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第20話 お買い物小夜曲(セレナーデ)

 死神ちゃんがこちらの世界に来て初めての給料日のことである。寮の住人達はウキウキそわそわとしていた。〈ダンジョン〉と〈そこに繋がる別空間〉という非常に狭い世界で生きる彼らであっても〈給料〉というのは嬉しいらしく、彼らは何を買おう、何を食べようと口にしては楽しそうに笑っていた。
 実は、まだ死神ちゃんは実際に目にしてはいないのだが、ダンジョン内には〈冒険者の懐と心をボッキリと折るための、罠として存在する娯楽施設〉がある。それらの店舗は|こちら側《・・・・》にも社員向けに店を構えているため、少ないながらも一通りの娯楽が用意はされている。みな〈|再転生《しょうらい》〉のために貯蓄をしているとはいえ、息抜きは絶対に必要ということで、そういった娯楽に対して結構気前よく金を使っていた。
 しかし、入社のタイミング的にまだお給料の貰えない死神ちゃんには、あまり関係のない話だった。浮足立つ同僚達を、死神ちゃんは|他人《ひと》事のように眺めていた。

 給料日から一週間ほどした、ある日。同僚達が給料日と同じようにそわそわとしていることを疑問に思った死神ちゃんは、同居人の一人に何故かと尋ねてみた。すると、同居人は死神ちゃんを寮内のある場所へと連れて行った。そこは寮長室で、中に入るとマッコイがデスクに向かって雑務をこなしていた。


「あら、どうしたの?」

「|薫《かおる》ちゃん、お知らせ掲示板見てなかったみたいだからさ、連れて来ちゃった。――毎月、成績の良かった班は月例賞として金一封が貰えるの。薫ちゃん、初給料まだでしょ? だから、こういうボーナス、嬉しいんじゃない?」


 死神ちゃんは頬をピンク色に染め上げると、輝かんばかりの瞳で同居人を見つめた。同居人がニコリと笑うと、死神ちゃんはマッコイに視線を移した。すると、マッコイは金庫を取り出して、死神ちゃんの分のぽち袋を差し出した。


「薫ちゃんのおかげで、うちの班が月例賞を獲得できたのよ。入りたてで不慣れでしょうに一生懸命頑張ってくれて、上司としてとても誇らしいわ。ありがとうね。一ヶ月、本当にお疲れ様でした」


 死神ちゃんの頬は嬉しさでピンクから真っ赤に変化した。同居人とマッコイはにこやかに微笑むと、そんな死神ちゃんの頭を撫でたり、肩を軽くポンポンと叩いたりした。



   **********



 早速この臨時収入を必要品の購入に当てようと、死神ちゃんは考えた。とりあえず、毎日のようにマッコイを頼るのも申し訳ないし、毎朝必ず彼がいるわけでもないので、目覚まし時計と〈仕事用の新しい服〉は欲しいところだった。――幼児の体のおかげで、早めに床に就いたとしても自力で起きられずに出勤ギリギリとなってしまうし、腕のリーチの問題なのか、洋服の脱ぎ着もいまだに手間取るのだ。

 マッコイに相談すると、彼は「別に気にしなくてもいいのに」と言いつつも、買い物に付き合ってくれた。
 やって来たのは、豊富な品揃えが売りの百貨店だった。死神寮のある広場から見ると一階建ての簡素な雑貨屋という風体なのだが、中は魔法で拡張されており、複数階建ての建物となっていた。ここは他の〈社員居住区〉とも繋がっているようで、様々な部署の社員が買い物を楽しんでいた。

 目覚まし時計を見繕い、服売り場にやってくると、受付のケバいゴブリンが真剣な顔で洋服選びをしていた。ブリッブリなロリータ服に身を包んだ彼女は死神ちゃんに気がつくと、ニタリと笑い、凄まじくゆっくりと手を振ってきた。死神ちゃんは苦笑いで手を振り返すと、自分も洋服選びをすることにした。
 死神ローブが何故か頭巾の形をしているため、どうしても衣服が露わとなる。〈死神感〉を失わないためにも、色はやはり黒で――ということで、黒の半袖ブラウスに黒の短パンを購入することにした。前ボタンにズボンだから、これなら一人でも着替えがし易いと思ってのチョイスだ。

 とりあえずの必要な物を購入できてほくほくの死神ちゃんは、ふとあることを思い出して目を|瞬《しばた》かせた。死神ちゃんの部屋を初めて見た時に可愛いだ何だと言って羨ましそうにしていたにもかかわらず、マッコイの部屋には必要最低限のものしかなかった。衣服だって、ファッションを楽しむ同僚達がたくさんいる中で、彼はいつもの〈村人A〉スタイルと先日の訓練時の服しか持っていないようだった。
 死神ちゃんはマッコイを見上げると、不思議そうに首を傾げさせた。


「お前って、少しでも早く〈再転生〉できるように極力金を使わないでおいてるのか?」

「あら、何で?」

「いや、だって、|俺《ひと》の部屋見て羨ましがるくらいなら、いろいろ揃えればいいだろうに、何もないに等しい部屋だったから」


 マッコイはバツが悪そうに笑うと、それは〈|転生前《むかし》〉から染み付いた習性だと教えてくれた。仕事柄、居所が特定されないよう点々としていたそうで、いつでもどこにでも行けるようにと、極力ものは持たない生活をしていたのだという。


「それに、|アタシ《・・・》|みたいなの《・・・・・》が可愛いぬいぐるみとかを抱えてても、気持ちが悪いだけでしょう?」


 遠慮がちに笑うマッコイに、死神ちゃんは「何で?」と即答した。驚いて目をパチクリとさせる彼に、死神ちゃんは顔色ひとつ変えることなく続けた。


「お前の人生なんだから、お前の好きなようにすればいいじゃないか。この一ヶ月思っていたんだが、お前さ、何ていうか、〈世の人が思うオカマさん〉らしくあろうと無理していないか?」

「なんで、そんな……」

「俺を誰だと思っているんだ。元諜報員の観察眼、舐めんなよ。――そんな、男だとか女だとかオカマだとかさ、体の性別とかも気にせずに〈自分らしくいられるもの〉を好きに着て、好きに持てばいいだろう。むしろ〈世の人が思うオカマさん〉なら、周りなんて気にせず『かーわーいーいー!』とか言いながらぬいぐるみ抱えるだろううに」

「でも……」

「そうやって気にしちまうのは〈オカマさん〉らしく振る舞わなきゃと思いつつ〈ごく普通の女性〉でありたいとも思っていて、でも結局〈ちゃんとオカマでいなくちゃ〉と気負っちまうからなんだろう?」


 死神ちゃんが何かを言うたびに口を挟もうとしていたマッコイが、とうとう押し黙った。口をつぐんで、しかしながら何か言いたげにじっと見つめてくる彼を、死神ちゃんもそのままの表情で見つめ返した。


「なんでそんなよく分からんもん気負ってるのかは知らないが、別に、女性でありたいなら堂々と〈女子〉でいればいいじゃないか。お前の人生は誰のものでもない、お前だけのものなんだし。お前らしくいられるものを常に選択していこうぜ、せっかくの〈|二度目の人生《チャンス》〉なんだし。――そもそも、そこいらの女子よりも、お前のほうがよっぽど女子だよ。まあだからって、さすがに、そのガタイで|ああいう《・・・・》|格好《・・》は似合わないとは思うが。……いや、意外と似合うか?」


 言いながら、死神ちゃんはゴブリンを見やった。すると、彼女はニヤリとした笑みをこちらに向けながら試着室へと入っていった。
 マッコイははにかむと、ゆっくりと口を開いた。


「……ねえ、お茶でもしましょうか。アタシが|奢《おご》るから。ここのカフェのプリン・ア・ラ・モード、とっても美味しいのよ」


 マッコイは死神ちゃんの手を取ると、カフェのあるフロアに向かって歩き出した。彼は心なしか嬉しそうにしていて、死神ちゃんは「急にどうしたんだ?」と不思議に思いながら首を捻った。



   **********



 初任給を貰ってすぐの休日、死神ちゃんは一人で百貨店から出てきた。長ズボンなど、必要だと思うものをさらに買い込んだり、天狐への〈ネグリジェのお礼〉を見繕ったりしたのだ。自分の身長の半分ほどの大きさのものを抱えてよたよたと歩いていると、勤務を終えて帰って来たマッコイと遭遇した。
 彼は〈荷物を持とうか〉と申し出てくれたのだが、死神ちゃんはやんわりと断った。しかし、あまりにもよたよたと危なっかしかったため、結局彼が死神ちゃんの荷物を部屋まで運んでくれた。

 死神ちゃんの部屋の前に着き、ふとマッコイが死神ちゃんを見下ろすと、死神ちゃんは何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。どうしたのかと尋ねても、死神ちゃんは微妙な表情のままもじもじとしてしゃべらない。マッコイが心配そうに顔を曇らせると、死神ちゃんはようやくボソボソと話し出した。


「プレゼントを、あげる予定の本人に運ばせるとか、すごくかっこ悪いなと思って……」

「え、これ、アタシに?」

「この体のせいで、他のヤツらならかけないような迷惑を、いっぱいかけてるだろ。しかも、お前、上司だからとかではなくて、お前個人の好意で対応してくれてるだろう。だから、その、初めて給料も出たことだし、お礼したいと思って」


 マッコイは死神ちゃんに許可を取ると、包み紙を開けてみた。中から出てきたのは、触り心地のいい素材で作られた、可愛らしいテディベアだった。しかも、彼の体格でも十分な抱き心地が感じられるくらいの大きめサイズだ。
 マッコイが驚いた表情のまま静かにはらはらと泣き始めると、死神ちゃんはしどろもどろに捲し立てた。


「諜報員時代にスタッフが用意したものを標的にプレゼントすることはあっても、自分で選んだものを誰かに贈るってことはしたことがなかったから。だから、その、もしかしたら的はずれなものを選んだかもしれないけど。――あれから、お前、〈村人A〉はやめたみたいだが、部屋もミニ冷蔵庫が増えたくらいでまだまだ殺風景だし、だったらぬいぐるみをプレゼントしても重複しないかなと思って。……あの、やっぱり、迷惑だったかな」

 マッコイはテディベアを抱きしめて顔を埋めると、か細い声を震わせた。


「ごめんなさい、違うの。誰かからプレゼントを貰うのって初めてだったから、つい驚いちゃって。凄く、嬉しい……。――ありがとう、薫ちゃん。大切にするわね」


 
挿絵




 彼は顔を上げると、満面の笑みを浮かべた。思わず、死神ちゃんも顔が真っ赤になった。


「やばい、どうしよう。凄まじく恥ずかしい。でも、人に喜んでもらうのって、こんなにも嬉しいことなんだな。――ああ、でも、どうしよう。天狐にもこの前のお礼にって、モノを用意したんだけどさ。こんな調子で、俺、ちゃんと渡せるのかな」

「大丈夫よ。だって、薫ちゃんは、どんな任務も軽やかにこなす〈名うてのプロ〉でしょ? もふ殿も、きっと喜ぶと思うわ。――そうだ、折角だから、この子に名前を付けたいわね。薫ちゃんから貰ったから、それにちなんでゴ◯ゴとか?」

「おい、それだけはやめろ!」

「何でよ、いいじゃない。ねえ、ゴ◯ゴ~!」


 マッコイが嬉しそうにテディベアを抱き上げるのを見て、死神ちゃんはホッと胸を撫で下ろした。そして二人は自室に物を置くと、仲良く夕飯を食べに行ったのだった。




 ――――みんなが嬉しいと自分も嬉しいから、これからも感謝の気持ちは素直に伝えていこうと思ったのDEATH。

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