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第16話 死神ちゃんと死にたがり

 死神ちゃんが〈|担当のパーティー《ターゲット》〉を探して|彷徨《さまよ》っていると、聖騎士の女が|宝箱お化け《ミミック》相手に戦っていた。あれが今回の担当かと死神ちゃんが様子を窺っていると、聖騎士がミミックに手を噛まれた。手甲は一切傷がついておらず、怪我も負っていなさそうにも拘わらず、彼女はふるふると震えると、いきなり膝から崩れ落ちた。


「貴様のような下等な存在に貞操を奪われようとは……。乙女の、そして騎士としての名折れ! くっ、殺せ!」


 突然の出来事に困惑させられたのか、ミミックがうっかり宝箱の姿へと戻った。彼女はすかさず顔を上げると、問答無用でミミックを真っ二つにした。本物の宝箱へと姿を変えたミミックの残骸から、彼女は至福の笑顔で金銭を拾い上げた。そんな彼女を呆然と見つめていた死神ちゃんは、隠れるにせよ出て行くにせよ、完全にタイミングを逃して、うっかり彼女と目が合ってしまった。


「こんな恥さらしな姿を、幼な子に見られてしまったとは……。くっ、殺せ!」

「えっと、あの――」

「しかも、よく見たら可愛らしい女の子ではないか! うっかり私の心はときめいてしまった。何たる不覚! くっ、殺せ!」

「いや、ちょっと――」

「ああ、何ということだ! 何故か目の前の幼な子が震え出した! 私は何かしてしまったのだろうか! これは責任をとって……くっ、殺――」

「ちょっと落ち着けよ」


 死神ちゃんは、最後まで言わせる前に魂刈の柄で彼女を殴りつけた。すると、彼女の瞳はどんどんと潤んでいった。


「ひどい~! なんでそんなひどいことするの~!?」

「ええええええええ!? さっきまでのカッコつけは、どこにいったんだよ!」

「だって、だってぇ~!」


 先ほどまでの威勢の良さはどこへやら、彼女は盛大に泣き始めた。そしてグズグズと鼻を鳴らすと、彼女は声をしゃくり上げた。


「どんなに強くなっても、痛いものはやっぱり痛いもん。冒険者するのは週末だけだから、毎日こんな汗まみれ泥まみれなわけじゃないし。もうやだ、そろそろおうち帰る~!」


 彼女は普段、このダンジョンから少し離れた街の金貸しで、簿記のスキルを活かして働いているそうだ。朝から晩まで家畜のように働き、唯一の癒やしといえば、会社の近くにあるジスコという名の大きな市場で過ごす昼休みだけ。屋台で手早く食事を済ませ、残った時間で洋服や靴を眺めて職場での嫌な気持ちを紛らわせているのだという。


「うちの会社の社長には息子が一人いてね、これがまた馬鹿でグズで顔も良くないんだけど、すっごいセクハラ魔で! たまに遊びに来るくらいだったらまだ耐えられたんだけど、コネ入社してきたもんだから、もう最悪! 毎日毎日、胸やお尻を触られてご覧なさいよ! もう本当にストレス溜まっちゃって!」

「で、ダンジョンにストレス発散しに来るようになったのか」

「そうなの! モンスターの顔を脳内で馬鹿息子にすり替えてさ、『死ねー!』って叫びながら切り刻むのがもう、気持ちよかったんだけど。気がついたら、結構強くなっちゃって。だから、戦士から聖騎士に転職したのね。でも、聖騎士がそんな叫び声上げるのもダサいじゃない? だから、なるべく聖騎士っぽいしゃべり方したら、格好いいかなあって思って」

「それで、『くっ、殺せ!』か」

「うん、そう。本当に死にたいわけじゃないんだけど、でも、何だか格好いいでしょ?」


 キラキラとした目で見つめてくる聖騎士に、死神ちゃんは溜め息をついた。そして面倒臭そうに顔をしかめると、きっぱりと言い放った。


「格好良くないし、むしろダサい。何だよ、事あるごとに『くっ、殺せ!』って。死にたがりかよ」

「えええ、そんなあ! 格好いいと思ったのにぃ!」

「ていうか、週末だけでそんなに強くなれたんなら素質あると思うから、そんな会社辞めちまって冒険者一本で食っていけばいいだろうに」

「だって、怪我するの嫌だし、死ぬのだって怖いもん。それに、冒険はあくまでも趣味だし」

「どこまでも〈ファッション冒険者〉なんだな! そんな甘っちょろいヤツは、このダンジョンにはお呼びでないんだよ! 帰れ帰れ!」


 
挿絵




 死神ちゃんに怒られて、彼女は再び泣き出した。じゃあどこでストレス発散したらいいのよと泣きじゃくる彼女を、死神ちゃんは凄まじくご機嫌斜めな顔で見つめた。


「〈こうしたら格好いいんじゃないか〉とか、こだわるくらいには気に入っているんだろ。だったら、そんなちょっと怒られたくらいでピーピー泣いてないで、胸張って聖騎士らしくいたらいいだろうが」

「でも――」

「たとえ趣味だとしても、極めるつもりでいなきゃ。そうでなきゃ、本気で楽しむなんてできないし、格好良くなんかもなれないぜ。今のあんたは、すこぶるダサい。乙女でもない。女の、しかも腐ったようなヤツだ」

「そうね……。これじゃ駄目だわ! 私はクールでスマートでスタイリッシュな社会人! 仕事だって冒険だって、格好良く決めるんだから!」


 彼女は涙を拭うと、決意を胸に立ち上がった。メラメラと燃え上がった闘志は彼女を突き動かし、ダンジョンの奥へ奥へと進ませた。剣さばきは先ほどと比べ物にならないほど軽やかで、ばったばったとモンスターを薙ぎ倒していった。しかし、奥に進めば進むほど敵は強くなる。あれほど「怪我をするのも嫌」と言っていた彼女だったが、さすがに無傷でいることは難しくなってきた。それでも、彼女は〈わたしのかんがえたさいきょうのせいきし〉であろうと努力した。
 彼女の目の前には|泥《クレイ》ゴーレムが一体。満身創痍で倒れ伏した彼女は床に剣を突き立てると、それを頼りにフラフラと立ち上がった。そして、お決まりの決め台詞を放った。


「もはや、この私もここまでか……。騎士の名折れ! くっ、殺せ!」


 ゴーレムは一撃必殺のパンチを繰り出した。強い衝撃で殴り飛ばされた彼女は、やりきったという達成感に満ちた笑みを浮かべ、身体が地面と衝突した瞬間に灰と化した。彼女の勇姿を見届けた死神ちゃんは満足気に頷くと、壁の中へと消えていったのだった。




 ――――何事も、やりきったもん勝ちなのDEATH。

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