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霧中

 1週間ほど経っただろうか?
 毎日が淡々と過ぎてゆく。
 する事は一つ。お勉強だけ。
 家庭教師が本を片手にやって来ていろいろ教えてくれる。
 部屋にあるのもお勉強の本。
 ……つまらない。
 外に出てはいけない。
 言葉づかいは丁寧に。
 礼儀作法をしっかりと。
 お小言ばかりの毎日。

 お勉強が終わって、夕食までの時間は暇だ。
 一日の中の僅かな自由時間。
 それさえもやる事がない。
 ……ちょっとだけなら。
 部屋でごろごろしていた私に冒険心が芽生える。
 この館は一通り案内してもらったが、行ってない場所は沢山ある。
 行ってみようか?
 そっと廊下を覗いてみる。
 誰もいない、よし!
 あたりを警戒しながら私は歩く。
 私はなるべく部屋の外に出ないようにといわれていた。
 誰かに見つかればどうしたのか聞かれるに違いない。
 この館ではいつも誰かが私を見張ってる気がする。
 メイドや使用人たちも妙に私に距離を置いて接してくる。
 イファと私とでは明らかに接し方が違う。
 何というのだろう……
 まるで、壊れ物を扱うようにそっと触れてくるのだ。

 足音が聞こえた。
 私は壁に張り付いて、此処まで来ないように祈った。
「あの子の様子は?」
 老年のしわがれた声が耳に届く。
「順調です。記憶を無くしたこと以外は」
 イファの声がそれに答えてる。
 何?どういうこと?
「あの小僧はどうした?」
「不良品の中の一つを与えました。
 おそらく気がついてないでしょう」
「消さなくて良いのか?」
「まだ、利用価値がありますから」
 足音がぴたりと手前の部屋で止まった。
 よかった。此処まで来ない。
「そうか」
 二人はその部屋へと入っていった。
 この部屋は……父様の書斎?
 入ってはいけないといわれた部屋の一つだ。
 ぴたりと耳をくっつけてみるが何も聞こえない。
 中に入ってたよね?確か???

「どうかなさいましたか?」
 突然の声に振り向くと使用人がそこにいた。
「え。っと」
 言葉に詰まる私。
「どうかなさいましたか?」
 繰り返される無機質な言葉。
「あ、の。姉様の声が聞こえたので」
 引きつった笑いで答える私。
「イファ様は旦那様とお仕事中です。お邪魔をなさらないように」
 冷たい視線が突き刺さる。
「は……い」
 背中に異様な感覚が走った。

 部屋に入るとパタンと戸が閉まった。
 続いてガチャリと鍵の閉まる音。
 ……。
 出られなくなった。
 私がこの部屋から出ると困る事があるの?
 ベットへと足を進ませパタンと倒れる。
「利用価値って」
 ぽつりと呟いた言葉。
 ダレノコト?
 あれは……
『アナタハ、ワタシタチノタメニ』
 抱きしめてくれた。
《罪深い事を》
 抱きしめられた。
『ナニモカンガエナクテイイノ』
 撫でてくれた。
《愚かな事を》
 撫でられた。
『イワレルママニシテイレバ』
 繰り返し。
《償いきれぬ過ちを》
 繰り返し。
『ソレデ』
《それでも……》

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