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第19話 死神ちゃんと小さな巨人

 次の〈|担当のパーティー《ターゲット》〉の割当がなされるのを死神ちゃんが待っていると、隣にいたマッコイがあくびをかみ殺した。


「なんだ、眠れてないのか?」

「ええ、ちょっと……」


 大丈夫だからと言って微笑んだマッコイだったが、なおも死神ちゃんが心配そうに見上げてくるので、彼は苦笑いを浮かべると内緒話でもするように死神ちゃんに身を寄せた。


「この一、ニヶ月ほど、〈四天王〉の方々が突発イベントをいくつかねじ込んでくれたから、ちょっと、回復が追いついてなくてね……」

「それって、つまるところ、俺のせいじゃないか」

「何言ってるの、|薫《かおる》ちゃんも被害者でしょう。だからそんな、気にしないでちょうだいよ」


 申し訳無さそうに顔を曇らせる死神ちゃんに、マッコイはニッコリと笑いかけた。それでも〈やはり申し訳ない〉としょんぼり俯いた死神ちゃんだったが、ふと〈何かを思い出した〉とでもいうかのような表情で彼を再度見上げた。


「〈四天王〉といえば、一人、まだ会ったことがないな。どういう感じの人なんだ?」


 マッコイがそれに答えようとしたのと同じタイミングで、ゴスッという痛々しい音が出入り口のほうから聞こえてきた。何事かと思い、そちらのほうへと視線を向けてみると、待機室に入ってすぐのところでグレゴリーよりも大きな身体の、肌の青い男が額を押さえて小さく小さく|蹲《うずくま》っていた。どうやら、自分の大きさを見誤り、屈むことなく部屋に入ってこようとして盛大に額を打ち付けたらしい。
 マッコイは死神ちゃんへと向き直ると、顔色一つ変えずにポツリと言った。


「……ああいう感じの人よ」

「へ?」

「だから、あの人がそう。彼が〈薫ちゃんがまだ会ったことのない四天王〉よ」


 マッコイを見上げていた死神ちゃんは目をパチクリとさせると、勢い良く〈四天王〉のほうへと視線を戻した。死神達に取り囲まれ、心配そうに見つめられていた〈四天王〉は低姿勢でヘコヘコと頭を下げていた。そして彼は室内をキョロキョロと見回すと、死神ちゃん達のほうへゆっくりと歩いてきた。
 マッコイが立ち上がり近づいていこうとすると、彼は手のひらを見せて〈そのままでよろしい〉というジェスチュアをとった。そしてやってきた彼は、神妙な面持ちでマッコイと死神ちゃんのことを見下ろした。

 彼はただ単に身体が大きいというだけでなく、体中つぎはぎだらけで、表情も|厳《いかめ》しいため、凄まじい威圧感を放っていた。死神ちゃんは漠然とトラブルの気配を感じて不安に思った。
 マッコイが挨拶をしようと口を開くと、〈四天王〉がそれを阻むかのように彼の両肩をがっしりと掴んだ。そのあまりの力強さにマッコイが若干よろけ、様子を覗っていた死神ちゃんは思わず身構えた。しかし、〈四天王〉は厳しい顔つきから一転、申し訳無さそうに眉根を寄せた。


「マッコイ君、大丈夫ですか? 顔色が悪いように見えますが、きちんと眠れていますか? 食事は? 食事はとれていますか? 自炊も外食も辛いようであれば、私、作りに行きますよ」

「いえ、そんな、そこまで大したことではないん――」

「本当に大丈夫ですか? この約二ヶ月間、他の〈四天王〉の面々が入れ替わり立ち替わりに、君に多大な迷惑をかけたと聞きました。私が不甲斐ないばかりに何のサポートもできず、このようなことになり……。本当に申し訳ないです」


 威圧感むんむんの恐ろしい巨人は、恐ろしく低姿勢で気も小さかった。謝罪の言葉を繰り返しながらマッコイに詰め寄る巨人を死神ちゃんが呆然と見つめていると、巨人は死神ちゃんを一瞥するやいなやマッコイから離れた。そして、死神ちゃんと視線が合うようにわざわざ膝をつき、そしてマッコイの時と同様にがっしりと両肩を掴んできた。


「君が|小花《おはな》君だね。私は〈環境保全部門長〉のウィンチです。どうぞよろしくお願い致します。――本来ならば他の〈四天王〉よりも真っ先に、直系の上司である私が挨拶せねばならなかったのに、中々顔を出せずに申し訳ない。しかも、君もかなりの迷惑を被ったそうじゃないか。入り立てで何かと気を遣うだろうに、余計なことにまで気を遣わせてしまって、本当に申し訳ない」


 ウィンチが謝罪の言葉を口にするたびに、死神ちゃんの肩を掴む手に力が入った。あまりの力強さに痛みを訴えたい死神ちゃんだったが、ウィンチがなおも畳み掛けるように謝罪してくるので、訴えを起こすタイミングが分からなかった。
 マッコイは死神ちゃんが出来るだけ顔色を変えずに、必死でぷるぷると耐えていることに気がついた。彼がウィンチにやんわりと忠告してくれて、それでようやく死神ちゃんの肩は解放された。その際も、ウィンチは顔をくしゃくしゃにして〈申し訳ない〉というオーラをバシバシと放ちながら、身を竦めてヘコヘコと頭を下げた。――ウィンチは本当に、驚くほどに気が小さかった。


「いや、本当にすまない。申し訳ない。それから、君の《《その姿》》のことも、私は謝らねばならないと思っているんです。幼女のままではなくて、ちゃんと元の姿に戻してから送り出すべきだったと思うんです。だって、そのせいで、変な冒険者ばかり押し付けられて、大変な目に遭っているのでしょう? いくら幼女に変化したのが少しおもしろかったからって、母上もひどいことをなさいます」

「――ん? 母上?」


 死神ちゃんが顔をしかめると、ああと言ってマッコイが〈ウィンチは魔道士が創ったクリーチャーである〉と説明してくれた。それを聞いた死神ちゃんは、しかめた顔を崩すことなく、しげしげとウィンチを見つめた。すると、ウィンチは額に手を当て、ボソボソと話し出した。


「小花君が言いたいこと、大体分かります。ここだけの話にしてくださいね。――実は、母上は、学校の教科でいうところの〈家庭科〉が凄まじく不得意なんです」


 そう言って、ウィンチは深い溜め息をついた。
 魔道士は家庭的なことが壊滅的ではあったものの、だからといってそれらが嫌いというわけではなく、むしろ大好きなのだそうだ。なので、料理やお人形作りといったことをよく行うらしいのだが、出来上がるものはどれもひどい有様だという。そして、ウィンチはつぎはぎだらけの見た目ながら、彼女からしたら奇跡的に上手に出来た人形だったらしい。出来栄えに舞い上がった彼女はウィンチに命と人格を与え、そして〈四天王〉という仕事を与えたのだそうだ。

 死神ちゃんが表情もなく無言でウィンチの話を聞いていると、彼は再び溜め息をつき、そしてさらに話し続けた。それによると、ビット所長は元々、こことは違う別の世界にある〈超発達ののちに滅んでしまった機械文明の遺跡〉にあったロボットの残骸だそうで、観光か何かでその場に立ち寄った魔道士が気まぐれに持ち帰り、直したのだそうだ。魔道士は〈技術科〉は大得意らしく、ビットは新品同様の綺麗な状態でリメイクされた。さすがのウィンチも、それを見て内心羨ましく思うとともに心なしか切なくなったらしい。

 溜め息をつき、しょんぼりと肩を落とすウィンチを眺めながら、死神ちゃんは〈どこかで聞いたことがある話だな〉と思った。そして、すぐさま《《彼女》》のことを思い出した。
 経営者として辣腕を振るっていた《《彼女》》は、最先端のIT技術にめっぽう強く、いくつものデバイスを使いこなして効率よく仕事をこなしていた。反面、家庭的なことは壊滅的だったのだが、たまの休みになると〈ケーキらしき何か〉や〈クッキーらしき何か〉を作っては、それらを笑顔で振舞ってきた。任務遂行のためと思い、正直食べるに耐えないそれらを笑顔で平らげねばならなかった苦しみを、死神ちゃんは今でも鮮明に覚えていた。

 死神ちゃんの表情が僅かに固くなったのを、マッコイは見逃さなかった。どうかしたのかと尋ねてくる彼に、死神ちゃんは「何でもない」と返した。すると、死神ちゃんの瞳が若干ながら虚ろなことに気がついた彼は、何か思い当たる節でもあるのか、気まずそうに顔を逸らした。


 
挿絵




 死神ちゃんは鼻からフウと息をつくと、笑顔を繕った。


「お気持ち、お察しします。この姿は嫌なことばかりではないので、そんな謝らないでください。――何か特殊な術をかけたら元に戻るみたいですし、正直を言えば、たまにでいいので戻りたいですけれど。とにかく、もう謝らないでください。〈四天王〉なんですし、もっと堂々としていらしてくださいよ」


 ウィンチは死神ちゃんの言葉に心なしか瞳を潤ませた。そしてすぐさま暗い表情に戻ると、俯いてふるふると震え出した。


「ありがとうございます。でも、私以外にいないんですよ。〈きちんと謝罪のできる人〉が。だから、もう、染み付いてしまって……」


 死神ちゃん達が何も言えずに固まっていると、ウィンチは哀愁漂う表情で〈この後、食事でもいかがですか。私が奢りますから〉と死神ちゃんとマッコイを誘ってきた。二人はまるで同情にも似た苦笑いを浮かべると、了承の意を込めて頷いたのだった。




 ――――こうもキャラの濃いのが集まると、常識人が割を食うんDEATH。

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