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生意気な後輩

 その日、傭兵協会の地下は騒ぎに包まれていた。
 入会試験と称し、数人の傭兵が一人の少女を連れ込み、模擬戦を挑んだ。

 笠を深く被り、見たこともない服装の少女、だが先輩風を吹かせたい連中には格好の的で、あれよあれよとことが進んでしまう。

 だが、結果としてその数人の傭兵は数分もしない内に這い蹲った。
 誰もがどよめき、同時に彼らの友人は頭に血を登らせる。

「てめぇ、どんなイカサマをしやがった?」
「なにもしていない」
「嘘をつきやがって、呪文か、呪文を使ったんだな」

 殺気立つ少女と傭兵たち、試合とは言えない格闘が始まろうとした矢先、シンはその間に割って入った。

「落ち着けよ」
「なんだシン、このガキの肩を持つのか」
「そうじゃないけど。これはこれで格好が悪いだろ?」
「知るか、仇討ちだ」
「偶然だって。こんな子が純粋な勝負で勝てると思うか? なあ?」

 軽妙な言い回しで男たちを若干なだめ、そしてアオバに目配せしようとした瞬間、横っ腹に蹴りを撃ち込まれた。

「邪魔するな」
「おい、おま……おえぇ……」

 そのままうなだれるシンをよそに、とうとう戦いは始まった。
 そしてやはりと言うべきか、協会の医務室は傭兵たちのうめき声で充満した。

「……なに考えてるんだ、あのガキは」
「はい。鎮痛軟膏塗ったよ」
「ありがと」

 わき腹を撫でつつ医務室を出る。
 事が大きくならない内に助け船を出したのに、その船に穴を空けられて、不満と怒りでいっぱいだ。

「短気な性格しやがって、あんなんじゃ傭兵としてやっていけないぞ……」
「おい、ホーネット!」
「ん?」

 ファミリーネームで呼ぶのは職員くらいだ。
 あたりを見渡すと顔見知りが手招きしている。

「会長がお呼びだ」
「なんで?」
「頼みたいことがあるらしい」
「依頼?」
「詳しいことは直接、な」

 この時点で嫌な予感がしていたが、従う他無かった。  今月は財布が寂しく、魔導銃のメンテナンスっも危うい、そんな状態で上からの指示を無視するのは難しい。

 そんな現実を噛みしめて階段を登り、重厚な扉を開くと小皺を貼り付かせた壮年が座っている。

「お呼びですか」
「ああ、座ってくれ」

 長丁場になりそうだ。
 シンは口元がゆがむのを堪えてソファに腰を下ろす。
 対面に会長が座り、一枚の書類を置いた。

「総会で決定した、新規則だ」
「……近年の情勢の変化に対応すべく、今回全傭兵協会に新たな規約を施行する。第一」
「重要なのは第三だ」
「第三。未成年の者が協会に登録された場合、二年以上の所属経験を有する傭兵が教導を行う、ってこれは」
「要すると、お前に新人の教導を任せたい」
「はい?」

 思わず首を傾げてしまう。
 確かにシンは二年以上の所属経験があり、条件は満たしている。

 しかし、なぜ名指しで選ばれるのかわからなかった、他に実力のある傭兵はたくさん居る。
 その反論を予想していたのか、会長は顔のしわを撫でる。

「いやな。その新人が先輩傭兵とめった打ちにしてな、だれも手を挙げないんだ」
「……あいつかっ」

 あの生意気な少女のことだった。
 理不尽な蹴りを入れられた記憶がよみがえり、眉間にしわが寄る。

「話は聞いたぞ。庇ってあげたそうじゃないか」
「その結果も聞いているでしょう」
「だが、あの状況で唯一味方したのはお前だけだ」
「ぐ……」
「なにより、十人近い傭兵を無傷で倒したその実力、我々の協会に籍を置いて貰わなければならない」

 明らかな問題児だが、実力は本物。
 力の矛先が魔物に向けば、大いに実績を上げ、ゆくゆくはオルマ支部の立場を、と考えているのだろう。
 けれどもシンは食いついた。

「正気ですか。庇った人間に蹴り入れるバカなんですよ?」
「そこは上手くやってくれ。使い物にできれば追加報酬も考えよう」

 見計らったように小切手を見せてくる。
 総額五万ルド、かなりの金額だ。
 魔導銃のメンテナンスはもちろん、お高いレストランでディナーを楽しんでも十分にお釣りが戻る。

「わ、かりました」
「ははは。よろしく頼むよ」

 渋々頷くシンに笑いかけ、会長はおいと呟いた。
 隣室に繋がる扉が開いて、一人の職員とさっきの少女が現れる。

 室内であるにも関わらず、笠を深く被り、鼻から下だけが確認できた。

「ムラモト・アオバ。君の教導……楽に言うならバディのホーネット・シンだ」
「……よろしく」

 ようやく吐き出したような声で返事をされる。
 不満しか感じ取れない態度に眉を潜めそうになるが、堪えて手を差し出す。

「こちらこそよろしく。まあ、お互い知らない部分があるだろうけど、仲良く……」
「ふん」

 ぷい、とそっぽを向かれる。
 寂しく手を伸ばしたまま、シンは会長を睨みつけた。
 やっぱり無茶じゃないか、と念を送るが、もちろん届くはずもない。
 むしろわざとらしく拍手をされる始末だ。

「……」
「じゃあ、さっそくバディとして活動して貰おうか」

 側に居た職員が書類を渡してくる。
 各規約の詳細が纏められていて、教導についての内容も綴られていた。

「ええと。優先して、探索と警戒任務、その地域での最低難易度の討伐依頼を実行すること、ですか」

 両方とも傭兵協会としてはすこぶる楽な仕事だ。
 とはいえノウハウを教え込むにはちょうど良い。

「そういう訳だ。さっそく探索と警戒を行ってくれ」
「……今から?」
「ああ。おい、車を使ってかまわんから連れて行ってやれ」
「はい」

 職員はきっちり挨拶を返す。
 打ち合わせでもしたかのように息の合った応答だ。
 上司と部下のお手本のようだった。

 が、シンとアオバの間には険悪では語りきれないほどの緊張感が漂っている。
 それは森に着くまで改善されることはなかった。

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