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洋館

 そこはひどく古ぼけていた。
 ギシッと軋む階段。
 年季の入った床。
 微かなしみのある壁。
 ギロリと睨んでいそうな肖像画。
 何もかもが初めてだった。
「こちらがサファ様のお部屋です」
 無機質な声が響いた。
「あ。ありがとうございます」
 緊張した声で返事をする。
「では、御用があれば申し付けください」
 それだけ言うと、そのメイドは立ち去って行った。
 私はベットに倒れこむ。
「はぁ」
 大きなため息がひとつ。

 昨日のイファという人は朝早くにリィーグルの家に来た。
 そして、早々とリィーグルと話がついて私は車に乗せられた。
 延々と車に揺られてお昼を過ぎ、日が傾いてきた頃に、やっとここに着いた。

「はぁ」
 もうひとつため息。
 この洋館の大きさにも驚いているけど問題は・・・
 コンコンとノックがして声が後に続く。
「サファ様お食事の準備ができました」
 私は慌てて起き上がる。
「はい。今行きます」
 そう、問題はメイドがいる事。
 こんな風にされるのに慣れていない所為か、変に気を使う。
 カチャ
 と開けた扉の向こうにメイドが無表情に立っている。
「あの?」
「ご案内します」
「あ、はい。お願いします」
 コツコツと足音が響く。
 何も言わないメイド。
 これってメイド服?
 丈の長いスカートの上にエプロン風の布。
 ポケットが二つ。
 そこにペンが見えてる。
 中にはメモ用紙とかも入っていそう。
 皆が皆、同じ服の所為か同じ顔に見える。
 ぼーとそんな事を考えながら歩く。
「こちらです」
 ギィと軽く軋んで大きな扉が開く。
 そこにはイファ・・・
 姉という人物か座っていた。
 テーブルには色とりどりの料理。
 周りには数人の使用人が立っている。
 使用人がカタンと椅子を引く。
 私が座る椅子らしい。
 そこへ行くと素直に椅子に座った。
「いらっしゃい。さあ、食べましょう」
 優しく語りかける口調。
 妙な違和感。
 どうしてだろう?
 音楽がゆっくりと流れ、時折カチャと食器の触れる音がする。
 イファは何も言わない。
 私もただ黙々と食べ続けた。
 ゆらゆらと蝋燭の日が燃えている。
 火のともっていない暖炉。
 その上に髭を生やした肖像画。
 そういえば、父と母は?
 いや、父という人物と母という人物は?
「あの」
 耐え切れずに私は口を開く。
「サファ。食事中は喋らないのよ」
 話す前に遮られた。
「あ、はい。すみません」
 何となく気まずい雰囲気が尚一層強くなる。
 音楽だけが緩やかに流れていた。

「それで?何を言いたかったの?」
 食事が終わり、食器が片付けられるとイファが聞いてきた。
「えっと、父さんと母さんは?」
 おずおずと聞いてみる。
「サファ、父様と母様でしょ?」
 はあ、とため息をつくイファ。
「ごめんなさい。姉様」
 とてもいけない事をしてるような気がする。
「母様はもう亡くなられたわ。父様は仕事よ」
「そうですか」
 ピンと来ない。
 それは赤の他人の事のようで。
 母様が死んでる事は悲しむべき事?
 父様が仕事もどうでもいいことの様。
「サファも疲れたでしょ?今日は早くおやすみなさい」
 困惑している私にイファが言う。
「ええ、そうします。おやすみなさい」
 ひどく無機質な自分の声。

 部屋に戻るなり私はベットに突っ伏す。
《自由に》
 キィンと耳鳴りがする。
《この籠から》
 いつもより鮮明な声が聞こえる。
《飛び立って》
 それと同時に機械音も大きく響く。
《どうか・・・どうか》
 ウィイィン  ヴィィィン
 響く響く闇の音。
 何処までも何処までも―――。

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