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記録24 報われたっていうか、捨てたもんじゃないんだなっていうか

「佐竹さん、それ、重いでしょ。俺が持つよ」

「あーん、圭輔さん、ありがとうございますぅ!」


 たくさんの荷物を抱えてのたのたと歩く俺ら〈独り身の、おっさん予備軍〉のはるか前方を歩いていた吉沢圭輔は、女性陣のうちのひとりに紳士的に声をかけた。その様子を見て、周りの女性陣が「さすが、圭輔くん。優しいわ」だの「それに比べて、あっちの吉澤は……」だのと話に花を咲かせた。――ちょっと待て。俺はあなたたちの荷物を運んでやりたくてもですね、バーベキューの資材をしこたま持たされているんですよね。しかも、あなたたちが「彼にそんなもの持たせるの?」と無言の圧力を加えてきたから、彼にはそういう余裕があるわけで。……そんなことを心中でぶつくさ並べ立てていると、俺と同じく割を食わされた連中が吉沢の背中に向かって舌打ちしたり苦笑いしたりした。この重労働を免除されるのは、部長と課長、そして家族連れで参加している面々だけのはずだというのに。いやはや、イケメン王子はずるい。


「ねえ、カティ。彼は一体何者なの?」

「あれが〈もうひとりのヨシザワ〉だよ。営業二課のエースでイケメンだから、女性陣の憧れの的なんだよ」


 |大島《おおじま》に抱っこされていたルシアは、少しばかり興味を持っているというような表情で前方を見据えながら「ふーん、あれが」と呟いた。

 本日は、我が営業部のバーベキュー親睦会の日であった。うちの部は季節ごとくらいのペースで飲み会が開催され、費用も会社持ちのためほぼ全員が参加する。さらに、バーベキューについては家族もどうぞご一緒にということで、既婚者勢が子供や配偶者を連れてやってくる。しかしながら、俺は今回は欠席しようと思っていた。だが――


「そういえば、ルッチィ。バーベキュー参加しないんだね。残念だよ」

「バーベキュー? なあに、それ?」

「あれ? 拓郎さん、話してなかったんですか?」


 餃子パーティーの日、大島への根回しを忘れていたがためにそんなやりとりが発生してしまった。そして、以前彼女から〈部署内にもうひとりヨシザワがいる〉と聞いてそれを覚えていたルシアは「もうひとりのヨシザワを見てみたいわ」と興味深げに目を輝かせた。そんなこんなで、ルシアは社内イベントにやってきたというわけである。なお、大島がルシアを抱っこしているのは〈オトナ女子の猿山社会に強制参加させられないための口実〉だそうだ。
 どうでもいい話だが、俺は一課の所属だ。しかしながら我が営業部はワンフロアにまとめられていて、かつ一課二課は同じ部屋のデスクの島が隣同士。なのでどちらのヨシザワに話し掛けているのかが分かりやすいように、俺らは名前で呼ばれることとなったというわけである。

 河原に着くと、女性陣とお子様たちは水着に着替えて颯爽と川へ入っていった。男性陣は、班ごとに分かれて日よけテントを張ったりテーブルやコンロを設置したり、適当な石を組んでのかまど作りを行ったりした。しかし、やはりここでも圭輔は女性たちに連れて行かれてしまった。そしてそろそろ調理を始めようかというころ、俺が火おこしに難儀していると、風のように現れた圭輔が華麗に火をつけた。女性陣は〈デキる男・吉沢〉と〈火もつけられない不甲斐ない男・吉澤〉を見比べて、イケメン王子を褒めそやした。――くっ、美味しいところだけ持っていきやがって。


「ところで、拓郎さん。拓郎さんが連れてきたあの子のこと、『家族です』って部長たちに説明したあと、いろいろ聞かれて歯切れ悪い感じではぐらかしてましたけど、実際どういう関係の子なんですか? 拓郎さんって、まだ独身のはずですよね?」


 火をつけたあと、圭輔は〈二人で一緒に炭の様子を見る〉という体を装い、俺のほうへと距離を詰めてそう尋ねてきた。俺は一瞬どう答えようかと戸惑ったのだが――こういうのが面倒くさいので、今回は欠席しようと思っていたのだ――ルシアと一緒にいたはずの大島がそばに立っていて、けろりとした表情で俺より先に口を開いた。


「拓郎さん、彼女できたんですよ」

「へえ、そうなんですか。じゃあ、もしかしてあの子は彼女の子とか? 家族ってことは、結婚前提のおつきあい? だったら彼女も連れてくればよかったのに。それにしても、あの子、すごく可愛らしいですね。ということは、彼女も相当の美人でしょ? しかも外国人とか、どうやって出会ったんですか? ていうか、どうして大島さんがあの子の面倒見て――」

「彼女は私のお友達でもあるんですよ。――拓郎さん。手が空いたなら、ちょっとこっち手伝ってください」


 圭輔は不躾にも具体的な質問をいくらか俺に投げてきたが、大島は上手いこと俺を連れ出して窮地から救ってくれた。
 ルシアは他のお子様たちと一緒に、部長や課長の指南で焚き火パンを焼いていた。大島は俺をそこに連れて行くのかと思いきや、やってきた場所は女性陣がしのぎを削る野菜切り分け班だった。圭輔もちゃっかりついていていたようで、女性陣は彼を見るなり〈玉ねぎが目に染みるけど、あなたのために頑張ってるの〉的なアピールをこぞって始めた。圭輔は彼女たちを労い、手伝うと請け負った。そしてもちろん、女性陣はキャアキャアと黄色い声を上げた。


「あいつが手伝うなら、俺、連れてこられた意味なくないか?」

「そんな冷たいこと言わないでくださいよ。私、せっかくルッチィと仲良く作業サボれると思ったら、それはそれって連れ戻されたんですよ。だから私が少しでも早くルッチィのもとに戻れるように、ちゃっちゃか仕込み終わらせてくださいよ」

「そもそもサボるなよ。仕方がないな……」


 拓郎さんも料理するのと意外がる女性たちの隅で、俺は不服ながらも包丁を手に取ると、どんどんと野菜を刻んでいった。圭輔よりも数倍早く、しかも均一の幅で野菜を手際よく切り分けていく俺を見て、女性陣は若干引いていた。――うん、知ってた。俺のせいで、お前ら、圭輔にアピールできないもんな。会社でもこういう態度とられるの嫌だから、俺は圭輔が毎回やっているような〈女性陣に媚び売って、調理の手伝いを申し出る〉というようなことは絶対してこなかったんだよ。ていうか毎度ながら、おかんレベルで料理ができると|顰蹙《ひんしゅく》を買うのも、本当に面倒くさいわ。それよりもルシアや大島みたいに手放しで驚いて、そして喜んでくれたほうがよっぽど可愛い女子アピールができると思うんだが、そう感じてしまう俺はもしかして心が狭いのか? ここは忖度して、できないふりしたほうがよかったのか?
 もやもやとしながら仕込み作業を終わらせると、大島を伴ってそそくさとルシアのもとに向かった。背後では「ここ最近、拓郎さんと大島がやけに仲がいいよね。仕事上バディだからって域を越えてるっていうか」「拓郎さんが料理得意だって知ってたってことは、大島、拓郎さんとデキた?」「いや、なんか、拓郎さん、彼女いるらしいよ。で、大島、その彼女と仲いいらしいよ。だから、それ繋がりで知ったんじゃん?」なんて会話が飛び交っていた。

 バーベキューを堪能したあとは、テント以外のものを片づけてから帰り時間までの短い間、お子様たちと戯れた。全力でお子様たちとはしゃいでいた俺は、やはり女性陣に圭輔と比較された。俺は若干呆れられ、爽やかで優しいお兄さんな圭輔の株を上げるのに一役買ったようだった。
 帰りの電車の中で、周りに会社の人間がいなくなると、大島はルシアに「もうひとりのヨシザワはどうだった?」と尋ねた。ルシアは難色を示すと、フウと息をついた。


「遠回しに『君の母親に会いたい』アピールされたのよ。あわよくば〈タクローの彼女〉とお近づきになって、横恋慕したいとでも思っているのかしら。――彼はきっと、若くて見目も麗しいから、八方美人でいるだけで評価されているんでしょう。いつか本当の実力を試されるようなことが起きたときに、今のままだとボロがでるでしょうね」

「さすが、ルッチィ。よく見抜いていらっしゃる」

「ていうか、ひどいわよね。文句も言わずに与えられた任務である荷物運びもきちんとこなして、騒いでいるだけの女性陣の代わりにバーベキューの仕込みも完璧に終わらせて、お子さんたちの相手も全力投球で行って。そんなタクローは誰よりも褒められるべきだと思うのに、何故〈おかしい〉と評価されるの? どうして上辺だけの彼が賞賛されるのよ」

「さすが、ルッチィ。全力でバーベキューを堪能してたから見てないかと思ったのに、しっかりと見ていらっしゃる」


 大島がニヤニヤとした笑みを浮かべると、ルシアは気恥ずかしそうに笑ってもじもじとした。他のお子様たちと大差ない反応を連発しながら、ルシアは全力でバーベキューや川遊びを楽しんでいた。だから、作業中の俺のことなんか見ていないと思っていた。しかしながらしっかりと見ていて、しかも〈いいようにこき使われて、だらしない〉などではなく〈素晴らしい〉と評価してくれた。俺はなんだか、それだけで救われた気がした。それにしても、人が変わると、こうも評価も変わるものなのか。
 ルシアはそのあと、バーベキューや川遊びがいかに楽しかったかをつらつらと語った。そして再び俺のことを話題にした。どうやら焚き火でパンを焼いている最中、〈黙々とかまどと対峙する俺〉や〈誰よりも手際よく野菜を処理する俺〉を眺めながら上司たちが俺のことをルシアに話したらしい。その際、嬉しいことに上司たちは「彼は普段の仕事もとても頑張ってくれている」と言っていたそうだ。


「見てくれている人というのは、ちゃんといるのよ。良かったわね。――でね、『お母さんにありがとうとよろしくって伝えてね』って言われたのよ。いつも頑張っているタクローが、私生活でも報われたのが上司の方々も嬉しかったんでしょうね」


 ルシアはとても照れくさそうに、しかしながら嬉しそうにそう話した。俺も、若干泣きそうになるほど嬉しかった。ただただ忙しいだけの毎日で、評価されているとも思えず、張り合いも彼女もなく、異世界でのハッピーライフに憧れるくらいには干からびていたというのに。きちんと、評価されていたのだ。俺のことをしっかりと見てくれていたのは、ルシアだけではなかったのだ。そしてそれに気づかせてくれたルシアと出会えた俺は、なんと幸せなのだろうか。
 ルシアは押し黙った俺をおもんばかるように、そっと身を寄せた。そしてこうこうと光を増していきながら、優しく笑みを浮かべた。


「私のヨシザワは、英雄はあなたひとりだけ。私はあなたのような素晴らしい人に出会えて、本当によかった。今日、改めてそう感じたわ」


 そう言っていただけてこのうえなく幸せだったのだが、いかんせん彼女がピッカピカ光るので内心肝が冷えた。しかし、ここで光るのはまずいと思ったのか、それとも他の理由があるのか、彼女は光をしゅんと萎ませて背中を心なしかしょんぼりと丸くした。――ん? この光の消え方、この前の餃子のときと同じような……?
 ルシアが車内が謎の光に騒然とするのを慌てて|無かったこと《・・・・・・》にし終えたあと、俺は彼女に素直に「ありがとう」と伝えた。ルシアは、遠慮がちながらも微笑み返してくれた。そして大島は俺に向かってヘッと鼻を鳴らしながらニヤニヤ笑うと、ご馳走様ですと言いながら電車を降りていったのだった。

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