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第44話 死神ちゃんとかわいこちゃん

 〈五階へ〉という指示の下、死神ちゃんがダンジョン内を|彷徨《さまよ》っていると、前方に〈男むさい中に紅一点〉というパーティーを発見した。男達に甲斐甲斐しく守られている女戦士は、いつぞやの姫のような役立たずというわけではなく、彼女も一生懸命に戦っていた。だからこそなのか、男達は彼女をとても大切にしており、彼女が隙を突かれ攻撃されそうものなら身を挺して盾となり、彼女が傷つこうものなら最優先で回復魔法をかけてやっていた。
 死神ちゃんは一行がモンスターの群れを撃退したタイミングで紅一点の彼女にそっと近づくと、彼女の背中に向かってタックルした。すると、ステータス妖精さんが飛び出すのと同時に、彼女は少々野太い声で驚いた。


* 戦士の 信頼度が 2 下がったよ! *


 周囲から動揺の視線を一身に受けた女戦士は口元を両手で覆い隠すと、瞳をうるうると潤ませた。


「誰だって不意打ちを食らったら、驚くに決まっているでしょう? それなのに、ひどいわ」

「いやだって、聞き慣れない低音で呻いたから、つい……」

「やだ、聞き間違いでしょう?」


 プリプリと怒る彼女に男達は苦笑いを浮かべたのだが、そのうちの一人がハッとした顔で笑うのをやめた。


「信頼度が下がるってことは、この子、迷子の|小人族《コビート》じゃあなくて、死神?」


 死神ちゃんがにっこりと笑うと、女戦士は悲しげにめそめそとしだした。男達は口々に彼女を慰めると、もう少し先に行けばあるマッサージサロンで彼女を休ませてから地上に戻ろうと決めた。
 そうと決まればということで、一行は小休止することにした。


「お前、手厚い扱いを受けてるんだな」

「彼女は、俺らの〈かわいこちゃん〉だからな。か弱いなりに一生懸命戦闘もこなしてくれるし、健気な姿に俺らも癒されるし。だから、みんなで大切にしているんだ」


 女戦士の横に座り込んだ死神ちゃんが彼女を見つめながらそう言うと、彼女の代わりに男の一人がそう答えた。男の方を向いて顔をしかめさせた死神ちゃんは女に向き直ると、しかめっ面のままぼそぼそと言った。


「なあ、こいつら、お前がお――」

「何、死神のお嬢ちゃんも食べたいの?」


 死神ちゃんの言葉を遮るように、女は手にしていた携帯食料を死神ちゃんの口にねじ込んだ。突然のことに驚いてむせ返った死神ちゃんは女を睨みつけた。女は心配するような口ぶりで謝罪をしてきたが、彼女の目は怒っていた。

 一行は休憩を終えるとマッサージサロンへと向かった。途中で何度か戦闘が発生したが、男達は彼女を必死に守り、そして女は男達に笑顔を振りまいて感謝していた。死神ちゃんは、とても幸せそうな男達を憐れむような目で静かに見つめた。

 マッサージサロン前にたどり着くと、彼女は颯爽と部屋に入っていった。


「なあ、お前らのほうこそ、マッサージを受けたほうが良いと思うんだが」

「いやあ、そんなの、彼女優先だよ。だって彼女が笑顔で元気なら、俺らはそれだけで回復できるから」


 笑顔でさらりとそう言う男達に、死神ちゃんは不服そうな表情を向けた。そして小さく溜め息をつくと、死神ちゃんもサロンへと入室した。すると、室内ではアルデンタスがさっそく触診しつつカウンセリングを開始していた。


「お客さん、あなた、ちゃんと身体に合った装備をしたほうがいいわよ。無理に女物の装備をしているせいで、ところどころに歪みがあるわよ」

「いやでも、女物を着ていたほうが、彼らも喜ぶから」

「ああ、分かるわ、そういうの。お客さんも、大変ねえ」


 
挿絵




 アルデンタスは立ち上がって女――もとい男を見下ろすと、同情するようにウンウンと頷いた。死神ちゃんは施術台に寝転んだ男のそば、アルデンタスの邪魔にはならないところに椅子を運んで座ると、男に声をかけた。


「喜ぶも何も。そもそも、あいつら、お前のことを女だと完全に思い込んでるだろ」

「あら、お客さん、カムアウトしてないの? 言いづらい空気とかで、我慢してるのね。ますます大変ねえ……」

「は? カムアウト?」


 怪訝な声色でそういう男に、死神ちゃんは不思議そうに返した。


「お前、オカマじゃないのかよ? さっき俺が〈お前は男だ〉って言いかけた時も必死で止めてきたから、言いづらくて言えてないのかと思ってたのに」

「は? |違《ちげ》えよ。これには〈やむなしの事情〉ってもんがあんだよ」


 女言葉をやめてそう言うと、男は意気揚々と話し始めた。
 彼は女性的な顔立ちのせいで、どんなに戦闘で活躍したとしてもパーティー内で蔑ろにされてきたのだという。そんな状況に腹が立った男は、それならいっそのこと女のふりをすればそれなりに評価してもらえるようになるのではないかと思い、女物の装備を整えると現在のパーティーに加入したのだそうだ。すると、きちんと評価してもらえるようになったどころか、とても丁重に扱ってもらえるようになった。戦闘もまともに参加しなくても〈素晴らしい〉と褒めそやされるし、装備の更新など金のかかることも含め、何でもかんでも最優先にしてもらえることを、とても気持ちが良いと思ったという。


「ていうか、俺は女物を装備しているだけで、一度だって〈女です〉とも〈男です〉とも言ってねえし。男でも一人称〈私〉で話すヤツなんてごまんといるし。だから、向こうが俺のことを勝手に〈女だ〉と勘違いしてるだけ。でもさ、俺が女のふりしてニコニコしてりゃあ向こうも幸せそうだし、俺も幸せ。win-winでいいだろ。仮にバレたとしても〈心は女〉って感じでオカマのふりでもすりゃあ、俺に惚れ込んでるアイツらなら〈可愛いから、いいか〉で済むだろうし。まあ、つまるところ、これは一種のビジネスなわけよ。そういうわけだから、ガチのオカマなんかと一緒にするんじゃねえよ。気持ち|悪《わり》い」


 男の話の冒頭部分までは、アルデンタスも同情の顔で聞いていた。しかし、話が進むにつれ、彼の笑顔は固まり、動きは鈍くなっていき、そしてついに完全に沈黙した。施術が中断されたことを不審に思った男が頭だけを持ち上げてアルデンタスを振り返ると、アルデンタスはにこやかな笑顔をゆっくりと般若の形相へと変化させた。


「おいこら、てめえ。オカマなめてんじゃねえぞ、こら。てめえのようなビジネスゲイが男を弄ぶから、あたしらオカマの肩身が狭くなるんだろうがよ。ファッションでやれるほど、オカマは楽じゃねえんだよ」


 凄まじく低い、地鳴りのような声で凄まれた男は「ひっ」と小さく悲鳴を上げると、半裸のまま部屋から飛び出していった。死神ちゃんが彼の後を追って部屋を出て行ってみると、部屋の前にはこんもりとした灰がほかほかと湯気を立てながら円錐形に積もっていた。


「うちの〈かわいこちゃん〉が裸の男に襲われたのかと思って切り捨ててみたら、男がいきなり灰になって……。どういうことなんだ?」

「その〈かわいこちゃん〉が、実は〈とんでもなく可愛くない大馬鹿野郎〉だったってことよ。そんなの捨ておいて、あんたたち、こっちにいらっしゃい。サービスでタダ施術してあげるから」


 うろたえている男達に、部屋からひょっこりと顔を出したアルデンタスがそう声をかけた。首を傾げていまだ混乱中の男達が部屋へと入っていくのを見届けると、死神ちゃんは壁の中へと消えていった。



   **********



「……ということがあってさ。普段、〈幼女の見た目〉を悪用して仕事してるだけに、ちょっとこう、刺さったっていうか」


 箸を口に運びながら、死神ちゃんはしょんぼりと肩を落とした。マッコイは眉根を寄せると、フウと息をついた。


「|薫《かおる》ちゃんの場合は完全にビジネスのためだけど、その戦士は仲間を利用してもてあそんでいたわけだし、全然違うじゃない。だから、気にすることもないでしょう。そもそも、薫ちゃんの諜報員時代なんてもっとすごいことしてたじゃない」

「言うなよ! そういうのがストレスで、殺し専門にシフトチェンジしたんだから!」


 怒り顔の死神ちゃんにマッコイは謝罪すると、手にしていたグラスを置きながら苦笑いを浮かべた。


「でも、たしかに、アルの怒った通りなのよね。――冒険者の中には、本業が休みのときだけ冒険に来る人もいるじゃない。そういう人達ってストレスの発散方法の一つとして〈なりきり〉をすることがあるのよ。前に薫ちゃんが出会った〈二言目にはすぐに「くっ殺せ!」と言う女騎士〉みたいにね」

「ああ、あれはたしかに楽しそうだったな」

「魔法のファッションリングの類似品でね、容姿すら変えられるものもあるのよ。だから中には、異性になりきる人もいるそうよ。そういう〈なりきり〉は冒険者同士もトラブルにならないように何かと配慮しあってるみたいだからいいんだけど、今回の戦士みたいなのはね。彼の場合は完全に〈悪質な騙し〉じゃない」

「たしかに。それは気分いいもんじゃあないよな」

「そうなのよ。騙された側は真実を知ったら傷つくし、それに、騙すために利用された〈オカマ〉っていう存在も、風評被害的に評価が下げられてしまうわけでしょう? ただでさえアタシ達は生きづらい存在なのに、そういうことされちゃうと本当に困るのよね」


 マッコイが溜め息をつくと、死神ちゃんはぽかんとした顔で目を瞬かせた。少しして、死神ちゃんは「あー」と間の抜けた声を上げた。マッコイが訝しげに顔をしかめると、死神ちゃんは低い声でボソリと言った。


「そういやあ、お前も一応、形式上はオカマだったな」

「何よ、その変な言い方」

「いやだって、お前はお前だからさ」


 死神ちゃんは少しだけ眉間にしわを寄せると、不思議そうにそう言った。呆気にとられた表情で二、三度瞬きをしたマッコイはクスクスと笑い出すと、店主を呼んだ。そしてデザートを二人分、追加で注文したのだった。




 ――――安易な騙しは、〈可愛い〉では済まされない。本気で楽しんでなりきっている人にも、本職さんにも、とても失礼。やるからには極めるつもりでいたほうがいいと思うのDEATH。

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