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第47話 死神ちゃんと発明家

 死神ちゃんは大きなあくびをひとつすると、膝に肘をついて頬杖しながらぼやいた。


「なあ、いい加減、祓いに行くか死ぬかしようぜ。俺、退屈すぎて眠たくなってきたんだけど」


 しかし、目の前のドワーフに死神ちゃんの言葉は届いてはいなかった。彼は必死に石組みの壁の目地のところどころにある穴を覗いては「ここじゃない」「これでもない」とぶつぶつ言っていた。死神ちゃんは盛大に溜め息をつくと、眠気のせいで〈ぐずつきモード〉に突入しそうなのをごまかすかのように頭巾を跳ね飛ばし、そして頭をかきむしった。



   **********



 死神ちゃんが〈|担当のパーティー《ターゲット》〉の元にやってくると、それと思しきドワーフが必死に壁に張り付いていた。一体何をしているのかと首を傾げつつ、死神ちゃんはドワーフを少しばかり観察していた。すると彼が必死になって探っているのは隠し扉や〈壁の中におおっとしてしまった冒険者の遺体〉ではなく〈壁の目地〉らしいということが分かり、死神ちゃんはますます頭を悩ませた。
 目地を辿りながらゆっくりとカニ歩きをする彼が扉の手前までやって来たのをいいことに、死神ちゃんは壁の中へと一旦引っ込んだ。そして、彼が通過する予定の扉のある部屋の中へと移動した。――〈とり憑き〉のためのダンジョン徘徊や脅かし行為時に壁をすり抜けるのはご法度だが、扉はすり抜けて良いことになっている。それを利用して脅かしてやろうという寸法だ。

 ドワーフは壁と扉のつなぎ目へとやってくると〈なんだ、目地ではなく壁と扉との間にある隙間か〉とでも言うかのように小さく落胆の息をついた。その瞬間を狙って、死神ちゃんは隙間のある当たりから勢い良く手だけをすり抜けさせた。しかし、驚きの悲鳴や尻もちをつく音などは一切聞こえては来なかった。
 首を傾げさせるのと同時に、死神ちゃんは腕を掴まれた。そして、ぎょっとした顔を浮かべた死神ちゃんはそのままズルズルと引きずり出された。


「なんだ、スライムではなく幼女か」

「いや、あの、何かが扉の隙間をすり抜けて出てきたら、それがスライムだろうと幼女だろうと、普通驚かないか?」


 がっくりと肩を落として盛大な溜め息をつくドワーフを、死神ちゃんは呆然と見つめた。ドワーフは面倒くさそうに目を細めると、死神ちゃんを無視して目地を凝視する作業に戻ろうとした。


「いやいやいやいや、無視するなよ!」

「うるさい子供だな。ワシはスライム以外には興味はないのだ。帰れ帰れ」

「いや、そうは言ってもだな。俺、死神だから。お前にとり憑いたから。だから少しは慌てたり困ったりして頂きたいなと」


 ドワーフはちらりと死神ちゃんを見て顔をしかめると、再び目地に視線を戻して〈目地に出来た隙間〉に思いを馳せ始めた。死神ちゃんは諦めの溜め息をつくと、壁により掛かるようにその場に座り込んだ。


「――で。さっきからジッと〈目地に出来た隙間〉を物色して回って、お前は一体何がしたいんだ?」


 死神ちゃんが尋ねると、ドワーフは目地を見つめたまま「スライムを探している」と答えた。彼はこの街ではまあまあ名の知れた発明家だそうで、目下〈家庭ゴミを綺麗に分解して片付けてくれるゴミ箱〉の開発に取り組んでいるのだという。
 発明家のドワーフは目地から目を逸らして片手を首に宛てがうと、左右にゴキゴキと首を動かした。そして溜め息混じりにぼやいた。


「ゴミを一瞬で、異臭もなく、経済的に処理をする魔法のようなゴミ箱を作ることが出来たら、凄いと思わんか。そう思い開発を始め、試行錯誤を重ねた結果、素材の一つにスライムを使用することを思いついた。試しに野良スライムを捕獲して作ってみたんだが、これが中々思うようには――」

「野良!?」

「……別に、そこは驚くところではないだろう」


 発明家は驚く死神ちゃんをしかめっ面で見つめた。どうやら、ダンジョン内に出没するモンスターの一部はダンジョン外にも存在しているらしい。そしてこの世界の人達はそれらを〈野獣〉のような感覚で扱っているそうだ。
 発明家はフンと鼻を鳴らすと、目地に視線を戻しながらぶっきらぼうに言った。


「とりあえず、野良では思うような結果が得られなかったのでな。ダンジョン内の凶悪なスライムであれば、もしかしたらより良いものが作れるのではと思い、捕獲しに来たというわけだ。ダンジョン内のスライムはよく目地に出来た隙間から溢れ出てくるからな。だからこうやって、探し回っているというわけだ」


 死神ちゃんは適当に相槌を打つと首を捻った。何故なら、死神ちゃんはスライムを見たことがなかったからだ。同僚達がRPGゲームを嗜むのを横で見ていて、その中でなら死神ちゃんも見たことはあった。しかし、|そういう《・・・・》|ダンジョン《・・・・・》にはお馴染みのはずのスライムを、このダンジョンでは一切見かけないのだ。――そもそも、ダンジョン内のモンスターとして存在しているのか。死神ちゃんはそんなことを考えながら、目地に夢中の発明家をぼんやりと眺めた。

 小一時間ほどして、一向に先へと進んでいかないこの状態に飽き飽きとした死神ちゃんは睡魔に襲われた。「とっとと祓いに行くか死んで欲しい」という死神ちゃんの訴えを発明家は取り合おうともせず、彼は目地を観察することにのめり込んでいた。死神ちゃんはぐずつき始め、そしてそのまま眠ってしまった。
 さらにしばらくして、死神ちゃんは不自然な揺れを感じて目を覚ました。死神ちゃんは、発明家に小脇に抱えられた状態で運ばれていた。


「お、ようやく俺のことを祓いに行く気になったか? ていうか、荷物じゃあないんだから、もう少し気の利いた運び方してくれませんかね」

「ようやく起きたと思えば、本当に口の減らない子供だな」


 発明家は顔をしかめると、死神ちゃんを抱えることを突然やめた。死神ちゃんは慌てて浮遊すると、崩れたバランスを取り直してから着地した。死神ちゃんが発明家を睨みつけると、彼は〈いいから早く来い〉と言うかのように顎をしゃくって走りだした。死神ちゃんは首を傾げさせると彼の後を追いかけた。


「つい先ほど、〈今の今までスライムと戦っていた〉という冒険者と偶然出会ってな。もしかしたら、彼らが戦った以外にもまだ隠れているかもしれないだろう。だから、他の冒険者に駆逐される前に、急いで向かわねばならんのだ」


 ドスドスと走りながら、発明家はそのように捲し立てた。彼の瞳は期待で輝いており、死神ちゃんも〈とうとうスライムとご対面できるのか〉と胸を膨らませた。
 それらしき場所に着いてみると、部屋の天井から緑色の粘っこい液体がドロリと垂れ下がっていた。その様子は〈同僚達が嗜んでいたゲームの画面〉とそっくりで、死神ちゃんは〈このダンジョンでも、ゲームと同じようにスライムは現れるのか〉と感心した。

 発明家は嬉々とした表情で液体に|掴みかかる《・・・・・》と、それをズルズルと引っ張り始めた。


「なあ、端の方だけちょんと切って、瓶に詰めて持って帰ればいいんじゃないか?」

「いや、出来たら全貌を拝みたい。きちんと確認してから切らないと、生きたまま持ち帰れないだろうからな」


 死神ちゃんは相槌を打つと、部屋の片隅に座り込んだ。そして発明家が一生懸命にスライムを引きずり出すのを眺めた。しかし、少しも経たないうちに死神ちゃんは立ち上がると、自身の足元をじっとりと見つめながらポツリと言った。


「なあ、そろそろ、引きずり出すのは諦めたほうがいいんじゃないのか?」

「うむ、ワシも今、そのような気がしてきている……」


 発明家は顔を青ざめさせると、死神ちゃんの方を向いて頬を引きつらせた。
 天井の目地の隙間から垂れ下がっていたスライムは、ほんの少し引っ張られただけでかなり大きな塊でぼたりと落ちてきた。しかしそれで全てが出尽くしたというわけではなかった。初めに落ちてきた塊はすぐさま部屋中に薄く伸び、死神ちゃんの足首が埋まるくらいまで|嵩《かさ》を増した。そして引きずり出すのをやめなかったせいで、スライムはどんどんと部屋の中へと溜まっていった。
 死神ちゃんは浮遊して回避しようとしたのだが、愕然とした表情を浮かべると肩をわなわなと震わせた。


「どうしよう、ねっとり絡みすぎて、重たくて飛び上がれない……」

「わ、ワシも、足が取られて身動きが……ああああああ!」


 溢れること留まり知らずなスライムは、一気にドボドボと落ちてくると発明家を部屋の外へと押し流した。死神ちゃんもまた、一緒にどこかへと流されていった。


「ぎゃあああああ! すごく気持ちが悪い! 体中ねとねとする! おい、お前、これ、どうにか出来ないのかよ!」

「ちょっと待て、これでも一応錬金術士として冒険者登録しているからな。今ポーチの中から薬瓶を……ああああああ!」


 ポーチを漁ろうと必死にもがいたのが災いして、発明家はスライムの海の底へと飲まれていった。そして彼はそのまま、戻っては来なかった。



   **********



 しばらくして、緑のゼリーの中に閉じ込められた死神ちゃんはサーシャ達〈ダンジョン修復課〉の面々に救助された。ゴホゴホとゼリーを吐きながら、死神ちゃんは涙混じりに礼を述べた。


「それにしても、このダンジョンのスライムって、すごく強烈だな……」


 手渡されたタオルでゴシゴシと顔を拭きながら死神ちゃんがポツリというと、サーシャがきょとんとした顔で言った。


「うちのダンジョンのモンスターにスライムはいないけど」

「え、じゃあ、これは何なんだよ」


 死神ちゃんが呆気にとられて眉間にしわを寄せ目を見開くと、サーシャが苦笑いを浮かべた。


「これね、ダンジョンの壁の修復剤なの。少しくらいの損壊だったら、私達が作業をしなくても、これが目地からにじみ出てきて勝手に直ってくれるのよ。でも、たまにこうやって固まり切る前に溢れてきてしまって。それをスライムだと勘違いして戦闘し始める冒険者って、たしかにたまにいるんだけど――」


 普段なら、少し垂れてきているものや床に広がっているものを冒険者がちょいちょいと攻撃して終わりなのだそうだ。だから、こんなにも大きな被害が出たのは初めてだという。
 死神ちゃんは苦笑いを浮かべたまま頬をかくサーシャに、頬を引きつらせつつ薄っすらと笑顔を向けた。そして溜め息をつくと、がっくりとうなだれたのだった。




 ――――後日、〈緑のゼリーに取り込まれて出られなくなった死神ちゃん〉が本人の了解なしに商品化していました。それは〈社内〉の娯楽施設の一つであるゲームセンター内のプライズの、キーホルダー数種のうちの一種としてラインナップされていました。死神ちゃんは緑の液体の詰まった小さな箱を一生懸命に振り、その中央で微妙に浮き沈みする〈デフォルメされた自分〉を見つめながら大いに腹を立てたそうDEATH。

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