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第50話

 植物園を後にした二人は、昼とは別のレストランで夜景を楽しみながら夕食をとり、それから第一研究所への帰路についた。

「ありがとうございました、澄人。今日はとっても楽しかったです」
「僕の方こそ、今日はありがとう」

 互いに礼を言い合いながら道を歩いていると、第一研究所が見えてきた。

(もうすぐ、今日が終わってしまうのですね……)

 名残惜しい気持ちになるナオ。

 第一研究所の寮に戻れば、またいつもの生活が待っている。澄人も実習で、どんどん忙しい身になっていく。今のうちに、次の約束をしておきたいと彼女が思っていると、

「ナオ。よかったら、来月あたりにまた出かけよう」

 澄人の方から言ってくれた。

「はい!」

 ナオは笑顔で、大きくうなずく。

 また澄人と出かけることができる。

 はしゃぎたくなる気持ちを抑えながら、澄人と第一研究所の門をくぐった。

 すると、

「……ようやく戻ったか」

 聞き覚えのある声が二人を止めた。


「荒山総主任?」
 ライトに照らされている荒山の顔は険しく、澄人を鋭い目で見ながら彼の目の前にくる。

「……柳原澄人。貴様、出かけた先でA.R.Bをしたそうだな」
「は、はい」
「しかもそのバトルで、お前はナオを賭けの対象にした」
「え…………」

 荒山はモバイル端末の画面を澄人に見せてきた。

 そこには、黒邊との会話やA.R.Bをした時の動画が載せられ、澄人が久重重工の実習生であるという情報も書き込まれていた。

「……私が何を言いたいか、わかるな?」
「…………はい」
「待ってください!」

 澄人が首を縦に振った直後、すかさずナオは間に入った。

「今回の件は、相手の男が彼のペンダントを盗ったのが原因で……A.R.Bで勝てば返すと言ってきたからです! それに、やろうと勧めたのは私で――!」
「だとしても、A.R.Bに久重重工の所有物であるアーティナル・レイスを賭けたのは事実。例え勧めたのがお前でも、責任はそれを承諾した登録者――柳原澄人にある」
「ですが――!!」
「……ナオ。いいんだ」
「澄人……」
「……この度は、本当に申し訳ありませんでした」

 澄人はナオを手で制すと、荒山に深々と頭を下げた。

「処分は追って伝える。ひとまず部屋に戻れ。ナオは今回の件の証拠となる映像データのコピーを行うため、明日まで預かる」
「……わかりました」

 澄人は返事をすると、荒山に言われたとおり、まっすぐ寮の部屋へと向かっていった。

 それを確認した荒山は、本棟へ歩き出した。

「荒山総主任――!」

 ナオは荒山の後ろについて歩きながら、何度も訴えた。澄人は悪くないと――ああするしかなかったと。だが荒山は黙ったまま、本棟の解析室の前までナオを連れてきた。

「荒山総主任、どうして聞いてくださらないのですか!」
「入れ」
「話を聞いてくれるまで入りません!」

 ナオは初めて荒山に反抗した。

「……冷静になれ。お前らしくない」
「私は充分冷静です!」
「なら、なぜ私が黙っていたのか――この部屋にお前を連れてきたのか、わかるはずだ」
「え?」

 荒山の視線が、天井にある監視カメラに向けられる。

 そして解析室は、第一研究所内でもごく限られた人間しか入ることが許されない場所。しかも防音が施された部屋だ。

「……あっ!」

 ナオはようやく気づいた。荒山が極秘の話をしようとしていることが。

「そういうことだ。わかったら、中に入れ」

 ナオが無言でうなずいて解析室に入ると、荒山は外に誰もいないことを確認してドアを閉め、鍵をかけた。

「……すまなかったな」
「いえ……私の方こそ、荒山総主任の意図を読めず、申し訳ありませんでした」
「構わん。とりあえず、そこに座れ」
「はい」

 ナオと荒山は、解析用機材が置かれている棚の側にある、小さな机を挟んでイスに腰掛けた。

「まずは、お前の記憶データを見せてもらおう」
「あの……全部ですか?」
「無論だ」
「えぇ……!?」
「……と言いたいところだが、A.R.Bの件に関する部分だけでいい」
「ほっ……」

 荒山が机の上に置いたモニターに、ナオは黒邊が澄人にぶつかってきたところからの映像をワイヤレスで映した。

「……やはりな」
「やはり、というと?」
「ナオ。この黒邊という男、なぜ柳原澄人のペンダントを盗ったと思う?」
「それは、澄人にA.R.Bをさせて、私を賭けの対象とするためでは?」
「それであれば、別にペンダントである必要はない。財布でも何でも、盗ることができたものは他にもある。第一、これだけの人数がいるのであれば、強引にゲームセンターに連れて行くことも可能だったはずだ」
「そういえば……確かにその通りです」
「この男は、最初から――迷うことなく、柳原澄人のペンダントを狙っている。何の価値もないように見えるペンダントを……」
「まさか……」
「おそらく、この黒邊という男は、ペンダントが柳原澄人にとって大切なものであることを知っていた。しかし、柳原澄人が肌身離さずペンダントを身につけていることを知っているのは、この第一研究所内にいる人間……」
「第一研究所の中にいる誰かが、黒邊にやらせたということですか?」
「……確証はない。だが、可能性としては高いだろう」
「しかし、なぜ……」
「……柳原澄人は、第一研究所の実習生の中でも成績はトップクラスだ。社員達からの評価も高い。それを快く思わない者がいたとしたら……柳原澄人が、遺伝子操作の失敗で才能を持たずに生まれた人間だと知っていたら……」
「澄人を……潰そうと考える……」
「そういうことだ」

 ナオは後悔しそうになった。

 自分がそのことに気づいていれば、こんなことにはならなかったと。しかし、荒山がそれを止めさせる。

「後悔をしたくなる気持ちはわかるが、今考えるべきなのは、これからどうするかだ」
「は、はい」
「柳原澄人の処分についてだが、ここから出て行くことにならないよう、私もできる限りのことはする。しかし……減点と外出の禁止は免れないだろう」
「外出の禁止…………」

 つい先ほど、来月に出かけることを約束したばかりなのにと、ナオは肩を落とす。

「これ以上、柳原澄人の状況を悪くさせてはいかん。私も独自に調査をする。お前は柳原澄人を側で守れ」
「はい……」
「そう気を落とすな。いつとは約束できんが、騒動が収まったら、私が外出許可を出してやる。その時は、また二人で出かけてこい」
「あ…………はい!!」

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