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第30話 FU・RU・E・RU★もふ殿パニック

「おお、思ってた以上に立派だな……」


 死神ちゃんは天守閣を仰ぎ見ると、驚き顔で唸った。マッコイとケイティー、そしてアリサは何度かお邪魔したことがあるのか、とてもリラックスしていた。その横で、サーシャが身を縮こまらせて青い顔をしていた。
 死神ちゃんが声をかけると、サーシャは固まった表情のまま死神ちゃんを見下ろした。


「わ、私までお邪魔してしまって、本当にいいのかしら……」

「ああ、うん。あいつ、『お花のお友達はわらわのお友達なのじゃ!』って言ってたから。だから、そんな気にしなくて大丈夫だから」

「そうよ、サーシャ。ほら、肩の力を抜いて。ね?」


 そう言って、アリサがサーシャの両肩に手を置いて揉みほぐすような動作をした。するとサーシャは〈統括部長様に肩を揉んでだなんて恐れ多い〉とでも思ったのか、恐怖にも似た悲鳴を小さく上げた。アリサが驚いて手を放すと、マッコイが苦笑いを浮かべて言った。


「ごめんなさいね、サーシャ。この子、立場が立場なもんですから、友達がアタシとケイティーと|薫《かおる》ちゃんくらいしかいないのよ」

「ジューゾーは友達じゃあないでしょ!? 私の大切な――」

「まあ、とにかく、だからコイツもサーシャと仲良くしたいんだろ。だから社長さんだからとか、そういうのは気にしないでやってくれよ」


 口を尖らせるアリサを遮って死神ちゃんがそう言うと、サーシャは遠慮がちに笑って頷いた。

 門が開き、死神ちゃん達は敷地内へと足を踏み入れた。すると、サーシャがふと不思議そうな顔で死神ちゃんを見つめて言った。


「ていうか、お花ちゃんともふ殿はどういう経緯でお友達になったの? 統括部長ともだけど……」

「統括部長じゃなくて〈アリサ〉って、名前で呼んでよ。もう私達はお友達なんだから。――ジューゾーはね、前世で私と恋仲だったのよ」

「ジューゾー?」


 サーシャは足を止めると、きょとんとした顔で目を瞬かせた。そしてアリサを見つめながら不思議そうに首を捻った。すると死神ちゃんが苦々しげに顔を歪め、アリサが得意げにニコニコとし始めた。そんな二人を見て、サーシャは合点がいったとばかりに驚いた。


「えっ、お花ちゃんって、本当は男の人なの!?」

「えええ、驚くところ、そこ!?」

「だって、社員になるべく転生してきた人って、死んだ当時の姿でこの世界に来るのが普通だから。それに、エルダ|姉《ねえ》の新聞だって女の子扱いな感じで書いてあったし。だから、てっきり、男勝りでおませな子なんだと……」

「あー、うん。俺のことを幼女だと信じて疑ってない人が多いから、夢を壊さないようにっていう配慮らしいぜ……。――あ、てんこも俺のことを〈同い年くらいの女の子〉だと思っているんだよ。それがきっかけで仲良くなったんだが、あいつも俺が幼女だと信じて疑っていないんだよ。だから、できたらこの件はご内密に……」


 死神ちゃんが肩を落とすと、サーシャは同情するように頷いた。そしてほんの少しだけ先を歩いていたマッコイとケイティーに呼ばれると、死神ちゃんとサーシャ、アリサは足早に二人の元へと向かったのだった。



   **********



 城内に入ると、おみつが会場へと案内をしてくれた。本日は天狐の〈お習い事〉のひとつである茶道のお披露目会で、死神ちゃん達は天狐に〈美味しいお茶をごちそうしたい〉と誘われたのだ。
 死神ちゃん達は小さな茶室へと通された。室内へと入ると、嬉しそうに目を輝かせた天狐がパタパタと近づいてきた。彼女はいつもの動きやすそうな狩衣ではなく、可愛らしい着物を着ておめかししていた。


「お花も|皆《みな》も、よく来てくれたのう!」

「あーん! もふ殿、お着物、とてもよくお似合いです可愛いいいいいいい」


 ケイティーはデレデレとだらしなく顔を崩すと、天狐を羽交い締めにした。天狐は尻尾をうねうねと動かしながら、ケイティーの腕の中で必死にもがいた。


「ちょっと、ケイティー! もふ殿、苦しがっているじゃない!」

「ああん、ごめんなさい。あまりにももふ殿が可愛らしいから、つい……」


 マッコイに窘められ、ケイティーは慌てて天狐を放した。そして、バツが悪そうに頭をかきながらヘコヘコと謝罪した。天狐はぷうと頬を膨らませると、ケイティーとマッコイを交互に見ながら言った。


「〈もふ殿〉じゃないのじゃ! 〈てんこちゃん〉なのじゃ! 敬語も駄目なのじゃ! わらわとおぬしらは、もうお友達なのじゃから! おぬしらが〈第二〉にいた頃から、そう申しておろう!?」


 ぷりぷりと怒る天狐にマッコイとケイティーが申し訳なさそうに笑って謝罪するのを、死神ちゃんは不思議そうに眺めた。何故なら、第二班は|亜人《デミ》だけで構成されているからだ。もしや、昔はデミとヒューマンの混合班だったのだろうか――。
 死神ちゃんがアレコレと考えを巡らせている間に、天狐が満面の笑みを浮かべてサーシャに近づいていった。天狐はサーシャに抱きつくと、嬉しそうに笑って言った。


「サッシャ! 来てくれて嬉しいのじゃ! サッシャも、わらわのことは〈もふ殿〉ではなく〈てんこちゃん〉と呼んで欲しいのじゃ!」

「分かったわ、天狐ちゃん。――今日はお招きありがとう。私、茶道のお作法とかよく分からないんだけど、大丈夫かなあ?」

「皆は作法など気にせず、楽しんでくれればよいのじゃ! 頑張って〈おもてなし〉するからの、ゆっくりしていって欲しいのじゃ!」


 天狐は上機嫌にフフンと笑うと、得意気に胸を張った。そして〈本当はにゃんこも誘ったのだが、じっとしていられないからと断られた〉ということや〈本日用意したお茶菓子は、最近お気に入りの一品を別世界からわざわざお取り寄せした〉ということを興奮気味に捲し立てた。その途中でおみつに声をかけられ、天狐は慌ててお茶の先生のもとへと戻っていった。


「みなさまのほとんどが初めてでしょうし、作法等は気になさらないで気楽にしてくださって結構ですよ。ただ、マッコイ様が最初でアリサ様かサーシャ様が最後という感じで座って頂けますでしょうか?」


 おみつは一同のもとへとやって来ると、そのような依頼を提示してきた。本来、茶会にはお客側にも役割があるそうで、最上席に座る〈お客の代表〉が主催者に挨拶や質問をしたりし、末席に座る人が回ってきたお道具を亭主に返すということをするのだとか。そして今回のお茶会の目的は〈天狐の上達具合を見ること〉のため、可能な限りそういうことをやりたいのだそうだ。そのため、|それ《・・》を自然に出来そうなマッコイとサーシャ、アリサにその役をお願いしたいのだという。
 一同が了承して席に着くと、早速お茶会が始まった。

 マッコイが招かれたことへの礼を言い、天狐はお行儀よく返答した。そして続けて、マッコイはお軸やお花について質問をした。最初は流れるように答えていた天狐だったが、会話が進むに連れて笑顔のまま沈黙して固まることが度々あった。その都度、天狐は瞳に焦りの色を滲ませながらおみつや先生を見つめ、〈自分で何とかしろ〉という視線を返された。しかし、どうにか切り抜けようとして切り抜けられず、天狐は再びおみつ達を見つめては、こそこそと答えを教えてもらっていた。

 満足に回答できなかったことで焦り始めた天狐は、少しずつ身体を強張らせていった。そしてとうとう〈お茶を|点《た》てる〉という段にやってくると、天狐の緊張の糸は一気に張り詰め、彼女は完全にガチガチの状態となった。

 ガタガタと震えながらあれこれと道具を持ち替える天狐を、先生とおみつは〈気が気ではない〉という表情で見つめていた。どうやら天狐が事あるごとにミスを重ねているようで、彼らはその度に落ち着きなくそわそわとしていた。天狐本人も〈自分がミスしている〉ということに気付いているようで、大きな瞳をうるうるとさせながら必死に道具を見つめ、手にとったり戻したりしていた。
 何とか一杯目を点て終え、それを口にしたマッコイが笑顔で感想を述べた。しかし余裕がなさすぎて耳に入っていないのか、天狐はぷるぷると震え、既に泣きそうになっていた。一同は励ましの笑顔で天狐を見つめていたのだが、ふと茶室の外を見て頬を引きつらせた。――先ほどまで快晴だった空が、若干曇ってきていたのである。

 二杯目を点て始めた天狐は、先ほどよりもあからさまに失敗し続けた。うっかり鉄釜の蓋を素手で触ろうとしたり、お抹茶の粉が入っている容器を倒してしまったり、お湯をこぼしたり、点てている最中のお茶を盛大に飛び跳ねさせたりしていた。
 天狐の顔はみるみると青ざめていき、身体の震えは増し、そしてうるうる目からは涙が今にも溢れんばかりとなっていった。天狐の気分に影響されやすい城下町の空は、それに比例するかのように雲行きが怪しくなっていき、遠くのほうでは雷も鳴り始めた。
 心配に思った死神ちゃんは、こっそりとおみつに声をかけた。


「いつもこうなのか?」

「いいえ、普段はもう少しマシなのですが……。お館様は妖力のコントロールをするのが精一杯で、そのせいで〈心身の成長〉が非常に緩やかなのです。だからなのか、何事に対しても上達が遅く……。それでも少しずつ、確実に成長なさっていらっしゃいます。ですけれど、今日のこれは、正直、習い始めよりも――」

「ああ、じゃあ、凄まじく緊張してるんだな……」


 死神ちゃんが天狐に視線を戻すと、彼女は三杯目の椀――死神ちゃんの分を前にして声もなくボロボロと泣き始めていた。完全にパニックを起こし、何から始めたらよいのか分からなくなってしまったようで、悔しそうな顔でじっと椀を見つめていた。――外はすっかりと、雨が降り始めていた。

 えぐえぐと嗚咽を堪える天狐に、マッコイが近づいていった。近くで声をかけられたことに驚いた天狐がマッコイを見上げると、彼は笑顔で天狐の頭を撫でた。


「ねえ、天狐ちゃん。初めて〈第三〉にお泊りに来たとき、アタシの手料理を食べたでしょう? あのお夕飯、美味しかったかしら?」


 天狐が静かにコクンと頷くと、マッコイはニコニコと目を細めて続けた。


「ありがとう。アタシね、あのとき、〈天狐ちゃんと薫ちゃんが喜んでくれると嬉しいな〉と思いながら一生懸命作ったの。だから、美味しいと思ってもらえてすごく嬉しいわ。――さっきも天狐ちゃんが点ててくれたお茶もね、とても美味しかったわ。だって、天狐ちゃんの〈喜んでくれると嬉しいな〉がいっぱい詰まっていたんですもの。天狐ちゃんはちゃんと〈おもてなし〉ができているわ。だからそんな、不安がらなくていいのよ」


 天狐は顔をくしゃりとさせると、マッコイにしがみついた。死神ちゃんは二人に近づくと、天狐の背中をあやすようにポンポンと叩きながら優しい声で言った。


「失敗なんて気にすんなよ。習った通りにできるかどうかも大事かもしれないけど、一番大切なのは〈気持ち〉だろ? 俺は教本通りにただ綺麗なだけのものより、〈お前の気持ち〉が篭ったものが飲みたい。――いくらでも待つから、俺やサーシャ、アリサにも点てれくれよ。な?」

「う゛えぇぇぇぇ……お花あぁぁぁ……」


 
挿絵




 天狐はマッコイから離れると、今度は死神ちゃんにしがみついて泣いた。ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻すと、天狐は笑顔で茶を点て始めた。やはり時折ミスをしてはいるようだったが、そこで落ち込んで手を止めるということはせず、笑顔のままやり通した。死神ちゃんは運ばれてきたお茶を一口飲むと、満面の笑みを天狐に向けて言った。


「うん、美味い! 結構なお|点前《てまえ》で!」


 その後、天狐はサーシャとアリサの分と、〈いっぱいいっぱいになってしまい、おもてなしの気持ちを完全に忘れたまま点ててしまったから〉ということで再度ケイティーにも茶を点て直した。彼女達は嬉しそうにそれを頂いて、天狐も照れくさそうにそれに応えていた。

 何とか〈おもてなし〉をし終えた天狐の頭を優しく撫でると、おみつは笑顔で天狐に言った。


「焦ったり背伸びしたりする必要はございません。お館様はお館様のまま、そのままで、あるがままで良いのです。努力が実るのが遅くても、失敗したとしても、最後には笑顔でやりきっているお館様が素敵なのです。そして、みなさま、そんなお館様が大好きなのです。ですから、今日のお茶会は大成功ですよ。細かなお作法や手順は、また追々見直しましょう。――そして、無事にお茶会を終えられたのは、支えてくださったみなさまのおかげでもあります。しっかり、お礼を言いましょうね」


 天狐は満面の笑みで頷くと、一人ひとりに抱きつきながらお礼を言って回った。



   **********



 お茶会から帰ってきて、リビングで寛いでいた死神ちゃんはぼんやりと本日のことを思い返した。


「うん、天狐は天狐のままで、そのままで十分だよな」


 そのような独り言を呟きながら一人頷く死神ちゃんを見て、マッコイはクスクスと笑った。


「薫ちゃんもね」

「は? 何が?」

「いろいろと思い悩むことがあるかもしれないけれど、でも、周りの反応に関して言えば、気にすることはないのよ。あるがままでいいの。――今の幼女の見た目でいようが十三様に戻ろうが、〈どんな姿をしていたとしても、薫ちゃんは〈薫ちゃん〉なんだ〉って。少なくともアタシや、この寮のメンバーはそのように思っているわ」


 死神ちゃんは目を|瞬《しばた》かせると、ほんのりと頬を赤らめてムスッとした表情を浮かべた。そしてフイッと顔を背けさせた死神ちゃんを見て、マッコイは再びクスクスと笑ったのだった。




 ――――大切なのは、〈ガワ〉ではなく〈中身〉ということなのDEATH。

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