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第25話 密着取材★今何時?

 
挿絵



 寮長室の応接ソファーに腰掛けて、死神ちゃんは愕然とした様子で手元の紙束に視線を落としていた。そして表情を変えることなく、静かに紙をペラリペラリと捲る死神ちゃんをダークエルフがにこやかに見つめていた。


「それで、次のお休みの日にでも、二十四時間密着取材させて欲しいんだけど」

「……拒否権は?」


 死神ちゃんはげっそりとした顔を上げると、ダークエルフを見つめた。ダークエルフは爽やかな笑みを浮かべると、きっぱりとした口調で言った。


「ない」


 死神ちゃんはガクリと頭を垂れると、盛大に溜め息をついた。



   **********



 勤務を終えた死神ちゃんが寮に帰ってくると、寮長室窓口がカラリと開いて、そこからマッコイが顔を出した。


「お帰りなさい、|薫《かおる》ちゃん」

「おう、ただいま。これから夜勤だってのに、お前も寮長の仕事、大変だな。お疲れ。――飯、どうする? まだ作業残ってるなら待ってるけど。それとも、他のヤツらとだけで済ませてきたほうがいい感じか?」


 死神ちゃんがそう言うと、マッコイは心なしか困ったような顔を浮かべてやんわりと笑った。死神ちゃんが不思議そうに眉根を寄せると、眼鏡をかけたダークエルフの女性がマッコイを押しやって窓口から顔を出した。突然たかれたストロボに死神ちゃんが目を細めると、彼女は頬を上気させて捲し立てた。


「今の発言、すごく気になるんだけど! もしかして、二人は〈上司と部下〉以外にも何か秘密の関係があったりするの!?」

「いや、うちら〈第三〉はみんな仲がいいんです……。だから別に、マッコイとだけでなく、みんなとよく飯食いに行きますし、今もそのつもりで声かけたんですけど……」


 死神ちゃんは呆然とした表情のまま、たどたどしく答えた。すると彼女は熱心にメモ帳に何かを書きなぐり始めた。


「……なあ、この人、誰なんだ? 何だかサーシャに似てるような気もするんだが」


 死神ちゃんは〈追いやられたマッコイ〉の見える位置まで移動すると、彼に向かって質問した。すると、彼は苦笑いを浮かべて「とりあえず、こっちに来て」とだけ答えた。
 死神ちゃんが寮長室に入ると、先ほどのダークエルフが死神ちゃんを出迎えた。彼女はニコリと笑うと、死神ちゃんに向かって手を差し出した。


「あなたが|小花《おはな》薫さんね。初めまして。私はエルダよ。サーシャとは従姉妹同士なの。お互いの母親が姉妹同士で、私達、二人とも母親似なのよ。だから似てるのかもしれないわね」


 死神ちゃんが差し出された手を取り握手をすると、彼女は死神ちゃんに応接ソファーへと座るよう促した。

 サーシャとエルダはこことは別の世界の住人で、彼女達の世界では大学卒業後にどこかへと就職する際、自分達の世界だけではなく別の世界の〈企業〉も就職先としてエントリーが可能となっているのだという。そして、このダンジョンは彼女達の世界では就職先として人気の企業なのだそうだ。――冒険者に対してやっていることはブラックだが、社員に対してはホワイトなことを考えると、人気になるのも頷けた。


「で、部署はどこなんですか? 見るからに、サーシャとは違うというのは分かるんですけど」

「ああ、私は〈報道課〉なの。社内報を作ったり、社内向けのテレビ番組を作っている部署よ」


 言いながら、彼女は死神ちゃんに分厚い紙の束を渡して寄越した。それを受け取った死神ちゃんは、表紙を見て思わず顔をしかめさせた。死神ちゃんが嫌そうな雰囲気を出しているのを察したマッコイは作業の手を休めると、死神ちゃんのほうを向いて遠慮がちに言った。


「それね、新人はみんな通る道なのよ」


 死神ちゃんがげっそりとした顔をマッコイに向けると、彼は〈だから、諦めて〉とでも言うかのような薄っすらとした笑みを浮かべた。エルダはそんな二人を見て楽しそうにニコニコと笑うと、おもむろに概要説明を始めた。
 毎年この時期になると、新入社員に密着取材して特集記事を組むのだそうだ。その記事作製のために、念のため〈書いて欲しくない内容〉にチェックを入れて欲しいのだという。


「これ、全部にですか? 結構な量、ありますけど」

「ええ、全部。実はね、小花さんは既に社内で噂がもちきりの人気急上昇株なのよ。だから可能な限り早く掲載したいし、三日後締め切りでいいかしら?」

「えええ、三日後!?」


 死神ちゃんは盛大に顔をしかめると、パラパラと資料を捲った。そこには、すさまじく可愛らしい丸文字で、入社してから今までの〈死神ちゃんのダンジョンライフ〉が詳細に記されていた。それを見て、死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔を青ざめさせた。


「何でこんなに詳細なんだよ……」

「うちには有能な取材担当がいるのよ」


 死神ちゃんが唸るようにそう言うと、エルダは視線だけで〈あそこを見て〉と死神ちゃんに促した。彼女の視線を辿っていくと、物陰からオークがのったりと姿を現した。彼(彼女?)は死神ちゃんと目が合った途端、目にも留まらぬ速さで姿を消した。


「……オークって、あんなに速く動けましたっけ」

「あの子、とても恥ずかしがり屋だから。ちなみに、その資料の丸文字もあの子のものよ。可愛らしいでしょ? ――でね。とりあえず、今からちょっとインタビューさせて欲しいのよね。それで、次のお休みの日にでも、二十四時間密着取材させて欲しいんだけど」


 うっそりとした顔で資料に目を戻していた死神ちゃんは、表情を変えることなく顔を上げた。そして、念の為〈拒否権はあるのか〉というようなことを質問した。しかし、返ってきた返事は案の定NOだった。死神ちゃんは肩を落として頭を垂れると、盛大に溜め息をついた。



   **********



 インタビューはそのまま寮長室で行われた。いろいろなことを聞かれ、機械的に答えていく中で〈初任給の使い道〉に話が及んだ。死神ちゃんが気まずそうに〈お世話になっている人にプレゼントをした〉と答えると、それが誰かを察したエルダがマッコイに食らいついた。マッコイが〈自分の他に天狐も受け取っている〉というようなことを事務的に答えると、エルダは満足げに頷いて一生懸命メモを書きなぐった。
 それから、生前と違う姿に変えられてしまったことについてに話題が変わると〈今の身体になって良かったこと〉について質問がなされた。死神ちゃんがあっけらかんとした口調で「股の間にモノがないだけで、こうも動きやすいとは思わなかった」と答えた。マッコイは顔を赤らめて俯くと、好奇の眼差しを死神ちゃんに向けて「もっと具体的に聞かせて」とせがむエルダに〈インタビューの終了〉を言い渡した。
 いつの間にやら同居人達が野次馬しに来ていたようで、彼らは「さすが、薫ちゃん。斜め上の回答」などと言いながら腹を抱えてひいひいと笑っていた。死神ちゃんは、そんな彼らを憮然とした顔で静かに見つめた。

 同居人達にもインタビューをするべくエルダが寮長室を出て行くのを確認すると、死神ちゃんはポツリとこぼした。


「ところで、オークに見張られてただなんて、全く気づかなかったんだが。俺、殺し屋としての腕、落ちちまったのかな……」

「大丈夫、アタシも全く気づかなかったから。そもそも、見張られてたことに気付いたって人、今まで聞いたこと無いのよね……」


 名うての殺し屋や暗殺者の上を行く〈存在感ステルス能力〉を持っているとは、一体あのオークは何者なのだろうか。それは〈恥ずかしがり屋〉で済ませられるような能力では無いと思うのだが。――そんなことを思いつつ、考えるだけ無駄だと気がついた死神ちゃんは深い溜め息をついたのだった。



   **********



 休日、死神ちゃんはカメラのシャッター音で叩き起こされた。目覚めの悪さに気分を害した死神ちゃんは〈本日は密着取材の日である〉ということを思い出し、一層機嫌が悪くなった。
 普段着に着替えると、死神ちゃんは共用のリビングへとやって来た。座禅サークルのメンバーに寝顔激写の件を愚痴ると、再びシャッター音が聞こえたような気がした。苦々しい表情を浮かべる死神ちゃんに、元坊主の同居人――通称・住職が苦笑いを浮かべた。


「今日、やめておこうか?」

「いや、普段の休日風景を取材したいから、何が何でも普段通りにしろって言われてるんだよ……」

「ああ、俺の時もそうだったっけな、そう言えば……」


 住職を始め、座禅サークルの面々の目が虚ろになった。――どうやら、みんながみんな、この密着取材にあまりいい思い出がないらしい。死神ちゃんは肩を落とすと、その場に座り込んで座禅を組み始めた。

 時折シャッター音が鳴り響き、落ち着かない雰囲気の中、朝の座禅会は何とか無事に終了することが出来た。そのままメンバー全員と朝食をとりに出かけたのだが、そこでもやはりシャッター音が聞こえてきた。寮から定食屋まで誰かがついてきた気配はなく、辺りを見回してもみたのだが、死神ちゃんはオークの存在を確認することすら叶わなかった。

 食後、必要品の買い出しの予定を入れていた死神ちゃんは、同じく買い出しの用事のあったマッコイと一緒に百貨店へと足を運んだ。偶然出会った受付のゴブリンと手を振り合って挨拶し、用のあった店を見て回り、プリン・ア・ラ・モードの美味しいカフェで昼食をとった。その間ももちろん、死神ちゃんが何かをし、何かを言うたびにシャッター音が微か聞こえてきた。さすがの死神ちゃんもストレスを感じ始めた。


「薫ちゃん、大丈夫?」

「いや……。あまり……。なんか、さっきよりシャッター音激しくなってるし。凄く落ち着かなくて、早く店を出たい……。……あ、そうだ。お前、良かったらこれ――」

「あら、なあに?」


 死神ちゃんの言葉を遮るようにそう言いながら、マッコイはテーブルを指でトントンと叩いた。それは〈今、それは駄目〉という内容のモールス信号だった。――死神ちゃんはパフェを食べる気になれず、早く退店したい一心でマッコイにお裾分けしようとしていた。それに気がついた彼はどうやら、記事にあることないこと書かれないようにと気を回してくれたらしい。
 先日だって〈みんなも一緒の食事に誘う〉というだけで変な勘ぐりをされたのだ。二人で出かけた先でデザートのシェアなどしようものなら、それこそ何を書かれるか分かったものではない。そしてきっと、モールスはこの世界には存在せず、こちらの世界の言葉への変換ができない情報伝達手段なのだろう。死神ちゃんはそんな彼の気遣いに薄っすらと笑みを浮かべると〈ごめん、ありがとう〉と机を打ちながら「やっぱり何でもない」と返した。

 買い物から帰ってきたあと、死神ちゃんは共用のリビングで同居人達とボードゲームなどをして遊んだ。ゲームに熱中する死神ちゃんの後ろには、ゲーム不参加の女性がひとり座り込んでいた。男性陣とゲームを嗜んている最中にこの彼女に髪の毛で遊ばれるのは日常茶飯事で、本日はドレッドのような見事な編み込みが施されていた。


「あら、今回も一段とすごいわね。すごく可愛らしい」

「頭皮が凄まじく引っ張られてて、そのうち禿げやしないかと心配なんだが」


 リビングに顔を出したマッコイが感心の眼差しで死神ちゃん達に声をかけると、死神ちゃんはしょんぼりとした顔を彼に向けた。おっさんな感想を述べる死神ちゃんに、その場にいた全員がおかしそうに笑い声を上げた。
 その笑い声に紛れて、シャッター音が連続して聞こえてきた。死神ちゃんは頬を引きつらせると、低く声を潜めて言った。


「なあ、今、何時? 今日という日は、あと何時間で終わる?」

「薫ちゃん、気にするなって言っても無駄かもしれないけど、気にしないほうがいいよ……」


 同居人達のうちの一人がそう答えると、死神ちゃんは惨めそうに表情を曇らせた。そして、溜め息をつきながらポツリとこぼした。


「せめて、姿が見えてくれてたら、こんなに気味の悪い思いをしなくていいのに……」


 すると、それに応えるかのようにオークがこっそりとソファーの影から顔を出した。その場にいた全員が驚いてオークを見つめると、恥ずかしがり屋のオークは残像を残して姿を消した。
 この直後から〈今、何時?〉というのが死神ちゃんの本日の口癖となった。その言葉を口にするたびに死神ちゃんは哀愁漂う表情を浮かべ、声の調子にも悲壮感が増していった。寮の仲間達は、そんな死神ちゃんに「頑張れ」と言うしかなかった。

 夕飯を食べに行き、そろそろお風呂に入ろうという頃。死神ちゃんが服に手をかけて脱ごうとした瞬間、シャッター音が鳴り響いた。既に限界を迎えていた死神ちゃんは、服に手をかけたままの状態で呆然と固まったまま、無言でマッコイを見上げた。マッコイは溜め息をつくと、どこに隠れているのか不明なオークに向かって警告した。


「それはさすがに、やりすぎってものでしょう。今までだって、お風呂にまで潜入捜査なんてしてなかったはずよね? なのに何で今回に限って、お風呂にまでついてきたわけ? すごく、デリカシーがないと思うんですけど。それに、アタシ達はアタシ達なりの事情があって二人だけでお風呂に入っているの。もちろん、やましいことなんてこれっぽっちもないわよ。でも、もしもそれをネタにでもしたら、覚えてなさい。――夜道、歩けなくしてやるから」


 最後の一言を言いながら、マッコイはいつになく目を見開き、|狂狐《きょうこ》ちゃん顔で殺気を放った。オークは忍者よろしく布を駆使して〈隠れ身の術〉を使っていたようで、空の脱衣棚の一つから転がり出るように姿を現すと、慌てて脱衣室から出て行った。



   **********



 ある日、死神ちゃんは社内報という名の〈週刊新聞〉を読んでいた。新聞には〈今週の薫ちゃん〉というコーナーが出来ていて、そこでは一週間のうち一番おもしろかった〈冒険者との逸話〉が紹介されていた。それをげっそりとした顔で目を通しながら、死神ちゃんは密着取材のことを思い返していた。
 インタビューの内容は結局、あれこれと聞かれたうちの半分も採用されてはいなかった。〈死神ちゃんを女の子だと思っている人の夢を壊さないように〉という、よく分からない配慮の結果らしい。また、休日の密着取材に関しても無難な内容でまとめられ、おもしろおかしく書き立てられているということはなかった。マッコイの怒りに触れたことがよっぽど堪えたのだろう。そして、その煽りを受けたからか何なのか、〈勤務中の出来事〉に心血が注がれてた記事となっていた。

 正直なところ、内容自体は〈話を盛る〉ということはなされていなかったのだが、変態に絡まれまくっているせいか、それだけでもう一種の娯楽として成立してしまっているようだった。おかげさまで、死神ちゃんにとっては喜ばしくないことではあるのだが、死神ちゃんの特集記事はとてもウケが良かった。そして〈もっと読みたい〉という意見が殺到したそうで、このようなコーナーが作られてしまったというわけだった。


「あら、薫ちゃん。〈|今週の薫ちゃん《それ》〉、一応読んでるのね」


 リビングにやってきたマッコイが、苦笑交じりに声をかけてきた。死神ちゃんは生返事を返しつつ、新聞を近くのローテーブルへとぞんざいに投げた。すると彼はニコリと笑って「それなら話が早いわね」と言った。死神ちゃんが首を傾げると、彼は一転して虚ろな目となり、抑揚なく話を続けた。


「〈今週の薫ちゃん〉の大人気を受けて、今度は〈今日の薫ちゃん〉というテレビ番組をやりたいそうよ。待機室のモニター映像って録画しててね、一定期間は保存しているの。それを利用してミニ番組を毎日作るんですって。しかも、新聞のほうは番組内で取り上げなかった逸話を紹介すればいいからってことで、継続するみたい」

「……それ、本気か?」

「|統括部長様《一番権力のあるファン》が乗り気なのよ。だから、拒否権はないみたい。――あとでギャラ交渉して、ガッツリふんだくってやったら?」


 思わず、死神ちゃんは頭を抱え込んで溜め息をついた。するとマッコイが憐れむようにポツリと言った。


「人気者は大変ね……」

「〈街〉ですれ違っても、プライベートは結構みんな放っておいてくれるし、きちんと金さえ出るならもうどうでもいい……」

「……ねえ、気分転換にお茶しにいかない? アタシ、奢るわよ」


 死神ちゃんは力なく頷くと、マッコイと連れ立ってリビングを後にした。




 ――――まさか自分が有名人のような扱いを受けるようになるとは、全く思ってもみなかったのDEATH。

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