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3話 明日に向かって、打つべしっ!

 ロイムの身体に入ってから一週間が経った。

 俺は日々、情報収集をしつつ、毎朝の練習でライバル達の研究をしているのだが。

 それにしても……。

 酷い! これは酷過ぎるっ!

 俺は目の前で、チンピラの喧嘩のような殴り合いを繰り広げている年長者達の試合を見て絶句していた。

 今目の前で行われているものは、拳闘、ボクシングなんて呼べる代物ではなかった。
 教官たちが拳闘士候補生達に教えるものは技術ではなく、シンプルな構えと筋トレばかりであった。

 アップライトのベタ足。

 右手を前に突き出し、左手は折り畳んで顎の下に付ける。
 フットワークなんて呼べるものはなく、摺り足で相手に近づいて行って思いっきり右手を振り回すのだ。
 よく、右手が槍で左手が盾、なんて比喩されるが、ハッキリ言ってそんな風に見えるのは最初だけ。
 いざ試合が始まれば結局そんなものはすぐに忘れて、両手を振り回してノーガードの殴り合いなる。身体に染みついていない構えなど、覚えていないに等しいのだ。

 そして、ロードワークなんて概念のない連中なのですぐにスタミナ切れを起こす。
 一分もしない内にヘロヘロになりあとは泥仕合だ。

 今回も最終的にはスタミナの持った方が勝利を収めた。


 俺が渋い顔をしながら年長者の試合を見ていると、シタール達がやってきた。

「なーに渋い顔しているんだよ?」
「いや、べつに……」
「あの二人は筋力がないからなぁ。やっぱ強い拳闘士ってのは筋肉がねえと! 一撃で相手の頭を砕くパンチを繰り出せなけりゃ一流の拳闘士とは呼べねえよ!」

 シタールが力こぶを作りながら自慢げに語る。
 どうやらウエイトトレーニングをしてきたようだ。

 なるほど、確かにそれは一理ある。
 ボクシングとは拳による殴りあいの競技であり、突き詰めれば腕力がものを言う世界であるのは、確かにそういう側面もある。
 しかし、腕力だけで勝ち上がれるほど甘い世界ではない。
 どんなハードパンチャーでも、その拳を相手に当てることができなければ意味がないからだ。
 パンチ力と言う物は天性のものである。
 もちろんウエイトトレーニングによってある程度鍛えることは可能ではある。
しかし天性の打撃力を持つ者は、それを持たない者には決して超えることはできないのだ。
 それでも、パンチ力のない者でも勝つことができるのが、ボクシングと言う競技である。
 その為に必要なのが、知識と技術(テクニック)だ。
 足りないパンチ力を技術で補うことができれば、非力な者でも相手からダウンを奪うことが可能だ。

 例えば、カウンターである。
 相手のパンチに合わせて自分のパンチを繰り出して当てる高等技術。
 前に来る相手の力を利用することにより、自分のパンチ力を何倍にも増大できる必殺技だ。決まれば、一撃で相手の意識を刈り取ることもできる。
 しかし、これにも天性の勘のようなものが必要になる高等技術だ。

 じゃあ、そんな天才でもない凡人が身につけられる技術とはなにか。
 それは、弱点(ウィークポイント)を狙うことである。
 (チン)内臓(リバー)などの、人体の弱点を打撃することにより非力な者でも大きなダメージを相手に与えることができるのだ。
 しかし、的確にその弱点に打撃を入れるのが難しい。相手も動き、反撃をしてくるのだから。


「だからその為に必要なのが反復練習なんだ」

 そう言う俺の説明をシタールは最早聞いていなかった。
 トールは一応聞く素振りは見せるが退屈そうに欠伸をしている。
 まじめに聞いているのはカトルくらいであった。こいつは良い奴だ、きっと強くなるだろう。

 すると、説明を聞いていなかったくせにシタールが不満気に言う。

「ご高説ありがとうよ。で? 俺らの中で一番弱いお前がなに言ってんだ?」

 どうやらシタールの言うことは本当の事みたいで、どうも周りの話を聞く限り、俺が入る前のロイムはセンスの欠片もない奴だったらしい。
 しかも怠け者で練習もほとんどしないくせに、威勢だけはよくいつも偉そうにしていたと言うのだから、本当にどうしょうもないやつだ。

 弱い(ロイム)の言う事なんて真に受けるわけもなく、シタールとトールは再び筋トレに行ってしまった。

 俺がやれやれと溜息を吐いていると、残っていたカトルが興味津々に聞いてくる。

「ロイム、僕は君の言う通りだと思うよ!」

 お、なかなかに利口な奴じゃないかカトル君。
 俺の説明を理解できるとは、こいつは将来有望なボクサーになれるかもしれないぞ。

「俺のやっている練習、カトルもやってみるか?」

 そう言うと、目をキラキラと輝かせながらカトルは頷く、可愛い奴だ。
 こいつは色白で金髪碧眼の美男子だ。
 戦争に負けてどっかから連れて来られた奴隷らしいが、見た目がなんだか女の子みたいなので妙にドキドキしてしまう。

 いかんいかん、俺はなにを考えているんだ。

 邪念を振り払うように俺はカトルにあるパンチを教える。

「いいか、脇を閉めてこう、抉り込むように左拳を前に突き出す」
「え、抉り込むようにだね……」

 そう、俺が教えているのは、かの有名なボクサー。矢吹丈が一番最初に覚えたパンチ。

 ジャブだ!

 ジャブはとても重要なパンチであることは、格闘技好きの方ならご存知だろう。
 相手との距離を測り、リズムを掴む為に、そしてコンビネーションパンチを繰り出す為に必要不可欠なパンチである。

 ジャブを制する者は世界を制す!

 有名な格言だ。

 俺はこのジャブを身につける為に、この一週間暇があれば徹底的に練習をしていた。

「打つべしっ!」
「なに、それ?」

 一緒にジャブの練習をする俺がそう言うとカトルが怪訝顔をする。

「いいからやりなさい、そう言いながらやると早く身に着くんだ。打つべしっ!」

 カトルは不承不承ながらも俺の言う通りに練習するのであった。

 打つべしっ!

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