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記録3 文明の利器を見せつけたら、めっちゃ感動された(後編)

 俺は未来の異世界ハーレムへの道を掴むべく、文明の利器・レンジ様でもっとルシアを感動させることにした。実は、うちのレンジはオーブン機能も有している。それを最大限に活かして、彼女の度肝を抜こうというのだ。
 その準備として、まずはオーブンを二百度で温めるようセットする。それから、冷蔵庫から強力粉と卵を取り出した。――何故粉製品を冷蔵庫から取り出すって? それは、あれだ。常温で保存すると、粉の中でダニが湧いてアレルギーの元になるんだそうだ。それも、恐ろしいほどの量。俺はそのホラー話を聞いてから、殆どの粉ものを冷蔵庫で保管するようにしているのだ。
 ボウルに強力粉と塩を量り入れ、本日はお湯の代わりに卵とオリーブオイルを適量投入する。その様子を見ていたルシアは「今日はパスタなのね!」と声を弾ませた。俺はボウルの中のものを混ぜ合わせながら、彼女に向かってニヤリと笑った。


「ルシア君。後で君にも手伝ってもらうから、そのつもりで」

「何だか上から目線の物言いね……。――あっ! アレね!? やだ、手伝う! 手伝うわ!!」


 悪態を吐いていた彼女は、何を手伝わされるのかを察し、一転して目を輝かせた。――くっ。こうしていると、本当に幼女のようだ。可愛いじゃあないか! うっかり父性が目覚めてしまいそうだ! 俺が目指しているのは〈父と子の温かな家庭〉ではなく、異世界ハーレムだってのに!
 俺は幼女の愛嬌に負けてたまるかと心の中で戦いつつも、捏ね終えたパスタを玉状にし、ソースその一に使用する野菜を切り終えた。そして麺伸ばし棒を取り出して玉を適当な薄さにした。そして――


「わあああああああ! ねえ、クルクルしていいの!? クルクルしていいのよね!?」


 ルシアは大興奮で〈洗える製麺機〉を見つめていた。俺が笑顔で頷くと、彼女は喜び勇んで取っ手を握りしめ回し始めた。


「さあ! いつでもかかってきなさい! 私が薄く引き伸ばしてあげるわ!」


 まずは厚さ調整のメモリの〈三〉で二度ほど引き伸ばし、次はメモリ〈ニ〉を二回で更に薄く均等に引き伸ばす。ルシアは、どんどんと薄く引き伸ばされていくパスタを楽しそうに見つめていた。
 ここで俺は製麺機の片付けに入った。すると、付属の麺カッターを取り出してきたルシアが寂しそうに見上げてきた。


「今日は麺にカットしないの?」


 どうやら、まだクルクルしたかったらしい。――そんなに楽しかったのかよ! まるで本物の幼女だな! 可愛らしいヤツめ!
 俺は苦笑いを浮かべて「今日は麺にはしない」と伝えると、先ほど薄く伸ばしたパスタを包丁でカットし始めた。サイズは幅一センチ、長さ三センチほどである。


「どうして包丁で切るのよ」

「スケッパー出すの、面倒だし」

「いや、そうじゃなくて……」

「だから、今日は麺じゃあないんだって。――後でまた手伝ってもらうから、それまでジュースでも飲んで待ってな」


 訝しげな面持ちのルシアにそう返してやると、彼女は渋々テーブルに戻り、ジュースをコップに注いだ。その間に、俺は沸かしておいた湯の中にオリーブオイルを垂らし、そしてパスタを投入した。湯で時間は、うどん同様に二分半だ。
 茹で上がったら湯切りをし、あまり重なり合わないようにバットにあけて冷ましておく。そして、このパスタの粗熱をとっている間はソースを作る。台所は戦場である。休んでいる暇など無いのだ。

 まずはソースその一。鍋にオリーブオイルとみじん切りした玉ねぎ、セロリ、人参を入れて炒める。次に投入するのは挽き肉と塩コショウだ。トマト缶のトマトやら、生のトマトやらと水、ローリエを入れたら、あとは煮えるまで放置。しっかり煮えればトマトソースの完成である。それまでの間に、ソースそのニに取り掛かる。――こちらはホワイトソースだ。
 鍋に牛乳を入れ、少しずつ薄力粉を加え、塩を適量振り入れ、バターを投下。コンロの火を点けて、しっかりと混ぜ合わせる。とろりとしたら、出来上がりだ。意外と簡単に作れるし、手作りしたほうが美味いので、俺はもっぱらこの手法でシチューも素を使わずに作っている。

 耐熱容器を取り出すと、底に薄くトマトソースを敷く。そしたら再びルシアの出番だ。


「いいですか。先ほど茹でたパスタをですね、この上に並べますよ」

「……はっ! もしかして、アレね!? アレなのね!? でも、石窯もないのにどうやって!? それに、だったらどうしてパスタがシート状じゃあないの!?」

「シート状だと、フォークやスプーンを差し入れづらいだろう」


 ルシアは驚嘆して息を飲み込むと、〈頭がいい!〉と言いたげに俺を見つめてきた。――これは、昨日からずっと彼女に持たれているっぽい〈汚らわしい〉というイメージが、払拭出来たのではないだろうか。やはり、料理が出来るというのは偉大であるらしい。これがなあ、現実世界の女性だとなあ。「結婚後の私の仕事を奪うつもり!?」的な敵意剥き出しの目で見てくるんだもんなあ。
 俺は食べるのが好きで、それが高じて料理も得意となった。共働きの家庭も多い世の中なのだから、俺は男が料理を担当してもいいと思っているんだ。だから、この特技を活かして彼女ゲットも余裕だろうと思っていたんだが……。これがまあ、上手く行かない。敵意を向けられるか、お母さん扱いされてしまって恋愛に結びつかないのだ。おかげさまで、いまだ寂しい独身というわけである。

 俺が心中で嘆き節を連ねている間にも、ルシアは楽しそうにパスタをトマトソースの上に並べていた。どうしてそんなに楽しそうなのかと尋ねると、彼女は心なしか悲しそうな表情で遠慮がちに言った。


「いつか来るその日のためにということで、私は大切にされて来たの。――大切にされすぎて、自由なんてこれっぽっちも無かったわ。だから、料理も今日が初めてで」


 儚いほど切なげに笑う幼女の後ろに、年頃の若い乙女の心からの哀しみを俺は見た気がした。異世界ハーレムという下心満載で彼女に挑もうとしていた俺だったが、何ていうか、少しばかり〈それは恥ずかしいことだ〉という気持ちになった。それと同時に、何かこう、胸が締め付けられるのを感じた。
 俺は笑顔を繕うと、ルシアに向かって言った。


「これからさ、君さえ良ければ、たまに一緒に料理するか? どうせいつ帰れるか分からないなら、いくらだってそのチャンスは作れるだろ」

「いいの……!? 嬉しい!」


 満面の笑みを浮かべるルシアを、俺は何故だか直視出来なかった。そそくさと顔を背けてホワイトソースの鍋に手を伸ばすと、俺は綺麗に並べ終えたパスタに白いソースをかけた。
 その上に再びパスタを並べ、赤いソースをかける。もう一度パスタを並べる作業をしたら、チースを万遍なく散らす。――そしたらとうとう、レンジ様が満を持してのご登場である。

 十分後、一皿目のラザニアが焼き上がった。


 
挿絵




 レンジの庫内がそこまで広くないから、一度に二皿焼けないのだ。テーブルに運び、ルシアに「先に食べてていいよ」と声をかけると、彼女は照れくさそうに俯いた。


「折角一緒に作ったんですもの、食べるのも一緒がいいわ。だから、待ってる」


 可愛すぎだろ! つい料理を始める前までの、ふてぶてしい幼女はどこに行ったんだよ! ――俺は悶たくなるのを必死に押さえ込みながら、二皿目のラザニアを焼いた。






「タクロー、早く! 焼き上がったんでしょう!? 早く食べましょう!」


 二度目のチンという音と同時に、俺はルシアに急かされた。彼女は目を|燦々《さんさん》と輝かせ、落ち着きなくそわそわとしながら、俺がテーブルにつくのを待っていた。


「それにしても、レンチンというのは凄いわね! 温めるだけでなくて、焼くことも出来るだなんて! とても感動したわ!」

「凄いだろう。レンジ様の威力は」

「レンジ様と言うのね!? レンチンというのは、レンジ様に特別に付与された魔法なのね!? 凄いわ! この部屋の中だけでも、私の知らないものがたくさんあって! これで外に出てみたら、どんな素晴らしい景色が待っているんでしょうね!」

「早速明日、外に行こうよ。君の服や寝具も買わなきゃあいけないし。俺、明日は休みだから――」

「いいの!?」


 ルシアは頬を真っ赤に染めあげて、テーブルに手をつき身を乗り出した。とてつもなく興奮し、そして喜んでいるようだった。そんな彼女の身体は、ほんのりと発光しているように見えた。
 まさかな、と思いつつ、俺はラザニアを勧めた。ルシアは勢い良くスプーンを手に取ると、自分が初めて調理に携わったラザニアを掬い上げて笑った。


「うわあ……! 美味しそう! ――んっ! おいひーっ!! はう~、満たされる~……!」


 先ほど光っているように見えたのは伊達ではなかったようで、彼女は一気に光に包まれて元の姿に戻った。俺は咄嗟にお盆で自分の顔を隠した。


「大丈夫! 何も見てない! 何も見てないから!」

「うっ……。本当に……!?」

「Tシャツからスラリと伸びた〈おみ足〉なんて見つめてないし、それに――」

「しっかり見ているじゃないの、汚らわしいーッ!」


 ルシアは怒号をあげた途端に幼女の姿と戻った。俺は大変申し訳無いと思いながら、そしていい目の保養だったとも思いながら、精一杯謝罪した。すると、彼女は無言で黙々とラザニアを口に運び出した。


「早く食べ終えて、そして早く寝るのよ! そしたら、朝がやって来るでしょう!?」

「あー、うん。そうですね、服、買いに行くって約束しましたしね」


 ぷりぷりと怒りながらも「美味しい」と漏らし、一心不乱にラザニアを堪能する幼女を見つめながら、俺は「こいつ、やっぱり案外可愛いな」と思ったのだった。

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