声を出している最中に、食べ物を投げ込むのは、危ないでしょう。これのせいで、喉を痛めてたら、どうしてくれるんですか。――ていうか、マッコイって誰なんですか?」

「いや、別に、それは忘れてくれていいから」


 依然苦笑いの死神ちゃんに、吟遊詩人はにっこりと笑った。そして、手を差し出すと朗らかに言った。


「ちなみに、凄まじく美味しかったです。なので、もっとください」

「嫌だよ! これは、俺の大切なおやつなんだから!」


 笑顔を保ったまま〈よこせ〉と言わんばかりに手を近づけてくる吟遊詩人を睨みつけると、死神ちゃんは腰につけたポーチを庇うように両手で隠した。吟遊詩人はチェッと口を尖らせると、地面に広げた楽譜の数々を片付け始めた。
 死神ちゃんは首を傾げて楽譜を眺めながら、吟遊詩人に尋ねた。


「何でダンジョン内で声出しなんてしてたんだよ。そんなの、地上でやればいいだろう?」

「地上でも出してきましたよ。会場に近づいてきたので〈慣らし運転〉をしていたんです」

「会場?」


 死神ちゃんが顔をしかめさせると、吟遊詩人はニコリと微笑んで頷いた。
 吟遊詩人の中でも歌を得意とする〈トルバドゥール〉達の歌う歌には、楽器演奏者である者が奏でる曲同様に不思議な力が宿る。仲間に力や癒やしを与えるということはもちろんのこと、破壊をもたらすものもあるのだとか。本日はその〈破壊の歌〉に特化したコンクールが行われるそうで、演目が演目なだけに会場がダンジョン内に設定されたのだという。


「ボランティアの魔法使いさん達の混乱魔法で動きを制御したゴーレムの前に立って、自慢の〈破壊の歌〉を披露するんです。見事ゴーレムを破壊できたら合格。ゴーレムに殴り殺されたら失格で、生存者が一人になるまでそれを繰り返すんです」

「随分と物騒でえげつない審査方法だなあ!」


 素っ頓狂な声でそう言う死神ちゃんに、吟遊詩人はあっけらかんと「面白いでしょう?」と答えた。死神ちゃんは呆れ顔で溜め息をつきつつも、観覧希望を申し出た。

 会場につき、吟遊詩人が受付をしている横で、死神ちゃんは参加者をざっと見渡した。会場内には同僚が数名、所在なさ気に浮遊していて、死神ちゃんは〈これはもしや、無駄に残業させられる案件なのでは〉と薄っすらと思い、頬を|強張《こわば》らせた。

 コンクールが始まると、参加者が次々にミンチにされていった。冒険者の残骸をボランティアの僧侶達が淡々と救護テントに運び、蘇生させては〈失格者席〉に座らせていた。
 あまりのえげつなさに死神ちゃんが顔をしかめさせていると、フードを目深に被りマントで身体を覆った冒険者がステージに現れた。


「聞いてください。〈愛する尖り耳に捧げる小曲集〉より、マイフォーエヴ――」


 |彼《・》は歌う前にスプラッタにされた。主催者の一人が傍らに転がった刀を見るや否や「部外者が参加側に混ざってたぞ! 蘇生し次第、つまみ出せ!」と叫び、|彼《・》はスタッフ数名に囲まれて丁重に会場から追い出されていった。


「どうやって混ざりこんだんですかね、彼」

「さあ……。でも、あいつのあの歌は、正直破壊力あるんだよな。昔聞いたことあるけど、実際、破壊されそうになったよ。――精神が」


 追い出された|彼《・》を不思議そうに見つめながら首を傾げさせる吟遊詩人に、死神ちゃんはそのように返した。荒みきって何も映していない瞳で死神ちゃんが溜め息をつくと、ちょうど、何事もなかったかのように「続きまして」とアナウンスが入った。死神ちゃんのとり憑いている彼の番が回ってきたようで、彼は自身の両頬を軽く叩いて気合いを入れるとステージに登壇した。

 彼が歌う曲はとあるオペラの一曲だった。登場キャラクターの恨みつらみの篭った一曲で、本来は女性が歌う超絶技巧曲だった。――どうやら彼は、女性の音域も難なく歌い上げることの出来る〈カウンターテナー〉という声色の持ち主らしい。
 彼は女性でも歌い上げることが難しいとされるその曲を堂々と、そして表情豊かに歌っていた。曲に込められた恨みつらみや殺意もしっかりと表現されていて、それが〈破壊の歌〉としての役割をきちんと担っていた。
 感心の眼差しでステージを見つめ聞き入っていた死神ちゃんだったが、おもむろに会場全体に視線を向けると顔をしかめた。


「なあ、なんか、ミシミシって音がしないか?」


 死神ちゃんはしかめっ面を浮かべると、近くにいた同僚を見上げた。ステージの彼が装飾音を華麗に歌い上げ超絶技巧を見せつけるたびに、会場のここそこからミシミシという音がするのだ。同僚もそれに気がついていたのか、小さく頷いた。そして、眼窩に灯る炎のような瞳を不安げに揺れ動かすと、同僚は顎の骨をカタカタと動かした。
 本来、冒険者と死神は意思疎通が出来ない。だから、彼の言葉は死神ちゃんにしか届いていない。その〈自分にしか届いていない言葉〉に、死神ちゃんは眉間のしわを一層深めて「マジかよ」と呟いた。

 死神ちゃんが勢い良く会場の壁に視線を向けたのと同時に、ゴーレムと石造りの壁とが一斉に崩れ落ち、会場はパニックに襲われた。壁の内側から溢れだした緑の補修液に飲まれ、冒険者達は次々に〈スライムの藻屑〉となっていった。
 叫び声を上げながらスライムに押し流される死神ちゃんの頭上に、先ほどの同僚がふよふよとやって来た。


「おい、何で見てるだけなんだよ! 助けろよ!」

「前もって対処できるように、冒険者達が〈破壊の歌〉を歌い続けているせいで壁までもが崩れ落ちそうだっていうのは、ちゃんと伝えただろうが。俺様ってば、やっさしー!」

「優しいなら助けろよ、鉄砲だ――まアアアアアアアアアア!?」


 鉄砲玉が手を差し伸べたのと同時にスライムの流動速度が速まり、死神ちゃんはあっという間に鉄砲玉の視界から消え失せた。鉄砲玉はボリボリと頭をかくと、そそくさと壁の中へと消えていったのだった。




 ――――このあとすぐに会場付近は立ち入り禁止となり、修復課が徹夜で被害箇所に応急処置を施しました。もちろん、後日ダンジョンの入口に〈集団で破壊の歌を歌うべからず〉という看板がギルドの手により建てられたそうDEATH。

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