バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

記録19 これは正直、嬉しくないんだが

 ルシュタが詠唱を始めると、彼女に清らかな光が集まりだした。コウコウと音を立て光を纏う彼女の周囲に、仲間たちはその恩恵にあずかろうと駆け寄った。ルシュタが詠唱を終えて「ホイッ!」という若干間抜けな声とともに腕を振り上げると、彼女に集まっていた光が仲間たちに降り注いだ。その後も、ルシュタは「ホイッ! ホイッ!」と魔法を連発した。
 その合間に、イシークとルキウスが魔法のような素早さで手早く装備の変更を行った。イシークは機動力のあるレイピアと少盾から、君主特有の大盾と魔力の篭った細身の長剣へと持ち替えた。そしてエルフに似つかわしくない重厚な鎧へと着替えた。
 ルキウスがどの大剣を使用しようかと迷っていると、イシークが声をかけてきた。


「今度の敵は、大剣よりも斧のほうが戦いやすいと思うよ」

「お の は も つ て な い」


 ルキウスはとてもゆっくりと、一音一音丁寧に発音するかのようにそう返した。するとイシークが「そう言えば、そうだったね」と言いながら、ルキウスに何かを投げて寄越した。イシークの手から離れた斧はタイタン族のルキウスの手に収まると、彼の体のサイズに合わせて巨大化した。ルキウスはイシークのほうを向くと、お辞儀をして感謝の気持ちを表した。
 イシークはルキウスに笑顔を返して頷くと、「さて」と言って全員に声をかけた。


「じゃあ、おさらいをするよ。俺が|挑発《プロヴォ》して敵を押さえ込むから、ルキウスは背後から斧を振り続けて。ルシュタは|衝撃吸収《ディバイン》をかけ続けて」

「かしこまりですー」

「パンナちゃんは、火力のことは気にしなくていいから。どれだけ火の雨を振らせても、絶対にそっちに|敵の注意《ヘイト》を飛ばさせないから安心して」

「ええ、分かりましてよ」


 二人の角の生えたノーム娘が頷くのを確認すると、イシークは開始の合図を発して敵前へと走っていった。



   **********



 無事に敵を倒して〈決戦場〉から出てくると、目の前に小人族が二人立っていた。彼らは今しがた戦闘を終えてダンジョン内へと戻ってきた四人を見上げると、決戦場の攻略を手伝って欲しいと声をかけてきた。四人はそれに同意すると、愛らしい二人組を一時的にパーティーに加えてやった。そして一同は再び決戦に臨むための準備として、戦闘で傷ついた体や消費した魔力を取り戻すべくキャンプを張り休息を取ることにした。


「うわー、おそろいの服装で可愛いですね!」


 ルシュタが頬を緩ませてそう言うと、小人族の一人がえへへと笑いながら彼女の膝に腰を下ろした。


「お二人は、揃って攻略をなさっているんですの?」


 パンナコッタが尋ねると、小人族の片割れが彼女の膝によじ登りながら「うん」と返事を返してきた。二人はとても仲がよく、ダンジョン攻略はもちろんのこと、遊びに行くのも一緒なことが多いらしい。
 そのまま他愛のない話をしていると、小人族の二人がノーム二人に可愛い可愛いと連呼し始めた。少し離れたところに座っていたルキウスは静かに立ち上がると、パンナコッタのすぐ隣に腰を掛け直した。それと同じタイミングで、ルシュタが仲間内にしか聞こえない声でポツリと言った。


「うわ、いきなり〈お友達になってよ〉って来た」

「わたくしにも来ましてよ」

「本当? 俺のところには来てないなあ。ルキウスは?」

「き て な い」


 イシークはうーんと唸ると、仲間に向けてのみ発言した。


「出会い目的でないと思いたいけど……。もしも他に失礼なことがあったら、すぐに知らせて。目に余るようなら、戦闘中でも問答無用でパーティーから除外するから」


 休憩を終えると、一同はさっそく決戦場の中へと足を踏み入れた。敵に気づかれぬよう安全な場所に移動し、ルシュタに支援魔法をかけてもらっている間に戦闘の手順を見直す。それらが済むと、すぐに戦いの火蓋は切って落とされた。

 聡明で紳士的で、そして君主に相応しい資質を持つイシークと、彼に助けられて以降ずっと彼の〈右腕〉であった僧侶のルシュタは息がバッチリとあっていた。戦士のルキウスと魔法使いのパンナコッタは冒険者歴は浅いものの、常に絶妙なタイミングで攻撃をしかけていた。またイシークはリーダーとして、そして一番の古株として、二人がのびのびと戦えるようにと導いていた。そしてルシュタはこの二人が冒険者となる前から付き合いがあるのか、はたまた彼女の支援スキルが高いからなのか、後輩二人を完璧にアシストしていた。――しかし、そんな四人の和を、二人の小人族がじわじわと乱した。
 小人族の二人はパニックにでもなっているのか、イシークの指示を無視してあちこち走り回った。また、闇雲に攻撃をしかけた。そのせいでヘイトがあちこちに飛び、イシークが敵を押さえ込みきることができなくなってしまった。そして敵の刃は、ヘイトが不安定になった直後に高火力を出してしまったパンナコッタへと向かっていった。


「姫、お怪我はありませんか」


 しかし、攻撃がパンナコッタに届くことはなかった。すかさず、ルキウスが割って入り身を盾にしたのだ。常に片言でしか会話のなかったルキウスは頭に血でも昇ったのか、饒舌に話し始めた。


「我が姫に仇なす賊子め、覚悟せよ!」


 ルキウスはそう叫ぶと、地響きのように唸った。と同時に、ドン、ドンという音を立てながら彼の足元がクレーターのように窪み、小さな地割れが生じた。そしてルキウスは纏った風とともに急速に溜めた力を解放した。



   **********



 ルシアはプリセットで用意してあったセリフを一本打法で手際よくチャットに流しながら、ふくれっ面でゲームパッドを操作していた。そして目にも止まらぬ速さでガチャガチャと指を動かし始めた。
 画面の中では、超絶イケメンエルフ男子のイシーク(|大島《おおじま》いわく、中の人はサバサバ系の気持ちのよい女性だそうだ)がルシアの操るルキウスが心置きなく大暴れできるようにと支援してくれている。俺は大島に回復魔法をかけてもらうと、安全地帯に移動して回復キャンプを張り、大島とともに座り込んだ。
 大島はMPが回復すると、キャンプから出ていってイシークとルシアを支援した。そしてまた戻ってくると、俺の隣に腰を下ろして膝を抱えた。すると、場の乱れの原因となった小人族が俺らのもとにやってきた。そしてヤツらは、俺と大島に個人チャットを飛ばしてきた。


『うわ、こいつら、やっぱり出会い厨だった。〈どこ住み?〉だって。誰が教えますか。――拓郎さんのところにもチャット来てます?』


 ゲーム内の文字チャットではなく、別アプリケーションのボイスチャットで大島が声をかけてきた。俺が「来た」と答えると、大島は苦々しげな声でさらに続けた。


『うっざ。フレンド申請蹴ってるのに、何度も飛ばしてくる。〈パンナちゃんと俺らの四人でダブルデートしようよ〉〈なんで拒否るのww〉〈俺ら、絶対気が合うと思うんだよね〉……って、うーざーすーぎーるーっ!』


 大島の報告を聞いて、ルシアは一層顔をしかめさせた。そしてより激しくパッドをガチャガチャ言わせながら、苦みばしった顔で叫んだ。


「パンナちゃんは私の姫なの! タクローは私のなんだからああああッ!」


 これがごく普通の告白や嫉妬だったら、どんなに嬉しいことだろう。しかし、画面の中の不埒な小人族は俺と同じ〈男〉である。つまり、俺は今、悲しくも同性に言い寄られているのである。だからそんな、目くじらを立ててくれなくていいんだが……。
 俺は呆然と、パソコンの画面を見つめた。画面の中ではまるで|狂戦士《バーサーカー》と化したようなルキウスが敵を地に沈め、ちょうど空中に〈Clear!〉の文字が浮かんだところだった。大島がイシークさんに事の次第を伝えてくれたらしく、小人族はクリアー|既《すんで》のところでパーティーから追い出され、そのせいで攻略のフラグが立たなかったようだ。
 小人族たちはフィールドチャット欄を不平不満で埋め尽くした。すると、イシークとルキウスが彼らの前へと一歩進み出た。


「悪いが、俺たちの姫を穢さんとする不届き者の手足になるつもりは毛頭ないんでね」

「ゆ る さ ん」


 ルキウスは自慢の大剣を荒々しく抜いた。イシークはというと、廃人様も持っているかどうかというレベルの希少な長剣の、しかもリアルマネーをつぎ込んで鍛錬しまくって神々しく光り輝いたものを手に戦闘態勢をとった。小人族たちはイシークのそれを見て到底かなわないと思ったのだろう、血相を変えて逃げていった。

 ルシアはゲームパッドを机にそっと置くと、頬杖をついてイシークを見つめた。そしてほうと甘ったるい息をついてポツリとこぼした。


「イシークさん、本当にかっこいい……。これぞまさに、勇者。英雄よ。ヒーローとは、まさに彼のことを言うのよ……」

「中身は女性だけどな」

「でも、カティがうっかり恋に落ちたのも分かるわ……」

『ね!? 分かるでしょう!?』

「こんなヒーローに、私もなりたいわ……」


 ルシアがフウと息をつくと、大島が『きっとなれるよ』と励ました。そして一転して、含み笑いを漏らしながらニヤニヤとした声で続けた。


『ていうか、パンナちゃんの〈か弱い姫〉、板についてきましたねえ。じゃなかったら、私と一緒にナンパなんてされないですものねえ』

「もうホント、あり得ないったら! タクローは私のものなのに!」

「いや、お前がそうロールプレイしろって言った結果だろうが……」


 俺が呆れ果てるのもお構いなしに、大島がケラケラと笑った。笑いすぎて、とても苦しそうだった。ルシアはルシアで、いまだにおかんむりのようだった。俺は〈意味が分からない〉と首を捻りながら、コーヒーを用意すると断って席を立ったのだった。

しおり