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第7話 死神ちゃんとクレーマー

 死神ちゃんは待機室のソファーに埋もれて百面相していた。颯爽と〈精神的衝撃〉を与えてとり憑くにはどうしたらいいのか、と。しかし、ああだこうだと考えた末、やっぱり現状は無理なんじゃなかろうかという結論に至った。

 研修初日にお手本としてマッコイが見せてくれたのは、ダンジョン内が一段階暗くなったかと思えば黒色系のスモークが立ち込め、おどろおどろしい笑い声が聞こえ、そして突然視界にどアップで現れる骸骨。恐怖で叫んでいるうちにとり憑かれるという、とてもオーソドックスかつ、それでいて素晴らしい演出だった。
 死神ちゃんもそれに|倣《なら》いたいところだが、そういう演出をするにはあれやこれやと社販にて購入が必要だそうなのだ。だから「今はまだ、それはあんまり考えなくていいわよ」と言われていて、しかしプロとして出来うる限りの演出をとも思ってはいるのだが、やはりここは諦めるしかなさそうだ。

 それよりも今出来そうなことはと考えた死神ちゃんの顔は、みるみるとどんより落ち込み顔となっていった。死神ちゃんにとってとても|癪《しゃく》なことだが、この幼女の見た目を利用するしかなさそうだ。
 死神ちゃんがウンウンと唸っていると、マッコイが隣に腰掛けた。彼は神妙な面持ちで死神ちゃんの目の前にスッと何かを差し出し、周りを気にしながら内緒話をするようにコソコソと話し始めた。


「|薫《かおる》ちゃん、これ、何でしょう?」

「お年玉とかを入れるポチ袋だよな。それが、どうかしたか」

「なんとコレ、薫ちゃんへの臨時ボーナスなのよ~!」

「マジでか!」


 笑顔で何度も頷くマッコイに、死神ちゃんも思わず頬をふんわりピンクにして喜んだ。うっかり大きな声を出した死神ちゃんに〈静かに〉のジェスチャーをマッコイがとると、死神ちゃんは慌てて口元を押さえた。そしてマッコイに身を寄せると、死神ちゃんは興奮を抑えながらもヒソヒソと話しかけた。


「えっ、でも、何で」

「先日、灰化させつつパーティーを全滅させたでしょう? デビュー早々に全滅なんて、そう無い快挙よ!? これはそのご褒美でね、さっき経理から受け取ってきたの。うちの会社、こういう金一封は手渡しで貰えるのよ。本当なら寮長室でこっそり渡すものなんですけど、少しでも早く教えてあげたかったものだから、つい――」

「ああ、だからこんなコソコソと……。ていうか、うわあ、マジかあ……!」

「さすがは〈死神〉の異名を持つ――」

「いやだから、ぶっちゃけそれ、関係ねえから」


 死神ちゃんは満面の笑みから一転してげっそりとすると、マッコイの言葉をぴしゃりと遮った。実は、死神ちゃんは研修中に、パーティーを全滅に追い込んでいた。しかしそれは死神ちゃんの手腕によるものというよりも、見た目の可愛らしさが招いた惨事だった。つまり、ターゲットはもちろんのごとく変態だったのだ。
 幼女の見た目がもたらしたといえば、と言いながら、死神ちゃんはそのことについてつい今しがたも悩んでいたとマッコイに伝えた。本来、死神というのは〈標的を求めて|彷徨《さまよ》う姿を見せることで恐怖を与える〉ために堂々とダンジョン内を行き来する。しかし、死神ちゃんは見た目が見た目だけに、その〈正攻法〉では恐怖心を与えることが難しい。どうしたのもかと死神ちゃんが唸ると、マッコイは〈敢えて忍ぶ〉ということを提案してきた。


「じゃあ、今日は〈三階〉にいる冒険者を重点的に割り振るわ。――ポチ袋は、業務終了後に改めて渡すわね」


 三階までは冒険者ギルドが入り込んでいるため、〈祝福の像〉というものが設置されている。これは職種関係なく、しかも霊界にいなから蘇生魔法が使えるという便利な代物である。だから、僧侶系のメンバーがいなくても生き返ることが出来るとあって、三階までの階層では多くの冒険者が修行や小遣い稼ぎをしていた。つまり、いたるところに冒険者がいるのだ。――敢えて忍ぶことにより〈相手の虚を突く〉べく、その|数多《あまた》いる冒険者達に見つかることなく、ターゲットのところにまで到達せよということらしい。
 手動で冒険者の割り振りをすべくモニターブースへと去っていったマッコイの背中を見つめながら、死神ちゃんは不敵に笑った。そして、死神ちゃんは勢い良く待機室を飛び出していった。――そんなのは得意中の得意だ。昔取った杵柄とやらを、「さすがは〈死神〉の異名を持つなんとやら」を、今度こそ見せてやる! ……という思いを胸に。



   **********



 三階は冒険者で溢れていた。六人のフルパーティーもいれば、ソロ探索中の者もいて、結構な賑わいを見せていた。死神ちゃんはそんな冒険者達の合間を器用にかい|潜《くぐ》り、誰にも〈死神がいる〉と悟られることなく三階の奥地まで移動した。


(これだよ、これ! これが〈死神・東郷|十三《じゅうぞう》〉様よ! ああ、思い出すなあ。某国の、セキュリティーが凄まじく厳しいハイテクビルの最深部にスマートに潜入して、華麗に任務を完遂したあの時のことを!)


 死神ちゃんは自分にすっかり酔いしれていた。しかし、ターゲットのすぐ近くまでやって来ると、死神ちゃんの気持ちはどんよりと重たくなった。――そろそろ、気持ちを幼女モードへと切り替えなければいけない頃合いだからだ。

 前方に、一人の侍がいた。彼はどうやら、独りで黙々と修行でもしているようだった。死神ちゃんは侍の背後に近づくと、瞳を最大限うるうると潤ませた。


「ふええええ、迷子になっちゃったよう。お願い、助けてぇ……」


 侍は刀を振るうのをやめて、ちらりと死神ちゃんを見やった。そして、まじまじと死神ちゃんを眺め見ると、侍は重々しく口を開いた。


「お前の耳は、尖っているか」

「えっ? 普通のお耳、だけど……」


 死神ちゃんが戸惑いながらそう答えると、侍は「そうか」とだけ言い、そのまま再び修行を始めてしまった。死神ちゃんはあの手この手で構ってもらおうと必死に声をかけたが、侍は一切反応を示さなかった。仕方がないので、ちょっとだけ攻撃をして、不意打ちに驚き戸惑ったところをとり憑いてやることにした。ブローチを大鎌に戻すと、死神ちゃんは大きく振りかぶった。


 ――――キィィィン!!


 侍は勢い良く振り返ると、死神ちゃんの鎌を刀で受けた。そして、表情を変えることなくポツリと言った。


「お前、死神だったのか」

「だとしたら何だ」


 身体と体力は幼児にされてはいるが、どうやら前世並みに戦闘は出来るらしいということが今の一瞬で分かった。しかし、いくらそのくらい身体が動くとはいえ、体力は幼児。戦闘が長期化すれば、こちらの身がもたない。――死神ちゃんは、ゴクリと唾を飲み込んだ。そして、侍の出方を伺った。すると、侍はその切れ長の目をカッと見開いて、こう叫んだ。


「チェンジ! チェンジだ! チェンジを要求する!!」

「…………はあ?」

「俺は、灰化バージンはエルフっ|娘《こ》死神に捧げると決めているのだ! だから、チェンジだ! それができなければ、ここへエルフを呼ぶがいい! 〈エルフの耳をはむはむしながら灰化〉で譲歩してやろう! 白黒は問わん! とにかく、エルフだ! さあ、エルフを呼ぶのだ!」

「いや、あの、このダンジョンは遊技場とかではないので、そういう要望は受けかねます」

「うるさい! そんなものは百も承知だ! だが、こればかりは譲れん! 尖り耳を!! 尖り耳を所望する!!」


 死神ちゃんは思わず顔をしかめて、そして「うわ、めんどくせ」と呟いた。すると、侍はがっしりと死神ちゃんの肩を両手で掴んだ。


「尖り耳は! 好きですか!?」

「えっ?」

「尖り耳はぁッ!! 好きですかぁッ!?」

「いや、別に興味な――」

「そうかッ! ならば仕方あるまい! 俺は要求が通るまで、ここを動かんッ! ダンジョン篭もりに必要なものは、ふんだんに用意してあるから、当分死ぬことは無いぞ!? その間、尖り耳の魅力の全てをお前に語り尽くしてやろう! 俺が死ぬのが先か、お前が尖り耳教に|降《くだ》るのが先か! 果たしてどちらだろうな!!」


 それから何時間経っただろうか。そろそろ、死神ちゃんのお昼寝タイムに差し掛かろうとしていた。しかし、死神ちゃんがうつらうつらとし始めると、侍は容赦なく死神ちゃんの頬を叩いた。


「寝るなッ! まだまだ、これからなんだ! いいか、どうして俺が尖り耳にしか興味がないのか! 尖り耳に心奪われてしまったのか! その壮大かつファンタスティックな物語は、これからなんだッ!」

「いや、もう、聞きたくな――」

「寝るなぁぁぁッ!!」


 この問答も、もう何度繰り返されたことか。さすがの死神ちゃんも眠気が限界でグズり始めた。すると、侍は「仕方がない、子守唄を歌ってやろう」と言いながら、自作の〈愛する尖り耳に捧げる小曲集〉を一から順番に歌い出した。
 我慢の限界をとっくに超えていた死神ちゃんは侍にタイムを申請すると、彼から少し離れた壁際に移動して腕輪を操作した。そして待機室のマッコイを呼び出すと、死神ちゃんは鼻をグズグズと鳴らしながら状況を説明した。


『ああ、肩を掴まれた時点で〈とり憑き〉が成立してるのね。それじゃあ〈もういっそ殺して〉ってことも出来ないわね。とり憑いたら、もう死神にできることって、灰化するまで寄り添うことだけだから……。ちょっと待ってて。少し、対策を考えるわ。――あー……。申し訳ないけど、ダークエルフさん、ヘルプに出るの、無理ですって』

「うっ……ぐすっ……。なんで……」

『何かよく分からないんですけれど、自分の腕を抱いて虚ろな目しながら、ガタガタと震えてるのよねえ……』

「ううっ……。そんな……。俺、もう、無理。寝たい……」


 死神ちゃんは涙を必死で堪えながら、小刻みに震えていた。するといきなりガッと腕を掴まれて、死神ちゃんはびっくりしてボロッと数滴涙を床に落とした。――腕を掴んできたのは侍で、彼は興奮して鼻息をフンフンと荒くしていた。


「今……今……ダークエルフと聞こえたぞぉぉぉぉ……」


 死神ちゃんは何も言わずにぷるぷると震えていた。すると侍は死神ちゃんの腕を乱暴に持ち上げ、精一杯腕輪に顔を近づけて叫んだ。


「この腕輪はッ! 尖り耳に繋がっているのかッ! 尖り耳ッ!! 聞いているか、尖り耳ッ!! ええい、早く尖り耳を出せええええええ!! 俺の尖り耳ッ!! 尖り耳を早くうううううう!!」


 
挿絵




 腕輪からは、ダークエルフさんのものと思しき怯えきった悲鳴が聞こえてきた。それと同時に、死神ちゃんもわんわん泣き出したのだった。




 ――――この後、助けに来てくれたマッコイにより侍は無事に退治され、そして侍はブラックリスト(見つけ次第殺してよし、というリスト)入りを果たしたのDEATH。

しおり