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第12話 健康診断だよ、死神ちゃん!

 死神ちゃんが待機室のソファーでのんびりと待機待ちをしていると、慌てた様子のマッコイが部屋の中へと入ってきた。本日は休日のはずの彼の腕には、死神ローブが引っ提げられていた。
 マッコイは死神ちゃんに近付くと、申し訳無さそうな表情を浮かべた。


「|薫《かおる》ちゃん、お疲れ様。――ごめんなさいね。急きょのスケジュール変更、発生よ」

「えっ、俺?」

「ええ、そう。薫ちゃんのスケジュールに、変更発生」


 言いながら、マッコイは死神ちゃんに一枚の紙を手渡した。死神ちゃんはそれを受け取ると、眉根を寄せて首を傾げた。


「健康診断……?」

「先方とのスケジュールの兼ね合いで実施日未定状態だったんですけど、ついさっき〈今すぐ来い〉っていう連絡が入ってね」


 マッコイは死神ちゃんの隣に腰掛けると、ぼんやりと遠くを見つめながら溜め息混じりにぼやいた。


「予定が立たないのは仕方ないにしても、突然言われても困るから、それだけは勘弁してっていつも言っているんですけど。〈お偉いさん〉に逆らいきれないのは、中間管理職の悲しい|性《さが》ね……」


 普段は弱音や愚痴などを吐くことがない彼が、珍しく愚痴をこぼした。そんな彼に、死神ちゃんは同情にも似た労いの言葉をかけた。すると彼は疲れた笑顔を浮かべて、謝罪と感謝の言葉を返してきた。


「今日はアタシが代わりに入れるし、穴は空かないから安心して行ってちょうだい。――ただ、ちょっとだけ、気をつけて」

「気をつける?」

「大抵の子達は普通に普通の健診で済むんですけど、アタシは毎回精密検査なのよ。きっと薫ちゃんも、そうなる気がするから……」

「精密検査って、お前、どこか悪いところでもあるのか? ていうか、俺もそうなるって、どういう――」


 死神ちゃんがゴクリと唾を飲み込むと、彼は「行けば分かるわ」とだけ言った。死神ちゃんは顔をしかめると、もう一度手渡された紙を見つめた。――何故、健康診断の実施場所が〈あろけーしょんせんたー〉なのだろうか。死神ちゃんは何となく、嫌な予感がしたのだった。



   **********



 死神ちゃんは〈あろけーしょんせんたー〉に入ると、思わず「おお」と呻いて立ち止まった。ダンジョン内は〈いかにもファンタジー〉という造りなのだが、〈あろけーしょんせんたー〉はとてつもなくSFだった。――白衣を着込んだ錬金術士や超能力者が、ここそこで機械を操作し、データのチェックをし、何かをモニタリングしていたのだ。

 死神ちゃんが感心して見入っていると、白衣を身に纏った金色ボディーの機械人形がこちらへと近づいてきた。どこぞの通訳ロボットに似た見た目のそれは、死神ちゃんをしげしげと見つめると、鼻先一センチほどの距離まで顔を近づけてきた。


「何故、幼女なのだ」

「知るか! 俺が聞きてえよ!」


 死神ちゃんは後方へと身を引くと、機械人形に向かって怒鳴った。人形は動じることなく「まあ、良い」と言うと、コホンと咳をするような仕草をして胸を張った。


「お前が死神課第三班に新しく配属になった|小花《おはな》薫だな。私は〈四天王〉が一人、ビット。この〈あろけーしょんせんたー〉の所長である。以後、よろしく」


 挨拶もそこそこに、死神ちゃんは腕を引かれてどこかへと連れて行かれた。そしていきなり、何かの中に乱暴に押し込められた。――そこは、簡易的な更衣室だった。


「身につけているものは〈社員証〉である腕輪も含め、下着も全て脱ぐように。脱いだら、そこに置いてある検査着を着て出てきなさい。腕輪は貴重品だから、それは持って出てくるように。検査の間、私が責任をもって預かっていよう」


 検査着に着替えて出てきた死神ちゃんの腕を、ビットはまたもや乱暴に掴んでグイグイと引っ張っていった。次に連れて行かれた場所はせんたー内にある医務室で、死神ちゃんはそこで一通り〈ごくありふれた健康診断〉を受けた。しかし、ビットが検査医も務めているため、全てが彼のペースで進められていく。それだけで、死神ちゃんは少し疲れてしまった。


「これで検査は終わりですか?」

「うむ、そうだ」


 死神ちゃんが質問すると、ビットはカルテに結果を書き込みながら頷いた。ようやく開放されると思い胸を撫で下ろした死神ちゃんは、ふと〈ここはモンスターのレプリカ品を作っている場所である〉ということを思い出した。


「そういえば、ここってレプリカを作っているんですよね?」

「そうだ。あらゆる世界から採取してきたデータや、この健診などで得たデータを元にレプリカを作っている。まあ、全ての者のデータを使用しているわけではないが。ちなみに、モンスターのレプリカだけではなく、我ら〈四天王〉のレプリカもあるぞ。まだ、配置予定の場所に冒険者が到達していないから、データ上でしか存在してはいないが」


 見るか、と言ってビットは近くの端末を操作した。するとそこに〈四天王〉のホログラムが映し出された。


「ヴァンパイアロードは、現統括部長ではなく先代のものだ。彼はこことは別の世界に住む吸血鬼族の、名のある領主でな。力もあり、領主としての手腕も素晴らしく、威厳もあった」


 相槌を打ちながら聞いていた死神ちゃんだったが、ヴァンパイアロードよりもその隣に映しだされているモノのほうが気になった。何故なら、十二単を着た九尾の妖艶な美女が、そこには映し出されていたからだ。
 死神ちゃんが狐にでもつままれたような気持ちでホログラムを見つめていると、ビットがするりと視界に入り込んだ。再び鼻先一センチの距離まで近づいてきたビットは、死神ちゃんの両肩をがっしりと掴んだ。


「ところで、小花薫よ」

「な、何ですか」

「私は、お前の〈|この世界に転生する前《生前》〉の記録を見た。殺し屋として独立せず諜報員を続けていれば、あのような最期を迎えることはなかっただろうに。しかし逆を言えば、お前の〈殺しの腕〉が一流だったからこそ、あのような最期となったのだ。必然というか、致し方のないことだったのだろうな。ところで、資料として生前の様子も見させてもらったのだが、お前は銃の扱いが特に素晴らしいな。早撃ちもさることながらスナイプも正確で、実に、実に素晴らしかった。これは実にデータの取り甲斐があるとは思わんかね。そういうわけで、これから更に綿密な検査を行う。お前の全てを徹底解剖してやるから覚悟するといい」


 
挿絵




 ビットは息つく間もなくそのように捲し立てると、容赦なく死神ちゃんの検査着をひん剥いた。突然の出来事に死神ちゃんは思わずギャアと悲鳴を上げたのだが、ビットは気にも留めずに死神ちゃんを何かの容器の中へとポイッと入れた。
 拷問のような検査の時間が終わったあとは、スポーツテストに体力測定のフルコース。さらには、現在〈アイテム開発・管理部門〉にて鋭意試作中だという銃火器を手渡され、どれだけ早く撃てるか、どれだけ正確に撃てるかというようなチェックを散々と繰り返させられたのだった。



   **********



「〈気をつけて〉と言われても、あれは気をつけようがないだろう……」

「あれよ、気持ちの問題よ。知っているのと知らないのとでは、やっぱり違ってくるじゃない……」


 寮に戻り、散々な目に遭ったことをマッコイに報告すると、彼はどこか遠くを見つめるような目でボソボソと返してきた。
 マッコイが言うには、ビットは凄まじく研究肌だそうで、気になることはとことん調べ尽くさないと気が済まないらしい。しかも、人のことなどお構い無しで全て自分のペースで事を運ぶものだから、彼の気分次第でスケジュールを変更させられるのも、検査の最中に右往左往させられて振り回されるのも、よくあることなのだという。


「しかも、彼、思いついたことはすぐに試さないと気が済まなくてね。少しでも早くデータが欲しいからって、自らで試すのよ。そのせいで魔改造しすぎたのを、部下の子達が必死に元に戻すのも日常茶飯事なのよねえ……」

「何だ、そりゃ。どこぞの美容クリニックみたいだな……」


 マッコイは乾いた笑みを浮かべると、弱々しく「yes!」と言いながら片手でガッツポーツした。死神ちゃんは深い溜め息をつくと、抱えていたクッションに顔を埋めて沈黙したのだった。




 ――――直属の上司がアレじゃなくて本当に良かったと、心の底から思ったのDEATH。

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