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第54話

 騒動が起きた日から数ヶ月。澄人の状況は良くなるどころか、悪くなる一方だった。

 他の実習生達は、澄人に話しかけることはなくなり、社員達からも、澄人を勧誘するような声を聞くことはなくなった。その代わりに聞こえるようになったのは、失敗作――昔と同じ呼ばれ方。加えて、それに追い打ちをかけるかのように、処罰が次から次へと追加されていった。その中には、もはや雑用と言ってもいいようなものまであった。

 それでも澄人は、もう泣くことはなかった。どれだけ疎まれようと――例え誰にも評価されなくても、真剣に実習に取り組み、少なくなった時間の中で必死に勉強をし、己の知識と技術を上げていった。いつかその知識と技術が、はるの願いを叶えることに、少なからず役に立つ日がくるかもしれないと。

 ナオはそんな彼を側で支え、できる限りのことをやっていた。マイクロメモリの補完作業を――澄人とはるの子供達を育てながら。

 そして、その補完作業がついに終わった夜。

「明日の朝には、澄人に完了の報告ができますね」

 久々の吉報に、きっと澄人も喜んでくれるだろうと、ナオは目を閉じる。しかし、ナオはすぐには眠りにつかなかった。念のために、最後のチェックをしておきたかったからというのもあったが、補完作業が完了した状態の、二人の子供達を見てみたいと思ったからだ。

 ナオはマイクロメモリにアクセスを開始した。

 補完作業をする前は、エラーが発生していたためわからなかったが、今は二人の姿をちゃんと読み込むことができた。

 仮想体として彼女の意識内の世界に現れる、二人の子供達。

 01-Sは、ナオとそれほど変わらない――一六、七歳くらいの外見で、おとなしそうな雰囲気はどことなく澄人に似ているが、髪の長さは、はると同じくらい――腰のあたりまである。

 02-Hの方は、01-Sよりも二、三歳ほど幼い印象を受ける。髪の長さは01-Sよりも短いが、その顔つきは、はるによく似ている。

「こんばんは」

 ナオは座っている姿の二人に、話しかけた。

『…………?』
『……? ……??』

 自身の人工頭脳を持たない二人は、意識だけの存在。言うまでもなく、返事をすることはない。しかし、二人は目をぱちぱち瞬きさせたり、首をかしげたりする反応をした。

「私は、あなた達のお母さんの妹ですよ」
『……?』
『……! ――♪』

 01-Sは、不思議そうな目をしたままだが、02-Hの方は手を伸ばしてきた。だが、ナオが触れることはできない。ナオ一人の処理能力では、二人にそれだけの情報を付与することは困難なのだ。

「明日には、あなた達のデータ補完が終わったことを澄人……お父さんに、言ってあげますからね」
『…………! ……?』

 澄人の名前を出した途端、01-Sは口を開けたり閉じたりしてきた。

「ふふ。お父さんのことが気になるのですね」
『――! ――!!』
『……。……!』

 01-Sの真似をしているのか、同じように父親のことが気になっているのかわからないが、02-Hも同じように口を開け閉めする。

「すみません。私の意識内に、澄人を招くことができれば――姉さんが側にいれば、あなた達に会わせてあげることができるのですが……」

 笑みを浮かべつつも、残念な気持ちになるナオ。

 人間の意識をアーティナル・レイスの人工頭脳に接続して送ることは、危険性が高く、技術的にも困難だ。

 アーティナル・レイス同士ならば一応可能だが、はるは行方不明。子供達と会えるとしても、ずっと先のことになってしまうだろう。

 ナオは触れることができない二人を見つめながら、せめて形だけでも頭をなでてあげようと思った。その時だった。

――02。

「姉さんの声……? いえ、そんなはずはないですよね」

 ナオはそれを気のせいだと思った。自分の記憶データにある声が、思い出したことで再生されたのだろうと。だが、

『……02』
「え――?」

 聞こえた。はっきりと――背後から。そして、

「これは、あの時と同じ……」

 初めて会ったあの日、意識を接続してきた時の感覚。

 遅れて、接続してきた者の名前がナオの中に表示される。それでも信じられないという思いを抱きながら、後ろを向いた。

 光の集合体。それは徐々に色と形をつけ、人の形を成していく。

 数秒後……明らかになった顔を目にし、ナオは声をこぼした。

「姉さん…………?」

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