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第34話 死神ちゃんと男前

 〈二階へ〉という指示のもと、死神ちゃんはダンジョン内を|彷徨《さまよ》っていた。死神ちゃんの姿に恐れおののく冒険者達の間をすり抜けていくと、男が一人、道行く冒険者達に声をかけまくっているのが目に入った。――どうやら、この彼が今回のターゲットのようだった。
 男は、何かを聞いて回っているようで、首を横に振るう冒険者達に丁寧に頭を下げてお礼を述べていた。時には落し物を紳士的に拾い上げて届け、時には困っている新米冒険者に手を差し伸べ……。彼は、何とも男前な人物であった。

 死神ちゃんは〈とり憑き〉の準備にとりかかると、男を恐怖に陥れるべく急接近した。しかし、男の顔に浮かんだのは、恐怖ではなく喜びだった。


「もしかして、あなた、噂の〈話しかけてくる死神〉ですよね!? 死神のあなたなら、きっとご存知に違いない! どうか、教えて欲しいことがあるんです! ――妻の、命がかかっているんです!」


 死神ちゃんは思わず空中で急停止した。男は切実そうに頭を下げたまま、面を上げる気配がない。死神ちゃんはふわふわと地面に着地すると、深い溜め息をついた。


「言っとくが、ダンジョンのことについては一切教えられないぜ」

「そこを何とか! とりあえず、話だけでも聞いてください!」


 そう言うと、彼は一方的に話し始めた。
 彼の妻は、かなりの重病を患っているらしい。今まで、様々な薬や魔法を試したが、どれもこれも効果がなかったのだという。最早万策尽きたかと妻に隠れて涙流したある日、とある〈噂〉を耳にしたのだという。その〈噂〉というのも――


「人語を操る、|活《・》きたマンドラゴラを煎じて飲めば、どんな怪我も病気も立ちどころに治るんだそうです。――マンドラゴラなんて、引っこ抜いたら叫び声を上げて死んでしまうじゃないですか。だけど、土から出てきてもなお|活《・》きている上に、言葉を話すことまで出来るものがいるのだとか。その噂を頼りに、私は国中を旅して回りました。そして、このダンジョンに行き着いたのです」


 死神ちゃんはその話を聞いて、思わずげっそりとした顔で肩を落とした。そんな死神ちゃんの様子を見て、男は瞳を輝かせた。


「やはり、何か知っているんですね!?」

「……さてね」

「いいです、大丈夫です、確信が持てました! 頑張って探します!」


 そう言って片手を握りこみ力強く頷くと、男は謝辞とともに死神ちゃんの手を握った。
 聞きこみと探索を再開させた彼は、やはり男前な行動をここそこでとっていた。先ほどの〈妻への思いとマンドラゴラについて〉を語っていた際も、彼はとても男前だった。今も、助けてやった冒険者が感謝しながらはにかむのに対して、とても紳士的な素振りで返している。そんな彼を眺めながら、死神ちゃんは思った。


(これが、|小人族《コビート》じゃなかったらなあ。絵になるくらいの〈男前〉なのに)


 そう、この〈妻思いの男前〉は小人族だった。行動も、立ち振舞も、話す内容も、どれをとっても紳士的で男前なのだが、傍から見たら〈お行儀のいい子が、はじめてのおつかいの最中に困っている人に対して親切行動に出た〉という感じなのだ。本人には申し訳ないと思いつつ、甲高い声で〈妻を助けたい〉と彼が言うたびに、死神ちゃんは何とももやもやした気持ちとなっていた。

 そんなもやもやを抱えながら、死神ちゃん一行は二階の奥地へとやって来た。そこは特にこれと言って何かがあるわけでもなく、修行場所としての人気もない、言うなれば〈冒険者があまり立ち入らない場所〉だった。
 何かに気がついた男前は、石積み造りの壁を慎重に調査し始めた。そして、石の一つをポンと叩いた。すると、隠し扉が現れ、それは地響きにも似た音を小さく立てながらゆっくりと開いた。

 男がその中へと入っていくのを見届けると、死神ちゃんは慌てて腕輪を操作した。地図を出して見てみたのだが、この区画にはデットスペースはあるものの、隠し扉や隠し部屋はないことになっている。社員用の地図は冒険者も知らないような隠し要素も全て記載されている完全版だから、ここに隠し部屋があるということのほうが|おかしい《・・・・》。
 これは、アリサやウィンチ、〈ダンジョン修復課〉の面々に、あとで確認したほうがよさそうだ。――死神ちゃんはそんなことを考えると、とりあえず自分も〈部屋の中〉へと入ってみることにした。そして、死神ちゃんは表情を失った。

 目の前では、例の根菜と男前が膝を詰めて話し合っていた。根菜は男泣きしながら何度も頷くと、男前の両肩をバシバシと叩いていた。


「おめえさんの、妻に対する思い。それから、ここに至るまでの話の数々。いいじゃねえか、男前じゃねえか。俺は気に入ったぜ」

「でも、だからと言って、あなたを殺めるわけには――」

「くぅぅ、また、泣かせることを言うねえ!」


 
挿絵




 このやり取りをしているのが〈ガタイのいいヤクザと青年〉であって〈根菜とお子様〉でなかったら、とても場が締まるだろうに。――そう思って、死神ちゃんは軽く溜め息をついた。すると、根菜がすっくと立ち上がった。すると根菜はナイフを一本手に取り、躊躇なく自分の腕を切り落とした。


「そんな、どうして……!」

「なあに、おめえさんの男気に惚れたのさ。大丈夫、このくらい、ちょっと土の中で眠ればすぐ生えてくらぁ。だから、気にすんねえ。――ほらよ、奥さんに飲ませてやんな。おめえさんと俺の、|漢《おとこ》の友情が詰まった特別な薬だからな、効かねえはずがねえよ」


 男前は根菜から切れ端を貰うと、涙ながらに感謝の言葉を繰り返した。根菜は、照れくさそうに応対していた。すると、そこに三下臭漂う別の根菜が血相を変えてやって来た。


「|兄《あに》さん、その腕、どうしやしたんですか!?」

「おう、これか。これは――」

「カチコミですか!? おのれ、人間め!」


 憎しみの形相でそう言うと、三下は兄さんの話を聞きもせずに叫び声を上げた。けたたましい叫び声は室内の空気を不快にうねらせ、そして禍々しいものへと変化させた。どこからともなく発生した黒い霧は、男前を覆い尽くし、彼は苦悶の表情を浮かべる間もなく灰と化した。


「……おい、話は最後まで聞きやがれ。俺はな、この男前に〈友情の印〉として腕をくれてやったんだ。てめえ、なんてぇことをしてくれやがった」

「申し訳ございやせん! 俺、責任持って、このお方の灰を教会まで届けやす!」


 後日、冒険者の間では〈歩く根菜の噂〉でもちきりとなっていた。大きな風呂敷を背負った根菜が「ごめんなすって」と言いながら冒険者をかき分け、教会に入っていったという目撃情報が相次いだからだ。
 そのせいなのか何なのか、例の農家が再び現れて、また余計な騒動を起こすのだが、この時はまだ、死神ちゃんは知る|由《よし》もなかったのである。




 ――――なお、根菜とその巣は〈おもしろいから、公認!〉となったそうDEATH。

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